本当に助かっています。
「あの、これよかったら。さっきは肩掴んで本当にごめん」
「あ……いえ……おかまいなくー……」
遠慮する桃色の髪をした彼女に、近くの自販機で買ってきたお茶を半ば強引に渡す。さすがに初対面の人にするようなことではなかった。ブランコには背後の建物の関係で日陰になっていて、そこに座って俯いている彼女の顔は当然のように窺うことができない。それがより僕に自責の念を抱かせた。
黙って隣の空いているブランコに座り、言葉を探す。
「……あぁ、自己紹介がまだだったね。僕は鏡優。秀華高校の二年」
「あっ、えっと……秀華高校一年後藤ひとり、です」
「よろしく、後藤さん」
「はひっ……ヨヨ、ヨロシクオネガイシマス」
俯いていた視線をこちらに若干向けて、彼女は片言で挨拶をしてくれた。明らかに委縮していた。僕は貧乏ゆすりをする要領でブランコを軽く漕いだ。同じ高校に通っていることを伝えれば多少は緊張がほぐれるかと思ったが、それはどうやら失敗らしかった。
「……カナリヤは、その……僕にとって師匠みたいな存在でさ。ずっとあの人に憧れてギターを続けてきたんだ」
「そ、そうなんですね」
「うん。だから、後藤さんがさっき『カナリヤみたい』って言ってくれたこと。嬉しかったんだ。ありがとう」
「いえいえいえっ! そ、そんなことは……」
「それでも、ありがとう」
僕は一回深く息を吸い込んで、吐いた。
「僕は、カナリヤに似てたかな?」
「それは……はい、弾き方とか、タイミングとか……動画で見た通りだったと……はい」
「……そっか」
――よかった。本当に。
心の底から、そう思う。
僕は、鏡優のやってきたことは、きっと無駄じゃない。
「……でも」
「ん?」
「あっ、いいいえ、なななんでもありません……ほんとに」
「そ、そう……」
後藤さんが勢いよく首を横に振る。そのまま取れてしまいそうで、少し心配になった。僕は小さく囁いた彼女の言葉をもう一度拾い上げようとしたけど、それ以降口を閉ざしてしまった。
「後藤さんはさ、なんか悩み事でもあるの?」
「え?」
「いや、僕がこの公園に来たときから顔暗いし。なんか悩み事でもあるのかなって」
同じ高校のよしみで話くらいなら聞くよ。そう言うと、彼女は少し言い淀んで、けれどぽつぽつと話し始めた。
「じ、実はですね……学校もう行きたくないなって」
「それは、どうして?」
「……バンドを、やりたかったんです」
「バンド」
「はい……でもわたし根暗でコミュ障だし、話しかけること、できなくて。ギター持ってきても、誰も話しかけてくれなくて」
「うん」
「ほんとはわかってるんです。自分から動かなきゃって……でも」
「……そっか」
後藤さんの声は少し震えていた。彼女から視線をずらすと手提げには多くの缶バッジがつけられていて、彼女なりにアピールした痕跡があった。それは痛々しくもあり、同時に後藤さんの勇気の証なんだろうと思った。
残念ながら僕は彼女にかける言葉を持っていない気がした。僕はバンド自体をやったことはあれど、そもそもバンドを組みたいと思ったことはない。ほぼ半強制的に入れられたようなものだし、僕は基本ソロギターしかしない。
彼女の気持ちはわかる。けれど、それを口にする権利は僕にはない気がした。
「……」
ふと、喜多さんと伊地知さんのことが頭に浮かんだ。太陽みたいに明るいあの二人なら、後藤さんにどう声をかけていただろうか。
喜多さんだったら笑顔を浮かべてで彼女の力になるだろう。同じ高校で同学年だから、明日には後藤さんの手を引いて、軽音楽部の扉を遠慮なく開けそうだ。
伊地知さんはどうだろう。高校は別だけど、だからといって後藤さんのことは見捨てないだろう。ロインでも交換して、毎日のように彼女を励ましていそうな気がする。
「――あぁ、なるほど」
見方を変えれば、後藤さんの悩みはひどく単純なものだった。できないなら、できるようにすればいい。機会が与えられないなら、その機会を誰かが与えればいい。
「後藤さん、ギターってどれくらい弾けるの」
「へぅ!? あの、そこそこ弾けます……えへへ」
「じゃあこの曲は?」
僕は後藤さんに今日結束バンドが弾く曲の譜面を渡した。喜多さんの担当していない、メロディーラインが多く入っているほうのもの。
後藤さんはしばらく譜面をめくっては見つめ、やがてゆっくりと頷いた。
「あ、えっと……大丈夫、だと思います」
「そう、じゃあ決まりだね」
「えっ? 決まりって、なにが」
僕は黙って携帯を取り出し、彼女に電話をかける。数秒も経たずに普段とは少しくぐもった声が聞こえてくる。
「も、もしもし? どうしたの?」
「お願いがあるんだ。伊地知さん」
僕は彼女に迷惑をかけてばっかりだ。伊地知さんなら断らないだろうという打算の上で頼んでいるのだから、なお質が悪い。伊地知さんだけじゃなく、おそらくいろんな人にも迷惑がかかることを、僕は今している。
けれど、それでも僕は後藤さんを救いたかった。願いを叶えてあげたかった。
父さんが死んでから何もしなかった僕が救われて、目標に向かい続ける彼女が救われないのは、おかしな話だと思うから。
僕は努めて冷静に、はっきりと声をだした。
「僕の後輩を君のバンドに入れてほしい」
戸惑った声がスマホと隣、両方から聞こえた。
* * *
後藤ひとりは心の中でどうしてこうなったのだろうと叫んた。
一人公園で黄昏ていて、同校の先輩に会う。ここまではまだわかる。何をどうしたら見ず知らずのライブ直前のバンドに組み込まれようとしているのか。怒涛の展開過ぎて思考が追い付いていなかった。
「後藤さん、ほらっ、急いで。あんまり時間がないんだ」
「そ、そう言われましても……」
息が上がりながらもひとりは優に手を引かれ、早歩きで着々とどこともわからないライブハウスに向かっていた。自分は体力がない。運動神経だって壊滅的だ。今だって足がつれそうになる。さらにいうなら変な動機がし始めた。かつてないほどに心臓の音が体中に響いている。
――ライブハウス。陰キャなわたしが……これから演奏する……。
無理だ。人目にさらされるのが怖い。わたしなんかが立っていい場所じゃない。
「後藤さん」
優が後ろを見ずに、ひとりに話しかけた。返事をする気力もなく、ひとりは彼のほうに視線だけを向けた。
「僕が今していることは、きっと君にとってありがた迷惑だと思う。そうならいつでも手を振り払ってくれていい」
でも、と彼は続けた。
「もし君が本当にバンドを組んでみたいのなら。今日はきっといい日になるよ」
確証はないけどねと付け足し、優は笑った。
わたしは、どうしたいんだろう。どうしたらいいんだろう。そんなことを考えていたらダメか。
今までの自分を振り返る。
『バンドは陰キャでも輝ける』。この一言で始めたギター。わたしみたいな人間でも輝けると思って、六年間ギターに時間を費やした。けれどバンドはおろか、友達すらもできない。中学でなんの成果も出せず、高校になったらと意気込んで、けれどいざ高校生になったら一切変わらない日常がわたしを待っていた。今日だってギターを持ち込んでも、誰も話しかけてくれなかった。ならその先だって、きっと変わらない。
「わたしは……」
わたしは、バンドをやりたい! みんなからちやほやされたい! 今ここでやらないと、わたしは変わらない、変われないから!
日々の妄想を思い出す。文化祭でギターをかき鳴らす自分。そして初のワンマンライブ。埋め尽くされる観客、光の波。舞台はそう、Zeppスーパーアリーナ!
「わたしは、武道館を埋めた女……ッ!」
「えーと……あ、ここを曲がって……」
「鏡先輩っ! わたし、ライブやりたいです! バンド組んで! それで」
「後藤さん、着いたよ」
「うわぷっ!」
「あ、ごめん。大丈夫?」
優は立ち止まり、ひとりはそれに反応できず背中にぶつかった。そのあとに背中越しに覗き込むように前を見る。
――すべてを飲み込むような、魔境のごとき暗闇が階段下に広がっていた。
「ここがライブハウス、スターリーだよ。行こうか、後藤さん」
「か、帰りたい……」
「大丈夫大丈夫。僕の友達優しいから。何の心配もいらないよ」
優は優しくひとりに笑いかけ、無慈悲にもその暗闇に引きずり込んだ。
ひとりは少しだけ、この先輩が怖いと思った。
大変申し訳ないですが、私情により三月以降の更新は普段より遅くなる可能性があります。
ただ、自分のできる範囲内で時間を見つけ、これからも書き続けられたらなと思っています。
これからも拙作をよろしくお願いします。