葎凛抄外伝『ナツシバのにほいに抱かれて』 作:コンスタンチノープル
新たに齋藤あまねを引き入れ、総勢14人で歩みだした新越谷高校野球部。ゴールデンウィーク合宿、定期試験を終えて歩みを早歩き、駆け足と加速させていこうかというある日の練習後、あまねが部室に全員集まったところで話を切り出した。
「芳乃ちゃん、みんなもちょっといいですか?」
「どうしたの?」
「それ、なに?」
あまねは手に少し分厚い封筒を持って誰もまだ帰っていないかと見渡してから本題に入った。
「今度の日曜日だけど、予定は?」
「日曜日?次の日曜日は普通に練習だけど…」
「私も次の日曜は出れるけど」
そう答えたのは学業にもウエイトを置いている英詠であった。
「その日、オフにしない?」
あまねからの提案は思いもよらないものであった。
「オフって、これから夏に向けてやることが沢山あるじゃない」
「そうだ、正直練習日が足りないくらいだと思うが…」
怜と理沙の反応はもっともなものであった。
「いえいえ、みなさん無事に試験を乗り切った御褒美のようなものでして」
あまねがわざとらしく勿体つけて話す。勉強の特待生で入学した英詠は「別に試験くらい…」といった表情で、芳乃はそのあまねの言い方に何かを感じ取ってあまねに聞き返した。
「『御褒美』ってことは、ただのオフじゃなくて何か予定を考えているの?」
「その通り、まさしくその通りですよ芳乃さん」
探偵ドラマのような口ぶりで答えるあまね。さらに全員に質問を投げる。
「さて、ここで皆さんに質問ですが。今、一番人気の高い野球の試合といえば?」
真っ先に答えたのは稜、それもあまねが想定していた通りの回答をした。
「そりゃ、キャンディーズ戦か、ハナコか
「フッフッフッ…」
あまねは予想していた人物から予想通りの答えが返ってきて上機嫌である。そこで今度は芳乃が答える。
「稜ちゃん違うよ。今、日本で一番人気のあるカードは
「そうだ、長嶋だ!」
稜が芳乃の答えに納得しているが当の芳乃は頭の中で点と点が線で繋がったかのように徐々に目を見開いている。
「あまねちゃん、もしかしてそれ…」
それ、あまねが話し始めからずっと手に持っている少し分厚い封筒、芳乃が気が付いたことをあまねも察し、封筒の中身を取り出した。
「今度の日曜日の六大学春季リーグ戦のチケット。ここに人数分!」
「六大学の次のカードは、
芳乃の言葉に部室が色めき立つ。光が最初に口を開いた。
「
宗田大学対
「ちょっとカードについては私の好みもあったの。宗悠戦のほうがよかった?」
芳乃がその問いに答えようとするがそれよりも先に白菊が興奮気味に答えた。
「そんなことありません!私、長嶋選手のファンなんです!今は外野ですが、もし三塁手だったら長嶋選手みたいなプレーをすることが夢なんです!」
白菊は興奮しながら月光大学の4番打者で今、プロやメジャーの選手さえ凌ぐ人気選手である長嶋
「長嶋ん真似なんかして良かことなんて一つも無かっちゃけどなぁ。まあ宗麗戦が見るーんならそれで良かっちゃけど…」
あくまでも口には出していない。熱狂的な長嶋ファンといってもいい白菊の前でそんなことを口走れば後が怖いと思ったのもあるが、何よりせっかくチケットを取ってくれたあまねに悪いと思ったからである。
「でも流石あまねちゃんだね。こんな良いカードのチケット人数分用意するなんて」
ヨミは成績優秀者であるため普通に勉強していただけなのに御褒美なんて勿体ないと思っている。
「日曜だからエース級のピッチャーは大学によっては登板しないかもしれないけど、野手は変わらないからね」
珠姫はカードの頭ではない日曜日の試合ということでエースの登板はないかもしれないと言ったため希は少し拍子抜けしてしまった。
「そんなことないよ。確かに赤央大はそうかもしれないけど、
全国のドラフト候補の情報が数年先の分まで頭に入っている芳乃はこのカードの二戦目であればこの投手が先発であろうという予想が既に立っていた。
「へぇ~何着ていこうかしら」
菫はせっかくの東京行きに目一杯御洒落をしようと思っていたが息吹は冷静な反応をする。
「こういう時は制服を着て行かないといけないんじゃないかしら?」
「だよな~」
学校の行事ではないものの、野球部のみんなで集まって野球観戦に行くわけだから制服で行くべきかと主張する息吹に稜が同調した。
「せっかくの東京なのに…」
目に見えて菫はテンションが下がってしまう。
「いや…
「そうだね、六大学のリーグ戦なら一大イベントだし、野球関係者が多いから…」
理沙と光は、野球関係者が多く集まる中に不祥事を起こした新越谷の制服を着て行けばいい顔はされないだろうということを危惧していた。口には出さないが怜も「う~ん」という表情をしていた。
「それでしたら、土曜日の練習後に私の家に来ていただけませんか?」
「白菊ちゃんの家?」
爛々と自分の家に集まることを白菊は提案した。珠姫だけではなく他の面々も頭にハテナマークが浮かぶ。白菊が言葉を続ける。
「私が以前着ていた服がまだ残っているはずですからお母さまに着つけてもらいましょう。私も心得があるので手伝えますし」
「着つけるってことは、和服?」
白菊は自分のお古の和服をみんなで着て行かないかと提案したのであった。
「はい、幸い私はこの中では一番背丈があるので、小さくなってしまったのを皆さんの丈に合わせれば宜しいかと思います」
「あー、それは嬉しいんだけど…」
周りはいいかもと思っている中、英詠は少しバツの悪い表情をする。
「日曜日に出るんなら、土曜は勉強に充てたいというか…充てなくちゃいけないというか…」
「でしたら、一番近い日に来てください。金曜日ですか?」
「そうね、金曜なら」
英詠は勉強にも力を入れているため週末のどちらかは勉強に充てていたため土日両方は出られないという。そこで英詠だけ金曜日に着つけに白菊の家に行くことになったのであった。
「じゃあ、金曜日白菊ちゃんと英詠ちゃんは着つけで遅れる。他のみんなは土曜日の練習前に白菊ちゃんのおうちにお邪魔しようか」
芳乃は野球部の練習終わりという沢山汗と土にまみれた身体で和服の着つけに行くのは申し訳ないと思い練習前に行くことにした。
「決まり?」
「そうだね、決まりだね」
芳乃とあまねが顔を見合わせながら一言。新越谷高校野球部一同は今度の週末の六大学野球の試合を観戦に行くことになった。
因みに、あまねはこの前に杏夏にも声をかけていたのだが教員の職務が忙しいためついていけないということになった。