葎凛抄外伝『ナツシバのにほいに抱かれて』   作:コンスタンチノープル

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第1話 中編

金曜日に英詠が、土曜日に他の面々が白菊の家に集まり当日着て行く和服の着つけをした。大幅に手を加える必要はなかったのでスムーズに終わり日曜日を迎えた。

 

「いや~凄い人だね」

「あぁそうだな。さすが華の六大学野球だな」

 

学生野球の聖地・神宮球場はその中でも最大のイベントである六大学野球のリーグ公式戦を前に熱気を帯びていた。ヨミは豪勢なディナーを前にした子供のような顔、怜は感慨深い表情で列に並んでいる。

 

「う~ん、久々に来た神宮!やっぱり他の球場とは空気が違うね」

「えぇ、やっぱりここは特別な場所」

 

芳乃とあまねにとって野球場は特別な場所であるが中でもこの神宮は、甲子園ほどではないが特別な場所である。

 

「私も、いつか神宮(ここ)で…」

 

希は、大学かプロかとは言わないがいつしか自分もこの球場でプレーする姿を思い浮かべていた。

 

「でもなんだかちょっと恥ずかしいね」

「そうですね。和服を着ているの見渡しても私たちだけだから目立ってますね」

 

光は着慣れない和服に恥ずかしく思い、菫は小慣れた感じで周囲を見渡している。新越谷野球部以外に和服を着た人物はいないため、一同は非常に目立っていた。

 

「芳乃ちゃん。あの人って…」

「うん、去年引退してスカウトに転身した人だね。他にも沢山スカウトの人を見つけたよ。六大学の試合となると注目度が高いし、特に今日は宗麗戦に月光大の試合だからね」

 

珠姫と芳乃は集まった観衆の中にプロのスカウトの姿を見つけて話していた。

 

「私、太って見えてないかしら…」

「大丈夫ですよ。まだ気にしているんですか?」

 

理沙はこの前「重そう」と言われたことを気にしていて、なぜか着つけによりそうなってしまった身体のラインが強調されている和服に一抹の不安を感じており、英詠が心配無用と落ち着かせていた。因みに理沙はその身体のラインが強調された和服姿だと下着のラインが浮き出てしまうため、下着の類は一切着用しておらず、かなり所作がぎこちない。

 

「大学の試合だけど神宮名物の唐揚げやカレー売ってるかな?」

「調べたら売っているってなっていたけどあまり食べ過ぎないでね」

「私はもうユニフォーム型のキーホルダーと月光大学のレプリカユニフォームを買ってしまいました。人気のグッズですから帰りに買おうとすると売り切れてしまいますからね」

 

稜は試合は勿論だが球場グルメにも期待を寄せており、息吹が事前のリサーチでプロの試合でなくてもメニューが販売されていることを調べていた。

グルメよりもグッズが欲しかった白菊は列に並ぶ前に販売場でグッズを購入していた。さすが普段から和服を着慣れているだけあって購入したキーホルダーを入れた巾着やレプリカユニフォームを持つ姿も慣れたものである。

 

「みんなチケット落とさないでね。あっ、芳乃ちゃん。ちょっと後で話があるんだ」

「後で?今じゃなくていいの?」

 

芳乃が答えるとあまねがコクリと頷いた。

 

「うん、今じゃない方がいい」

 

熱を帯びた神宮球場。六大学野球の春季リーグ公式戦、第一試合の宗田大学対麗美大学、伝統の宗麗戦、宗大は竹内(たけうち)愛華(よしか)、麗大は湯浅(ゆあさ)しぐれ、共に二年生の剛腕投手を立ててきた。これはこの春からのパターンで芳乃は既に予想済みであった。この試合は後に芳乃の戦術に大きな影響を及ぼす事件が起こるのであった。

 

ソレが起きたのは五回裏、宗大の攻撃。ここまでで宗1-0麗と拮抗した投手戦の中で宗大が湯浅を攻め立てて満塁の好機に迎える打者は一年生ながら四番打者を任されている井口(いぐち)水樹夜(みきよ)というところであった。

 

「芳乃ちゃん、何聴いてるの?」

「ラジオだよ。地方の局が中継してるんだよ。ほらあそこ」

 

芳乃はスマホのアプリで目の前の試合のラジオ中継を聴きながら観戦していた。珠姫から聞かれた芳乃は中継をしている放送席を指さした。芳乃が聴いているので他の面々もスマホでラジオの中継を聴きだす。

 

「さあ、宗田大学満塁のチャンスに一年生四番バッターの井口を迎えたところで麗美大学のキャッチャー天知(あまち)がマウンドの湯浅の下へ。二年生バッテリー対一年生四番の対決です」

「しぐれ…」

「わかってるよ、でも長嶋さん以外にやるとは思わなかったな」

「覚悟しなよ」

 

捕手の天知唯依(ゆい)がそのままキャッチャーボックスへと戻っていく、バッテリーだけではなく麗美大の守備陣は神妙な顔をしている。

 

「天知がすわ…、いや座りません!立ち上がったままです!敬遠!敬遠です!満塁で井口を敬遠します」

「マジかよ…」

「一点麗美が負けているこの場面でか」

 

稜は驚き、いや稜だけではなく三万を超える神宮の観衆がこの作戦に驚いた。

 

「芳乃ちゃん、どう思う?」

「確かにビハインドの満塁の場面で敬遠は常識外れの作戦にみえるかもしれない。けど麗大はこの作戦を練ってきたんだと思う」

「超満員の神宮球場、一瞬『何が起こっているんだ』と静まり返った後、悲鳴とも怒号ともとれる歓呼がこだましております。宗田側のスタンドからだけではなく麗美側の応援席からも『湯浅勝負しれくれ』、『お前に紫紺のプライドはないのか』と悲鳴にも似た叫びがこの放送席まで聞こえてきております」

 

怒号悲鳴渦巻く中、一点ビハインドの満塁の場面で敬遠という常識破りともとれる作戦が実行され宗2-0麗となったが続くピンチを湯浅は宗大打線を封じ結果的に敬遠の一点だけで失点を防いだ。ピンチを凌ぎ、ベンチに帰ってきた湯浅と天知のバッテリーに一人の選手が声をかける。麗美大学のエース投手で前日の宗麗戦第一戦に登板して敗戦投手となっていた四年生の渡辺(わたなべ)睦海(むつみ)であった。

 

「しぐれ、あまっちゃん、すまん。私が昨日自滅したから…」

「先輩、私は大丈夫ですから気にしないでくださいって」

「そうですよ。元から満塁で敬遠するかもしれないって打ち合わせしてたし、みんな納得してのことじゃないですか」

 

三人が話している所に監督の岡田(おかだ)三結(みゆう)が少しムスッとしながらやってきた。策士として知られるこの三結が満塁の場面での敬遠を提案したその人である。

 

「湯浅の球威は落ちてきていたからあの場面では正しい判断だったと思うよ。次の回からは中村(なかむら)でいくから、ダウンはきっちりやっておいてね」

「わかりました。すいません踏ん張れなくて」

「いや五回二失点、内一点は満塁での敬遠で入れたものだから実質一失点。重畳重畳」

 

降板を言い渡され、湯浅はアイシングの準備をしようとするが上級生の学生コーチから私が準備するから座っていろと言われベンチに腰を下ろした。

 

渡辺(ナベ)、七回裏があればいくから。作っておいて」

「七回と言わずに六回の途中からでもいけますよ」

「無理すんな。六回は中村、ヤバそうになったら片瀬(かたせ)。片瀬の調子が良かったらそのまま続投させるつもりだから今日はないかもしれないことを頭に入れながら準備して」

 

三結は高校卒業後、一旦社会人へ進んだものの東都リーグの大学に入学し、中退後に麗美大学に入学し直した変わり種。監督であるが前年までは選手たちと同じ学生であったため気心が知れた間柄である。

 

「この試合、取るわよ。勝っても負けてもプライド捨てたとか言われるのは目に見えてるんだから、同じ後ろ指さされるぐらいなら今日勝って、優勝への望みを繋げようってものよ」

 

若いながら智謀に長けた指揮官が選手たちを鼓舞する。その声こそ届いていないものの観客席の芳乃とあまねはこの満塁での敬遠が三結の指示であると推察していた。

 

「多分岡田監督が考えたんだろうね」

「満塁での敬遠自体は過去にも例があることだから、そのことを出して選手たちを納得させたんでしょうね」

「色々あって選手としては麗美で選手としてプレーすることはできなかったけど、監督として幾つも奇策を講じて他の大学を苦しめ、卒業した今はまた社会人野球で選手としてプレーしながら監督をしている。現役選手でもある岡田監督ならではの説得力があったんだろうね」

 

新越谷の策士二人に捕手の珠姫も加わる。

 

「捕手の天知さんもここまで湯浅さんをよくリードしていたと思うよ。正捕手の梅田(うめだ)さんは昨日の試合でファールチップを左腕に受けて打撲だっけ?」

「そうだよ。骨には異常がなかったらしいからもしかしたらこの後試合に出るかもね」

「私は天知さんが劣ってるとは思わないからそのまま出してもいいと思うんだけどね」

 

二年生捕手の天知は、一学年上の梅田咲子(さきこ)が前日負傷したため代役での出場だったが同級生の湯浅をよく盛り立てていた。

六回表の麗美大学の攻撃、天知に打順が回ったところでその梅田が代打で出場し四球を選んだところから麗美大学打線が打ちあぐねていた宗田大学の竹内を捕まえ、谷沢(やざわ)小梅(こうめ)熊谷(くまがい)(せん)大門(だいもん)(うみ)のタイムリーで試合を引っ繰り返し、その後を中村琳子(りんこ)と片瀬華子(はなこ)の継投で宗田大学打線を封じ麗美大学が勝利。優勝への望みを繋いだ。

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