最初に出会ったスター団のしたっぱがネモによく効く向上心の塊でものすごいアホだった 作:うみじゃけ
「——はい。ネモさん、これでアオイさんは《テラスタル》の使用がリーグから正式に許可されましたよ。これが許可証と……そして《テラスタルオーブ》です。しっかりアオイさんに渡してくださいね」
緑色のスーツを着たアカデミーの校長であるクラベルが印鑑の押された紙と《テラスタルオーブ》の二つを執務机に置くと、対面に居た緑色の制服の生徒がそれらを掠め取った。
「ありがとうございます先生! それじゃあ失礼します!」
終始笑顔のネモはその勢いのまま校長室を後にする……
「……ネモさん」
「はいっ、何か?」
その前にクラベルに話しかけられたため、変わらず元気に振り返った。
「アオイさんは、あなたから見て……強いトレーナーでしょうか?」
「それはもう! たぶん、わたしよりも強くなると思います!」
「それほどですか……良かったですね」
「はい! それでは、失礼しました!」
「ふんふんふん♪ ふふふふんっ♪」
廊下をスキップまじりに歩く、見るからに上機嫌のネモに2人の生徒がすれ違った。
「うわ……生徒会長だ」
「隠れろっ、ポケモン勝負を挑まれるぞっ」
2人の囁くような言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ネモはスキップを止めていつもの笑顔を貼り付かせる。
「……おはよう!」
笑顔の彼女は喉からハキハキと告げる。
「「お、オハヨウゴザイマス」」
苦々しい笑顔の返事にネモは「よし」と心で呟いて、模範通りの歩き方で廊下を進んでいく。
「ネモ生徒会長、おはようございます」
「ネモさんっていつ見てもお美しいわぁ。お父さまがスマホロトム会社の会員さんなんでしょう?」
「そりゃあの強さにも納得だよな。金持ちで、しかもプライベートにバトルコートも持ってるんだってよ」
「うらやましいぜ。きっと別の地方とかから強いトレーナー呼んで特別指導とかしてもらってるんだろ?」
「そんなことしてもらわなくても『けいけんアメ』死ぬほど買い漁れば余裕だろ。ポケモンも言うこと聞くように専用のブリーダーに面倒見てもらってるんだよ」
「いいよなあ生徒会長は、生活に恵まれてて……おれもあんな家に住めるような家庭だったらチャンピオンになれたんだろうなあ……羨ましい」
「…………おはよう!」
ネモは歪みのない笑顔のまま廊下を足早に歩いていく。
「……ふう」
ずいぶんと長かった廊下を抜けて、ほっと一息撫でおろす。
ただでさえ1年生で生徒会長。その重圧をチャンピオンランクという立場で加速させてしまっている。
……自分はただ楽しくポケモン勝負をしていただけだったのに、周りの視線だけが変わっていく。
(……でも、大丈夫。わたしには、アオイがいるから)
それは近所に引っ越した少女との運命的な出会い。
何も知らないまま自分と戦い、しかもそれで勝ってみせた(それも2度も!)。多少の手加減はしたものの、トレーナーとしての腕は自身に匹敵するはずだ。
そうじゃないと、わたしは……
「あたしがお星さまなっちゃった!?」
ネモが階段を下りておくと、ふと下の方から叫び声が聞こえてくる……同時に勝負の匂いを嗅ぎ分けたのもあって自然と足が駆けていた。
「なんなのこの新顔ちゃん。マジ強いんだけど……」
「後輩がやられたァ……!? こうなったら先輩である俺が戦うしかないよな! スター団のいいとこ見せてやりまスター!!」
「な、なんだかすごく意欲的に勝負を仕掛けてくる……」
階段の踊り場で見つけたのは困り顔の少女。
彼女こそネモに匹敵するポケモントレーナー、アオイ……その手にはモンスターボールが握られていた。
「ちょっとちょっと! 何やってんのー!」
「あっ、ネモだ」
「ゲッ、生徒会長」
「めんどくさいヤツ見つかっちまった……せっかくの勝負が切り上げられちまうぜ」
2人のしたっぱはムッとしたネモに引き気味になるも、どうやら肝心のネモにとって2人は眼中に無いようだっだ。
「もう! ダメだよ! アオイ! ポケモン勝負するなら、わ た し と! ……でしょ!?」
「そうじゃなくてスター団が……」
「えっ!? あ、ごめん! 勘違いしちゃった!」
自分より頭一つ小さいアオイが指差す方へ視線を移してみると、そこには学園を脅かす(?)スター団の2人が立っていた。
それが正装なのか制服を着崩しており、星型のゴーグルをかぶっていたヘルメットに括り付けている。
「本当だ。よく見たらスター団! また強引な勧誘してる!」
「おっ、またってことはやっぱりノルマがあるらしいぜ」
「いまそんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!」
「え、ああ、はい、どうも」
2人でこそこそ話したところで男の子の方から返事が来た。
「……なるほどね。本来なら生徒会長としてこの騒ぎを収めるべきなんだろうけど、せっかくだからアオイが超・マル秘アイテムで解決しちゃえ!」
「ん!? あれはまさか……《テラスタルオーブ》!?」
ネモがアオイに《テラスタルオーブ》を渡したのを、したっぱAが目ざとく捉えた。
「何!? あの新顔、そんなにすごいやつなのか……」
「《テラスタルオーブ》を持っていると、ポケモンを戦闘中に《テラスタル》できるんだ! アオイのクワッスはみずタイプに《テラスタル》しそう!」
「《テラスタル》……いいの? こんなスゴそうなのもらっちゃって……」
「えへへっ。これもらうのって、本当は専用の授業を受けないとだけど、わたしが推薦しといたから!」
「あはは……さすが生徒会長」
「ものは試し! 戦いながら使い方、知っていこーっ!」
ネモがアオイとしたっぱの2人の中間に立ったことで、したっぱBが苦い顔をして疑問を呈する。
「あれ? この流れは《テラスタル》のお試しされるとか、いわゆるかませ犬にされる感じ……?」
その顔は、とても見覚えのあるものだった。
「それなら……——」
「……いやなら、わたしと勝負だよ」
そう言った直後、ネモは目の裏に熱いものを感じた。
今日だけじゃない、きっと今後も感じるであろうその嫌な感覚——
「え……マジで!? うっひょー! チャンピオンランクのネモに勝てればスクールカースト鰻登りだスターっ!!」
「…………え?」
しかし予想外で元気すぎる彼の返事にネモはしばし呆然としてしまった。
嫌な感覚も忘れて、ただ呆けて。
「カモネギが鍋を背負ってくるとはまさにこのこと! 俺のポケモントレーナーとしての覇道はここから始まるんでスター!」
「……?」
したっぱの高すぎる向上心にアオイは首を捻るばかりだ。
「あの、先輩?」
「へっへっへっ……見てろよ後輩! たぶんあの新顔は生徒会長に認められるほどの逸材だ。それをコテンパンに倒すのもいいが、何よりまず! そのネモに勝っちまえばあの逸材も俺を褒め称える! 当然、他の生徒も俺を崇めまくる! どーよっ、完璧な作戦だろ!?」
「作戦っていうか浅知恵っていうか……無謀すぎません?」
「無謀で結構! 目の前の輝く未来に向かって全力疾走こそ俺のポリシーだからな!!」
「うわあ希望に満ち溢れてる」
「あれっ……あれあれ? こんな……だって…………」
ネモはしたっぱ2人のやりとりが耳に入らず、ひたすら先ほどの言葉の衝撃を脳で反芻していた。
「ワタシのコテンパンが確定しちゃってるし……どうしよっかネモ。あれっ、ネモ……?」
アオイの呼びかけにネモは答えず、ただ顔を俯かせて肩を震わせて……
「……アハハ! アハハハハハハハハハハ!!」
涙を浮かべるほど笑い出した。
「なんだよネモ! まさか勝者の余裕ってやつか? 見てろー、すぐに吠え面かかせてやる! いやでも俺と勝負だぜ!」
「……いやでも、かあ」
矢継ぎ早に告げられたしたっぱの言葉を噛み締めながらネモはうっすら浮かんだ涙を拭う。
「わたしがそんなふうに言われるなんてなあ……!」
散々笑い切ったネモはアオイの元まで歩いて行った。
「ごめんねアオイ。ちょっとわたし、この人と戦いたいかも!」
「ネモ……ふふっ、うん応援してる」
アオイはネモと入れ替わる形で階段前に立って手を挙げる。審判役を買って出ていた。
「それじゃ! さっそくバトルやろっかバトルーっ!」
「げえっ」「おっしゃ!」
鼻息荒くボールを構えるネモだったが、それに対するしたっぱの反応はまるで正反対。
「なんか知らぬ間に恐ろしいことになったけど……戦うなら負けないでね先輩!」
「ったりめえだぜ、ここで俺が勝てば生徒会長……それどころかチャンピオンランクに急成長まで夢じゃない!」
社会のシステムがそれを許さない。
「アオイとは違った意味で面白いねっ。——ねえ、キミの名前は?」
ネモはボールを彼に向けながら問いかける。
「俺か? ふふふ……それなら名乗ってやろう! それも盛大にな!」
彼はボールをパルデアの青空に天高く掲げた。
「俺の名はイレギア! これからアカデミーで、いやパルデアで、いやいや世界でっ! 誰よりも一番強くなる男でスター!!」
「世界で一番か……いいね! わたしはネモ! ——実りある勝負にしよっ!」
ネモからの戦闘開始を受け、イレギアはスター団の象徴でもある見事なポーズを披露する!
「お互い何匹ポケモンを持ってるか分かんないからな……心に決めた一匹で戦いまスター!」
「それもいいね! それじゃあせーのっ!」
「いけっ、イキリンコ!」
イレギアは大きく振りかぶって山なりにボールが投げる。
「がんばれ、パモ!」
対してネモはへたっぴで腰の入っていない動きでボールを投げた。
「それじゃあ……勝負開始!」
2人のポケモンを確認したアオイが掲げたその手を勢いよく下ろした!
「がんばれー! 先輩ーっ!」
「サンキュー後輩! そんでネモ、出し惜しみは無しだ……全力で戦おうぜ!」
「もちろん! 見ててねアオイ、これが《テラスタル》!」
ネモの右手には《テラスタルオーブ》……それを彼女は左手で抑えると、オーブが突風とともに激しく発光! 辺りが暗くなり、止めどない光の奔流がオーブに収まる。
そして眩い《テラスタルオーブ》を再びのへたっぴ投法でパモへと投げつけた——解放されたテラスタルエネルギーを受け、パモのテラスタイプが覚醒する!
「パモ————っ!!」
頭に電球のような冠を——パモはでんきタイプに《テラスタル》した!
「おおおおおおおおおおおお!! これが《テラスタル》……まぶしっ! だがそれで焦るようなオレたちじゃねえだろイキリンコ! 張り切ったお前のパワーを見せてやれ、『でんこうせっか』だっ!!」
「『デンコウセッカ』ダ!」
イレギアの命令を復唱しながらイキリンコを一層強く羽ばたいて、ノーマルエネルギーを纏った脅威のスピードでパモへと突っ込む!
イキリンコの特性は【はりきり】。攻撃が1.5倍になり破格のダメージを叩き出す……
「パモ! 『でんきショック』!」
「受け止められるかな! オレのイキリンコは——」
「——ありゃ?」
……ただし、【はりきり】は命中率が0.8倍になってしまうのだ。
「パモっ!」
隙だらけになったイキリンコに、パモが両頬を肉球で擦って蓄えた電気が襲いかかる!
「アババババ〜〜〜〜ッ!!?」
「イキリンコ〜〜〜〜ッ!!」
テラスタル一致×弱点×急所=相手は死ぬ。
黒焦げになったイキリンコは当然の如くきぜつ。あえなくモンスターボールに戻されることになった。
「ちっ、くしょーっ!!」
「まあ、こうなりますよね……」
大いに悔しがるイレギアと当然の結果に呆れかえるしたっぱ。
「勝負あり! 勝者……ネモ!」
「いい勝負だったね! また2人で戦ろうよ!」
ポケモンをボールに戻したネモは同じく戻したイレギアに目を輝かせて詰め寄るも、彼は快くそれを受け入れてふんぞり返った。
「そりゃあもちろん! ……んで、次こそ俺が勝つ! だがその前に……おいお前!」
イレギアに勢いよく指を差されたアオイは唐突なことに困惑してたじろぐ。
「え……わ、ワタシ?」
「ああそうだぜ。こうなりゃ『やつあたり』だ! 憂さ晴らしと行きまスター!!」
「ええ~……!?」
「いいじゃんアオイ、それにまだ《テラスタル》使ってないんだからさ!」
「そうだけど……わわっ、押さないでったら!」
ぱたぱたと駆けてアオイの背中を押すネモだったが、その脳裏には別のことが占めていた。
(次は……か)
ネモはいつもの笑顔では無かった。けれど、悪いものではなかった。
「それじゃあ位置について! 勝負、開始ー!」
思わぬ邂逅。偶然が呼んだイレギュラーな存在。
けれどバトルを通じて理解した——きっと彼も、わたしの希望になってくれるような人だ。
(実るのが楽しみだな~!)
彼女は期待とともに腹の奥底から元気にバトルの開始を告げた。