焼き鳥の擬音じゃなくね?
「いい店あるなら私たちにもちゃんと教えろよ、な?」
「い、いやあ。ですからダイセンパイたちには似つかわしくない低俗な飲み放題でして……」
「私みたいな酒カスにしか似合わないんだって」
「そうなんすよ。だからお二人にも似合う、安くて雰囲気いい店行きます」
新宿から埼京線で北上し、埼玉との間の中途半端な駅で途中下車する。駅からすぐ側のアーケード街を少し進めば、料理と酒と値段が書かれた、小さな立て看板が現れる。
「ここです」
看板の脇の細く急な階段を昇って、入口の引き戸を開けるとベルが鳴る。早い時間なおかげで、木造の明るく温かい雰囲気の店内は、ほとんど貸切状態だった。
「四名でお願いします」
「かしこまりました〜」
入口からすぐ左の、テレビがよく見える位置に座る。バラエティ番組をぼーっと眺めながら、注文が決まるのを待った。
「オススメは焼き鳥です、バカ安くてめっちゃ美味いです」
「たしかに、居酒屋で一本八十円は安いですね」
「惣菜なら稀にあるかなって価格だな」
「飲み物は正直フツーなので何でもいいと思います、ただコスパはバカいいです」
生中三百円、サワー系三百円、ハイボール系二百円とだいぶ良心的だ。濃くもないけど、別に薄くもないし。
ひとまず生四つと、ぼんじり、皮、砂肝、つくね、レバー辺りを四本ずつ頼む。で、飲み物はすぐ来たのでジョッキを突き合わせる。
「乾杯〜」
「おつです〜」
「おつかれ」
「お疲れ様です」
今日は大した仕事はなかったので特に疲れていないけど、こうやってジョッキを突き合わせてると、何か日頃の苦労を労われてるような気がして良い。
「そう思いません?」
「?」
「ふらふら飲み歩いてるだけの人は挟まってこないでください」
「ちゃんとベースも弾き歩いてますぅ〜!」
「いや、お前も大概飲み歩いてる姿しか見てないんだが」
「後輩さんって、お仕事何されてるんですか?」
「あ、そういえば言ってないんでしたっけ」
ウェストポーチの名刺入れから三枚取りだして、みんなに配る。
「ワタクシこういうものでして……」
「あ、この雑誌読んだことありますよ。音楽雑誌の有名な会社さんですよね」
「いやあ、恥ずかしながらそこの末席を汚しております」
「音楽に関係する何かを志望してる、とは聞いてたが、まさかライターとはな」
「そーだったんだ~」
「いやお前は知っとけよ」
まあそんな話をしている間に、焼鳥が到着した。ので、お酒のおかわりとご飯物代わりのピザ、あとサラダを注文した。
「ほんとは親子丼とか焼き鳥丼とかオススメなんですけどね、鳥で被っちゃうんで」
「それでも別にいいけどね~」
「音楽ライターってことはやっぱり、有名なバンドの取材とかするんですか?」
「あはは、オレみたいなぺーぺーにはまだそーゆー仕事は回ってきませんね。同行させて貰えることは稀にありますけど、今のところはインディーズのバンドだとか、あと最近だとボカロPとかの取材が多いですね。それこそいつか、妹さんのバンドの取材する日が来るかもしれませんね」
「そうなるといいけどな」
星歌さんの瞳は暗かった。彼女もこの業界に長年携わってきた分、そこで生きていく難しさをわかっているからだろう。
「あ、じゃあSICK HACKのライブ通ってくれてんのも取材の一環なの?」
「いや、それは完全にオレの趣味ですね。SICK HACK、ウチ的にはアンタッチャブルな存在なんで」
「そーなの!?」
「はい。前に編集長に掛け合ったときは微妙な反応されました。なんでも前にライブに行った回がちょうど、ベースがライブ中に歌詞飛ばして勝手にソロ演奏始めた挙げ句、ドラムがキレてしばいたら、その衝撃でステージに吐いた回らしくて」
「何やってんだマジで」
「いつのライブだろう……」
「心当たりが無数にあるのはおかしいですよね」
PAさんの言葉に全員頷いた。頷きながら、焼き鳥を食べた。
「え、美味っ」
「炭火の香ばしい香りが堪らないですね」
「そうなんすよね。これが八十円です。この辺住んでたときはめちゃくちゃ通いました」
ランチもあったので学生のお財布にも優しかったのだ。
「この前の馬刺しもこの辺でしたよね」
「そうなんすよ。この辺は下町っぽいのもあってか居酒屋が豊作で、あと何軒かオススメできる店あります」
いい居酒屋は
池袋だとか新宿だとか、そんなところにはほとんどない。待ち合わせやすいから呼び出しているが、あーいう時に行くのは大抵チェーンだ。量産型じゃない名店を探す場合は、都会から二三駅ズレた場所の周りを探すとよく見つかる。
「ので、そーいった場所でいい店見つかったら、みなさんも教えてくださいね」
「そんな余裕はないよ〜」
「基本外食しないからたぶんないな」
「一人で知らないお店入るのってちょっと勇気いりますよね」
「くそー! 一人で新規開拓するの結構大変なのに!」
外食故のコストもそうだが、何より
「それを思うと、食べログとかでボロクソにレビュー書く人の気持ちもわかりますよね……」
「ご一緒していいのであれば、日程さえ合えば付き合いますよ……?」
「え、いいんすか!? 是非お願いします!!」
鮮やかにデートの約束ができたので、小さくガッツポーズした。『コイツ……』という顔をセンパイたちがしているのは見なかったことにした。