いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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手羽先ぱくぱく十二杯目

 

 

「おまたせしました」

 

「いえいえ、オレもいまきたところなので」

 

 前回センパイと飲んだ駅──の南口。小さな広場の前で、オレはPAさんと待ち合わせた。

 いつもの肩開きのトップスではなく、袖がレースになった黒のシースルーに、キャスケット、デニム、日傘と、これは気合を入れてきてくれたと解釈していいよな、と少しだけ期待してしまうような、オシャレで素敵な出で立ちだった。

 

「──めっちゃイイっすね」

 

「え? あ、ありがとうございます……?」

 

 PAさんの微笑みとともに、ピアスが少し揺れた。チキって主語の足らない褒め言葉を投げたことを悔やみながら、ミスを取り戻そうと話題を探す。

 

「なんか今日、マジでめちゃくちゃ暑いっすよね」

 

「今年一番の猛暑、みたいなニュース出てましたね」

 

「うわマジすか! すいません、こんな暑い中付き合ってもらっちゃって……」

 

「いえいえ、むしろありがたいです。誘われないとどうにも出不精になってしまうものですから」

 

 カバーがあったかすぎる。女神か何か? 

 駅前からとぼとぼ歩いて二分ほど。商店街に入ってすぐのめちゃくちゃ駅チカなところに、今日の目的地はある。

 ともすれば見逃してしまいそうな細く急な階段。申し訳程度に目の前に置かれた看板が、静かにその存在を主張している。

 

「ここです。階段急なんで、気をつけてくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

 上がって二階、扉を開ける。入ってすぐ左に小さなテレビが置かれ、その脇にお手洗がある。正面には六席ほどのカウンターがあり、奥には日本酒の空き瓶が並べられている。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あの、17時から予約してた──」

 

「ああ、二名のご予約ですね。あちらへどうぞ」

 

 カウンターを正面に見て逆L字型の店内の、一番奥のテーブル席に案内される。お冷とおしぼりにお礼を言って、メニューを二人で見られるように置く。

 

 

「隠れ家みたいで、いい雰囲気ですね」

 

「オレもちょうど、同じこと思ってました」

 

 顔を見合わせて微笑み合う。橙色の温かい証明に照らされた店内は、ニス塗りされたウッドテーブルの光沢も相まって、カジュアルな大人のお店といった印象を与えた。

 

「ここ、手羽先と日本酒の飲み比べが売りらしいんすよね。とりあえずそれでいいですかね?」

 

「大丈夫ですよー」

 

 飲み比べには二種類あって、480円の低価格版と580円の無制限版である。

 どちらも量は変わらず三合まで、一合ずつ三種類選べる。ただ、100円の差しかないし増えるのは三種類だけなので、それを飲むか否かで選べばいいだろう。

 

「日本酒にはあまり明るくないのですが、どれかオススメはあります?」

 

「そうですねえ……甘めと辛めと、どちらがお好みですか?」

 

「甘めのほうが気になりますね」

 

「んじゃ、これとこれとこれがいいと思います。すいませーん!」

 

 店員さんを呼んで、PAさん用のフルーティなやつと甘めなやつとバランスの良いやつ、そして自分用に辛めのやつとフルーティなやつとバランスがいい別のやつを頼んだ。あと手羽先と、パッと出そうなサラダ。

 

「おまたせしましたー」

 

 木の枠にハマった小さなグラスが3つずつと、酒瓶が6つ運ばれてくる。銘柄の解説を軽く受けながら、目の前でとくとくとお酒が注がれていく。美味い日本酒特有の芳醇な香りが、仄かに漂い始めた。

 

「それじゃ、飲みますか」

 

「ですね」

 

「お疲れ様です、乾杯」

 

「乾杯」

 

 一番利き手側にあったグラスを持って、キン、と静かに優しく突き合わせる。どれがどの銘柄か完全に聞き逃してたけど、この微かな濁りと林檎っぽい甘みは、たぶん右下に乗ってた秋田産のやつだ。

 

「ん……とても飲みやすくて美味しいです。フルーティな甘味がありますね」

 

「そうなんすよね、オススメのやつです」

 

 たまたま一杯目に取ったのが同じ銘柄だったらしい。なんだかシンパシーを感じて、ちょっぴり嬉しくなる。

 

「はい、手羽先とサラダでーす」

 

「ありがとうございまーす」

 

 お皿に溢れんばかり盛られた手羽先からは、食欲をそそるいい香りがした。「いただきます」と手を合わせ、お箸で一個取り口に運ぶ。

 香ばしい皮の感触と、スパイシーな味付けがめちゃくちゃ美味しい。ジューシーな肉汁の旨みと、ぷりっとした瑞々しいお肉がたまらん。名古屋行ったときに食べた手羽先より美味いかも。

 

「え、めちゃくちゃ美味くないっすか……!」

 

「いくらでも食べれちゃいそうな美味しさですね」

 

 太っちゃいます、と冗談めかしてPAさんは言った。思わず上半身に視線をやりかけて、ギリギリで踏み止まった。

 

「PAさんめっちゃ細いじゃないですか。結構体型とか気を遣われてるんすか?」

 

「食が細いほうなので、自然と……って感じですね。特に運動とかもしないので、こんな風に美味しいお店をたくさん紹介していただいたら、たぶんいつの間にか丸くなってると思います」

 

 若干むっちりしたPAさんを想像して、なんかいいな……と妄想した邪念を振り払って、「お気に召したなら何よりです。オレも、PAさんのお陰でこの店に入れたので、すげー感謝してます」と笑った。

 

「ふふ、お互い様ですね」

 

「ですね」

 

 言いながら、彼女はグラスを煽る。グラスは三つとも、もうほとんど空に近かった。

 

「追加、頼みます?」

 

「そうですね。じゃあ次は──辛めのオススメ、いただいてもいいですか?」

 

「了解しました」

 

 メニューと睨めっこする。といっても、今日のラインナップは十種類程度しかなく、先程五種類は頼んでいるわけで、辛めのモノはオレの頼んだもの以外になかった。

 

「んー……よかったらこれ、味見してみます? 辛めでいい感じだったんですけど、ちょっと癖あるので一杯頼むのはリスキーかなと」

 

「よろしいんですか? それじゃあ──いただきます」

 

 差し出したグラスを、PAさんはゆっくりと口元に運んでいく。オレはそれを見ながら、何かを忘れているような気がして首を傾げていたんだけれど、淡くリップが塗られた唇がグラスに触れた瞬間に気づく。

 ──これ、めっちゃ間接キスじゃん。

 

 

「………………」

 

 目を閉じて、彼女はじっと味わいを感じているようだった。

 冷静に考えたらいい大人が間接キスごときでどうこう考えてる方がおかしい気がするし、彼女の方もきっと何も感じてはいないだろう。気にしすぎるのもよくない、と思考から追い出した。

 

「……大人の味、ですね。とてもよかったです」

 

 彼女は上気した顔で、こちらを見つめる。いまこの瞬間の彼女の視界に、オレだけが映っているのが伝わってきた。

永遠にも感じた刹那の後、彼女が小さく唇を舐めて囁くように言った。

 

「──ごちそうさまでした」

 

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