いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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親子丼はむはむ一六杯目

 

 

 

 あれだけ食った(どころかオレに残飯処理を任せた)にも関わらず、厚顔無恥にも「〆の何かが欲しくない?」と宣った偉大なる廣井センパイに従い、オレたちは名古屋駅地下・うまいもん通りに来ていた。その名の通り、チェーン系のうまい名店が立ち並ぶ通りである。

 駅内にひっそりと現れる入口に入って、人三人がすれ違えるか否か程度の細い通りを進む。

 

「個人的に、こういう通りはハズレはなく大アタリもない、絶妙にオモロくない結果を残しがちなんですけど」

 

「うん」

 

「この店は間違いなくアタリなので安心してください」

 

「ハードル上がってるけど大丈夫?」

 

「マジでよゆーです」

 

 入店すると、カウンター6テーブル10程度の狭い店内は、ほとんど酔っぱらいで満たされていた。ダメ元で「二人なんですが、入れます?」と言えば、テーブル席の端に通され、おしぼりを渡される。

 

 

「鶏関連は軒並み美味いです。特にオススメなのは親子丼ですね」

 

「んじゃそれで! 串系は後輩くんに任せちゃお〜」

 

「は〜い」

 

 串盛りとビール一杯ずつ、それに親子丼二つを頼んで、先に届いたビールを味わいながらダラダラと鶏を待つ。先にやってきたのは串焼きだった。

 

「コーチン、うめぇ〜」

 

「美味し〜」

 

 愛知に来たら間違いなく食べるべきなのは、名古屋の地鶏、名古屋コーチンである。

 基本的に焼き鳥は塩派なのだが、個人的な好みを抜きにしても、この名古屋コーチンは塩で食うべきだと思う。何故なら、コーチン特有のコクと引き締まった旨味を、塩が引き立ててくれるため。タレも悪くないと思うが、特有の味とケンカしてしまうので、間違いなく塩がいい。

 

「おまたせしました、こちら親子丼ですね」

 

「あざーす」

 

 盆に乗って、蓋を被った丼と吸い物、お新香が運ばれてきた。蓋を開けるともくもくと立つ湯気と、金色に輝く卵と、山頂に添えられた三葉が目に入った。

 

「めっちゃいい香りする……!」

 

「さ、食べますか」

 

 スプーンを入れ、お肉と卵と白米を、程よいバランスで確保して口に運ぶ。

 まず広がるのは出汁の旨味。鶏のイイところが、出しゃばりのOBくらいに顔を出している。

 次に、とろけるように滑らかな、卵の舌触りに気づく。今まで食べていた親子丼は何だったんだ、と思うほどとろとろのこの卵には、言うまでもなく鶏の旨味が染み込んでいるわけで、最早この卵とご飯だけでも無限に食べられるんじゃないか、と思うレベルだ。

 

 しかしそんな思い込みは、鶏本体によって砕かれる。程よく引き締まった身、噛めば溢れる肉汁、ご飯が欲しくなる味わい。コイツが親子丼において縁の下の力持ちであり、大黒柱であり、間違いなくメインディッシュなのだ。

 

「いままで食べた親子丼の中で、一番美味しいかも……!」

 

「でしょう?」

 

 ビールを飲みながら頷く。焼き鳥の質も高いし、密かに名古屋に来る度に通っているお店である。ご満足頂けたなら何よりだ。

 

「ほら、お新香とお吸い物も食べてみてください」

 

「ん」

 

 ぽりぽりと子気味いい音を立てて、皿上の胡瓜や大根が消えていく。さっぱりとした味わいは、少しごちゃごちゃし始めていた口内をリフレッシュさせ、そしてお吸い物の優しい旨味が、これまでの全てを優しく包み込み、素敵な余韻を残す。

 

「あ〜、幸せだねえ」

 

「ですねえ」

 

 酒が回って火照った身体の隙間に、お水が入り込んで優しく冷やしていく。時間が経って落ち着いたことで、なんだか冷静になってきて、冷静に鳴った途端、ライブ後の疲労感もふつふつと湧いてきた。

 

「センパイ、そろそろホテル帰りますか」

 

「そうだね」

 

 彼女はごしごしと瞼を擦る。パフォーマンスしていたセンパイは、きっと見てただけのオレよりずっと疲れていることだろう。会計を済ませて、駅の出口の方へと向かう。

 

「──後輩くん」

 

「どうしました?」

 

「いつも、ほんとにありがとね」

 

「なんですか急に、こちらこそって感じですけど」

 

 ふふ、と溢れた笑いが重なった。

 

「本当にお疲れさまでした。どこのホテルでしたっけ、送りますよ」

 

「ん……」

 

 右手に、ぬるい体温と細い指の感触があった。彼女に手を引かれ、繁華街の中を進む。これじゃオレが送られてるみたいだな、なんて苦笑した。

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