エレベーターで四階に上がると、真っ先に見えるのは、少し口の開いた球体。手毬を模したそれの中には座席があり、和らしい橙色の証明と模様で、
「二十時から予約してた伊地知です」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
店員さんに、その中の一つへと案内される。半円型の座席は何となく距離感が掴みづらくて、程よくパーソナルスペースを確保しながら、星歌さんと二人、座った。
「お飲み物はスマホでこのQRコードを読み取っていただいて、そちらからご注文ください。コースメニューは順番にお持ちいたしますね」
「ありがとうございます」
店員さんが去ったのを見計らってから、星歌さんが「また私の名前を勝手に使いやがって……しかもこんなお洒落な店で」と、普段より少し声を窄めていった。
「あはは、すいません。お洒落な店にはお洒落な人の名前の方がいいかな、と思ったので」
「口だけは無駄に達者だな……」
「一応ライターやってますんで」
「でまかせを自白したって解釈するぞ」
「と、とりあえず飲み物頼みましょうか」
無難に生二つを頼むと、空いているおかげかすぐに来てくれた。続けて乾杯、いくらお洒落な店だろうが、いつも通りごくごく飲む。
「っあー! 美味いっすね!」
「おまえはどこでも変わらないな……」
お上品にとくとくとビールを飲んだダイセンパイが言った。この人が初動このペースなんてありえない。恐らく、というか確実に、店の雰囲気に気圧されている。
「星歌さん、気にしなくていいんすよ。正直オレも、予想よりオシャレな店でめちゃくちゃビビりましたけど、そこで気圧されたら負けです。バンドマンたるもの、己の生き様を
「もう私、バンドマンじゃないけどな」
「でも生き様はロックそのものですから」
雑な雑談をしていたところで、コースメニューが数品一気に届いた。
お造りの盛り合わせと、なんか長芋っぽいやつ、貝のよくわかんないやつと煮玉子に黄色いのが乗ってるやつだ。店員さんが説明してくれてたはずなんだけど、料理そのものに注意が向きすぎて普通に何言ってるかわからんかった。
「何もわかんないけど美味そうなことはわかる! いただきます!」
とりあえず、前菜っぽい長芋から食べてみる。長芋特有のねばねばと風味がたまらない。そこにこの爽やかな風味……たぶん梅系の何かで和えてる。食のエンジンをかけてくれるようなメニューである。
次に玉子を食べてみる。間違いのない出汁の旨味に、雲丹の芳醇な味が混ざって最高になってる。
カンパチとマグロも美味い。
貝は、普通に、貝だった。
「よくわかんないけど、めっちゃ美味いですね」
「そんなふんわりした感想でいいのか?」
「たぶんよくない。でも、美味いのが一番ですからね」
「……たしかにそうだな」
星歌さんが、自然に微笑んだ。なんとなく、そう見えた。
「星歌さんはこういう店、行き慣れてると思ってたので、なんか意外ですね」
「そうか?」
「ほら、顔がいいしモテそうじゃないですか。で、そういう人連れてくのってこういう店が多そうだから」
「あいにく、音楽関係以外の人脈はほぼゼロだったからな。モテなかったし」
「あー……バンドマン、基本金ないですからね」
サバサバした女より、なんか地雷系というかバンギャというか、ああいうちょっと色物でカワイイ女の方見るし。覚えがある、色々。
「稀にいても、大衆居酒屋で酔っ払って終わりだからな……それももう何年も前の話だけど」
「まあアレはアレで楽しいんですがね」
そこでようやく、次の品が来た。鶏肉にネギダレがかかってるやつである。もうこの時点で、美味いことは内定している。
食べてみた。美味かった。
「ネギたまらん~、こういうネギダレ作り置きしときたいな」
「虹歌が前に冷蔵庫に作り置きしてたな」
「絶対いい嫁になりますよ、妹ちゃん」
なんともいえない顔をしたダイセンパイを見て、「勿論星歌さんもですけど」と続けた。もっとなんともいえない顔をされた。何を見てそう思ったんだ、とむしろ詰められた。
「……顔?」
「お前なあ……」
「いや、冗談ですって。ってか普通に、妹さんに料理作ってあげようとした~みたいな話してたじゃないですか。下手で見てられなくて、気づいたら仕事奪われてた、みたいなことも言ってた気がしますけど」
「……よく覚えてたな」
「なんですか、その引き気味の目は。オレ、人に対する記憶力だけはいいんすよ」
たしか、オムライスを作ってあげようとした──と言っていたところまで覚えている。この流れで言うと引かれそうだから何も言わないけど。
オムライス、普通に家庭的でいいと思った。
「おまたせしました、こちらメインのすき焼きですね。〆のうどんもございますので、お好きなタイミングでご投入ください」
「ありがとうございます」
野菜や豆腐やキノコと、和牛らしく、霜の降った肉が乗っている。とりあえず玉子を器に溶かして、煮立つのを待つ。
「……今日、なんで誘ってくれたのか聞いていいか?」
「んー……大した理由はないですよ。こういう雰囲気の店が似合いそうだなと思ったので」
「
「それも一瞬考えたんですけど、ここは星歌さんと来てみたいなって」
「それは、なんで」
「だって、先輩とサシ飲みしたことないですし……それに、新しい店を開拓するの、好きそうじゃないですか?」
これはハッキリ覚えている。今まで、星歌さんはオレが行ったと事後報告した店の数々に興味を示してきた。ちゃんと誘え、とまで言ってたと思う。興味本位なのか何かの発散なのかはわからないけど、とりあえず、誘ってみたいな、と思わされたのだ。
「実際おかげさまで、いまめっちゃ楽しいっす」
「特に何もしてないけどな」
「ほら、一緒にいるだけで落ち着く関係ってあるじゃないですか。それです」
「そこまで深い関係だったか……?」
「……美人はいるだけで画になりますからね」
「苦しい言い訳だ」
なんとなく物足りなさそうな、何か言いたげな彼女を見て、オレは口を開く。
「星歌さん」
「どうした?」
「その……なんか悩んでるなら話、聞きますよ?」
「……姿勢を改めて何を言い出すのかと思えば、そんなことか」
「そんなことってなんすか、オレはマジメに心配してるんすよ」
「それはよくわかったよ」
ぽん、と彼女の手がオレの頭に置かれた。
「気を遣ってくれて、ありがとう。私は大丈夫だから」
「……ならいいですけど」
「そんな感じで話聞いてくれる男、意外といるしな」
「うわ、心配して損した」
軽口を叩きながら笑い合う。意外といないのも、オレがそういう意図で言ったわけではないことも、お互いにきっとわかっていたと思う。──それでもオレが、本気で力になりたいことも。
「……あ、まずいです星歌さん」
「どうした」
「話し込んだせいで、せっかくのいい肉がカチカチになってます……! ちょっと煮過ぎた!」
「なんてもったいない……!」
「出汁が染み出した今のうちに、うどんも入れて煮込んじゃいますね!」
「どんどんやれ!」
「うおおおおお!!」
品性の欠片もなく、うどんを鍋の中にぶちまけてぐるぐると混ぜ合わせる。どれだけ真面目な話をしようがお腹は空くのだから、考えるだけ馬鹿らしいかもな、とも思った。
星歌さんってたぶん、過去の経験的に『後悔しないようにマシな後悔を選ぶタイプ』な気がするので、主語足らなすぎだけど稀に悩んでるよ、みたいなお話を書きました。
現状も楽しいし悪くないけど、アラサーの四文字はそこそこ大きくのしかかってるし、原作5巻過去エピのたらればの部分はたまに妄想してる、みたいな。
我ながらちょっと解釈違いな部分もあるけど(小声)