いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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バーでほろ酔い十八杯目

 

 

「──の十七年と、何か飲みやすいカクテルを一つお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 煌びやかな照明。どこからか微かに流れているジャズ。カウンターを挟んだ奥には無数の高級酒が並べられ、極上の空間を演出している。

 バーテンダーがシェイカーを振る中、隣に座る彼女が、オレの耳元で囁いた。

 

「なんだか、ドキドキしますね」

 

 その囁きの方がよっぽどドキドキする。

 

「ですね、オレも初めてきた時はビクビクでした。いまは結構慣れましたけど」

 

 嘘である。全然慣れていない。さっきもどのウィスキーを頼めばいいのかわからなくて、目についた高めな奴を適当に頼んだ。オレの知ってるウィスキーなんてニッカとトリスとホワイトホースくらいしかない。

 

「おまたせしました」

 

 円形に整えられた氷の入ったグラスを傾ける。熟成されたウィスキーの香りが鼻へと抜けていく。酒特有のエグみだとか薬っぽさはなく、ある種のフレグランスを嗅いでいるような、そんな感覚すらあった。喉元過ぎても残る旨味と体内に広がる熱に、思わず息が漏れる。

 

「ふう、美味しい」

 

「やっぱり本職の方が作ると違いますね」

 

 彼女が微笑むと、バーテンダーは静かに会釈した。めちゃくちゃ味が気になる、あとでオレも同じものを貰おう。

 

「………………」

 

「………………」

 

 まずい、いざオシャレな空間で二人っきりになると何も喋ることが浮かばない。グラスを煽るペースばかりが早くなる。この前の日本酒の時はめっちゃ喋れたはずなのに。えっと、話題話題……やっぱり趣味とかがいいよな。

 

 

「最近も、動画とか見てます?」

 

「最近はそんなに見れてないですね、むしろ逆──」

 

「逆?」

 

「い、いえ。逆に、動画より配信の方が見てるなと思いまして」

 

「あー、オレも最近はそっちが多いですね。やっぱりライブからしか摂取できない栄養素がありますからね。どんな配信見てます?」

 

「えっと……最近だと、音戯アルトの」

 

「もしかして音戯アルトの飲酒配信ですか!?」

 

「アレ見たんですか!?」

 

「当然見ましたとも! 未成年かと思ってたんでお酒飲んでるのが意外でしたね。っていうか友達と酒飲みに行ったエピソードめちゃくちゃよかったですね!  色々いい店行ってるみたいだし、いや~賑やかで楽しそう~。アルトちゃんは静かなバーとかで飲んでみたいって言ってましたけど、こういうところですかね?」

 

「ええ、きっと」

 

 短めの返答でようやく我に返った。めちゃくちゃ早口で喋ってしまった、引かれただろうな、と思い「すいません、話しすぎました」なんて謝れば、くすりと微笑が溢れた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、少し嬉しかったもので」

 

 彼女は、カクテルを一口煽って続ける。

 

「ほら、いつものメンバーでいる時って自分のことをあまり語らないじゃないですか。なので、好きなものについて話してもらえるのが嬉しくて」

 

 言われてみると、たしかにそうだった。いつも飲んで食って騒いでばかりで、大した話はしていない。それも悪くはないんだけど、たまにはこういうのもいい。

 

「──それに、聞いてるだけで幸せですから」

 

「そんなこと言われると、調子に乗って話しすぎちゃうかもっすね」

 

「いくらでも聞きますよ」

 

 瞳を合わせて、笑い合う。仲の良いグループの中で二人だけ、同じ話題を共有できるというのは、甘美な響きを秘めていた。

 

「喋ってたら喉乾いたな。オレも何かカクテル頼も、何かオススメとかあったりします?」

 

「そうですね、ではキルシュカシス二つで」

 

「かしこまりました」

 

 聞いたことのないカクテルだった。そういえばいつも、カシス系の飲み物を頼んでいる印象がある。甘めのものなのだろうか、なんて想像しながら、バースプーンで中身が混ぜられるのを眺める。

 

「おまたせしました」

 

 目の前に細長いカクテル・グラスが置かれた。カシスソーダに色合いは近いが、それよりも濃く赤く見える。

 手に取り、口へと運ぶ。カシスの濃厚な甘味が、ソーダとキルシュによって爽やかな味わいへと変わっている。さっぱりとしていて、大変飲みやすい。

 キルシュが何かは全然わからないけど。

 

「いいですね、これすごく好きかも」

 

「私も最近好きなんですよね。落ち着いた大人の甘さを感じて」

 

 耳にかかった髪を軽くかき上げながら、彼女は言った。甘いものはそこまで得意ではないが、こういうものならいくらでも味わえそうな気がしてくる。

 

「最近少し、カクテルに凝ってるんです。家でも時々作ってるんですよ」

 

「すげえ、オシャレさんっすね。やっぱりカシス系が多いんですか?」

 

「他にも色々ですね。カクテルは素敵な名前が沢山ありますから、そこから惹かれて作るときもあります」

 

 アイスブレイカー、スクリュードライバー、アプリコットフィズなど、カッコイイ横文字がたくさん挙げられた。こう聞くと、全然カクテルのことを知らないのだなと、少し悔しくなってくる。

 

「いいなあ、オレなんて居酒屋で出るようなカクテルのことしか知らないですよ」

 

「調べてみると面白いですよ。カクテルの一つ一つに、深い意味が込められてたりしますし」

 

「それこそバーで稀に聞くやつですね」

 

 直接言わず、飲み物に言葉を込めることで、奥ゆかしさと逃げ道と、一歩を踏み出す勇気をくれる。それって中々素敵なことだなあ、とカシスの甘味に浸りながら、ぼんやり思った。

 

 

 

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