「ライブお疲れ様です」
「やー、ありがと」
ライブハウス『新宿FOLT』の裏口。汗だくのきくりセンパイにタオルとドリンクを渡す。彼女は身体を拭った後、一瞬停止してからペットボトルの蓋を開けた。
「悪ぅございましたね、ソフトドリンクで」
「流石にそこに文句はないよ!?」
私をなんだと思ってんのさー、と手で顔を扇ぎながらドリンクを煽る。どこか物足りなさそうに見えるのは気のせいではないと思う。
「今日もバチバチでしたね」
「まーね、みんないい感じだったかも」
「一番よかったのは、センパイが何も機材を壊さなかったことですけどね」
「それ!」
ビシッと指差ししてセンパイが頷いた。
「何年ぶりだろうなあ、銀ちゃんにどやされずに終わるの……」
「そのレベルなんすね……」
たしかに、オレの見たライブは百発百中で何か壊していた気がする。そういうパフォーマンスなんじゃないかってレベルだ。
「なら今日はお金がありますし、奢らなくてもいいですよね」
「うん、よゆーです」
「っていうかむしろ、この前貸したタクシー代分で奢ってください」
「任せなさい」
胸を張るセンパイ。任せるも何も当然の権利の行使なのだが、できる後輩なので何も言わない。ついでに思い出したので、センパイに質問する。
「そういえば、他のメンバーは誘わなくていいんですか?」
SICK HACKの他のメンバー……ギターの清水イライザさんとドラムの岩下志麻さんだ。いつもセンパイが備品を壊して怒られるせいで、不機嫌になってしまって、志麻さんが打ち上げに着いて来てくれないらしいけど、今日ならいけるんじゃなかろうか。
「や、むしろ不気味がられて『早く帰って寝なよ、お大事に』って逃げられた。失礼しちゃうよね」
「日頃の行いですね」
ちなみにイライザさんには『今日はアニメのリアタイするので帰りマース!』と逃げられたらしい。どんまい。
「じゃあ行きますか、打ち上げ」
「待ってました!」
「何飲みたいですか?」
「う~ん、打ち上げといえばやっぱり、一杯目はビールじゃない?」
「わかりました」
新宿FOLTから数分ほど歩き、繁華街の方に向かう。三丁目付近のビルに入って、四階までエレベーターで上る。そこにあるのが今日の目的地、クラフトビールで有名な店である。
「いらっしゃいませ~」
横に広く明るい店内には、長いバーカウンターと、背の高い丸テーブルの席が並び、客で賑わっている。
「十枚お願いします、それと──────」
料理を数点を注文すると、会計はちょうど諭吉一枚で済んだ。番号札と硬貨十枚を受け取り、なるべく
「おお、すっごい……!」
ずらりと並ぶビールサーバー。十数台ほどあり、それぞれ別の種類のビールが出てくる。王道のアサヒだとかキリンだとかだけでなく、ペールエール、シュヴァルツなどの色々な種類のクラフトビールが見える。
「たくさん買いましたし、味の違いを楽しむ意味でも、とりあえず普通の生いきますか」
グラスをセットし、コインを入れてボタンを押すと、グラスが少しだけ傾き、注ぎ口からビールがなみなみと一杯になるまで注がれる。泡をこぼさないように大事に抱えて席に戻り、グラスを突き合わせる。
「それじゃセンパイが機材を壊さなかった記念に、カンパーイ!」
「乾杯~!」
ごくごくと、勢いよく喉を鳴らして飲む。泡が喉を越えていく感じが大変心地いい。生きてるって実感を得られる。
「っはー、やっぱり一杯目のビールは効くね~~!」
「マジでたまらないっすよねえ……!」
齢二十歳半ばと後半にして、オジサンくさい飲み方をしている自覚はあるが、こればかりは許してほしい。美味いもんは美味いのだ。
そして美味いので、二人して秒で一杯分消える。なんなら今のはアップみたいなもので、ここからが本番なのだ。
「さて、じゃあクラフトビールいきますか」
「まってました!」
「頼んだ料理はアレだから──とりあえず、ソレがいいと思いますよ」
指差したタップを捻ると、薄橙色の液体が注がれていく。ペールエール系の一品である。
「おまたせしました、ソーセージの盛り合わせとマルゲリータです」
席に戻るとちょうど、料理が運ばれてきた。絶好のタイミングである。
「ソーセージはわかるけど、ピザはちょっと意外かも?」
「それが意外と合うんすよね。とりあえず食べてみてくださいな」
いただきます、と揃って手を合わせる。四つに切り分けたうちの一つを手に取って口へと運ぶ。トマトソースの甘みと酸味、ガーリックの風味、モッツァレラの旨みがよくマリアージュしている。流石に釜焼きではないと思うけど、ピザというよりはピッツァの味わいだった。
「さ、グッと流し込んじゃってくださいよ」
「ん、ん…………んま~!」
ゴクゴクと喉を鳴らすいい飲みっぷりで、センパイがビールを堪能した。
ピザといえばワインの印象が強いが、意外とオールマイティに酒のつまみとなるのだ。ペールエールの爽やかな味わいと喉越しが、ピザの旨味をよく引き立ててくれる。
「このビール美味しいね~」
「いいっすよね。他にも色々ありますから、ジャンジャン飲んで試しましょうや」
注いだ時点で、普段のビールとはまったく違う色合いの物が多い。白ビールとも呼ばれるヴァイツェン、見た目からして黒いスタウト、褐色だったり橙だったり黄金だったり、それぞれ味わいも香りもコクも段違いであり、その違いだけで無限に楽しめる。
ただ、違う印象のビールたちでも、一つだけ共通している点がある。それは────
「ソーセージバカ美味ぇ……!」
「これは最高過ぎるかも……!」
噛んだ瞬間の肉汁も、旨味も、スパイスの効いた風味も、すべてがビールにマッチしている。長年付き合いのある相棒みたいな安心感だ。センパイとその愛機、スーパーウルトラ酒呑童子EXみたいな。
「お肉食べてお酒飲んでる時が一番幸せだよねぇ~~~」
「いいこと言いますね~」
そこに音楽をキメれれば無敵の布陣の完成である。センパイのライブとかでやりたいな。
「はー、満足満足!」
「お気に召したなら何よりです」
少し膨らんだお腹をぽんぽん叩きながら、二人で店を出る。夜風が肌を刺すが、酒で温まった身体には丁度いいくらいだった。
「よおし、じゃあ二軒目いこっか!」
「満足したんじゃなかったんですか?」
「それはビールの話だよ~~~~」
まあこの人からしたら、ウォーミングアップが終わった程度なのだろう。「明日も休みですし、付き合いますよ」と苦笑しながら答える。次は何を飲ませようか、なんて少しだけはやる胸のうちを抑えた。