ガッツリ原作タッチ・セカンド
「いらっしゃいませ〜」
薄暗い階段を降りて扉を開ければ、ライブハウスらしい暗めの内装と、金髪の活発そうな女の子が出迎えた。
「チケットとジントニックと、あとこれとこれとこのピックお願いします」
「はーい、3000円になります!」
「ども〜」
ピックを三つ、それぞれ指で挟みながら、ジントニックを啜って、ライブハウスの中へと進む。まだ開店まもないのもあって、
「……ぼっち、腰が入ってない」
「ははははい! すいません!!」
「モップがけに腰も何もないだろ、お前このまえスマホ見ながらやってたの知ってるからな」
「私は……猫背の方が力入るんで」
青髪の子が桃髪の子に絡んで、それをダイセンパイが咎めていた。あの初々しくて辿々しい感じ、高校生の初バイトなんだろうなあ。応援したくなる。
「ん……? 後輩じゃん」
「おす、ダイセンパイ。遊びに来ました」
「うん、お前はゆっくりしていけ」
センパイだったらゆっくりできなかったんだろうなあ、と悟りながらとりあえず、その辺にあった椅子に座る。ライブ始まったらどうせ立つとはいえ、それまでが長すぎる。
「お前、まだピック集めてるのか」
「持ってないやつ見るとつい買っちゃうんすよね。社会人になってからも続いてる数少ない趣味の一つかもしれません」
「酒飲む以外に趣味があったのかよ」
「む、失礼な」
「店長、知り合いですか」
「大学の後輩。というか、廣井の後輩だよ」
「お、お姉さんの……!?」
信じられないと言いたげな顔で、桃髪の子がこちらを見た。
「うんうんわかる、意外だよな。オレとセンパイは似ても似つかないもん。どちらかといえば星歌さんの方をリスペクトしてるし」
「びっくりするほど嬉しくないな」
むしろ悔しそうだった。リスペクトしがいのない人である。
「一応紹介しとくか。こいつらが結束バンド、ウチを中心に活動してるが、最近は動画だとか路上ライブだとかでも顔を売ってて、界隈では少しずつ有名になってる。折角だからライブの時みたいにやってみろ」
ダイセンパイの顎と視線がステージに立てと促している。渋々と言った様子の子も二人くらいいたが、各自ポジションに着いたところで、金髪の子がスネアをたたんと二回叩いた。
「ご紹介に預かりました、結束バンドです! ドラム担当、伊地知虹歌!」
華麗なスティックさばきとともに、手慣れた様子でパフォーマンスをする虹歌ちゃん。快活な様子は、店長とは似ても似つかない。
「ベース担当、山田リョウ!」
「…………」
鮮やかなスラップ。涼しい顔で行われる鮮やかな運指からは、技量とそれに裏付けされたプライドの高さが窺える。青いショートカットを軽く靡かせて、少女はジャジャンと決めた。
「ボーカル担当、喜多郁代です! お二人みたいにパフォーマンスはできませんが、歌で魅せますっ!」
センターの赤髪の子が、Gコードを一つ鳴らしてから言った。実力はわからないけど、心意気だけは間違いないようだった。
「そしてギター担当──後藤ひとり!」
──落雷が落ちた。
そう錯覚するほど力強いギターだった。
自分の音に驚いたのか、尻切れトンボのようにすぐに勢いは弱々しくなったが、その歌うように滑らかなギタービブラートのかけ方は、見事としか言えなかった。
「以上の四人で活動してます、よろしくお願いしますっ!」
「おおー、いいねえ!」
「なかなかだろ?」
「はい、正直オレがやってたバンドより全然レベル高くてビビりました」
「流石にまだそこまでじゃないだろ、最近伸びてきてるのは認めるが」
「おっ、お姉ちゃんデレ期きた?」
「うるさい、さっさと仕事に戻れ」
「自分がやれって言ったのに!?」
「横暴だー!」とぷりぷり怒りながら、虹歌ちゃんは受付の方に戻った。喜多さんがフロアの掃除を始め、山田さんが機材をベタベタ物色し始め、後藤さんがオロオロと途方に暮れた。スキルはあるのに人間性が終わってるタイプだと察した。
「面白い子たちですよね」
「うお、PAさんもいたんですね。ご無沙汰してます」
「職場ですので」
微笑んでいたが、やけに圧があった。気づいてなかったことに怒ってる? それとも、もしかして前髪とか切った? いやキッテナイか。
そんなくだらないことを考えていれば、星歌さんとPAさんが雑談を始めていた。
「そういやこの前の曲の音源、歌だけ録り直してくれたんだって? 手間掛けさせて悪かったな」
「いえ、大丈夫です。個人的にも納得いってない部分でしたし……今度何か美味しいお酒でも飲ませてもらえれば」
「それはコイツの担当だから」
「ナチュラルに後輩に押し付けないでください……ところでその音源ってやつ、聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、いいけど」
『グルーミーグッドバイ』と油性ペンで書かれたCDROMが、端末の中に吸い込まれていく。Audio-Technicaのヘッドセットを借りて曲に耳を澄ますと、なるほど、たしかにいい仕上がりだった。
プロレベルとは言えないが、アマの中では少し抜けてるし、今後の可能性も感じる。何より荒削りながらも曲と詞に光る物があるので、流行と噛み合えばバズってもおかしくない。
──ただ、なんだろう。ギターにとてつもなくデジャブを感じた。
「ギター担当の後藤さんって、どこかで別のバンドとかやってたりします?」
「いや、ウチが初めてのはずだぞ。めちゃくちゃ人見知りだし」
「ふーん……」
人見知り……ならソロ活動でワンチャン、辺りまで考えたところで、先日の佐藤さんとの会話とか色々な物が脳裏を過ぎって、点と点が線になってシナプスが弾けた感があったが、ひとまず「今日はありがとうございました。飲み終わりましたし、帰りますね」と、ジントニックのカップをゴミ箱に捨てて、入口に向かって歩き出す。
「おい、営業これからなんだけど観ていかなくていいのか」
「今日はあの子たちライブないでしょ? ならとりあえず大丈夫です、十分いいもの見せてもらいました」
夢とか希望とか可能性とか、そんなキラキラしか何か。大人になったら見れないそれを、少女たちに見せてもらえた。
「だからもーちょっとだけ頑張ろっかな、って。いつか、一緒に仕事できるかもしれないし」
「さあ、どうなるでしょうね」
戯けたように笑いながらも、きっと二人も、そうなる日を信じている──そんな気がした。
「──そうだ。結束バンドも応募してますよね、未確認ライオット」
「勿論」
入口付近のポスターを見ながら言う。
『未確認ライオット』──十代限定のロックフェス。若手の登竜門とも言われるイベントである。
「当日を楽しみにしてますと伝えておいてください。その時は、なんかいい店奢るんで、って」
「ありがとうございます、できれば回らないお寿司とかでお願いします」
「ちゃんと話聞いてたのね……」
突然足元から湧いてきて挙手した山田さんに苦笑いしつつ、ライブハウスに手を振って別れる。
次に会う時はステージの下から見れるといいな、って。