いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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お宅でごくごく二一杯目

 

 

ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。

 

「はーい」

 

宅配か何かだろうか? と玄関を開ければ、一升瓶を片手に持った、きくりセンパイがにへらと笑った。

 

「久々に、宅飲みでもしよーか」

 

「そういうのは事前に連絡するもんですよ」

 

空き缶とゴミ袋が偏在する、リビングを見つめて呟く。最近忙しかったから手を抜いていたのだ。

 

「だいじょーぶ、ウチより綺麗だし」

 

「センパイの家より汚いところも早々ないですからね……まあ立ち話もなんですし、とりあえず上がってください」

 

 

空き缶やらゴミやらをまとめた袋を寝室に押し込み、とりあえず事なきを得た。戸棚とテレビとクローゼット程度しかない四畳半の、中心に置かれた丸テーブルを囲む。

 

「センパイそれ、何持ってきたんですか?」

 

「えーとね、スーパーでセールしてたヤツ」

 

「うわ〜、だいぶイヤかも」

 

1100円もしたんだよ、とセンパイが口を尖らせた。1升でその価格なら有り得んくらい安酒だ。

 

「……まあ、とりあえず飲んでみますか」

 

「おー!」

 

戸棚からグラスを出して、瓶の蓋を回して匂いを嗅ぐ。うん、安酒の香りがする。とくとくとグラスに注いで(センパイのにはなみなみ、自分のにはちょびちょびだけ)

 

「かんぱーい!」

 

「かんぱいー」

 

グラスを突き合わせた途端、センパイはごくごくと、ビールでも飲むようなペースで呷った。安酒でよかった。

 

「あ〜、鬼ころと同じくらい好き」

 

「お、いい舌してますね」

 

確実に同ランクなので、センパイの舌は間違っていない。間違っているのは嗜むもののレベルである。

 

「じゃあオレも飲むか……」

 

口に運ぶ。米の雑多な香り。酒の苦味。口内にへばりつくような甘味が何とも言えない。

 

「……うん! いいお酒すね!」

「でしょ!?」

 

「オレが飲むには勿体ないんで、あとぜんぶセンパイにあげます」

 

「いいの!? いやあ悪いねえ」

 

「瓶ごといっちゃってください、ラッパで」

 

イッキ、イッキとコールするとセンパイが喉を鳴らして日本酒を流し込むが、粗悪なアルコールを飲んだセンパイが暴れたり泣き出したり吐き出したりしたら話にならないので、「センパイストップ! ストップ!!」と、ひったくるように瓶を取り上げた。オレが声を荒らげても据わった瞳で虚空を見つめ続ける辺り、すでに酔っ払いの片鱗を感じさせ始めていた。

 

「すいません、ほら、やっぱり美味しいお酒は味わって飲まないと勿体ないですから!」

 

「味わってたらすぐ手が止まっちゃうでしょ〜!? ううってなって、我に返っちゃうから!」

 

「ええ……」

 

つまり、まずいことは自覚してるんだ。それでも必死に飲んでるんだ。

 

「わたしは、お酒をむだにすることなんて……できない……っ!」

 

「もはや怖い、その熱意が」

 

涙ながらに訴えられても。

いや、一番怖いのはその気持ちがわからなくもないところだが。依存とは怖いものである。気付かぬうちに進行し、いつの間にか抜け出せない沼にどっぷりと浸かっている。

 

「なんか他にいいお酒ある?」

 

「ありますよ」

 

流石に飽きたんすねとは言わず、キッチンの奥の戸棚からグラスとバースプーン、リキュールとソーダを取り出す。製氷機から手頃な氷をグラスに詰め、リキュール1、ソーダ3の割合で注ぐ。

目分量だけど。

それをバースプーンで混ぜて、最後に冷蔵庫に入ってたレモングラスを添える。ほんとは別のハーブなんだけど、まあ似たようなもんだしいいだろ。

 

「おまたせしました、なんかいい感じのカクテルです」

 

「おー! 後輩くんこんなの作れるんだ!」

 

「まあ適当に詰めただけですけどね」

 

割合も正直、レシピを見たわけではなくて、何となく自分の好きな濃さができるソレを再現しているだけである。本職の人に見られたらしばかれること間違いなしだ。

 

「うん、おいしー! 日本酒飲んだあとだとさっぱりしていいね」

 

「でしょう?」

 

「なんか大学のときも、カクテル作ってた時期あったよね?」

 

「あー、そうですね」

 

酒飲むことにハマって、若干イキってた時期だ。

いま使ってるのもその時に揃えた器具だ。シェイカーもあるんだけど、正直めんどくさいので本気で映えさせたい時にしか使わない。カクテルグラスも容量が少なすぎて飲みづらいし、グラスに入れてバースプーンで混ぜれば十分だ。

 

 

「でも最近またハマってるんですよね。カクテル作るのいいなあって思ったんで」

 

「どっかオシャレなバーでも見っけたの?」

 

「それもあるんですけど、なんかPAさんの最近の趣味がカクテルづくりみたいで」

 

「……へえ?」

 

「それで色々話してたらカクテルの魅力を思い出して、なんかオレも作りたいな~って思ったので」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

きくりセンパイは目を細め、じとーっとした梅雨みたいな湿度の視線を向けてきた。なるほど、オレは理解した。

 

「センパイ、つまりそういうことなんですね」

 

「え?」

 

「センパイも、カクテルが作ってみたいんですね?」

 

「いや、ぜんぜん違うけど」

 

酔ってるはずなのに、赤みの見えない真顔で否定したセンパイは、そのまま嘆息していつものだらしない微笑みを浮かべた。

 

「そーゆーとこ、ほんとだめだよね」

 

「悪かったっすね、二ブチンで」

 

きくりセンパイはごくごくと、凡そカクテルを

飲むのに相応しくないペースでグラスを煽る。そのまま音が出るほど勢いよくグラスをおいて「おかわり!」と叫んだ。

 

「はいはい。何が飲みたいですか?」

 

「なんか切なめな味のお酒」

 

「だいぶふんわりしてるな」

 

難しい要求である。雰囲気を出すために久々にシェイカーでも使おうか?

ひとまずジンとハーブを取り出して、今夜はまだまだ付き合わされそうだな、と頭を悩ませた。

 

 

 

 

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