公式設定でPAさんの年齢が24歳だと明かされてしまったことで、後輩くんの一個下か同級生ということになってしまった
「ここ、ずっと気になってたんですよ」
新宿。三丁目駅付近の家電屋の向かい側、高いビルの影に隠れるようにした
四階建ての雑居ビル。その入口の看板を指差す。
「ワインメインのイタリアン酒場ですか」
「そこそこリーズナブルだし雰囲気がオシャレっぽいから気になってたんですよね」
カーブのある階段を上がって、二階の扉を開く。そこそこ広そうな店内は、しかし多くの人でごった返しており、結果的にだいぶ狭苦しい印象を受けた。
「すみません、19時から予約していた……」
「ああ、おまちしておりました。こちらへどうぞ」
店内入ってすぐのテーブルに通される。机上に置かれた空のトマト缶を見て、もしかしてこの上に皿だとかグラスだとかを置くのだろうか……と不安になったのだが、お冷を運んでこられると同時に回収されていった。何のオブジェクトだったんだ。
「なんだか、思ってたよりめっちゃ賑やかな感じっすね」
「これはこれで、気楽にできていいかもしれませんね」
ひとまずスパークリングワインのボトルとチーズの盛り合わせ、それからカプレーゼと時間がかかりそうなマルゲリータを注文する。
ワインとシャンパンがすぐに来たので、ひとまずボトルを開け、泡が抜けないようグラスに優しく注いでいく。まさにワインレッドといった色合いのそれを眺めてから、優しくグラスをぶつけ合う。
「かんぱーい」
「乾杯」
口に含んだ瞬間、炭酸の心地良い刺激と、葡萄の芳醇な香りが広がる。それを噛み締めるように味わってから飲み込み、後味と残り香を楽しむ。
次にカプレーゼにフォークを伸ばす。トマトのフレッシュな酸味が、チーズのまろやかな味わいを引き立て、とてつもない相乗効果を生み出している。
それに加え、バジルの独特の風味と香りが全体の味わいを引き締め、飽きが来ないようにしている。ワインで流し込めばもう格別である。ほう、と思わず息が漏れた。
「チーズとワインを同時に楽しんでる時って、人生で一番イタリアに生まれなかったことを後悔しますよね」
「わかるような、わからないようなですね……」
「でも刺身と日本酒を味わってると、日本人に生まれてよかったな〜って気持ちになるので、結果相殺されるんですよね」
「むしろその場合はプラスでは……? ほら、日本でイタリアンを味わうのは簡単でも、イタリアで和食を味わうのは難しいじゃないですか」
「はっ、たしかに!」
かしこい。目からウロコである。
日本人に生まれてよかった〜と思いながらカプレーゼを食べ終わると、チーズの盛り合わせがやってきた。
なんか固いチーズだとか、なんか柔いチーズだとか、なんか独特の風味があるチーズだとか、なんか細くてくるくるしたチーズだとかを食べる。全然名前わからん。でも、全部ワインに合う。
「そういえばハチャメチャにチーズばっかり頼んじゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。結構好きなので」
ワインがなくなったので、枝豆のスモークと、PAさんが頼んだのに釣られてサングリアを注文する。燻製の深みのある香りがついた枝豆は、そんじょそこらのそれとは格が違った。
サングリアに合うかと言えば、少し難しい話だったけど。
「最近は」
少しアルコールが回ってきたのもあって、静かに舌鼓を打っていると、彼女がそう切り出した。
「こんな風に、二人で飲みに行こうと誘ってもらえる機会が多くて、本当に嬉しいです」
「いや、こちらこそ。PAさんみたいな綺麗な人がいると、オシャレな店に入りやすくて助かってます」
「あら、少し複雑ですね」
「複雑?」
サングリアを煽ってから、PAさんは答えた。
「いえ、そんなに大したことではないのですが……誘ってもらえて舞い上がっていたので、飲み歩きの店を探す口実に過ぎなかったんだな、と思うと少しだけ」
「アッ」
いやその、違くて。ほんとは貴女と飲む口実にいつも店を探してて──焦り全開の早口でそこまで捲し立てたところで、彼女がくすくすと笑った。
「意地悪なことを言ってごめんなさい、冗談です。そもそも私が、知らないお店を探したい時は誘ってくださいって言い出した訳ですし、たとえそうでも怒りません」
でも、と彼女は続けた。
「今の言葉──少しだけ、期待してもいいんですよね?」
彼女の細い指が、手の甲に触れた。声は脳髄を蕩けさせるように甘く響く。
オレは──オレは。タイミング悪く届いたマルゲリータがなければ、やばかったかもしれない。