ぼざろ6巻めちゃよかった
「後輩くん。日本酒の飲み放題、いきたくない?」
「気にならないと言えば嘘になりますが、行きたいかどうかで言えば怪しい」
「え〜〜〜、なんで?」
一般的な居酒屋の飲み放題コースを想定してほしい。3000円〜4000円でコース料理が出てきて、サワーとか酎ハイとかが飲み放題。いい店だとビールがついてきたり、追加料金だったり。そんな中でメニューの端の方にある日本酒といえば、コンビニのパックとかカップとかで見るような、安物が多い。
「ので、どうなんだろうな、が真っ先に来ます」
「なるほどね〜」
あともう一つ、『センパイが勧めてるから』という悲しい理由もあるが、それは言わない。先輩を悲しませないのが、デキる後輩なので。
「なんか専門店みたいなとこらしくて、一杯あたりの単価も安いみたいだよ。一合五百円もしないとか」
「うわ〜尚のこと不安」
「行くだけ行ってみない? やばそうだったら数杯で出ればいいしさ」
「まあ、いいですけど」
アテもないのだし、まあ単価が安いならそこまでリスクもあるまい。観念して、センパイと新宿に向かう。チェーンなので都心の主要な駅には大体あるのだが、まあ集合が一番楽なので。
東口から出て、新宿三丁目方面に歩く。サラリーマンやOLの群れとか、パパ活っぽい怪しげな二人組とか、タトゥーバチバチの外人さんとかとすれ違いまくりながら、老舗百貨店の前を横切って御苑方面に少しだけ歩き、左手に現れたガラス張りのビルの地下に入る。
「また地下だねえ」
「居酒屋、アングラな存在なのかもな」
店内に入るとカラカラとした入店音と、「いらっしゃいませェ!」という居酒屋然とした声と喧騒が出迎えてくれた。すぐ側にいたポニーテールの店員さんが寄ってくる。
「ご予約されてますか?」
「はい。廣井です〜」
「はーい、ご案内しますね」
店内左の細っこい道を進んで、端のテーブル席に案内される。メニュー表と、卓上のQRコードを渡される。
「当店のご利用は初めてでしょうか?」
「そうですね〜」
「かしこまりましたー、それではご説明させてもらいますね。こちらメニューとなっておりまして、各日本酒の飲みやすさですとか、味わいだとかが書かれておりますのでよかったら参考にしてください。注文はこちらのQRコードからお願いします。あ、あと当店アプリがございますので、そちらインストールしていただければ大変お得になります!」
「うわ〜入れちゃお」
「それではごゆっくりー」
アプリを入れるのはだるかったので、先にメニューから見ることにする。
「普通に有名な日本酒ばっかだな、安いし……」
一杯三百円、高くても五、六百円程度。ちゃんと一合来るらしいし、普通に飲むのもありかもしれない。
「でもやっぱ色々飲むなら飲み放題がいいな〜」
ちら、と先輩が期待の眼差しを向けてくる。飲み放題は料金プラス人数×二品の注文がいるらしい。その時点で、ざっくり三千円近くはかかる。
「いや、やっぱヤですね」
「え〜〜〜!!」
「だって──どうせなら、もっといい酒飲みたくないですか?」
その隣の、プレミアム飲み放題を指差す。たった五百円でメニューの幅がめちゃくちゃ増えるなら、間違いなくこっちだ。
「いいね──飲もー!」
「おー!!」
飲み放題の注文と、淡麗の辛口日本酒、甘口日本酒、それからバランスがいい日本酒を一つずつ頼む。つまみは迷ったが、ひとまず無難にポテトフライと枝豆を頼んだ。
「おまたせしました、こちら注文のお酒ですねー。お客さんこの頼み方は通ですね、結構日本酒飲まれるんですか?」
「はは、まあ人並み以上には」
「いいですね〜! 今日、QRのメニューにない日本酒も何本か出せるんで、気になったらお声がけ下さい! 飲み放題からはちょっと外れちゃいますが」
「ありがとうございます、気が向いたら頼みます〜」
商魂たくましいな、と思った。日本酒って結構格式高いというか、いいものになると料亭みたいなところで静かにちびちび飲むイメージがあるが、こう、居酒屋らしいガヤガヤとした接客をされると、過ごしやすくて楽だ。
──や、まあハイエンドの店じゃないので当然といえば当然なのだが。
「安いのに酒の質は高ぇ……」
米の旨味、キリッとした辛味、口内で噛み進めた後のような糖の甘味。三杯それぞれから、三者三様な良さを感じる。向かいに座るセンパイも幸せそうにホワホワしているのを見て、静かに頷いた。
「美味いっすね」
「うん、めっちゃ幸せ〜」
三合瓶、秒で空になった。続けて次の注文に移る。今度はセンパイの好きな辛め系の中から二つと、オレの好きな甘めのヤツを一つ。折角なので全部知らない銘柄にした。
「おまたせしました、トリュフマヨポテトと枝豆ですね〜」
「まってました〜!」
一般的冷凍枝豆と、全然一般的じゃないカロリーモンスターみたいなポテトがやってきた。前者は並だったが、後者は量も中々あるしマヨもマシマシで美味そうである。
「いただきます」
箸を伸ばして、マヨがそこそこにかかってる一本を口に運ぶ。口に入れた瞬間、結構ガッツリ感じるトリュフの香り。マヨの塩気がポテトを彩って最強。
「え、めっちゃうま! 絶対冷食のポテトなのに、人生で食べたポテトフライの中でもトップかもしれん!」
「うわ、辛めのお酒とめっちゃ合う〜」
赤みのさした頬に手を当てて、センパイは舌鼓を打っていた。この人は、旨い酒と肴を味わってる時が一番かわいい。
「いいっすよね~、このマヨどこで売ってんのかめちゃくちゃ教えてほしいな」
「バイト募集してるみたいだし、応募して働けばわかるんじゃない?」
「居酒屋バイトはもう懲りてるんで……」
大学生の時の苦い記憶が脳裏を過ぎる。まあ、もう笑い話だからいいのだけれど。
「あ~、もう空になっちゃった」
「センパイ、そろそろペース落としましょうか。時間無制限ですし、のんびりバコバコ飲んだ方がお得ですよ」
「む、それもそっか~。じゃあ一本ずつ頼むことにしよ」
「そのくらいならまあ、大丈夫っすね!」
──それから二時間後。
「ちょっと、お手洗ってきますね」
「いってらっしゃい〜」
立ち上がった瞬間感じたふらつきをなるべく出さないように押さえて、さながら誘蛾灯に吸い込まれる虫のごとく、ゆらゆらとトイレの表札に従って歩く。
「あ〜〜〜〜〜っ」
扉を開けて、誰もいないのを確認して、便器の前に立ってから声を漏らす。
「めっちゃ酔ってる……」
口内から米と酒の香りが抜けない。ふわふわしすぎてトイレに向かってるだけでも何だか楽しかったし、この自我が溶け出しそうな感じが最高に気持ちいい。
──まあ、トイレから出たら不思議と落ち着くのだが。
「いや、やっぱそんな酔ってないな……」
スタスタと席に戻って、一合瓶を二本一気にラッパ飲みしようとしているセンパイを見て思った。瓶に直接口を付けるのは禁止らしく、先程注意されたのを忘れているらしい。まあ、お猪口に注ぐのが面倒な気持ちはわかるけれど。それにしたって、口内で日本酒カクテルを作ろうとするのは馬鹿だ。
「センパイ、大丈夫っすか?」
「よゆ〜〜〜!」
「絶対嘘だ……」
不安だしさっさと帰るか、と思ったのだが、よくよく考えるとまだ二品目の品を頼んでいない。とんだ迷惑客である。
メニュー表から、こんな時にピッタリの料理をチョイスした。
「おまたせしました、えんがわ茶漬けとあおさ茶漬けですね」
「ありがとうございます」
「あ、あとお酒の追加を──」
「ほんとにすいません、この人の言葉は聞かないでください」
「かしこまりましたー」
モバイルオーダーのことすら忘れてたらしいセンパイは、「おさけ……」と捨てられた子猫のごとく悲しそうな顔をしていたが、こればっかりは心を鬼にして咎めざるを得ない。
「ほらセンパイ、茶漬けがあるじゃないですか。この酒でひたひたの胃に入れたら絶対美味いですよ」
スプーンであおさとご飯と具をいい感じに掬って、軽く冷ましてからセンパイの口元に運ぶ。「あつっ」という声が漏れた。
「…………」
はふはふしながら口内に慣らして、ようやく嚥下すると、センパイは仏のような安らかな表情を浮かべた。
「ああ……私、きっとこの為に飲んでたんだ……」
深い息を吐くセンパイの後を追うべく、オレもえんがわ茶漬けを食す。
辛めに味付けされたえんがわは、出汁としての役割を果たしながら、そのコリコリした食感と、噛むほど出る旨味でおかずとしてのロールもこなす。無論茶漬けの汁は酒漬けの胃に染み、もう、言葉も出ない。
「美味すぎる……これが、幸せ……?」
「日本酒飲み放題、最高────」
あっという間に食べきって、オレたちは仲良く手を合わせた。会計を済ませて表に出て、何だかんだ胃が膨れすぎてタプタプなことに気づいて、苦しみながらも腹ごなしに歩く。数歩歩いたところでセンパイが路地裏に向かって吐き、オレも誤って電柱に激突した衝撃で吐いた。やめよう、