『後輩くん、今どこ?』
「今ですか? 秋葉原ぶらついてます」
『私いま御徒町なんだけど、よかったら飲み行かない?』
「いいっすよ。んじゃアメ横辺りで合流しますか」
『おっけ~』
そんな訳で、御徒町駅前。駅前も発展しているとはいえ、上野と秋葉原に挟まれ、快速電車に素通りされる不憫な場所である。まあ、この辺は駅間が短いから別に文句はないが。
でも鶯谷辺りが快速で飛ばされるのはめちゃくちゃ困る。
「おまたせしました」
「も~、遅いよ~」
「酒臭っ」
ワンカップの瓶を片手に、きくりセンパイは駅前の高架下にいた。コンビニ前でたむろするヤンキーみたいにしゃがんでおり、その姿がやけに
「どこか店のアテある?」
「この辺はあんま知らないんすよね。たしかアメ横から上野辺りまではめちゃくちゃ居酒屋並んでたはずなんで、その辺ぶらついてみますか」
アメ横の看板下を潜って、とぼとぼ歩く。平日にも関わらず絶えず人通りがあるのは、流石って感じだ。雑多なショップの廉価な掘り出し物を求めて人種が入り乱れるカオスな感じは、嫌いじゃない。
「でもあの怪しいのは怖いな」
店頭に並べられた調理済みの肉の山を見て思う。メジャーな部位から、豚足やミミガーなどの一般的じゃないところまである。
「オニイサン! 安いし美味いヨ!!」
「か、考えときます」
「え〜! 美味しそうなのに」
糸目のお姉様の客引きからそそくさと逃げる。酔ってたらワンチャンあったが、シラフの時に入る勇気はない。
怪しげな通りを抜けると、変な像があるちょっとした広場に出る。そこを直進するとアングラ度は少し下がり、普通の居酒屋と、著作権法に違反していそうな謎アパレルショップなどが乱立し始める。
「こっちの方まで来ると、ちょっと変なだけの繁華街だね」
「ゲーセンとかパチスロとかありますもんね」
客引きは相変わらず勢いがあるけれど。時折居酒屋の立て看板を見て、値段や雰囲気を検分する。
「……アレ? もしかして」
「終わりましたね、アメ横……」
そうこうしているうちに、オレたちは、上野駅付近の高架下まで戻ってきていた。なんか、悩みながら歩いているうちに見終わってしまったらしい。一応、メインストリートから逸れた道が何本かあり、まだ見てないそちらの方を見る選択肢もあるが……
「なんか、悪くはないけど良くもないんスよねえ……どこもたぶんそこそこ美味しいしそこそこ安いんですけど、これといって入る気になれない」
「ビビっと来るところがないよねえ」
『別にここじゃなくてもよくない?』がデカい。わざわざこんなカオスなところに来ておいて、どこにでもありそうな居酒屋に入るのはちょっといただけない。
となると、やはり。
「いきますか、あの辺りに」
「そうだね」
やってきたのは銅像のすぐ側の、怪しげな肉を売っていた一番カオスな通り。立ち飲み系の変な居酒屋が多くて、まさに求めていたものって感じだ。
「わ、あれ見て。牡蠣二百円だって。よさげじゃない~?」
「いや、めっちゃ怖いでしょ」
すげえ高確率でアタリそう。それに、あいにくオレは牡蠣が得意ではない。
「それだったらアレの方が……」
センパイが指差した店の逆側の、海鮮系の立ち飲み屋を指差す。
白子ポン酢やら刺盛りやら海鮮ユッケやら、主要なつまみは
「いらっしゃいませ、二名様?」
「はい、二名でお願いします」
「じゃあ奥の席にどうぞー」
手の平で示されたのは左端のカウンターだった。縦長のカウンターが二つ並んだ程度の店内は混み合っていて、先客と袖擦りながら、数歩程度で席につく。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ刺盛りと海鮮ユッケ、あと日本酒のこれとこれを一つずつ」
「はーい、ちょっとまってくださいね」
二人で雑踏をぼーっと眺めていると、すぐに店員さんがやってきた。
「おまたせしました、ご注文の日本酒と刺盛ですね。刺し身はマグロとイサキと──ですね。海鮮ユッケはもう少しおまちください」
「あざーす」
瓶が二本卓上に置かれ、とくとくと一合グラスに注がれていく。刺盛りには三種類の魚が二切れずつ。マグロと、なんかブリ系の雰囲気の奴が二つ。なんなら一種類聞き取れなかったし、どっちがイサキかすらわからない。
「ごゆっくり~」
瓶は置いて、店員さんが去っていく。ちょっといい店あるあるの、写真撮ったりラベル見たりするために酒瓶置いてってくれるやつだ。折角なので刺盛りと合わせてパシャパシャ。ごくり。
「うま~」
「うめ~」
並々注がれていたので、あまりよくないが顔を近づけてずずずと啜った。うん、いい日本酒の味。次は刺し身と合わせてみる。
「うめえ!」
わかりきった結果であった。この、よくわからん白身のやつめっちゃ好き。500円で六切れならまあ、なかなか良心的な値段だろう。
「やっぱ日本酒にはお刺し身だねぇ」
「間違いないっす」
「おまたせしました、海鮮ユッケですねー」
きゅうりを土台に魚が乗り、その上に黄身が乗った、三段構えのユッケが運ばれてくる。
「めっちゃシャキシャキ~」
「ユッケのきゅうりってタレ染み込んでてめっちゃ美味いっすよね」
感覚としては、ドレッシングを味わうためにサラダ食ってるみたいなもんだけど。
溶かした黄身に魚をカツ作りの要領で潜らせて、口に運ぶ。
「あ、ちょっと香ばしい。炙りえんがわだ」
「お刺し身の方がよかったな~」
「ワガママ言うんじゃありません!」
ちょっとわかるけども。
加熱された影響で、刺し身のそれよりは若干硬く弾力があり、さっぱりしている。たまにはありかもしれない。
「で、のべ2000円と。ちゃんとせんべろですね、結構お酒も量あったし」
「そうだね~」
会計を済ませて、上野方面に再び歩き出す。一軒程度で我々が満足できるはずないので、どこかもう一つくらいハシゴしたい。
「オネエサン! ドウ、安いアルヨ!?」
「ちょっと気になる~」
「あっ」
先程の怪しげな肉屋に、センパイが捕まった。「メニューだけデモ見てッテ!」というお姉さんのゴリ押しに負け、雑に引き伸ばして印刷されたようなメニュー表を眺めている。渋々、オレも覗く。
「……思ったより安い……?」
載っていたのはA~Fまであるランチセット。どれも共通しているのは生ビール一杯と、付いてくる二種類の肉物。これならまあ、千円だし失敗してもそんなに痛くない。
「入りますか」
「そうだね」
「コッチドウゾ!」
硬めの丸椅子に座り、オレがDセット、センパイがBセットを注文する。すぐにビールがやってきたので喉を潤して待っていると、大きな皿がやってきた。
「セットの豚足二人前ネ」
「あざ……す……?」
来た瞬間思った──なんか、めっちゃ量ある。
スペアリブよろしく骨ごと来ているわけで、可食部は周りについた肉と皮だけというのはわかるのだけれど、多分七本ずつくらいはある。
「めっちゃ美味しそ~! いただきます」
オレの感じた憂いなど微塵もないらしいセンパイが肉をぱくつき始めたので、俺もとりあえず一個齧る。
「え、うまっ」
弾力のある皮はよく煮込まれているのかトロトロとしていて、甘ダレの味わいが染み込んでいる。
肉が少しぶにゅっとするところに好みが分かれそうだが、オレは全然好きだった。瞬く間に一個、二個と骨の山が積み上がっていく。
「オマタセシタ、ミミガーと焼鳥ネ」
「あっ」
思わず声が出る。運ばれてきたのは四本の焼き鳥と、小皿に山盛りにされたミミガー。これ、絶対美味い。でも絶対多い。
今度から豚足は一人前にしよう、と誓いながら、甘辛の焼き鳥を味わうのだった。