マジですいません、間違えて完成品じゃなくて執筆中だったものを投げちゃったので上げ直しました!!
押し入れに詰め込む形で入念に部屋の掃除をして、埃を被ってたフランフランのルームスプレーを撒き散らして、カーペットにコロコロを転がしまくった辺りでインターホンが鳴った。
「はーい!」
返事をしつつ、一瞬だけ最終チェック。よくよく考えたら部屋の掃除ばかりで自分の身嗜みを整えてなかったことに気づいて、慌てて髪を雑に流す。オフの姿ということでご容赦いただけないでしょうか?
そんな祈りを込めながら、玄関扉を開ける。
「おまたせしました、どうぞお上がりください!」
「お邪魔しますね」
大きめの鞄を携えて、PAさんが微笑んでいた。
「すみません、急に押しかけてしまって」
「いえいえ、暇だったんで全然大丈夫です」
内心は全然大丈夫じゃない。めっちゃドキドキしている。
しかし、それもむべなるかな。あんな独身男性の妄想が現実になったみたいなメッセージを貰ったら当然である。
「本当に助かります。久しぶりに料理したら、分量を誤って困っていたので」
「はは、そういう日もありますよね」
そう──そうなのである。今日PAさんが来たのは、作りすぎた料理を分けるためだ。先程『ご飯作りすぎちゃったので、よかったら貰っていただけませんか?』というラインを見たときは、思わず目を疑ったものだ。
「本当はオレが取りに行くべきなのに、わざわざ来てもらっちゃって悪いですね」
「貰っていただく立場ですし、うちだと機材が散らかっちゃってるので」
家にも機材があるのか。流石PAさん。
「そうだ。丁度いいですし、もし時間あったら飲んで行きません?」
「お恥ずかしながら、そうさせて頂こうと思ってました」
鞄の一番上に入っていたコンビニのビニール袋を持って、PAさんは小さく舌を出した。
喜びを隠すように部屋に招いて、とりあえず持ってきてもらったものを冷蔵庫に入れる。いくつかのタッパーに詰められたのは、主に和食とおつまみ。定番(?)の肉じゃが。それと、れんこんのきんぴらとかごぼうの和物とか。
「え、めっちゃ家庭的なラインナップじゃないですか! どれも美味そう!」
「おかずにして頂いても、おつまみにしていただいても大丈夫ですので」
「じゃあ早速、いただいちゃおうかな」
半分ほど中身を出して、それぞれお皿に盛り付ける。肉じゃがはラップをかけてレンジにぶち込み、温めている間に机に皿を並べて、冷蔵庫に保管していた結構いい日本酒(5000円弱)とグラスを用意。
あったまった肉じゃがと、それと作り置きしていたきゅうりの漬物。漬けたといっても糠漬けじゃなくて、ごま油とか諸々混ぜたタレに漬けた奴だけど。
「かんぱーい!」
「乾杯です」
グラスを突き合わせる。店であれば並々に注がれるため乾杯しづらいが、その点宅飲みならその心配はいらない。程々にしか注いでいないので、酔って手元が覚束無いとかじゃなければ普通に乾杯できる。
「ん……良い香りですね」
「お、わかります? 甘めで飲みやすいやつなんですよ」
オレがよく言いがちな、果実感がある、って形容が似合うお酒だ。口に含んだ瞬間広がる香りは、柑橘系のソレに近い。
「私が甘い方が好きなの、覚えて頂いてたんですか?」
「当たり前じゃないですか」
なんだかんだ、付き合い長いですからね──とは言わなかった。いらない言葉は削ぎ落とした方が、エモい。
「嬉しい、です」
照れたように膝の上で指を突き合わせて、PAさんは微笑んだ。
なんだそれ、あざとかわいすぎるだろ。と思って頬を見たら、既にほんのり赤みが差していた。早くも酔ってきたのかなとも疑ったが、これまでの飲酒経験から察するに彼女はこの程度で酔うほど弱くない。
ということは──
「PAさん……もしかして、飲んできました?」
「全然飲んでないですよ〜」
絶対飲んでる反応だった。疑ってるからそう思うだけかもしれないが、声が浮ついてるし動作もなんかキャピキャピしてる。
「缶チューハイ三缶くらいしか飲んでないです〜」
「結構飲んでるじゃないですか」
彼女のことだからストロングじゃなくて氷結のショート缶だと思うが、この人基準ではだいぶ飲んでる方だろう。下手に飲ませすぎると帰れなくなるかもなあ、と少しだけ警戒を強めた。というか、彼女自身に強めてもらって自衛してほしい。
「程々にしてくださいね」
「……やっぱり、急に押しかけちゃってご迷惑でした?」
「いや、迷惑とかじゃないですけど……ッ!?」
酔っ払い特有のジェットコースター情緒に不安になり、泣きそうな顔が見ていられなくて思わず俯くと、視界の端に紅が見えた。
「ちょ、PAさん! 血! 血ィ出てますよ!?」
「え……? ああ、出てますね」
どうやら左手の指を切ってしまったようだった。酔っているせいか、ダラダラと量が出ている。見た目より痛くないのか、PAさんは不思議そうに自分の指を眺めていた。
「とりあえずティッシュで抑えててください! ば、絆創膏持ってきます!」
棚の奥をひっくり返してバラの絆創膏を見つける頃にはすっかり血は止まっていたようだったが、念の為絆創膏を貼らせてもらうことにする。
「消毒液見つからなかったんで、とりあえず絆創膏だけでも……」
「消毒は一度してますし、出血も無事止まったみたいなので、もう大丈夫ですよ」
「また出血するかもしれないじゃないですか、それに貼った方が治りが早いから。手、出してください」
オレの言葉に、彼女は大人しく手を出した。線が細いながらも痩せすぎてはおらず、しなやかな美しさを見せるソレを握る。星のようなチップが散りばめられたヴァイオレットのネイルが光る。
今更ながら少しだけドキッとして、なるべく優しく手に触れながら素早く絆創膏を巻いた。
「はい、これでよしと」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけしてしまって、何と言えばいいか……」
「いや、大したことしてないんで大丈夫ですよ。PAさんこそ、何事もないならよかった」
手首に血の跡が残っている絵面が大変気になってしまったので、ウェットティッシュも渡す。それにしても、と疑問に思っていたことを口にした。
「色々珍しいですね」
「何がですか?」
「貴女が一人でガッツリ飲むのも、そのまま酔っ払うのも、オレのところに来るのも、ぱっくり指を切るのも、です」
「ふふ……全部わかっちゃうんですね」
「なんでそんなことしたのか、まではわかってないですけどね」
「それは鈍すぎますっ」
つん、と爪で腕をつつかれる。少しだけ距離が近づいて、葡萄のような甘い香りがする。
「……一人で過ごす休日が、寂しくなっちゃって」
「誘ってくれたら、いつでも喜んで応えるのに」
「でもそれだけでは申し訳ないですし、それに──何か、お世話になってるお返しがしたくて」
むしろ迷惑かけちゃいましたが、とシュンとした様子で彼女は言った。
「そんなことないですよ。その気持ちだけで十二分に嬉しいです。飲み行きましょうって素直に言ってくれれば、もっと嬉しかったけど」
「……宅飲みが良かったんです。料理したかったのも、感謝も、全部嘘ではないですが。こうやって一緒にいたくて」
それは──それは、つまり。
「美味しく味わってほしくて、今日、ちゃんと準備してきたんですよ?」
脳裏上に降った答えと喜びの感情を精査する間もなく、彼女の翡翠の瞳がオレを惹き込む。薄くリップの塗られた口が、妖しく弧を描く。
「――早く、食べてくださいね」