いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

29 / 36
にく憎難肉二十九杯目

『焼肉が食べたーい!!!』

 

『なんかいいことでもあったんすか?』

 

『特に何もないけど、そういう日ってあるじゃん?』

『先輩もPAさんも明日お休みでしょ? 昼からビールと焼肉で優勝しようよ〜』

 

『空いてはいるけど』

『絶対奢んないからな』

 

『私もイイ大人なんだから流石に先輩にたかったりしないって』

 

『イイ大人は他人の家にシャワーを借りに来ないけどな』

 

『イイ大人だからきっとシャワーの恩を肉で返してくれますよ』

 

『まあ、ちょっと多めに出すくらいなら……』

 

『夜には帰りますが、私も行けます』

 

 LINEでそんな感じの流れになり、翌日である今日。

 現地の最寄り駅で集合したオレたちは、そのままアーケード街を抜け、反対側の入口付近にある焼肉屋に入った。

 

「予約してた廣井です」

 

「おまちしておりました、お席ご案内しますね」

 

 煙と肉の匂いが漂う店内を縦断し、案内された奥の席に座る。ダイセンパイを上座、隣にPAさん、オレの奥にセンパイ、そしてオレが座る。

 

「本日は松コースでよろしかったでしょうか?」

 

「大丈夫です。とりあえず生四つお願いします」

 

「かしこまりました〜」

 

 待っていると、無数の大ジョッキと味付けキャベツ、サラダ、キムチが運ばれてきた。

 ひとまず乾杯。昼から飲むビールがいっちゃん美味いんだから。

 

「ビールおいしー! お肉は何食べようかな〜♪」

 

「いや、何食べるも何もコースなんですって。なんかいい感じの肉が勝手に出てきますよ」

 

「選ぶ手間がない分楽でいいな」

 

 くあ、と小さく欠伸をして、星歌さんはそう言った。「それは違いますよ!」と思わず反論する。

 

「お店焼肉の醍醐味と言えば、メニューとにらめっこして好きな物を好きなだけ頼めること……! カルビを頼みすぎて油に苦しんだり、豚やホルモンを頼みすぎて焼き時間に悶えたり、シンプルに食べきれなくて泣いたりするのも一興じゃないですか!!」

 

「だから失敗のないコースがいいんだよ」

 

 じとーっとした視線は、主にオレと先輩に向けられている。なんですかその、どうせお前らが勝手に頼むだろみたいな目は。

 

 そんなやり取りをしているうちに、次の皿が運ばれてきた。厚切りの牛タンと、それから──

 

「え! これは──」

 

「に、肉寿司!!」

 

 先輩が糸目を見開き、ぐる目を顕にした。

 肉寿司、それは旨そうな物の代名詞。ただ肉を寿司に乗せただけなのに、妙に旨い。

 肉寿司、それは高級地雷店の代名詞。ただ肉を寿司に乗せるだけなので、妙に看板にされがち。繁華街の肉寿司はだいたいぼったくり。

 だが、この肉寿司は──

 

「明らかに霜降ってるし普通にうめえ……!」

 

 口に入れた瞬間とろける感じの肉だ。〇〇牛の冠詞が付くものであることは間違いないだろう。

 

「肉寿司って美味しいですね……!」

 

「騙されないでください、PAさん。この肉寿司はだいぶ上澄みです」

 

「っていうか肉焼こうよ肉!」

 

 ハイペースで来たせいで完全に忘れてた。網にタンを広げていくと、すぐにジューッと食欲をそそる音と、匂いがやってくる。牛なので程よく表面を焼いて、パクりと一口。

 

「ん、うますぎ……!」

 

 コリコリの食感と牛の旨味。たぶん取るのが早すぎたせいでだいぶ半生な感じがあるが、まあ、大抵の物はレアな方が旨いので、まあよしとしよう。カンピロバクターガチャ。

 

「おまたせしました、ヤキスキですね。こちらでご準備してもよろしいでしょうか?」

 

「よろしくお願いします」

 

『え、すき焼きじゃないの?』という顔を浮かべた三人に、いいから見てなさいと目配せしておく。

 

 網の上にどかんと、文字通り山みたいに盛られた薄切りの霜降り肉の群れ。野菜も散らばっているソレの上に、フルコースとかで出そうな銀色の丸い蓋(クローシュ)が重ねられ、蒸し焼きにされる。

 

「こちら触れずにお待ちくださいね」

 

「はーい」

 

 待っている間に、()()()()の周りでホルモンを焼き始める。ここで時間のかかるホルモンをチョイスするのは一見ミスのようだが、この場合最善手である。

 

「失礼致します。蓋、お取りしますね」

 

「おー……!」

 

 センパイが感嘆の声を上げる。ご開帳されたクローシュの内側から、肉と野菜の芳醇な香りが漂う。ヤキスキは、焼き上がりがめっちゃ早いのだ。

 

「こちらの卵に軽く浸けてお召し上がりくださいね」

 

「はーい。あ、あとレモンサワー四つお願いします」

 

 隙を見て酒を頼まないとあっという間に満腹になってしまう。食べ放題でなくとも、女三人と少食男一人の腹を満たすには十分すぎる量が来るのだ。

 

「お肉が柔らかいな」

 

 良い肉の薄切り、しかも焼きすぎていないので、食感がフカフカである。卵がよく絡んで美味しい。

 

「ホルモンそろそろいいかな?」

 

「お腹壊してもいいならいいっすよ」

 

「いただきまーす! うん、ちょっと冷たいかも?」

 

「毒味役として最適過ぎるだろ」

 

「ぺっしなさいぺっ!!」

 

 眉を顰めているダイセンパイ。

 オレはセンパイの胃腸を守るべく背中を小突いたが、むしろそれは嚥下を誘発させたらしく、ごくんと喉が鳴った。

 

「脂のってて美味しいかも〜」

 

「そのうちマジで死にますよ」

 

 まあ、生食のが美味いって感覚はわかる。いつかは鹿児島行って鳥刺し貪りたいよな。

 

「ん……めっちゃ美味い。もう普通に食えますねコレ」

 

「毒味ありがとうございます」

 

「いえいえ、この人に比べれば全然」

 

「アルコールで消毒してるからよゆーです」

 

「そんな度数じゃないだろ」

 

 レモンサワーでホルモンを流しながら言う。

 その辺の居酒屋に比べれば濃いが、飲み放題なのもあってか度数はそこそこだ。レモネードの味が濃いのは嬉しいところだけど、ハイペースで飲まなきゃ酔えないだろう。

 

「すいませ〜ん、黒霧ロックで!」

 

「やっぱ焼酎はロックっすよね〜、オレも同じのお願いします」

 

「私は水割りでいいかな」

 

「梅酒ロックでお願いします」

 

 お腹が膨れてきたことで、スペースを圧迫せず酔える濃いめのお酒を頼み出す辺り、流石の酒カス集団って感じだった。

 

「おまたせしました、お飲み物と柔らかヒレステーキですね。焼けましたらこちらのハサミでカットしてお召し上がりください」

 

「ありがとうございまーす」

 

「分厚っ」

 

 スーパーのセール肉と違い、しっかりと分厚いヒレ肉。適度に差した霜と脂。網に乗せ、一度裏返した辺りで問う。

 

「今のうちに聞いときたいんですけど、皆さん好みの焼き色は?」

 

「レア!」

 

「ミディアム」

 

「ウェルダン、ですかね」

 

「見事に三者三様ですね」

 

 ちなみにオレはミディアムレア。それぞれの望む段階でカットして、皿に取り分ける。

 

「う、うまー!」

 

「うめ〜」

 

「美味いな」

 

「美味しいですね」

 

 順繰りに感想を漏らして、黙々と肉を食べる。厚くて食べ応えがあるのに口の中で蕩けるので、なんか脳がバグる。

 

「ふう、満腹だな」

 

「大満足ですね」

 

「あとは飲むだけっすね」

 

「すいませ〜〜んビールお願いします〜〜〜」

 

「センパイ暴飲暴食し過ぎじゃないですか?」

 

「だいじょぶ、今のうちに飲み貯めしとかないと!」

 

「だから人間にそんなシステムはないんだって」

 

 数十分後、お腹を下したセンパイのせいで退席が遅れ、お店に迷惑をかけたことは言うまでもない。

 責任を感じたのか会計をすべて持ち、お釣りを拒んだ辺り、やはりセンパイはなんとも憎めない奴である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。