久々に原作触ります。3巻あたりの内容に当たりますので、アニメ勢の方はご注意を。って今更か。
「待たせたな」
「いえ、オレもいま来たところなんで」
駅前のロータリー。タクシー乗り場手前で、オレとダイセンパイは合流した。
「んじゃ行きましょか」
裏道から商店街のアーケードに入ってすぐ。目立ちづらい看板と、酔っ払ってたら危なそうな、狭く急な階段を上がった先にその店はある。
「18時から予約してた伊地知です」
「お待ちしてました、こちらへどうぞ〜。靴は置きっぱなしで大丈夫です」
入ってすぐに靴箱があるタイプの居酒屋である。
店内は橙気味の程よい明るさで、そこまで広さはないが座敷のゆったりとした空間だった。
少し奥の掘りごたつの席に通された。すぐ側には鯉が悠々と泳ぐ水槽が置かれており、雰囲気はバッチリである。たぶんデートとでも思われたのだろう。
「めっちゃ雰囲気良くないですか?」
「そうだな」
ダイセンパイは、頷きつつも少し距離を取った。疑いの視線を感じるし、めっちゃジト目である。
「ちょ、どうしたんですか。オレとダイセンパイの仲じゃないんですか?」
「先に言っておくけど、ワンチャンもないからな」
……? と一瞬首を傾げてから、これまでの言動を思い返して彼女の言葉の意図を察する。
「いや狙ってませんって! それだったらもっと別のとこ行きますもん!」
「十分気合い入ってそうな店だろうが。急にサシ飲みだし」
たしかに気合い入ってそうな店だけど、星歌さんをオトしにいくなら絶対ここじゃない。そういう本命っぽい誘い方すると絶対警戒するタイプだもん。その辺の居酒屋とかのがワンチャンありそうだわ。
「今更そんなんになる関係性じゃないでしょーが。シンプルオススメ店紹介ですよ。サシ飲みなのはちょっと話したいことがあったので」
まあでも、言われてみるとだいぶ怪しいか。普段つるむグループの距離感微妙な異性から、急に「話したいことがあります」って言われるの、相当怪しいもんな。反省反省。
「とりあえず飲み物頼みましょうか。食べ物はおいおいね」
「一旦生でいい」
「すいません生二つで!」
生を頼んでいる間に、食べ物を考える。オレがそもそも頼みたかった数品と、星歌さんが気になった数品を選んだ。
「おまたせしました〜」
一旦、やってきたビールで乾杯。喉を潤しつつ、料理を待つ。
「で、話ってなんだよ」
「新曲、聞きましたよ。いいじゃないっすか」
「ああ……結束バンドの話か」
先日動画サイトに投稿された、『グルーミーグッドバイ』という題の曲。MVも良い感じだったし、ビブラートの聴いたギターフレーズが切ない歌詞と噛み合っていてよかった。
「お前、聴いてたんだな」
「ある
「ふうん?」
首を傾げつつ、星歌さんは「まあアイツらには伝えとくわ」とビールを煽った。
ジョッキが空になったのでお酒を注文しようとしたところ、丁度料理がやってきた。
「いただきますか」
「そうだな」
手を合わせて、来た品をつまみ始める。
まず箸を伸ばしたのはレバ刺し。新鮮かつ健康的な照りを放つ赤身が食欲をそそる。
甘だれを付けて一口。臭みはまったくなく、むしろ仄かな甘みと旨味を放つ良いレバーである。
「うめえ〜、酒と飲みたくなる!」
「おまたせしました。こちら秋田のお酒と、宮城のお酒ですね」
「待ってましたぁ!」
枡に入ったお猪口に酒が注がれていく。星歌さんのは辛口の日本酒で、オレが頼んだのは甘めの濁り酒だ。レバーと合わすのは辛口の方が良かった気がするけど、まあ好きなので問題なし!
「すいません、やっぱ一口貰っていいっすか?」
「別にいいけど、お前のも飲ませろよ」
うん、やっぱり辛口の方がキリッとしていい感じである。口に残ったタレの甘さとレバーの感触を流してくれるし、また次の旨味に繋がる。
「ありがとうございます、星歌さんいいチョイスしましたね」
「適当に選んだけどな」
フッ、と彼女は笑った。グラスを傾ける姿が様になっていた。
「取り分けますね」
次に箸を伸ばしたのはポテトサラダと炒飯。
ポテトサラダは自家製の物らしく、マッシュされたふわふわのポテトの上にトロトロの温玉が乗り、またその上にかけられたサクサクのガーリックチップの、食感と風味のハーモニーが堪らない。
炒飯は無論パラパラで、香味油の匂いが無限に食欲をそそる。いくらでもいけそうになるが、おかずを挟むのも忘れてはいけない。
「これ、どこの部位だ?」
「イチボですね」
「名称じゃなくて、具体的にどこだよ」
「……わ、脇腹のところとか…………?」
後に調べたところ、モモ肉だった。適当なことは言うものではない。
「うん、何にせよ美味いな」
彼女の言葉に頷く。食感は少し固めだけど、赤みの旨味と脂の甘味のバランスが程よい。希少部位らしいが、高いだけのことはある。
「次は何頼むかな〜」
どこかウキウキした様子で、星歌さんはメニュー表を開く。たぶんもう酔ってきてるな、語尾が伸びてるし。
「ちゃんとお水も飲んでくださいよ。今日
「大丈夫。今更そんなんになる訳ないんだろ?」
ニヤリと笑って言われてしまうと、オレは首を縦に振ることしかできない。
「すいません、お酒の追加と──あとコレお願いします」
「かしこまりました〜」
追加が来るまでにある程度皿をまとめて、残った物をちびちびつまむ。
ハイペースだったからだろう、ダイセンパイの頬にはほんのり赤みが差していた。しかしまあ目付きが鋭い美人さんだなあと見ていた顔が、溜息とともに少し伏せられた。
「実際のところ、どうだった」
「何がですか?」
「例の、MV」
主語がないが、恐らく結束バンドのソレだろう。何だかんだ言いつつ、この人がしっかり妹のことを気にしていることを微笑ましく思いながら、「そうですね」と言葉を選ぶ。
「星歌さんは、どう思っているんですか?」
質問に質問で返すのはよくないとわかりつつも、オレはそう聞いた。結局のところ、こういう質問は意見の擦り合わせが七割だから。そこに慮るつもりはないけど、相手のスタンスを聞いた方が話しやすいことに変わりはない。
特にこの場合、身内の話だからな。
「私は……贔屓目抜きに、良い曲だったと思ってる」
それはつまるところ、ほぼほぼ最大限の賞賛だった。
「でもそれが結果に繋がるとは限らない。良い曲と売れる曲は決してイコールじゃない。お前だって散々見て……味わってきたと思うけど」
「……まあ──はい」
質は評価に繋がるが、評価は質には繋がらない。
バンドワゴン効果って奴だ。現代風に言うならバズパワーか。
「本当にイイものなら勝手に伸びる──なんてのは
センパイもダイセンパイも、無論オレだって、いくつも隠れた名曲を抱えてここまで来てる。オレと彼女の場合は、隠し切ったまますべてを終えてしまっているけれど。
「まあつまり、いい物なら絶対誰かの記憶に残るんですよ。少なくともあの曲は、それだけのポテンシャルのある作品でした。確かに質と評価は完全なイコールではないけど認めてくれる人は絶対いるし、そういう人がきっと拾ってくれますから」
──例のぶりっ子記者然り。実際、彼女から曲の話を聞いたし。
「そうだな……出した以上はもう待つしかないしな。色々ありがとな、信じてみることにするよ」
「それがいいですよ」
話が一段落したところで料理がやってきた。星歌さんが、己の目を疑うように金色の塊を凝視する。
「おまたせしました。厚焼き玉子ですね」
「……なんかデカくないか?」
太さも長さも、星歌さんの二の腕くらいは余裕である卵焼き。大根おろしが添えられており、半ば勝ち確演出と言って差し支えない。
「いただきます」
端の方から割って、口に運ぶ。アツアツの卵には出汁の旨みと甘みが詰まっている。中は半生の丁度いい火加減であり、しかもアクセントに明太子まで入っていると来ている。
「美味いな」
「でしょ!?!?」
粒粒の感触と塩辛い風味がいいアクセントになる。日本酒によく合うし、〆としても丁度いいお気に入りの逸品である。
「オレ、この前これ頼んで、星歌さん誘おうって決めたんすよ」
「よく覚えてたな、卵が好きって話したの」
「いやあ……はい」
そんな話してたっけ? 全然覚えてないけど。
「まあそれもあるんですけど、この金色の卵見たら星歌さんの髪思い出して、それで久々に飲みてーなーって」
「……ほんとにワンチャンないからな?」
「だから狙ってませんって!!」
冗談だよ、と彼女は赤みを帯びた頬で笑った。