「こ、これが……!」
「うん、これがホンモノの輝きだねえ」
ニヤニヤとセンパイが笑う。
店内の淡い蛍光灯に照らされて、その身は血のように赤黒く、脂身がてらてらと光沢を放つ。
オレたちがここまでやってきた理由。鮮度が命の堅い魚。その輝きを見ながら、オレはここまでの苦労を脳裏に過らせていた。
*
「後輩くんさあ、ちょっと旅行付き合う気ない?」
「え、嫌ですけど」
「そんな即答することある?」
や、別にセンパイが嫌って訳じゃないのだ。シンプルに、旅行するほどの休みが取れない。ライターって、物によるけどカレンダー通りの仕事じゃないのだ。オレの場合は音楽関係なので、どうしてもイベントが重なる土日祝日は忙しくて、平日休みになりがち。そして平日休みは、連休取れないがち。
「も〜、そんなの経費で落とせばいいじゃん」
「もしかして、経費のこと万能解決資金だと思ってます? これだからバンドマンは……」
「その程度の融通も効かないわけ? これだからサラリーマンは……しょうがない、センパイが人肌脱いでやりますよ」
「え? 奢りですか? それなら有給取りますよ?」
「奢りじゃないけど、まあ奢りみたいなもんかな」
イマイチ要領を得ない。どういうことだ──と不明瞭なまま休日明けを迎えたら、デスクで答えが出た。
*
──廣井さんにとって音楽とは?
廣井;そうですねえ……一言では表せませんが、とても大切な物です。常に私に寄り添ってくれるモノであり、私とファンを繋いでくれるモノ、ですかね
──なるほど、ありがとうございます。さて、廣井さんと言えば、ライブ中の飲酒と、度を越したパフォーマンスが特徴ですが、そんな廣井さんにとって、お酒とは一体なんですか?
廣井;常に共にある友であり、私の心を治める長であり──そして、命です。
(編集中データより抜粋)
*
「ということで、後輩くんには私の取材をしてもらいます!」
「してもらいます、じゃないんだよな!」
月曜日の出社時。オレに渡されたのは『SICK HACK』ベースボーカル、廣井きくりへの専属取材依頼と、二枚の乗車券だった。
名目は専属取材。専属取材で、いつも酔い倒れている廣井きくりの素顔と、またついでに別雑誌の旅行レポを仕上げてこいという依頼である。ウチの編集長が『SICK HACK』のファンなの忘れてた。
「え、そんなところで人気インディーズバンドのパワー使うことあるんだ」
「たまには先輩風吹かさないとね!」
ビュービューすぎるよ、それは。いや、別に嫌って訳じゃないんだけれど。
「で、ここがセンパイの来たかった場所ですか?」
「そ!」
センパイが頷いてくるりと回る。その背後には、青い空。蒼い海。遠くに浮かぶ島々。嘘みたいな麦わら帽子と白ワンピース。
四国は香川、高松に、オレたちは来ている。経費の問題なのか何なのか、空路でなく陸路を取らされたため、朝イチで出たにも関わらず、既に十二時を回っている。
高松駅からわざわざ海沿いまで来たのは、本当になんとなくである。海が遠い地域に住んでいるものの
「うん、満足」
「ですね」
一周もすれば飽きてしまい、オレたちは海岸を後にした。地方都市特有ののどかな雰囲気と、高い建物がほとんどない街並みを楽しんでいると、ビルが立ち並ぶ通りに出た。
駅前のコインロッカーに大きな荷物を置き、近場のシェアサイクルを借りて街に繰り出す。道幅の広い四車線の道路を悠々と漕ぐ。海が近いからか、少しベタつくような潮風が体を打つ。しかしその未知の感覚が、不思議と心地よかった。
「はあ、はあっ……!」
気になってふと振り返ったら、全然気持ちよくなさそうな人がいた。赤い顔のセンパイは、赤い信号を前に肩で息をする。
「どうしたんですかセンパイ、なんか元気なさそうですね?」
「辛いよ〜、タクシーとか使おうよ! 経費で!」
「だからアンタは経費を何だと思ってるんだ」
昨今は結構厳しいのだ。まあ、このシェアサイクルに関しては完全にオレの趣味だけど。
たまにはいいだろう、オレもセンパイも比較的インドアなせいで運動不足だし。
「ほら、これ越えたらご飯が待ってますから」
「おおおーっ!」
高松市街を駆け抜け、郊外に数キロ。
国道沿いの道に立つ、広めの駐車場と、それに対してこじんまりとした母屋。
そこが目的地の──うどん屋だった。もう昼時は過ぎているというのに、店の前には少し列ができている。まだ待つのと言いたげなセンパイを宥めて二十分。ようやく席に通された。
「何にします?」
「ここは編集部持ちなんだよね?」
「いちばん高いヤツですね、了解しました」
「あといちばん高いお酒!」
「チャリ乗ってきたでしょうが」
新幹線乗ってる時に飲んでた気もするが、まあ、抜けてたってことにしよう。
注文を済ませると、十分も経たずに料理が運ばれてくる。うどんは香川県民のファストフード、みたいな言葉を思い出した。
「うわ、めっちゃ美味そう!!」
「ねー!」
オレの前に運ばれてきたのは、金色に輝く釜玉うどんと、鶏めしのセット。センパイの前には温玉と大量の肉が乗っかった、ぶっかけうどんがあった。
「「いただきまーす!」」
手を合わせ、二人同時にちゅるちゅると啜り出す。
卵の滑らかな感触にコーティングされた、太くコシのあるうどん。流石本場というべきか、小麦の風味も東京で食べるものとは格が違い、一口食べればもう止まらない。
「アレ、うどんってこんなに美味い食べ物でしたっけ!?」
「ふふ、やっぱり香川のは違うよねえ」
どこか慣れた様子で、センパイは麺を啜る。なんか素直なこの人にしては感動が薄いな。
まあいい。オレにはまだ感動が残っている。冷めないうちに鳥メシを口に入れる。出汁がよく効いたご飯と、それから程よく油の乗った鳥のガツンとした旨味。
「鳥メシうめー! 紅生姜でさっぱりするのもいいし、刻みたくあんもいいアクセントだ!」
「後輩くん! 先輩にもちょーだい!」
「うどんとのトレードで許しましょう」
器を取り替え、うどんを啜る。うま。昆布だしの旨味。肉の雑な甘味。柚子の香りが酸味と深味を足し、それら全てがうどんを引き立て──否。それら全てを、うどんが取り込んでいる。
つまり。
「うどん、うめ〜〜〜〜〜」
「鶏めし、美味〜〜〜〜!」
交換した物を遠慮なく貪り食って、一口どころか二割三割食べあってから返す。いいのだ、これで。お互い相手の料理の方が食べたかったから、利害の一致である。
「満腹だねえ」
「大満足っすねえ」
ニコニコしながら、チャリのペダルを踏み込む。腹は重いが、足取りは軽い。
レンタサイクルを返して、荷物を回収して、駅前の商業施設で二合瓶の地酒を二本ずつ買って、それから特急電車に乗り込む。
俺たちの旅は中盤戦に突入する。