いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

33 / 36
うどんちゅるちゅる三十三杯目

 

 

「こ、これが……!」

 

「うん、これがホンモノの輝きだねえ」

 

 ニヤニヤとセンパイが笑う。

 店内の淡い蛍光灯に照らされて、その身は血のように赤黒く、脂身がてらてらと光沢を放つ。

 オレたちがここまでやってきた理由。鮮度が命の堅い魚。その輝きを見ながら、オレはここまでの苦労を脳裏に過らせていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「後輩くんさあ、ちょっと旅行付き合う気ない?」

 

「え、嫌ですけど」

 

「そんな即答することある?」

 

 や、別にセンパイが嫌って訳じゃないのだ。シンプルに、旅行するほどの休みが取れない。ライターって、物によるけどカレンダー通りの仕事じゃないのだ。オレの場合は音楽関係なので、どうしてもイベントが重なる土日祝日は忙しくて、平日休みになりがち。そして平日休みは、連休取れないがち。

 

「も〜、そんなの経費で落とせばいいじゃん」

 

「もしかして、経費のこと万能解決資金だと思ってます? これだからバンドマンは……」

 

「その程度の融通も効かないわけ? これだからサラリーマンは……しょうがない、センパイが人肌脱いでやりますよ」

 

「え? 奢りですか? それなら有給取りますよ?」

 

「奢りじゃないけど、まあ奢りみたいなもんかな」

 

 イマイチ要領を得ない。どういうことだ──と不明瞭なまま休日明けを迎えたら、デスクで答えが出た。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──廣井さんにとって音楽とは? 

 

 

 廣井;そうですねえ……一言では表せませんが、とても大切な物です。常に私に寄り添ってくれるモノであり、私とファンを繋いでくれるモノ、ですかね

 

 

 ──なるほど、ありがとうございます。さて、廣井さんと言えば、ライブ中の飲酒と、度を越したパフォーマンスが特徴ですが、そんな廣井さんにとって、お酒とは一体なんですか? 

 

 

 廣井;常に共にある友であり、私の心を治める長であり──そして、命です。

 

 

 

(編集中データより抜粋)

 

 

 

 

 *

 

 

 

「ということで、後輩くんには私の取材をしてもらいます!」

 

「してもらいます、じゃないんだよな!」

 

 月曜日の出社時。オレに渡されたのは『SICK HACK』ベースボーカル、廣井きくりへの専属取材依頼と、二枚の乗車券だった。

 名目は専属取材。専属取材で、いつも酔い倒れている廣井きくりの素顔と、またついでに別雑誌の旅行レポを仕上げてこいという依頼である。ウチの編集長が『SICK HACK』のファンなの忘れてた。

 

「え、そんなところで人気インディーズバンドのパワー使うことあるんだ」

 

「たまには先輩風吹かさないとね!」

 

 ビュービューすぎるよ、それは。いや、別に嫌って訳じゃないんだけれど。

 

「で、ここがセンパイの来たかった場所ですか?」

 

「そ!」

 

 センパイが頷いてくるりと回る。その背後には、青い空。蒼い海。遠くに浮かぶ島々。嘘みたいな麦わら帽子と白ワンピース。

 四国は香川、高松に、オレたちは来ている。経費の問題なのか何なのか、空路でなく陸路を取らされたため、朝イチで出たにも関わらず、既に十二時を回っている。

 高松駅からわざわざ海沿いまで来たのは、本当になんとなくである。海が遠い地域に住んでいるものの(さが)だと思ってほしい。

 

「うん、満足」

 

「ですね」

 

 一周もすれば飽きてしまい、オレたちは海岸を後にした。地方都市特有ののどかな雰囲気と、高い建物がほとんどない街並みを楽しんでいると、ビルが立ち並ぶ通りに出た。

 駅前のコインロッカーに大きな荷物を置き、近場のシェアサイクルを借りて街に繰り出す。道幅の広い四車線の道路を悠々と漕ぐ。海が近いからか、少しベタつくような潮風が体を打つ。しかしその未知の感覚が、不思議と心地よかった。

 

「はあ、はあっ……!」

 

 気になってふと振り返ったら、全然気持ちよくなさそうな人がいた。赤い顔のセンパイは、赤い信号を前に肩で息をする。

 

「どうしたんですかセンパイ、なんか元気なさそうですね?」

 

「辛いよ〜、タクシーとか使おうよ! 経費で!」

 

「だからアンタは経費を何だと思ってるんだ」

 

 昨今は結構厳しいのだ。まあ、このシェアサイクルに関しては完全にオレの趣味だけど。

 たまにはいいだろう、オレもセンパイも比較的インドアなせいで運動不足だし。

 

「ほら、これ越えたらご飯が待ってますから」

 

「おおおーっ!」

 

 高松市街を駆け抜け、郊外に数キロ。

 国道沿いの道に立つ、広めの駐車場と、それに対してこじんまりとした母屋。

 そこが目的地の──うどん屋だった。もう昼時は過ぎているというのに、店の前には少し列ができている。まだ待つのと言いたげなセンパイを宥めて二十分。ようやく席に通された。

 

「何にします?」

 

「ここは編集部持ちなんだよね?」

 

「いちばん高いヤツですね、了解しました」

 

「あといちばん高いお酒!」

 

「チャリ乗ってきたでしょうが」

 

 新幹線乗ってる時に飲んでた気もするが、まあ、抜けてたってことにしよう。

 注文を済ませると、十分も経たずに料理が運ばれてくる。うどんは香川県民のファストフード、みたいな言葉を思い出した。

 

「うわ、めっちゃ美味そう!!」

 

「ねー!」

 

 オレの前に運ばれてきたのは、金色に輝く釜玉うどんと、鶏めしのセット。センパイの前には温玉と大量の肉が乗っかった、ぶっかけうどんがあった。

 

「「いただきまーす!」」

 

 手を合わせ、二人同時にちゅるちゅると啜り出す。

 卵の滑らかな感触にコーティングされた、太くコシのあるうどん。流石本場というべきか、小麦の風味も東京で食べるものとは格が違い、一口食べればもう止まらない。

 

「アレ、うどんってこんなに美味い食べ物でしたっけ!?」

 

「ふふ、やっぱり香川のは違うよねえ」

 

 どこか慣れた様子で、センパイは麺を啜る。なんか素直なこの人にしては感動が薄いな。

 まあいい。オレにはまだ感動が残っている。冷めないうちに鳥メシを口に入れる。出汁がよく効いたご飯と、それから程よく油の乗った鳥のガツンとした旨味。

 

「鳥メシうめー! 紅生姜でさっぱりするのもいいし、刻みたくあんもいいアクセントだ!」

 

「後輩くん! 先輩にもちょーだい!」

 

「うどんとのトレードで許しましょう」

 

 器を取り替え、うどんを啜る。うま。昆布だしの旨味。肉の雑な甘味。柚子の香りが酸味と深味を足し、それら全てがうどんを引き立て──否。それら全てを、うどんが取り込んでいる。

 

 つまり。

 

 

「うどん、うめ〜〜〜〜〜」

 

「鶏めし、美味〜〜〜〜!」

 

 交換した物を遠慮なく貪り食って、一口どころか二割三割食べあってから返す。いいのだ、これで。お互い相手の料理の方が食べたかったから、利害の一致である。

 

「満腹だねえ」

 

「大満足っすねえ」

 

 ニコニコしながら、チャリのペダルを踏み込む。腹は重いが、足取りは軽い。

 レンタサイクルを返して、荷物を回収して、駅前の商業施設で二合瓶の地酒を二本ずつ買って、それから特急電車に乗り込む。

 

 俺たちの旅は中盤戦に突入する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。