いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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全然捏造設定がありますが、元ネタ鑑みると概ね間違いないと思うので許してください!!!


お麦をムギムギ三十四杯目

 

 

 

「うん、ふかふかだねえ」

 

 感触を確かめるように、ぽすっと勢いよく横並びのシートに座る。本当は窓際がよかったんだけど、ジャンケンに負けたからオレが通路側である。

 質的にはきっと、朝乗ってた新幹線のシートの方がいいのだろうが、たしかに妙に身体にフィットする心地良さがあった。

 

「さて、じゃあやりますか」

 

「お、飲みますか!」

 

 座席の背もたれに付いている簡易テーブルを出して、そこに酒二本とセンパイの方にはスナック菓子、それからオレの方にはミニキーボードとタブレットを出し、ボイスメモを起動する。

 

「なんか溜まってる仕事でもあんの?」

 

「センパイ忘れてるかもしれないですけど、オレ現在進行形で仕事中なんスよ。とりあえずKP」

 

KP(かんぱい)〜」

 

 蓋を回して、瓶同士をコツンと突き合わせる。同時に発車アナウンスが鳴って、特急電車は西へと進み始めた。

 今更必要ない気もするが、一応潤滑剤がわりに酒を煽る。純米酒らしい、少し雑味のある口当たりだが、なかなか華やかな香りがする。見れば、愛媛県産の品種が使われているようだ。あんまりイメージなかったけど、愛媛って米作ってたんだ。ちょっと調べてみるか。

 

「おいし〜。で、インタビューはもう始まってるんだっけ?」

 

「いえ、お気になさらないでください。今回、旅の中で自然な廣井さんの姿を覗き見て、ファンに伝えるのがコンセプトですので、いつも通り過ごして頂ければ大丈夫ですよ」

 

「キミの方がいつも通りじゃないんだけど!?」

 

「仕事モードです」

 

 嘘、軽い冗談です。

 

「今回旅先に四国をリクエストしたのはきくりさんって聞いたんですけど、なんか理由とかあるんすか?」

 

「んー、まあ久々に行きたくなったんだよね。私、ルーツがこっちの方にあるし」

 

「そういえばそんな話してたような」

 

『SICK HACK』──もとい四苦八苦の八の部分は、八十八ケ所巡礼の八なんだよ、って話を前にされて、何言ってんだこの酔っぱらいと思ってたけど、アレは結構本気だったんだ。

 確かに、長期休暇明けのお土産とかだいたい四国系の物だったかも。

 

「ホントは八十八ケ所巡礼が良かったんだけど、流石にOKでなかったよね」

 

「人気コーナーになればワンチャンありますから。なるべく面白いことか、いいこと言ってくださいね。早速ですけど、久々の四国はどんな印象ですか?」

 

「のんびりしてていいとこだなーって。東京ほど忙しなくなくて、景色も良くてご飯は美味しい!」

 

 車窓を眺める。列車は海岸線を駆けており、少し傾いてきた日を受けて、海がキラキラと輝いている。振り返ればのどかな田園風景が広がっていて、たしかに疲れた心が癒やされていくような情緖を感じた。

 

「まあ、ずっといると退屈になってくるんだけどね。何もないせいで──何もない自分に気づいて、焦るっていうかね」

 

 センパイは、海の先を見つめながら言った。どこか様になっているのは、きっと、ずっとそうしてきたからなのだろう。

 

 っていうか改めて見ると、横顔綺麗だな。スっと通った鼻立ち。ぱっちりと開いた小豆色の瞳。何も触ってねえんじゃねえかってくらいのナチュラルメイクは、むしろ素肌の透明な美しさを際立てている。

 

「きくりさんは、いつから音楽やってるんでしたっけ?」

 

「大学入ってからだね」

 

「何かキッカケとかあったんですか?」

 

「んー」

 

 ヤケに答えづらそうにしている。躊躇いやら恥じらいやらの感情があるってことは酒が抜けてきているな、と察したオレは、「マジいつも通りの雑談の感じでいいんで、気にせず一旦飲みましょうか」と再び瓶を突き合わせて酒を煽らせる。少しして、二合瓶さんはしっかり仕事を果たしてくれた。

 

「上京したワケだし、新しい場所で、新しい自分になってやろう! って思って、色んなサークル巡ってたのよ。で、その中で軽音の新歓ライブ行ってみたら、先輩のバンドが演奏してて」

 

「ああ」

 

 それは、聞いたことのある話だった。

 右も左も分からないお上りさんの陰キャだったセンパイが、一歩踏み出すキッカケになったエピソード。

 輝くライブ会場。雷鳴のように鳴り響く爆音。その上で、一際煌めく彼女。

 

「先輩と私って何一つ似てないじゃん? それなのに、演奏聴いてる間は、変な共感っていうか……なんか、繋がってる感じがしてさ。音楽ってすごい! って、その時初めて思って。それで志麻誘って、イライザが入って、気づいたらここまで来ちゃった」

 

 いや。きくりさんと星歌さんは似てますよ。

 ひたむきに一つのことをやり続けて、それで結果を出してるんだから。

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

 そう思ったけど、オレは言わなかった。口に出してしまえばどうしても、何も為せていない自分と比較してしまうと思ったから。

 誤魔化すように瓶を手に取ったが、空だった。もっと買っときゃよかったかな、ってところでアナウンスが鳴る。

 

『次は、伊予西条。ダイヤ調整のため十五分ほど停車致します』

 

「後輩くん、お酒のおかわりないの〜?」

 

「ないです。買い足しに行きましょう」

 

 渡りに船とはこのことである。や、電車だけど。

 下車して、古めの高架橋を渡って改札を抜ければ、広々としたロータリーとコンビニ、数軒の店、それからホテルが一軒。ザ・郊外のターミナル駅って感じだったが、オレはそういうのが何よりも愛おしい。

 信号を渡ってコンビニで缶チューハイを買って、それから駅に戻ろうとしたところで、センパイが素敵な看板を発見する。

 

「後輩くん! アレ見て!」

 

「小麦の奴隷……!?」

 

『小麦の奴隷』とデカデカ書かれた看板。パン派ではなくご飯派な上に、小麦より大麦の方が好きという気持ちを裏切れないと思いつつも、オレたちは店内に足を進めた。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 パン屋に入るのもいつぶりだろうか。店内に足を踏み入れてすぐに、ほんのり甘くて温かい、小麦の香りが鼻腔を突く。

 こういうところのパン屋って何見ても美味しそうなんだよな、と思いながら、店内を物色する。

 一番広くコーナーを取ってある、名物らしきカレーパンを手に取り、レジへと持っていく。まだ時間に猶予があることを確認して、広場にあるベンチに座り、オシャレなデザインの袋からカレーパンを出す。

 

「「いただきまーす!」」

 

 がぶりと齧り付く。まず、衣のサクサクとした食感が耳を楽しませる。直後に、もっちりとした中のパンと、それからスパイスの香ばしさを感じさせつつも辛すぎず、程よい甘味もある、トロッとしたカレーが口の中に雪崩こんでくる。

 

「うめ〜」

 

「おいし〜! 缶開けちゃおっかな!」

 

「はいはい──あっ、センパイ見てください!」

 

 飲みたいのはオレも同じである。手元のビニール袋からチューハイを出そうとしたところで、視界の端に映る素敵な幟に気づく。

 

「クラフトビール!?」

 

「こんなん買うしかないっしょ!」

 

 オレたちは本来小麦の奴隷ではなく、大麦の奴隷なので。

 土産物屋みたいな建物に突入。レジの脇の冷蔵庫の中に、二合瓶の地酒や、クラフトビールが置いてある。

 オレがラガーを、センパイがスタウトを買って、広場のベンチに座る。まだ肌寒さが残る東京よりも、ポカポカとしていて気持ちいい。カシュッとプルタブが開く音と、缶をぶつけ合う鈍い音が響いた。

 

「んっ、んっ……美味ー!」

 

「めっちゃイイ……!」

 

 ラガーは大変口当たりがよく、滑らかな舌触りの泡と、すっきりとした喉越しが堪らない。癖もなく、ビールを飲んだことのない人にもオススメできる、いいビールだと思った。

 原材料に米が使われてるらしい。そりゃ日本人の舌に合う味だわ、と納得しながらカレーパンを齧る。パンチのあるカレーパンをビールで流している時が一番生を実感するんだから。

 

「いやあ本日は大変お日柄もよく……」

 

「あ! ビール泥棒!」

 

「オレのも飲んでいいですから」

 

 センパイがカレーパンに気を取られている隙に、スタウトの方を貰う。

 基本黒ビールは独特のクセや苦味があって比較的得意ではないのだが、これはかなり好きかも。というか、めちゃくちゃカレーパンに合う。苦味を辛味で流して、辛味を苦味で流すループが強い。〆は回収し直したラガーであっさり終わらせる。

 

「こっちも美味しいねえ!」

 

「どっちも最高っすよお!」

 

 顔を見合わせて笑い合ったところで、何か忘れているような、と気づく。振り返ればそこには青空と、どこか平べったさのある駅舎。そして停車している特急電車。

 

『二番線に停車中の特急列車、まもなく発車致します──』

 

「「あ────ー!!!!」」

 

 センパイと二人、慌てて改札を抜け、階段を駆け上る。発車ベルとともに、オレたちは列車に飛び乗った。

 

 

 

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