本当は道後温泉に、めちゃくちゃ美味くてオシャレな串揚げ屋があることを伝えておく。
「危なかった〜」
「マジでビビりましたね」
席に座って、失った水分を缶チューハイで補給する。
そこそこ汗をかいてしまった。ちょっと服がベタついて気持ち悪い。ホテルに着いたらさっさと着替えたいぜ。
とりあえず、もう一度タブレットとキーボードをセットしてっと。
「それではお腹も膨らんだところで、もう少し廣井さんのお話をお伺いできればと」
「あっそれヤメテ! なんか違和感すごいから!」
「廣井さんといえば、切っても切り離せないのはお酒ですよね。現在進行形で楽しんでますけど。お酒飲むキッカケとかってあったんでしたっけ?」
「それ前も言わなかったっけ……」
「まあ聞いてますけど、今の廣井さんの言葉で聞かないと記事として書けないんで。その辺はオレを指名したセンパイの責任なんで、きちんと果たしてもらわないと」
「うっ……」
渋い顔を流すように、センパイは酒缶を煽る。
「ら……ライブの緊張を誤魔化すためだよぉ! ちくしょー!」
「廣井さん、シラフだとほぼ別人ですもんね」
「どうせシラフだとつまんねー陰キャですよ! しくしく」
泣きながら飲まれると、ヤケ酒みたいに見えるからやめてほしい。まあ、普段から似たようなものか。
「最初はね、お酒飲むと少しだけ強気になれるから頼ってたんだけど……それで結果出てきたせいで、じゃあ酒飲んだ方がいいんだ、ってなってきて……最終的には酒のない私の価値が疑わしくなってきて……」
「え、めちゃくちゃバッドじゃないっすか。ウケる」
思ったよりよくない記憶を呼び覚ましてそうなので、このあたりでカバーしておかねばなるまい。
「大丈夫ですよ、きくりさん。酔ってようが酔ってまいが、それはきくりさんの中の一側面に過ぎません。オレはどっちのきくりさんも好きだし、どっちのきくりさんも尊敬してます」
「後輩くん……」
酒なんてのは所詮、潤滑剤に過ぎない。
あれば舌が回るし、目も回るし、思考も回るが、オレらみたいな酒飲みからすれば、自分って奴は常に、滑らずそこにあり続ける。
『酒は飲んでも飲まれるな』なんて言うが、結局、飲まれる奴は場や雰囲気に飲まれてる。浸りたくて煽り続けたり、気まずさを誤魔化すために飲み続けてたり。一人で晩酌して、勝手に酔い潰れる大人なんて早々いない。
「まあとにかく、緊張を紛らわすのがキッカケで、気づいたらハマってたと。お酒のどこが好きなんでしたっけ?」
「緊張もそうだし、将来の不安とか過去の失敗とか色々忘れられるところ!!」
「うんうん。まあフラッシュバックする時もありますけどね」
「その時は……もっと飲もう!」
一瞬苦い顔をしたセンパイは、缶チューハイを一気に煽った。オレのいらん発言でフラッシュバックさせたのかもしれん。
『次は終点、松山です』
「あ、意外と早かったですね。荷物まとめときますか」
「ここからはどういう流れなんだっけ?」
「松山市内観光って話だったんですけど、まあもう夕方ですから、主要所は明日にしましょう。今日マストで行きたいのは──」
松山駅到着。建て替えられたばかりだという駅舎を抜けて、駅前から出ている路面電車に乗る。そのまま十数分ほどすれば、目的地の道後温泉に着いた。
一旦ホテルにチェックインして、荷物を置き、
「よし、行きますか!」
「おー!」
坂を下って、温泉街に向かう。
貸し出しの浴衣は春先の気候にマッチしていて、とても快適で過ごしやすい。下駄はちょっと歩きづらいがご愛嬌である。
道後温泉はぽつぽつと点在する三つの温泉施設と、その間を縫うように広がる十字型の商店街でできている。周りの道にも屋台だとか色々と見どころがあって賑やかである。問題があるとすれば、夕方でめちゃくちゃ混んでるってところ。
「ねえ後輩くん、さっさと温泉入ってお酒飲もうよ〜〜〜」
「ダメですよ、一旦観光です。酒抜けない状態で入湯すると、コンプラ的にまずいんで」
正直センパイから酒を抜くなんて、丸一日くらい監禁しないと無理だと思うが、危険度と通報の恐れは下げておきたい。あと、記事のネタを収集しないといけないので。
「……まあいっか」
「?」
きくりさんにしてはやけに珍しく、すんなりとオレの提案は受け入れられた。
首を傾げていると「それなら早く行こ、ね?」と手を引かれる。
「そうっすね、楽しみましょっか」
商店街を巡り、愛媛県の代名詞ともいえる、蛇口から飲めるオレンジジュースに舌鼓を打ったり、温泉まんじゅうを食べたり、お土産物屋を覗いたり、センパイが地酒につられかけたりと、色々あったあとに、温泉を堪能。勿論三つ全部に行く。
「いやあ、気持ちよかったですね!」
「気持ちよかったどころかふやけちゃうよ〜〜〜」
ぐでんぐでんのセンパイが、赤くなった顔を仰ぐ。
飲酒じゃなくて体温上昇でこの人の頬が赤いのって、かなりレアな気がする。
「じゃ、ご飯行きますか」
「おー!」
「ちょっと距離あるんでタクシー呼びますね」
道後温泉にもご飯処は多いのだけど、どうしても行きたいところがあるのだ。
タクシーに乗って十数分。松山市内の繁華街。商店街のアーケードを抜けて、少し横道に逸れた飲み屋の多い通りに、こじんまりとその店はあった。
「予約してた廣井です」
「おまちしてました、こちらへどうぞー」
ちょっとイイ、オシャレな居酒屋って感じの照明とテーブル。
センパイの希望を聞きながら、基本的にはオレが全部頼む。彼女は今回お客様であるため、オレがもてなさなければならないのだ。
少しして、卓上に酒と、それから最上のつまみが運ばれてきた。
「おお、これが……!」
「本場の輝きだねえ」
センパイがニヤリと、訳知り顔で笑う。
扇形に盛り付けられた、複数の切り身。軽く炙られた表面と、てらてらと耀く赤い身が、魅力的なコントラストを映し出している。
愛媛の代名詞、カツオのたたきである。
「早速食べますか! いただきます!」
タレと塩の二種類で頼んだが、まずは素材の味を確認しようと後者をパクり。
「──!?」
噛んだ瞬間、溢れ出す旨味。いままで食べてきたカツオは何だったんだってくらい美味しい。
臭みだとか雑味だとか、そういった不純物が一切感じられない。程よく脂も乗っていて、噛めば噛むほど美味い。これをドカ食いした果てになら、痛風になっても構わない。プリン体ドンと来い。
「うわ、美味すぎ!! やっぱり本場は違いますねセンパイ!!!」
「んっんっうんっ」
「あっすごい勢いで酒飲んでる」
まだ一切れしか食べてないはずなのに、日本酒一合が消失していた。この人編集部持ちだからって贅沢する気だな。
「潰れない程度にちゃんと楽しんでくださいよ?」
明日は我が身ということで、反面教師にすることを誓いながら、こちらも酒に手を伸ばす。
『タタキ専用』という触れ込みのサワーをピックした。さて、どのくらい合うかお手並み拝見である。
「──!?」
端的に言えば、ベストマッチだった。
さっぱりとした柚子果汁のサワーは、口の中に残っていたカツオの香りを流し、サッパリとさせながら、次のカツオの旨味へと繋げる。つまりこれ一つで無限ループが完成してしまう。
うわ、幸せすぎる……!
「おまたせしましたー」
「「待ってましたぁ!」」
続けてやってきたのはツマミの群れ。美味しそうな物を大量にピックした。
ウツボの唐揚げと、のりの磯辺揚げ、それから釜飯。
「え、ウツボっておいしー!」
センパイの言葉に頷く。油っこくて少しクセがあるが、かなり美味い。マヨとレモンとの相性がよく、ビールと合わせたい逸品かも。合わせました。
のりの磯辺揚げの方は、かなりスナック感覚で味わえるいい料理だった。もちもちの食感と、噛む度に溢れてくる海苔の濃厚な香りがたまらない。辛めの日本酒と合わせたいかも。合わせました。
「あとこちら肉寿司ですねー」
「待ってましたぁ!」
それを待ってたのはセンパイだけである。
愛媛まで来といて肉寿司ってなんだよと内心小馬鹿にしていたのだが、いざ目の前に照明で煌めく霜降りの牛肉が現れると、己の浅慮を恥じたくなってくる。
店員さんが目の前で炙ってくれて、ライブ感もバッチリである。言うまでもなく、めちゃくちゃ美味い。まあまあ高いけど。こんなの何と合わせても最高に決まってる。
「そろそろ釜飯もいけるんじゃない!?」
「火ィ消えてますしたぶん大丈夫っすね」
蓋を開けてみると、湯気と共に出汁のいい香りが広がる。中では金色の米々が我々を待っていた。
「「いただきまーす……うまっ!」」
魚介系の旨味がよく染みている。シャキシャキのネギと、きのこの香りがいいアクセントになっている。甘めの日本酒と合わせたい。合わせた。
「はー、満腹だねえ」
「ですねえ」
「幸せだねえ」
「……ですねえ」
味の余韻と、幸福感と、彼女の言葉を噛み締める。
「大学の頃は想像もできなかったですね、きくりさんと交流が続いて、ましてや仕事でこうやって飲みに来れるなんて」
「人生何があるかわかんないよねえ〜〜〜」
「そうっすねえ」
思い通りに転がらないことの方が多い。それでも、この現状は、
きっと、二人ともミュージシャンだったら、こうやって旅行できてはいない。
「後輩くんはさ、プロ目指してたら……って思うことはないの?」
「……あ〜、まあ、なくはないです」
実際、学生時代組んでたバンドが、小さいレーベルの人から声をかけてもらったことはあった。
でも、メンバーの多くは就職を希望していたこともあって、結局話は流れてしまった。
オレも、その一人だった。
「なんていうんだろうな、オレは良くも悪くも、現実を見ちゃってたんすよ。センパイとダイセンパイの背中を見てたからこそ、夢が夢ってほど遠くなくて、目標って言葉に収められる圏内にはあって。だからこそ、自分がそこに至るまでの道筋とか、努力とか、そもそものセンスの足りなさみたいなのが目に付いちゃって」
オレには、自惚れられるほどの実力も、思い込みもなかった。周りに才能の原石が多かったから、自分が路傍の石に過ぎないことに気づけてしまった。
「でも、後悔はないです。いまの仕事は楽しいですし、実は結構誇りもあるんすよ。きくりさんのSICK HACKだとか、星歌さんのSTARRYだとかと関わりながら、その魅力を伝えて陰ながら支えていけますしね」
「……後輩くん」
いつになく真剣な顔をした彼女は、何かを言おうと少しだけ逡巡して。
「いつも、ありがとう」
「え?」
それから、「いや、なんでもない!」と誤魔化したセンパイは、いつもみたいににへらと笑った。
「さ、帰って飲み直そうか!」
「は、まだ飲むんすか!?」
「今日はしこたま飲むよー! タダ酒だからねー!」
これ、ホントに全部経費で落とせるんだろうか。少し不安になりながら、まあ何とかなるだろうと苦笑する。
二人の夜は、賑やかに過ぎていった。