いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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焼酎とくとく四杯目

 

 

 

「センパイ遅いな……」

 

 下北沢駅前。勝手知ったる新宿を離れ、何故か今日はここに呼び出されていた。新宿に比べて外人と若年層が多く、賑やかな印象である。

 駅前のバザーでアクセ類を物色して、駅チカの古着屋を少しだけ覗いて、そして駅に戻ってみれば、ようやくセンパイ──と、隣にもう一人いた。

 

「もー、遅いよ後輩くん」

 

「いやすいません、センパイたちが遅かったんで古着見てたんすよ」

 

「それならしょうがないか~」

 

「お前が遅刻したせいだろうが」

 

 隣に立つ金髪のお姉さんがコツン、とセンパイの頭を小突いた。「違うんですよ~~~、飲んでたら電車の方面間違えちゃって……」と心底申し訳なさそうに彼女は返した。飲むな。

 

「っと……めちゃくちゃ久しぶりですね、ダイセンパイ」

 

「久しぶり。その変な呼び方はどうにかならないのか?」

 

 ──後輩。と、嘆息しながらダイセンパイ──伊地知星歌さんが言った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 星歌さんは四歳上で、同じサークルの先輩だった。

 四歳上でサークルが被る辺りで察してもらえると思うが、留年している。──言うまでもなく、オレではなくダイセンパイが。

 

「いやお前、留年したって死ぬ訳じゃないんだから」

 

「とはいえロックすぎるでしょ」

 

 FまでいかずともEとかDとかその辺スレスレのランクの大学だったというのに、そこで留年する辺り流石である。この人の場合バンドにうつつを抜かしていたのが原因だし、きちんとそちらで結果を出していたからいいとは思うが。

 

 

「というかダイセンパイ、今はバンドしてないんすよね?」

 

「ああ。飽きたからな」

 

「嘘つけって感じですけどね、ばかカッコよかったのに。じゃあ今は何やってるんすか?」

 

「この辺でライブハウスの店長してる」

 

「へ~、今度教えてくださいよ。遊びに行きます」

 

「私も行く~!」

 

「お前はもう来るな。仕事の邪魔だから」

 

 しっしっ、と心底嫌そうなジェスチャーでセンパイは追い払われた。そんなに入り浸ってるのかこの人。

 

「うわーん後輩くん、先輩がいじめる!」

 

「よしよし。酒臭いんでこっち寄らないでくださいね」

 

「どこにも私の味方はいないんだ……!」

 

 というか後輩に助けを求めるな。その情けなさもある意味、センパイの魅力ではあるが。

 

「で、今日はどこに行くんだ?」

 

「料理美味めの居酒屋です。ダイセンパイってお酒どのくらい飲める人でしたっけ?」

 

「まあ人並みだな」

 

「へー、意外。センパイよりはよっぽど強そうなイメージがあります」

 

「え、そーなの!?」

 

 驚くセンパイだが、妥当な評価である。何故ならこの人は常に酒に飲まれているため。強いのはセンパイというより肝臓の方だ。

 それに対してダイセンパイは、量は飲めなくても意識はハッキリしたままでいそうな安心感がある。普段の行いの差だろうか。

 

 

 

 

 

「さて、ここです」

 

 昔ながらの木造作りの佇まい。いつのまにか日も傾き、入り口の赤提灯にも色が差している。引き戸を開けると店長の元気な「らっしゃい!」の声が聞こえた。

 

「とりあえず生三つと、枝豆お願いします」

 

 ひとまず一杯目なので無難なオーダー。飲み物とつまみが来たところで、グラスを突き合わせる。

 

「かんぱーい」

 

 声は緩く重なった。ごくごくごく、と勢いで半分くらい飲む。

 

「やっぱこれだよな」

 

「この瞬間が一番生を実感しますよね」

 

「久々のいいお酒、めちゃめちゃ身に染みるなあ……」

 

 どこにでもある普通の生ビールでテンションを上げる大人たちがそこにいた。一人、なんかガチで感じ入ってる人もいるけど。

 

「この店九州の郷土料理が美味いんすよ」

 

「注文は全部任せた」

 

「何なら会計も任せてくれていいですよ、ダイセンパイ」

 

「だから何なんだ、そのふざけた呼び方は」

 

 センパイのセンパイだから、ダイセンパイ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「お前のはイントネーションが変なんだよな、馬鹿にされてる気持ちになる」

 

「えっ、ホントですか?」

 

 完全に無意識だった。たぶん、センパイのことを小馬鹿にしているのが引っ張られてるんだと思う。しかしダイセンパイのことはちゃんと尊敬してるので、それならどうにかしたい。

 

「じゃあ、星歌さん」

 

「……なんかそれはそれでキモイな」

 

「伊地知さん」

 

「遠いな」

 

「星歌にゃん?」

 

「お前、しばらくウチも店も出禁にするからな」

 

「冗談だにゃん!」

 

 にゃんにゃーん! と可愛こぶってセンパイがぷりぷり怒った。何なんだろうな、この小憎たらしい感じは。

 

「お待ちどうさん」

 

 盆に乗って、お椀と皿が三つずつ運ばれてきた。

 

「だご汁と刺し盛りばい。飲み物も何かいると?」

 

「そうですね……折角なんで、焼酎三つお願いしていいですか?」

 

「う……悪い、実は私焼酎苦手で。レモンサワーでいいか?」

 

 ダイセンパイが弱々しく手を挙げた。ちょっと意外だし、だいぶギャップ萌えだ。

 

「なるほど、わかりました。センパイは?」

 

「私は普通に芋かな~」

 

「おっけーです。んじゃソレと──そば焼酎、水割りでお願いします」

 

「あいよ!」

 

 返事のクセがすごい。本場の人って感じがするなあ、と思いながらひとまず手を合わせる。熱いものは、熱いうちに食うべし。

 

「すいとん……みたいなものか?」

 

「概ねそんな感じです」

 

 ダイセンパイが、人参や水菜などが散りばめられ、大きなお団子が二つ浮かんだ団子汁(だごじる)を見ながら言った。

 団子のせいで水団(すいとん)に見えてしまうが、肉が入っている辺りどちらかといえば豚汁の方が近い。しかも味付けも九州らしく、醤油ベースなのに甘めなのである。

 

「なんか温かい味するね」

 

「ため息漏れちゃいますよね」

 

「確実に〆の奴だろ、コレ」

 

「ところがどっこい、そんなこともないんです」

 

「おまちどっさん!」

 

 と、そこで店員さんが飲み物を運んできてくれた。自分の焼酎に口をつける前に、ダイセンパイの前にそっとグラスを置く。

 

「星歌さん、騙されたと思って飲んでみてください」

 

「う、でもなあ……」

 

「前飲んだのってどんなのだったか覚えてます?」

 

「確か……霧島だったかな?」

 

「なるほど……なら試す価値はあると思います」

 

 躊躇いつつも、星歌さんはグラスを取ってくれた。渋い顔をしながらそれを口に運び、一口、二口とゆっくり喉を鳴らす。

 

「どうですか?」

 

「……めちゃくちゃ飲みやすいな」

 

「でしょ?」

 

 そばは焼酎の中だと比較的クセが少ない。芋のように香りが強かったり、米のように後を引くような味わいはなく、その代わりにめちゃくちゃ飲みやすい。蕎麦湯を飲んだ時の、あの蕎麦の風味がほんのり持続する感覚だ。

 

「これ飲んだ後にだご汁食べてみてください」

 

 ちびちびと焼酎を舐めた後に、具材とともに汁を啜る。すると新たな世界の扉が開くのだ。

 

美味(うま)……っ!」

 

「でしょう?」

 

 焼酎の後に食べると、喉奥に残ったスッキリとした感覚が、スムーズに汁の味わいに繋がって、旨味が引き立つ。逆に団子汁のあとに焼酎を飲めば、後味がスッキリと抜けるようで、大変心地いい。

 

「麦焼酎発祥の地だけあって、その地の料理とのシナジーが半端ないんですよね」

 

「たしかに、これなら飲めるな」

 

「わたしもめっちゃ好き〜〜〜〜」

 

 焼酎と団子汁をちびちびループするダイセンパイに対して、センパイはごくごくとループしていた。少しづつ舌っ足らずになっているのがよくわかる。

 

「こだわりのある居酒屋の場合、料理とそれに合う肴は必ず意識して揃えてますから、一見の価値はあるよという話でした。よくわかんなかったらとりあえず、店員さんに聞いてみましょう」

 

「赤兎馬ロックとそれに合うおつまみくだしゃい〜〜〜」

 

「よかよ〜!」

 

「アンタは絶対水割りでちびちび飲んだ方がいいですよ」

 

 ロックなんかで飲んだら秒で消えてなくなるのが目に見えてる。あとセンパイの意識も急激に終わると思う。

 

 

「オレ、ダイセンパイとの折角の再会の思い出が、センパイの介抱で消えるのは嫌ですよ」

 

「潰れたらマジでシモキタに置いて帰るからな」

 

「らいじょうぶ、スターリーあるし〜〜〜」

 

「軒下すら貸したくないが」

 

 嫌な顔をするダイセンパイ。そんなこんなで、夜は賑やかに更けていった。

 

 

 

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