いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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馬刺しばくばく七杯目

 

 

 

「うう、いいおつまみが食べたい……お刺身とか食べたい……」

 

「馬刺しなら安い店知ってますよ」

 

「むしろ値上がりしてそうだけど大丈夫??」

 

「いやマジで安いんで安心してください。折角なのでダイセンパイたちも呼びますか」

 

 そんなこんなでやってきたのが、埼玉と池袋の間くらいの絶妙な立地の駅。下町特有の商店街を抜けて、ちょっと和チックな演芸場のすぐ側にその店はあった。

 

「予約してた廣井っす」

 

「失礼いたしました。お席交換制となりますので、二時間での退店にご協力お願いします」

 

「はーい」

 

「後輩くん自分の名前使いなよ~」

 

「オレの名字だと被りがちだから紛らわしいんすよね。ほんとは伊地知でいこうと思ったんですけど、怖いのでやめました」

 

「勝手に使ったらシバくからな」

 

「先輩それさ~、ちゃんと許可取れば合法的につかえるってこと?」

 

「そう言ってんだろ」

 

「そう言ったら問題では?」

 

 先輩の名前を勝手に出すのはヤンキーの文化なんよ。シマか何かだと思ってる? 

 と思ったけど、口に出したら絶対しばかれるので黙っておいた。

 

 

 

 

 

 木造の店内は狭く、壁には如何にもといった容貌の、数十年前のアイドルが映ったビールの宣伝ポスターだとか、古いレコードのカバーだとかが所狭しと張られていた。コの字型のカウンターの左奥のテーブルに座り、とりあえずメニューを開く。

 

「うわ~、馬系のメニューだけでほぼ一ページ埋まってるよ」

 

「壮観ですよね」

 

 しかも安い。馬刺しは安い部位だと一品二百円から頼めるし、高い部位でも五百円。ユッケすら四百円なのが驚きである。

 

「とりあえず適当に頼んじゃっていいっすか?」

 

「お任せします」

 

 生四つと、刺身各部位を一つずつと桜ユッケを頼む。一人前が四切れなはずなので、ちょうど割り切れていい感じになる計算だ。

 

「おまたせしました、生と桜ユッケですね」

 

「あざます」

 

 刻んだキュウリの上に乗せられ、卵黄のかけられたユッケは、少なくとも400円の量とは思えなかった。たぶん少食な人なら、これをご飯に乗せるだけである程度満足できるだろうなあ、ってくらいにはある。

 

「んじゃお疲れ様っす~」

 

「かんぱ────い」

 

「お疲れ様です」

 

「今日は悪酔いするなよ」

 

 一人釘を刺しているだけの人もいたが、とりあえずジョッキを突き合わせて、そのまま一気に煽る。胃と食道に押し寄せる爽快な満足感のあとに、全身にアルコールが広がっていく感覚。最高すぎる。

 

「ユッケうっま!」

 

「でしょう? コスパ無限大なんすよね」

 

「久々に飲むビール、おいしすぎ~」

 

「酒単体で馬鹿みたいに飲まないでください」

 

 馬の旨味がタレで引き立てられ、そこに卵黄がいい感じに絡み、その上キュウリのシャキシャキでブーストされるので、お酒も無限に進む。PAさん以外早くもジョッキが空きそうになってる。

 

「おまたせしました、馬刺しの盛り合わせです」

 

「まってましたぁ!」

 

「これは……なかなかの量がありますね」

 

 PAさんが目を見開いて言った。実際、肩ロース、モモ、あばら、胸椎、タテガミ、タン、ハツ、レバー、脊髄ととんでもないフルコースである。あとサイドメニューとして馬肉のたこわさとかうにくらげとかたけのことか適当に頼んどいた。

 

「じゃあ追加でレモンサワーと」

 

「ジンジャーハイ」

 

「カシスグレープで」

 

「このにごり酒、お願いします~」

 

「以上で!」

 

 無事注文も終えたので、改めて机上の料理と向かい合う。店員さんの説明を八割聞き流していたのでどれがどの部位なのかタテガミ。レバー辺り以外ほとんどわからないが、まあ食えば美味しいだろうということで、小皿の醤油に軽くにんにくとしょうがを溶かし、近場にあった赤身を一枚くぐらせる。

 

「う、うま~」

 

「めっちゃ美味いな」

 

「うますぎて笑えてきますわ」

 

「すごく美味しいですね」

 

「うまだけに!?」

 

「? 美味しいですね」

 

「PAさん、恥ずかしがらずにちゃんとうまいって言ってください。お馬さんに失礼です」

 

「もしかしてもう酔ってきてます……?」

 

 会話も表情も微妙な感じになったが、とはいえお肉は美味しかった。何なら半分くらいで飽きてきて、軽い押し付け合いが始まった。が、追加の飲料の投入と勢いでどうにかなった。

 

 

 

 

 

 

 

「オレめっちゃ思うんですけど、居酒屋の馬料理って、美味しいけど満足しきれないじゃないですか? コスパがいいとはお世辞にも言えないから、譲り合いか奪い合いかになって結局気まずく終わりがち」

 

「まあ、そうだな」

 

「でもこのレベルで馬出てきたら絶対満足できるし、一回行けば『あ、しばらくはもう馬いらんかもな』ってなるからめっちゃ好きなんですよね」

 

 三ヶ月に一回くらい来てる気がする。結構全人類にオススメしたいけど、そういうわけにもいかない。何故ならば──

 

 

 

「でさー、このまえカレシがさ!」

 

「すいません生4つ!」

 

「あ~それはカレシが悪いわ。俺だったら絶対そんな寂しい思いさせないのになぁ」

 

「飲んでなくない? WOW WOW」

 

「ノリふっる」

 

 平日の16時に開店凸したというのに、既に席のほとんどが埋まるほど客で混み合っているからである。店自体が比較的狭いのも相まって、今より有名になってしまったらたぶん予約すら取るのが大変になってしまうので、もうこれ以上広まらないでほしい。

 これ以上広まらないでほしい。

 

「飲み物空きましたし、そろそろ出ますか。二軒目探しましょ、この辺めっちゃ居酒屋あるんで」

 

「お腹いっぱいなので、お酒メインのところだと嬉しいですね」

 

「日本酒美味い店とバーと二択ありますよ~」

 

「なら、バーだな」

 

「日本酒で~」

 

「どちらでも大丈夫です」

 

「オレもどっちでもいいんで、センパイ方が何かで決めてください」

 

「じゃあ、ベース速弾き対決は~!?」

 

「自分の土俵で勝負しようとするな」

 

 

 ──結局勝負は『酎ハイイッキ飲み対決』に決まり、ガンぎまったセンパイたちの介抱で二軒目は流れた。

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