いんしゅ・は・ろっく!   作:織葉 黎旺

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焼肉ばくばく八杯目

 

 

 外回りの仕事を終えて、帰ってダラダラするかと環状線に乗り込んだ矢先、ポケットのスマホが振動した。用件を見れば、酒カスセンパイから『今日ヒマ?』とメッセが届いていた。

 

『仮に暇だった場合はどーするんすか』

 

『先輩とPAちゃん誘って、焼肉』

 

『いま、暇になりました』

 

『現金だねえ』

 

『場所と予約は任せるよ』と言われた。ので、適当な店を予約し、三人を呼び出した。新宿である。

 まあ結構大手のチェーンなので、栄えてる駅ならだいたいどこにでもあるのだけれど。

 

 

「おまたせしました」

 

「またせたな」

 

 PAさんとダイセンパイがほとんど同時に来た。

 

「大丈夫です。どうせもっと待たなきゃいけない人がいるんで」

 

 案の定、それから五分くらいして奴がやってきた。

 

「おまたせ~。ごめんごめん、これ開けきるのに時間がかかっちゃって」

 

「待たなきゃよかったな」

 

 舌打ちしながら星歌さんが言った。それはそうである。

 

「ってかセンパイ、これから飲み放題ですけど大丈夫ですか?」

 

「え? 聞いてないけど」

 

「あ、ごめん言ってなかったか。オレたちはこれから三千円で、焼肉の食べ放題とレモンサワーの飲み放題に臨みます」

 

「先に聞きたかったよ~~~」

 

 酒が満腹中枢をバグらせて、無限に食べさせてくれることを信じて、入店する。小綺麗な木造の店内の奥の方にあるテーブル席に座って、店の注文スタイルの説明を受けて、とりあえず机上の七輪に火を付けてもらう。

 

「っていうか今日、何かあったんですか? 打ち上げ的なノリで焼肉をご所望だったんですよね多分?」

 

「ん~とね、私たちの推してたバンドの成長記念的な?」

 

「………………」

 

「成長……ですね」

 

 星歌さんとPAさんの何とも言えない表情に、オレは首を傾げた。

 

「メジャーデビュー決まったとか?」

 

「違う」

 

「CD流通するとか? 」

 

「違うよ~」

 

「でかい箱でライブ」

 

「違いますね」

 

「じゃあ、何を…………?」

 

「……………………」

 

 三人同時に目を逸らされた。マジで何やったんだ。

 

「………………武道館?」

 

「お前の認識は青天井なのか?」

 

「いやわかりませんって、何の詳細も聞いてないんですから。推してるバンドに覚えもないですし」

 

 SICK HACKが違うのはわかる。この前もいつも通りライブしていつも通り機材壊してたし。ってかダイセンパイが“推し”てはいないだろうし。彼女からしたら結構頑張ってんな、程度の認識だと思う。

 

「先輩の妹がやってるバンドがね~、『STARRY』のライブオーディションに受かったんだよね」

 

「とっても頑張ってましたよね、店長」

 

「言うな!」

 

「えー、いいことじゃないっすか。そりゃお祝い物です」

 

 話が一段落したところで、意識が焼肉に向かう。机上のタブレットを取って、そこから操作する。

 

 

「まあ先述の食べ放題飲み放題でいいですよね」

 

「いいよ」

 

「で、こっからが大事なとこなんですけど。そこにタップあるじゃないですか。それ捻るとレモンサワーが注げるんですけど」

 

「素敵システム過ぎない??」

 

「そのレモンサワーの味付け用にシロップがあって、飲み放題コースだと八種類の中から二種類選べるんすよね」

 

「見せてもらってもいいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

 果肉入りのやつ、蜂蜜入りのやつ、カシス入り、抹茶、梅、サッパリ系、酸っぱいやつ、ベーシックって感じのラインナップだ。

 

 

「私は酸っぱいのと抹茶がいいな~」

 

「私はサッパリしたやつと果肉入りだな」

 

「私はカシスと蜂蜜ですね~」

 

「綺麗にバラケすぎでしょ」

 

 そうなると、実質オレに選択権があるような状態だ。まあ味変した方がオモロイので、今回は抹茶と蜂蜜にしてみた。辛党苦党のセンパイ方はシロップを入れずに飲めばいいと思う。

 

 

「おまたせしました~」

 

 シロップと共に、お通しのキャベツとキムチが来た。既に全員分レモンサワーは注いであり、準備は万端である。

 

「それじゃ、妹さんの成長を祝して乾杯~」

 

「「乾杯~!」」

 

「……乾杯」

 

 ジョッキを勢いよく突き合わせたものの、星歌さんだけちょっと弱々しかった。たくさん飲んで元気出してほしい。

 

「あ~美味しい~」

 

「染みるぜ~」

 

 レモンサワーのキリッとした喉越しが、疲れた身体にガツンと響く。労働ってきっと、この瞬間のためにあるんだよな。

 

「卓上にシロップがあると、自分の好きな味に調節できるのがいいですね」

 

「マジでそれですよね! 普通に注文すると店員さんの割合次第で味変わっちゃったりするし、こっちのが好きだな」

 

「卓上にあると自分のペースで入れられるのがいいね~」

 

「早っ、まだ肉も来てないだろうが」

 

 欲望のままに二杯目に突入しているセンパイを後目に、ようやく肉が到着した。適当に頼んだカルビとかホルモンとかハラミとか諸々である。僭越ながら、焼かせてもらおうと思う。奉行職就任である。

 トングで肉を七輪に敷き詰めれば、ジュウといい音と煙を立てて、『戦い』が始まった。

 

 

「後輩さん、目の色変わってませんか……?」

 

「コイツ昔からこうなんだよ。鍋とか焼肉とかやると絶対仕切って、私たちにはまったく触らせねえの」

 

「その間にたくさん飲めるからいいんだけどね~」

 

「どうせ食うならほら、ベストなタイミングで差し上げたいじゃないですか。ということでPAさん、焼き加減の好みを教えてください」

 

「ウェルダンでお願いします」

 

「かしこまりました。センパイがミディアムでダイセンパイがレアですよね?」

 

「ああ」

 

「お願いしま~す」

 

「は~い」

 

 肉を焼いていき、指定の焼き加減になったら取皿に送りつける。ある程度肉を配り終えたら、今度は時間のかかるホルモンを焼き始め、自分の皿の肉とレモンサワーと格闘することにする。オレ、いま、充実してる。

 

「肉焼いてる時の方が食べてる時より楽しそうにしてたぞ……」

 

「楽しいじゃないですか、料理って」

 

「まあ切って焼けばそれはもう料理だからね!」

 

「センパイはマジで口を開かないでください」

 

 センパイの料理なんて精々、金ないときに稀に見るもやしを焼肉のタレで炒めてご飯に乗せて食べるやつくらいだと思う。あとオレの教えた簡単なつまみ。

 

 

「後輩さんは結構料理とかされるんですか?」

 

「そこそこっすね。気分いい時とか人呼んだ時とかはやりますけど、普段は惣菜とかで済ませがちです。疲れてるときとかに自炊するとほら、独り身の寂しさが際立つんで……」

 

「わかります……! どうせ作っても誰にも喜んでもらえないしなあ、って思っちゃうんですよね……」

 

「うんうんうん!!」

 

 赤べこのように頷いた。レモンサワーを一口飲んで、その酸っぱさにオレは泣いた。

 

「ぐう……染みる……」

 

 同じようにジョッキを煽って、捨てられた子犬のような悲しげな表情でコクリと頷いたPAさんと目が合った。いまこの瞬間、オレたちの心は一つだった。

 

「ネチネチ考えすぎだろ……」

 

「あっ! 言っちゃいけないこと言った!」

 

 ダイセンパイの言葉に、センパイも頷いてジョッキを煽った。たぶん考えてることを酒で流し込んだんだと思う。しあわせスパイラルである。

 

「それは星歌さんが妹ちゃんと仲良く暮らしてるから言えるんですよ。っていうかアンタほとんど家事やってないじゃないですか」

 

「皿くらい洗うし」

 

「当たり前のことでアピールしないでください」

 

「紙皿なら洗う必要なくて楽なのに」

 

「終わってる一人暮らしの話もしないでください」

 

 合理的なのはわかるけども。センパイはもうちょっと丁寧な暮らしを心がけた方がいい。

 

 

「…………あ!」

 

「どうかしたか?」

 

「クソ、今の時間に何枚肉が焼けたことか……! すみません、遅れは取り戻しますので!」

 

「競技か何かだと思ってます?」

 

 シロップを雑にぶちまけたレモンサワーを飲みきって、おかわりの補給だけする。どんどん注文してくださいね、とみんなに笑顔を向ければ、絶妙に嫌そうな顔をされた。解せぬ。

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