折原臨也と実力至上主義の教室   作:あいうえお

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第一話:人間愛好者の暗躍Ⅰ

 

「この変態!!」

 

 ようやく日も沈もうという夕暮れ時。

 空に落ちた静けさと反するように、女子たちの金切り声が轟いた。

 

「アンタ、ここで何がしたいわけ!?」

「……酷いなぁ。確かに俺と君たちはほぼ初対面で、誰からも歓迎されるだなんて期待はしていなかったけどさ、ただ視界の隅でジュースを飲んでたってだけで怒鳴られるなんて思いもしなかったよ」

「そうじゃなくて、ここは女子階よ!? アンタ男子でしょ!?」

 

 この学校では生徒に寮が与えられており、生徒はそこで三年間の寝食を共にする。

 ただし当然ながら、男女での区分けも行われていて、男子の生活スペースは下の階に集中していた。

 そのため、上階に男子が訪れるなんてことは通常ではほぼなく、単身であれば尚更のことである。

 騒動の渦中にいた少年は、この女子用の最上階にある共有スペースに、二時間も一人で居座り続け、窓の外を漫然と眺めては、そこで購入したジュースをゆっくりと味わうといった奇行に走っていた。

 

「変な男子がいて怖いって、みんな噂してたんだからね!」

「女子の間で噂になれるだなんて、この場合、男冥利に尽きるとか言っちゃえばいいのかな?」

「この……っ! 出てってよ、変態!!」

「ははは、こわいこわーい、暴力はんたーい! 何、みんなして寄って集ってか弱い俺を虐めようっていうのかい? 身勝手な話だよねぇ、俺は何一つとしてルール違反なんてしていないってのにさ」

「女子のいる階に来ちゃ駄目でしょ! パンフレット見てないの!?」

 

 入寮の際に渡された説明書のことを言っているのなら、もちろん少年も全て目を通してある。

 この学校──というよりこの国は、公に未成年同士の不純異性交遊を認めていない。それでいて少年少女たちの平均童貞・処女卒業年齢が未成年を切っているのは、この少年にとって実に興味深い事象ではあったが、ともかく未成年同士のプライベートでの接触は推奨されていないのだ。

 しかしながら、それは物理的な接触を全てのレベルで絶つという意味ではない。

 

「別に女子階への立ち入りは明確に禁止されていなかったと思うけど」

「はぁっ!? 嘘つかないでくれる!?」

「嘘じゃないさ。確か、厳密には20以降は禁止だったかな? もちろんそれは男子側だけじゃなく女子側にも言えることではあるけどね。まだ規定時刻まであと10分近くあるんだから、俺がここを立ち退く理由は何一つとしてないんだよねぇ」

「皆が怖がってるって言ってんじゃん! いいからさっさと出てって! 部屋の外に男子がいるってだけで、シャワーすら浴びれない子だっているんだからね!?」

「へぇ、そこまでの男性恐怖症だなんて逆に面白いね。俺が迫ったならその子はどんな風に怯えて、懐柔した時どんな風に悦ぶのか実に興味がある。紹介してくれないかな? もちろん、情報提供の対価にはポイントを支払わせてもらうけど」

 

 キモイ、死ね、クソ男、等々。

 女子からの大顰蹙を笑顔で買い続ける少年はその後、ありとあらゆる罵詈雑言を受け、その度に顔に張り付けた笑顔により深い喜悦を滲ませていった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「女子ってよく喋るよね」

「あっ、アンタほどじゃないし!!」

「ていうか、君はどうして俺にそこまで固執するのかな? その食い下がり方は異常と言わざるを得ないんだけど」

「わ、私は友達に、廊下にキモイ男子がずっといて怖いって相談されたから……!」

「その場合は教師に相談するのが一番良い手だと思うんだけどね。仮に俺が不審だと思ったのなら、尚更声を掛けるのは危険じゃないかな。強がっているようで震えた君の声音からは、今までの言動と動機に大きな矛盾があるように思えてしまうんだけど、俺的にはその辺の話を掘り下げてみたいね」

「……意味分かんないんだけど。何言ってんの? マジキモイ!!」

 

 少年はジュースを飲み干すと、空になった缶を少女に向かって投擲した。

 軽く手首を捻っただけで、野球ボールのような直線軌道で飛んだ空き缶は、少女の頬スレスレを通過し、背後の壁に当たる。

 

「……へっ?」

「おっと。君の顔面を狙ったつもりだったんだけど、やっぱ俺って玉投げ下手っぴだね」

「な、なに、よ。いきなり……」

「──なーんて、ウソウソ。俺が女子を傷付けるわけないだろ」

 

 壁にぶつかった衝撃でひしゃげた空き缶は、いつの間にか少女の背後にあったゴミ箱の中に落ちていた。

 

「俺が怖いのかい? ()()()()

「なっ、なんで……っ、私の名前……っ!」

「さぁどうしてだろうねぇ。入学式からまだ二か月も経っていない訳だし、君と面識すらなかった俺が君の名前と顔を知っていたのは奇妙なことこの上ない。もしかすると、俺の目的は最初から君だったのかもしれない」

「ひっ……!」

 

 少年が歩み出す。

 周囲の女子たちが反抗的な声を一斉に上げ始めるが、途端に不気味な雰囲気を演出し出した少年の前では誰もが足がすくみ、ただ二人の距離が近づくのを見守ることしかできなかった。

 

「君は強気でみんな頼れるヒーローを演じることで、いったい何を証明したかったんだろう?」

「こ、こないで! 私に手を出したら、アンタどうなるか分かってんの……!?」

「不審な男にも果敢に立ち向かう自分に、どんな過去を否定して欲しかったんだい?」

「せっ、せ、先生、呼ぶよ! それ以上近付いたら、マジで呼ぶから!!」

「そんなに怖がらなくても大丈夫さ。だって、俺は君を愛しているだけなんだから」

「っっっっ!?!?」

 

 いつの間にか逃げ場のない壁にまで追いやられていた少女──軽井沢恵は、眼前に迫る少年の整った笑顔に気圧されて膝から下に崩れ落ちた。

 震えた瞳は明らかに少年への恐怖を滲ませている。

 

「ま、正確には『君を』じゃなく『人間(君たち)を』なんだけどね。この違いが重要だったりする」

「──ハイそこまで~~!!」

「ん?」

 

 言いながら、薄いピンクの長髪を肩まで伸ばした少女が二人の間に割り入った。

 

「今度という今度は流石に趣味が悪いぞ~、折原くん!」

「Bクラスの委員長には、他クラスの同級生の趣味にまで口出しする権利があったとは驚きだよ、一ノ瀬さん。俺が悪いことをしたみたいな言い方はやめてくれないかな?」

「この子のこと泣かせそうになってたでしょ~? 悪ふざけも度が過ぎると犯罪だからね!」

「犯罪か。それはまた、飛躍だね」

 

 軽井沢に駆け寄った一ノ瀬は、少女の心を包み込むように朗らかな笑みを浮かべる。

 

「大丈夫?」

「だっ、大丈夫だし! 言っておくけど、誰もアンタの助けなんて求めてなかったから!!」

「あはは、私余計なお世話利かせちゃった?」

「女子の集団から罵声の限りを向けられていた俺のことは、案じてくれないのかい?」

 

 臨也はカラコロと嗤いながら肩をすくめる。

 

「俺が心の中で誰よりも号泣していたと言っても、薄情な一ノ瀬さんのことだから、きっと信じてはくれないんだろうなぁ」

「誰が号泣だってー? ん~?? ……てか、折原くんホントにこんな所で何してたのよ」

「何も。強いて言うなら、本当にただ、夜景を楽しんでただけだよ。俺はこの時間帯に、徐々に灯りが消えていく校舎を眺めるのが好きでね」

「じゃ女子の生活スペースにまで来なくたって、自分の部屋のある階でいいじゃないの」

「夜景ってのは高所から見るのがいいんじゃないか」

 

 一ノ瀬は一瞬だけ絶句するも、少し考えて納得したように苦笑と共に頷いた。

 奇妙な行動原理と尋常でない行動力のあるこの少年なら、ただ景色を見るというだけの理由で最上階にまで赴いたっておかしくはない。仮にこれが他の男子だったとすれば、女子からの奇異な視線に耐えられず逃げ出していたのだろうが、臨也はそんな状況でも何時間だって笑顔を絶やさない胆力を持っていた。

 

「えっと、それだけ?」

「もちろん。それだけ」

「……はぁ、だったらもう気は済んだんじゃない?」

「そうだね。見ようと思っていたものも、見れたらいいなと思っていたものも見れたし、俺は十分に満足したよ」

 

 臨也は真っ暗に消灯した校舎を一瞥すると、次に反抗的に睨んでくる軽井沢のことを見下ろす。

 彼の瞳の奥に映っているのは純粋な興味。相手への関心。そこには悪意など欠片も存在せず、臨也は暴力的なまでの好意で軽井沢を見つめた。

 

「わ、私にはもう彼氏がいるんだから!! アンタなんか相手にするわけないでしょ!!」

「知ってるさ。だけど俺って寂しがり屋だからさ、あまり相手にしてくれないとこっちから構っちゃうよ?」

「……アンタのこと、ストーカーだって言いふらしてやるんだから」

「はは、それは楽しみだね。それじゃまた会おう、軽井沢さん」

 

 ──次はその脇腹の秘密を教えてもらおうかな。

 

 少女が無意識のうちに庇うように立っていた部位を指しながら、臨也はそう言い残して立ち去った。

 

 




お試しで書いたやつ。

折原臨也を

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