折原臨也と実力至上主義の教室 作:あいうえお
「ねぇヨッシー。聞いてる?」
「……この教室に二足歩行の爬虫類みたいな名前の奴はいない」
「あはは~、君のことだよ~──橋本正義くん。
ホームルーム直後の小休憩。
机で仮眠を取っていたところを叩き起こされた橋本は、悪びれる様子もない下手人を睨めつけた。
つくづく、面倒で、つかみどころがなくて、それから最低なくらいに楽しい奴と隣の席になってしまったものだ、と少年は自身の不幸だか幸運だか分からない運命を呪う。
「お前、テスト期間なのに余裕みたいな面しやがって、羨ましい。こっちは夜遅くまで予習復習で、毎日おねむだってのによぉ……ふわぁ」
「俺は要領良いからさぁ~。授業聞いてるだけで、最低限赤点以上の点は取れるんだよねぇ」
「そういう奴に限って足元救われるんだ」
「はは。Aクラスはみんな真面目だねぇ」
教室で眠たそうに目を擦ったり、頬杖をついたりするクラスメイトたちを見やりながら、臨也は言った。
そんな様子を評価して真面目と言えるのかどうかは微妙な所だが、彼の言わんとしていることを察して橋本も同意するように頷く。
朝というのを差し置いても、ここまで露骨に睡眠不足な者が多いのは、普段の自習に余念がないからだろう。
「今度のテストで赤点だと退学だからな。そりゃみんなビビって勉強漬けにもなるよ」
「ま、危機感持つのは結構だけどさ。俺が心配なのはDクラスなんだよね……」
「……Dクラス? あの不良品グループのことか?」
「オイオイ、生きとし生ける全ての人間に不良も優良もないよ。生き方に貴賤なんてなくて、あるのはそれが退屈が面白いかって評価だけさ」
「そりゃ殊勝な考えなこって」
つくづく余裕だな、と橋本は笑った。
クラス間の序列が発表されてもう一週間弱。各クラスに付与された成績を思い返すだけで、Dクラスの現状の悲惨さが頭に浮かぶ。
Aクラス:940
Bクラス:650
Cクラス:490
Dクラス:0
これが五月現在の各クラスの序列を定義づけるポイントだ。
クラスポイント1に対して×100の数字で毎月のポイントが支給されるため、今頃Dクラスは貧困に喘ぎながら陰鬱なテスト期間に勤しんでいるのだろう。
「気になるよねぇ、
「よし、じゃあぶっ飛ばされてこい」
橋本は無謀な挑戦を夢見る臨也の背中を押すことにした。
「そんな煽りインタビューなんてしようものなら、お前は亡き者にされるだろうが、まぁ気にするな。お前が死んでも悲しむ奴はいないからな」
「行ってきます」
「いや行動力の鬼か!? 冗談だ、マジ止めとけ!! 煙たがれるぞ!!」
「む。どうした、何を騒いでる」
立ち上がった臨也の行方を阻むように、葛城が声を掛ける。
彼と対立している坂柳に取り入っている橋本としては、正直かなり気まずい部分もあるが、葛城に派閥の垣根を気にするような態度は見られない。そういった大胆かつ愚直な点は、坂柳にない一つの魅力ではあるのだろう。
「ちょっと俺、Dクラスにインタビューしてくるよ。『学校に不良品扱いされて、他のクラスから見下されて、ねぇ今どんな気持ち~?』ってさ」
「なるほど。駄目だ」
「はっはっは! 康平くんに俺を止められるかなぁ?」
伸びた剛腕を華麗に捌くと、臨也は机を足場に跳躍し、壁を駆けのぼった。
廊下に続く天井付近の窓を開き、朗らかな笑みで手を振りつつ、
「それじゃ、10分後くらいには戻ってくるよ~」
「クソッ! あのスパイダーマンめが!!」
「親愛ならぬ隣人なんだよなぁ」
願わくば、臨也がDクラスの逆鱗に触れて八つ裂きにされませんように。
しかし、無垢なる橋本の祈りは神に届かなかったようで、数分後、赤髪のDクラス生徒に追い回される臨也が葛城によって保護されたのだった。
×××
人間の欲求の中で一番厄介なのは、承認欲求だと思う。
中学を卒業するくらいの頃からずっと思っていたことだ。
簡単に満たせないくせに、得れば得るほど満足に達するための容器は肥大化していくばかり。
誰から認められなくたって、自分が自分を認められたらそれで良いだなんて、偉い人は言うけれど、それは最初から何も手に入れることが出来なかった弱者の思考だ。
それでも私はいつだって、自分の欲望のためにベストを尽くす。
その上で、欲しい承認を手に入れてきた。
あぁ、でも、一度は失敗してしまったこともあるっけ。
だけど今度は、同じ轍なんて踏むものか。
『今日の放課後、暇かな?』
授業終わりに届いたメールを見て、私は口角が吊り上がるのを必死に抑えた。
『どうしたの、折原くん』
『良ければ君と二人きりで遊びたいな、なんて思って。クラス同士の情報交換や、近況報告とかも兼ねてさ。どうかな?』
彼が私に向けてきているのは明白な好意だ。
友情なのは恋愛感情なのかはまだよく分からないけど、テスト期間中だということを考えても、拒絶する理由はなかった。
『折原くんからのお誘いなんて嬉しいな! もちろんOKだよ!』
間を置かず、承諾の意を送る。
『カラオケとシアター、どっちがいい?』
『えっと、それって密室と暗がりのニ択って意味……?』
『ちょっとー、それ俺が君に痴漢しようとしてるみたいな言い方ー!(# ゚Д゚)』
『図星だったりして。ちょっと怖いかも』
『映画館だったら、他の生徒もいるし怖くないでしょ?』
『そうだね。シアターにしよっか』
『オッケー。現地集合でいいかな?』
私はその問いかけに既読をつけると、返信することなく携帯をスリープモードにした。
一時間ほど空いてから、折原くんは私の望んだ言葉を送ってくれる。
『Dクラスまで迎えに行くね』
『うん! 楽しみに待ってるよ!』
彼が私を好ましく思ってくれていることに疑いの余地はない。
元々社交的な性格なのは分かるが、それでも毎日のように連絡を送ってくれるだなんて、特別な感情を勘ぐらずにはいられない。それはきっと彼も自覚していることだろう。
一応はっきりさせておくと、私の方に彼と恋仲になる意思は全くない。
しかし、一年生の女子間で行われたランキングで、イケメン部門・彼氏にしたい部門・癒し部門・闇深部門を総ナメにした彼との繋がりは、私の地位の向上に貢献してくれる。
むしろ、彼の方が私を本気で好きになっちゃって、私がそれを振るだなんて展開になったのなら最高だ。
私の所属するDクラスよりも立場が高いと周知されたAクラス、その中でも特に発言力の強い彼より私の方が優位だと知らしめることが出来たら、きっと私は過去最高に気持ちよくなれるだろう。
待ちに待った放課後、折原くんは私を待たせることなくDクラスの教室にまで来てくれた。
「桔梗ちゃーん! あーそーぼー!」
「あっ、折原くん! うん、今行くね!!」
廊下から教室中に聞こえるように、彼は声を張った。
自然とみんなの視線は私と折原くんの間を行き来する。
「えっ、えっ、えっ? な、なになに、何で? 二人、どういう関係?」
「ただの友達だよ。今日は一緒に遊びに行く約束してて」
「いやいやいや、二人きりで!?」
「そうだよ?」
「はぁーっ!?」
教室を煽るように、私の言葉を受けた男子生徒が騒ぎ立てる。
彼は池寛治くん。私への好意(折原くんと違って、こっちは恋愛的な意味で)を仄めかしている男子の一人だ。
池くんは悔しそうに折原くんを睨んだ。
「このヤロ~っ! 他のクラスの分際で、俺たちの櫛田ちゃんに手を出しやがって!!」
「ええっと、池くん、だっけ? 君も俺と遊びたいのかな。明日以降なら空いてるから、いつでも誘ってくれていいんだよ」
「え、その距離の詰め方なに……? ちょっと嬉しくなっちゃうだろうが……!」
「はは、君が嬉しがって照れちゃったとしても、俺としては全然嬉しくも何ともないけどね」
池くんを軽やかに躱して、折原くんは勝手知ったる足取りでDクラスの教室を闊歩する。
この軽薄なくらいの大胆さは、私も見習わないといけないかもしれない。
彼は本当に、人との距離の詰め方が特殊だ。誰に対しても旧友であり他人でもあるような、フランクかつ他人行儀な態度で接してくれる。
「あっ、テメェは今朝の! 確か……
「折原ね。そういう君はバスケ部の須藤く~ん」
「こんにちは。遊びに来るのは良いけど節度は保ってね、折原くん。君のためにもさ」
「いつ接しても洋介くんは優しいなぁ。今度一緒にご飯でも行こうよ」
「……っ」
「そしてそんな彼の影に隠れた君──恵ちゃんも元気そうで何よりだよ」
教室を一周して一通り知り合いに声を掛けると、最後に折原くんは私の前にやってきた。
「それじゃ、行こうか。互いに積もる話もあるだろうし」
「うん。シアターだよね」
「あぁ、面白そうな作品をいくつかピックアップしてるんだ。君の趣味に合えばいいけど」
そうして私の前に差し出された手は、王子様の手にも見えた。
×××
──来て損したかも。
速攻でそう思ってしまうくらい、つまらない時間だった。
折原くんが選んだのは、マイナーと言うことも憚られるくらいのC級スプラッター作品。冗談抜きで私が今まで見た映画の中で、過去最低の内容だった。
これを男女二人で見る機会にチョイスするって、正直センスを疑ってしまう。
まぁ、今日は全て彼の奢りなので文句を言える立場ではないのだが。
映画館を出て、待合席に座っていると、折原くんは二人分のアイスを持ってきて私の隣に腰掛けた。
「いやぁ~、完全なるハズレだったね。どうして学校はあんな作品を放映しているんだか。絶対チケット売れてないでしょ」
「スプラッター映画って始めて見たけど、今後も見ることはないかな……はは……」
「んー。今日見た作品は全年齢対象を意識してたのか、方向性も定まっていなかったからね。グロ描写がイマイチだったり、露骨なお涙頂戴があったり。アレを基準に考えない方が良いよ」
「……折原くんは過激な映画が好きだったりするの?」
「どんなジャンルも嫌いではないさ。監督の作家性が現れているかが重要なんだ」
社交的だから没個性的な趣味をしているかと思ったら、案外尖ってる部分もあるのかな。
私は受け取った三段アイスを食べる。チョコミントとオレンジソルベと抹茶の組み合わせだ。不味いわけじゃないけど、統一性が全くない。やっぱり彼の趣味って少し変わっているみたい。
「桔梗ちゃんはテスト大丈夫? 赤点は退学らしいけど」
「遊びに誘っといてそれ聞くの、イジワルなんだけど~」
「ははっ、でも来てくれたってことは余裕なのかな」
「私は勉強してるからそこそこの点は取れる、と思ってる、んだけど……」
そこまで言いかけて、私の頭に浮かんだのは、先月に行われた小テストの結果だった。
Dクラスといっても皆がそこまで致命的な学力というわけではない。ただし、やっぱり数人だけ壊滅的な点数を弾き出していた人たちもいた。
「自分は大丈夫だけど、他の友人たちに不安がある、ってところかな」
「あはは。折原くんには全部お見通しみたいだね……」
「当てずっぽうだよ」
そう言いながら、何でもないように微笑を浮かべる折原くん。
掴みどころのないミステリアスな感じとか、私の考えを全部見抜かれているような印象は拭えない。
まあ、考えていることがバレるような失態を私が犯すハズもないんだけど。
「Aクラスもさ、みんな必死になって毎晩毎晩勉強してるみたいで。これからテスト期間中、ずーっとあの張り詰めたような空気が続くと思うと、気が滅入っちゃうよ」
「でも、そんなに真剣に取り組めるなんて、やっぱりAクラスの人たちは凄いんだね。これじゃ、Dクラスが不良品って言われても仕方ないや……。本当に退学者が出ても言い訳できないよ」
「それだと俺が困るんだよねぇ。
折原くんは本当に寂しそうな表情を浮かべていた。
「俺は卒業まで、この学校から誰もいなくなって欲しくないんだ」
嘘とは思えないような哀愁を漂わせ、折原くんは映画の広告を見つめたまま動かない。
信じがたいことだが、彼は心から私たちのことを案じているのかもしれない。他クラスの心配までしてくれるだなんて、バカなくらいのお人よしなのだろう。
やはり彼は御しやすく、利用できる人間だ。
この繋がりはこの先の三年間、ずっと有用に機能するような気さえしてきた。
「それなら、DクラスとAクラス間で合同勉強会とか開いてみない? お互いの親睦を深めるいい機会にもなるし、テストへの危機意識を切り替えるのにも役立つと思うの!」
「……そっちのクラスとしてはそうかもしれないけど、Aクラスとしてはどうかな。堕落した空気を持ち込まれると、流石にこっちも困るんだけど」
「あ、だよね……ごめん……」
Aクラスにメリットがない。それはそうだ。
私は少しだけ込み上げてきた悔しさを奥歯で噛み締める。くそ、折原のくせに冷静に否定してきやがって。
「まぁでも、一応リーダーに話を通してみるよ。合同勉強会、俺的には賛成だし」
「本当っ!?」
「どう転ぶかは保証できないけどね」
私たちのクラスはAクラスをまるで目の敵のように思っている。
だけど、折原くんの力を借りれば、逆にAクラスを力強い味方として抱き込むことも出来るだろう。
「ありがたいよ!! 折原くんにはいい返事を期待させてもらうねっ!!」
「それは責任重大だね」
他のクラスと関係を築いていて本当によかった。
彼と契約紛いの握手をし終えた後、私は心の底からそう思ったのだった。
臨也視点で話を進めるか、それともある程度群像劇要素入れるか、悩ましいです。
とりあえず原作一巻分のお話のプロットは出来てます。
今後の臨也の観察対象は?(参考までに)
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戸塚弥彦
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石崎大地
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