折原臨也と実力至上主義の教室   作:あいうえお

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ちょっとキリの悪い所で終わったかも。


第四話:人間観察night Ⅰ

 

 ──102万ポイント。

 

 携帯に送信されたその額を確認すると、臨也は瞳の色一つ変えずに呆れたような溜息をついた。

 この学校でのポイントの扱いは、1ポイント=1円だ。高校生が扱うには大きすぎる額ではあったが、臨也にとって金銭は自分の心を動かす要素足り得ない。

 

 ポイントの送信主は、怯えるように背中を丸めて臨也の様子を伺う長身の二人。

 運動部の活動によって鍛えられたその身体は、内側から制服を圧迫するように程よく膨らんでいる。

 そんな二人が華奢な臨也に対して恐怖しているかのような図は、傍から見れば奇妙に映るだろう。

 

「……こんなに頂いて、先輩たちには頭が上がりませんね」

 

 言いながら、顎を上げる臨也。

 

「お、俺たち二人が、二年間で貯めたポイントの全てだ。それで、何とか勘弁してくれ……!」

「何の話ですか? これはお二人から俺への無償の施しだと思ってたんですが」

 

 生徒間でのポイントの移動は自由だが、恐喝に当たるような行為はご法度である。

 二人は臨也が言外に言わんとしていることを理解した様子だったが、それでも口を噤むことは出来なかった。

 

「頼む折原! 信じてくれ! 俺たちはこの高校で、やり直そうと決めたんだ!」

「何でもする! だから──()()()()は誰にも言わないでくれ!」

「……あのこと、ねぇ?」

 

 必死に頭を地面に擦り付ける三年の先輩を見ながら、臨也は冷笑した。

 この二人は、折原臨也と同じ地域の中学の出身者である。

 当時から野球部のレギュラーで、男女関係なくよく人が集まっていた。この学校に入学してからも野球で成果を上げ続け、今では両方ともクラスの中心的人物として機能しているらしい。

 しかし、そんな華やかな人物像の裏には、誰にも言えない秘密があった。

 

()()()()って、何のことでしたかね?」

「あんま虐めないでくれよ……ほら、分かるだろ?」

「いえいえ、心当たりがないわけじゃないんですけどね。むしろ心当たりが多すぎまして……」

 

 わざとらしく視線を泳がせると、臨也はこの二人が裏で行っていた思いつく限りの悪行を口にしていく。

 

「地域の野球賭博で大儲けをしたこと? 当時付き合っていた彼女に売春を斡旋したこと? 同級生をイジメて転校に追いやったこと? それとも……

 ──妊娠中の教師に集団で暴力を振るって、流産させたこと?」

「っ! ばっ……バカ野郎! 誰か聞いてたらどうする!?」

「胸を張って吹聴すればいいじゃないですか」

 

 臨也の声に、平時のような弾みはない。

 元より他人の生死すら観察対象として愛でることができると自負する臨也だが、自分の関与していない部分で発生した殺人は本当にただの殺人行為でしかない。

 

 この二人と臨也は、同じ地域の学校に通い学外で多少の交流があったとはいえ、同じ学校に通っていたわけではなかった。

 あの時、臨也が彼らの行いの隠蔽を手伝ったのは、純粋に他人が持つ罪悪感について興味が芽生えたのと、他人の悪行を咎めるほどの善意を持ち合わせていなかったのが理由だ。

 

 折原臨也は他人の命を救うほど善人でもなければ、他人の命を損なうほどの悪人でもない。

 

 そのため、彼が現在二人に向けている軽蔑の念は、人間に元から備わっている同種殺しへの嫌悪感のようなものなのだろう。それは言い換えてしまえば、倫理観が著しく欠如した臨也であっても、れっきとした人間であるという証明のようなものだった。

 

「先輩たちがどう生きようと、誰をどう殺そうと、極論俺にはどうでもいい。だからお二人がどう破滅しようと、俺の知ったことじゃあない」

「……お前だって、加担してんだぞ。あの女に口封じの根回しをしたのはお前じゃねぇか!」

「そう。だから俺の社会的な立場だって、どうなろうと構いませんよ?」

 

 別にそれは、特に自分への戒めなどではなかった。

 最初から、自分の安全を勘定に入れていないというだけだ。

 

「でもまぁ、お二人をチクったりはしませんよ」

「本当か?」

「ええ。ぶっちゃけ、ポイントを頂けるのはかなりありがたいですし。それに──」

 

 そう言いながら、不敵に微笑んだ臨也は携帯を操作する。

 写真フォルダの『お気に入り』を開くと、一番上に表示されたのはつい先日盗撮したクラスメイトの姿。

 

「──今はあんたたちに興味ない(人間観察に忙しい)んでね」

 

 少女の写真を舐めるようにそう言った臨也は、笑みをいっそう深く歪めたのだった。

 

 

 ×××

 

 

 その男は清流を思わせる冷ややかな雰囲気を湛えていた。

 まるで外敵を排すかのような気迫に満ち溢れた眼差しには、受け手に身震いさせるほどの威圧感が内包されている。

 

「……自分では、力不足でしたか?」

「何度も言わせるな。俺はお前が優秀であることに疑いは持っていない。一年生ながら、実に見事な経歴だ」

「では、なぜ」

「生徒会ではその能力を枯らしてしまう。それだけだ」

 

 葛城は悔しそうに、その手に握られた生徒会の願書に皺をつくる。

 彼は中学で生徒会長を務めていた経歴を認められつつも、認められているからこそ、申し出を断られるという矛盾に直面していた。

 納得のできない理由で道を阻まられた葛城は、悔しさを滲ませ拳を強く握る。しかし彼に冷たい言葉を浴びせている生徒会長とて、無益な嫌がらせでそのようなことを言った訳ではない。

 

「お前のような男はまず、生徒会以外で経験を積むことだ。ここを軸に何かを学ぼうとすれば、必ず何か屈折してしまう。……来年になれば、俺の言っていることの意味も分かるだろう。その時にもまだ気持ちが変わっていないようなら、再びこの扉を叩きにくればいい」

 

 生徒会は、実直で真面目な葛城のような人物に悪影響を与えかねない問題人物を抱えている。それでいて成績は良く、教師からの信頼も厚いような、優秀な要職人物が。

 その人物と葛城の化学反応を危惧し、男は葛城の申し出を頑なに拒絶していたのだった。

 とはいえ、そんな裏事情を事細かに話せるはずもなく、説明不足な状況に葛城は不満を募らせるばかり。

 

「入会希望書の提出自体は、会長であっても止める権限はないはずです」

「だが、一定の裁量権は認められている。諦めろ。俺が生徒会長である限り、お前の生徒会入りは認めない」

「…………分かりました」

 

 そこでようやく、葛城はやむなしといった様子で引き下がった。

 相手への不敬に当たる言動には覚えがないし、反感を買うようなことはしていない。どう言い繕わられようと理解も共感もできなかったが、ここで駄々をこねても仕方がないと彼は納得することにした。

 一抹の希望を残し、葛城は希望書だけを受け取って部屋を出ると、廊下で話が終わるのを待ってくれていた友人と合流した。

 

「また駄目だったんですか?」

「ああ、生徒会では役不足というようなことを言われた。何かの建前だとは思うが、全くもって理解に苦しむ」

「……ったく、あの生徒会長は葛城さんのこと全然分かってないですね! 俺、抗議してきましょうか?」

 

 低く唸って自分のために憤慨してくれる友人──戸塚弥彦のその気持ちをありがたく感じながらも、葛城は首を横に振った。

 

「やめておけ。察するに、俺が何らかの基準に達していなかっただけのことだ」

「葛城さんで駄目なら、一年生で生徒会に入れる奴はいませんよ!」

「いや、いるよ~?」

 

 校則スレスレに制服を着崩した黒髪の男子生徒に声を掛けられ、二人の足が止まる。

 臨也はトロフィーや額縁が飾ってある棚の上に、無遠慮に座り込んでいた。

 諫言される前に廊下に飛び降りると、葛城の表情から疲れを見抜いて、嘲笑うかのように微笑めいたものを浮かべる。

 

「Bクラスの一ノ瀬帆波。彼女はもう生徒会入りの内定をもらってるらしい」

「折原……それはどこ情報だ?」

「本人情報。てか、Bクラス内じゃほぼほぼ全員知ってるよ。俺と違って、友達の少ない康平くんには知り得ないことだったかな」

「お前の他クラスへのコネクションが異常なだけだ。それと折原、空気を友と呼ぶのはやめておけ。見ていて虚しい。涙が出そうだ」

「……康平くんって気体だったんだね」

「何言ってんだお前! つーかそこ退けろ! 邪魔なんだよ!!」

 

 戸塚にそう言われて臨也は進路を譲るが、立ち去るつもりは欠片もないようで、戸塚と二人で葛城を挟むような位置につくと、二人と歩調を合わせて道を共にした。

 

「どうしてAクラスの葛城さんが駄目で、Bクラスのソイツがオーケーなんだ?」

「さぁね。とりあえず、クラスは関係ないってことなんじゃないかなぁ。ええっと、ハロー効果って言うんだったっけ? 肩書や身分だけで相手に偏見を持つ戸塚くんの性格は、実に愚かしいくらいにまで人間的ではあるけれど、彼女の生徒会入りを可決した奴は違う価値観の眼鏡を持っていたみたいだね」

「お、俺が愚かだって!? お前喧嘩売ってるのか!?」

「いいや折原の言う通りだ。知りもしない相手を、格下のクラスであるというだけで見下すのはやめろ」

「うっ…………すみません、葛城さん」

 

 敬愛する葛城に諭されては、戸塚も即座に反省に転じる他ない。

 よりフラットな視点で賢く在ろうと努める葛城の試みは立派なものだが、その視点にも偏見による歪みが生じている。彼は学校の設定したクラスの上下関係をそのまま受け入れ、Aクラスがその他のクラスより格上だと信じてやまない。

 

 それを間違いだとも正解だとも思わない臨也は、葛城の胸の内にある些末なプライドを見透かして小さく嘲笑するだけである。

 

「さて問題でーす。一ノ瀬帆波さんにあって、葛城康平くんにないものはなんでしょーか!」

「……さてな。俺はその人物を知らん」

「はい正解でーす」

「は?」

「何度か一ノ瀬さんと話したことがあるんだけど、彼女は康平くんのことを知っているらしい。まぁ、Aクラスの実質的な現リーダーである君が有名すぎるってのもあるだろうけど。少なくともそれが一つ、君たちの違いではあるね」

 

 葛城は足を止める。

 

「ソイツは俺のことを知っていて、俺はソイツのことを知らない。……それが俺に足りていないものだと言いたいのか?」

「すこし違うね。俺が言いたいのは、Aクラスは他クラス間との交流が足りてないんじゃないかってことさ。一ノ瀬さんはBクラスだけど、他のクラスの人とも関わり合いがあるみたいだよ」

 

 まだ学校生活が始まって一か月と少し。部活動も本格的に始まったばかりの状態で、他クラスにまで人脈を広げることは難しい。

 葛城は顔を顰めて考える。

 ──そう、難しくはあるが、不可能ではない。例えば、この折原臨也は既にクラスを飛び越えて独自に人間関係を作っている。クラスも部活も関係なく、自分自身の手でコミュニケーション機会を開拓することによって。

 それが生徒会に入るのに際して必要な条件だとすれば、自分が門前払いを食らったことも理解できなくはない。

 

「Aクラスだからってお高く止まってると、そりゃ他のクラスの連中となんて仲良くできないよね~。だって仲良くする必要性を自分から捨てにいっているわけだから」

「……確かに、それは俺に不足していることなのかもな」

 

 葛城は決して狭量な方ではない。むしろ懐はかなり広い部類だろう。

 だからこそ、他人から指摘された欠点を即座に受け入れることが出来た。

 

「今後はAクラス以外との関わりも大切にしていこう」

「……はは、あはははっ!! 素晴らしい! 俺は今、君の小さな成長を目の当たりにすることができた! ありがとう葛城くん、こんなに光栄なことはない!」

「? そ、そうか……? いきなり笑い出して、気持ちの悪い奴だな……」

「さて、そんな君に朗報だ。DクラスからAクラスに、合同での勉強会のお誘いが来てる。他クラスとの仲を深めたいなら丁度良い機会になると思うんだけど、どうかな?」

 

 

 

 ×××

 

 

 ──午後。

 

 私は机の下に隠した携帯をネットに繋げて、とある匿名のチャットサイトを開いていた。

 この学校は外部との連絡を禁止しているけど、ネット環境はきちんと整備してある。生徒に支給している全端末の検閲なんて出来ないだろうし、やろうと思えば学校外に情報を発信することは可能だ。

 

 ザルな話だとは思うけど、それも仕方がないのかもしれない。

 だって、そもそもネットが無ければメールやポイントの送受信だって出来ないし、電子機器を使った授業だって不可能になる。ネットを介さない通信技術にはワイヤレス通信とかがあるけど、ああいうのは広範囲でのやり取りが出来ないらしいし。

 ……なんて、偉そうに知識を披露してみたが、これは全て他人からの入れ知恵だ。

 

 現在チャットサイトで会話をしている相手こそ、私に色々なことを教えてくれた人物──折原臨也だった。

 

【坂柳のやつ、そろそろムカつくんですけど】

『おっと、真澄さん反抗期かな?』

【だってさ、休みのたびに飲み物買ってこいだの、パン買ってこいだのって……私はアイツの奴隷かっての】

『確かに、それは腹立つね。俺も他人に命令されるの大嫌ーい』

【でしょ? それに最近は、感謝の言葉もないし】

『まぁまぁ。そんなに怒ってると可愛い顔が台無しだよ』

【はぁっ? か、可愛いとか……変なこと言うな!】

『ほらほら、俯いてムスッとしてるものだから、もののみごとに顎が二重になってら(´^ω^`)ワロチ』

「──見てんじゃないわよ!!」

 

 恥ずかしさのあまり、つい画面に向かって怒鳴ってしまう。

 気付けば立ち上がって椅子も倒してしまっていた。

 教室中の視線が私に集まり、一層私の羞恥心を煽る。折原は廊下沿いの窓枠に座り、私と目が合うと手をひらひらと振ってきた。

 ……何だか一方的に無様な所を見られたみたいで、悔しい気分だ。

 

「アイツ、絶対いつかひっぱたく……」

「どうかしました、真澄さん?」

「……何でもないわ」

 

 声をかけてきた坂柳を一周し、私は再び携帯に視線を落とした。

 

『有栖ちゃんは身体が不自由なんだから、優しくしてあげなきゃ』

【不自由だから、何? 私だって同じ人間だし】

『小学校の時に学ばなかったかい。健常者は障がい者を助けるべきだって』

【学んだよ。だけど、私はそういう考え、クソだと思ってるから】

 

 坂柳は先天性の疾患で、自律的に歩行できないほど運動能力に難がある。

 確かにそれは可哀想だし、誰かがサポートしてあげるべきだとは思うけど、だからって私が割を食うのは全く納得できない。その上、私に介助されることを当然のように振る舞ってるアイツの態度も気に入らない。

 

【──アイツは裏口入学の卑怯者よ。親に何とかしてもらえっての】

『……』

【身体の疾患が何だっての? アイツは私よりずーっと恵まれてるじゃん】

『なるほどね。その気持ち、俺もちょっと分かるよ』

 

 ……知ってるよ。

 折原は誰よりも私を理解して、共感してくれる。

 坂柳が化けの皮を被ってる事実も、コイツのおかげで気付けたようなものだ。

 この男にならどんな秘め事でも話せる。そんな気さえしてくるくらいだ。

 

【折原は自由でいいな。何一つ悩みなんてなさそう】

『俺にだって悩みの一つや二つあるさ。相談相手がいないだけで』

【……え?】

『ん?』

【おい】

『はい』

【……いや相談相手、いるじゃん】

『誰?』

【私】

『あー。え、聞いてくれるの?』

【うん。てか聞かせて。私、アンタのこともっと知りたい】

 

 脊髄反射でメッセ―ジを送った直後、私は顔が沸騰していくのを感じた。

 わ、私は真顔で何を口走ってるんだ……!?

 いや、走ったのは指なので、正確には指走ったとでも言うのかもしれないけど……ちょ、ちょっと待て。これじゃまるで、私がアイツのこと気になってるみたいじゃん!

 

『チャットで話すようなことじゃないし、今日の放課後時間ある?』

 

 数十秒の間を置いて、そんなメッセージが飛んできた。

 アイツの方もちょっと動揺したみたいな間なんだけど……。

 もしかして、折原もまんざらでもなかったりして? もしそうだとしたら、気まずいな。私はアイツのこと、別に男としてなんて見てないのに……。

 顔を上げてみると、折原はさっきと同じ位置で同じような表情で同じような仕草を向けてきた。

 

 ……何故だか負けたような気分。

 戸惑っちゃったの私だけ!?

 ムカつく。もうどうにでもなれだ。

 

【坂柳の世話があるから無理。夜ならいいよ】

『19時の学生寮のロビーで待ち合わせどう?』

【ん~。多分大丈夫、かな……?】

『おっけ。それじゃ19時に』

 

 随分と生々しい時間帯の指定ね……。

 私は最後に【了解】とだけ返して、次の授業の準備を始めた。

 今までに何度も私の話を聞いてもらったし、アイツの話を聞いてやるくらい当然だ。

 だけどどうしてだろう。

 

 そういった借りの理由とは別の所で、折原との約束を交わした瞬間、私の胸が弾んだような気がした。 

 

今後の臨也の観察対象は?(参考までに)

  • 戸塚弥彦
  • 山内春樹
  • 山田アルベルト
  • 石崎大地
  • 家電量販店の店員
  • 神室真澄
  • 坂柳有栖
  • 葛城康平
  • 橋本正義
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