折原臨也と実力至上主義の教室 作:あいうえお
例えば、今ここに二つのスイッチがあるとする。
片方のスイッチを押せば自分が死に、もう片方のスイッチを押せば親しい者から順に友人が10人死ぬとしよう。
そうすれば、皆はどっちのスイッチを押すかな。
俺は迷わない。押すのは後者だ。俺は自分を助けるためなら、誰を犠牲にしたって構わない。それが家族とかなら話は別だが、基本的に俺さえ最後に勝ち馬に乗れればどうだっていいって思ってる。
そんなわけで、この俺──橋本正義は、利己的な人間とよく言われるのだが。
「……普通のことだと思うんだけどなぁ」
俺は他人より自分のことを優先する。
でもそれは、他人が無意識に行っていることを、俺は意識して行っているというだけの話だ。
冷淡だというほど情に欠けているつもりはないし、仲間想いと言えるほど義理深くもない。良くも悪しくも普通の人間を自称しているのだが、俺の本性を知った奴はこぞって俺を裏切者だと非難する。
人間の心ってのは分からないものだ。
相手の立場になって考えてみれば、俺の生き方が正解だってことは誰にだって分かるはずなのに。
「世の中って複雑ですよねぇ」
「そうでしょうか」
坂柳は俺の呟きに反応しながらも、優雅に読書に耽る。
マルチタスクってやつか? 器用なもんだ。
「どんなに複雑で難解な構造も、解き方さえ見えてしまえばシンプルなパズルと代わりませんよ」
そう言う坂柳は、俺の今まで出会ったどんな奴よりもウィットに富んでいて、知性に溢れた妖精のようにも見えた。
長年勝ち馬を見極めて生きてきた俺だからこそ分かる。この女は、どんな状況であろうと勝利する立場の人間だと。
だから俺は──葛城より、坂柳に取り入ることを選んだのだ。
「それじゃ、お姫様に見えているパズルの解き方とやらを、是非ともご教授願いたいもんですな」
「良いでしょう。──現在、最も必要なのは他クラスとのコネクションです。聞いた話によると、葛城くんはDクラスとの合同勉強会を開こうとしているとか。彼も、彼なりに何か考えていたのかもしれません。私の方でも、それに近しい手を打つ必要があるでしょう」
「……なるほどね。葛城への対抗ですか」
今の所、Aクラスのリーダーとして幅を利かせているのは葛城だ。
やはり小柄な坂柳よりも、体格が良く覇気のある葛城の方が、皆からの支持は集めやすい。その上、もしも他のクラスを跨いで、その立場をより堅固なものとしたら──。
リーダーとしての覇権を争っている彼女としちゃ、あまり面白くない現状なのだろう。
「対抗というほどではありませんが……まぁ、確かに葛城くんには感心しました。堅実な彼は、奇抜な行動を嫌うと思っていたので」
「ほうほう」
この坂柳を感心させるとは。
彼女だけでなく、俺もあの男を見くびっていたのかもしれない。
「──橋本くんは、中学で“国家”の条件を習いましたか?」
「えぇ、まぁ。確か……『国民』『領土』『主権』でしたっけ」
「はい。その話は人間関係にも言い換えることが出来ます。グループを形成するためには、まずそのメンバーと、活動する空間が必要です」
「…………なるほど。確かに国民と領土の概念に当てはまる」
グループのメンバー=『国民』
グループの活動空間=『領土』
とすると、『主権』に置き換わる概念というのは──。
「『主権』とは、その国が国として機能するための“権利”。権利とは他人から──すなわち他国からの承認を必要とします」
「ではこの場合、あるグループを成立させるためには、他のグループからの承認が必要というわけですか」
「その通り。理解が早くて素晴らしいですね、橋本くん」
「いやぁ、はは」
……賢者は歴史に学ぶというが、坂柳はまさにその賢者の典型だな。歴史の授業から日常への教訓すら読み取っていたってわけだ。
つくづく、俺みたいな凡人とは視点が違いすぎる。
「つまりAクラスのリーダーが機能するためには、その人物がリーダーであると、他のクラスから認められる必要があるんですね」
「ええ。そのため葛城くんの行動は、私から評価しても現状の最適解でした」
坂柳はアグレッシブに思えて、意外に内向的だったりする。
その慎重さも彼女の慧眼の一端だと、俺は確信しているのだが、ともかく坂柳は人間関係を自分から作りにいこうとすることは滅多にない。着いてきたい者だけが着いてくればいい、というスタンスだ。
「それじゃ、お姫様もDクラスと協調の道を選ぶと?」
「いいえ、私が手を結ぶとすればCクラスですね」
「……ふむ、その心は?」
「まずBクラスはAクラスを眼前に据えており、敵対心も強いでしょう。そのため取り入るのは論外です。Dクラスはクラス成績が低すぎるため、内情が想像以上に悪いという可能性がある。よって、最も利害関係を構築できるのはCクラス。──ただし、これは秘密裏に行わなければなりません」
「?」
俺は坂柳の言に矛盾を感じ、疑問符を浮かべた。
自分自身がAクラスのリーダーであると喧伝するための関係性なら、むしろ公になっていた方が助かるはずだ。それを秘密裏に行うのでは、全く意味がないように思える。
「──話せるのはここまでです。橋本くんには、私を信じて、私の指示通りに動いて頂きたい」
「構いませんが、小間使いならもういるのでは?」
言いながら思い浮かべるのは、坂柳の世話係と化している少女の姿。
神室真澄は結構俺のタイプだったりする。もちろん秘密だが、坂柳派に取り入っている理由の一つが、彼女とお近づきになるためでもあった。
「神室さんは最近、私に不信感を抱いているようですので」
「不信感? そんな気配はないと思いますけど……」
坂柳の澄んだ瞳が、視界の端で携帯を弄る神室を見据えた。
……女同士だと、男には計り知れないことが色々とあったりするのだろうか。
「ま、いいや。それで俺への指示っていうのは?」
「中間テストの過去問の入手。そして、それを手土産にCクラスのリーダー、龍園くんに接触してください」
「──そんで? 俺の所に来たってわけか」
学校に内接されたカラオケの一室。
複数の男女がマイクを取り合う喧噪の中でも、その男の声はよく通った。
「……歓迎……してくれてるのかな?」
「気にするな。うるせぇのはいつものことだ」
ミラーボールの光に照らされた男──龍園翔の笑みは、痺れるほどの暴力性を湛えている。
「クク、嬉しいねぇ……Aクラスの女王様のお眼鏡に叶うとは」
「今の所、坂柳はお前を誰よりも評価してる。手を結ぶには不足のない相手だそうだ」
「そりゃ結構。それで、
龍園は俺から受け取った書類を床に叩きつけ、不要とばかりに土足で踏みつけた。
「……前年度の、中間テストの過去問だ。俺たちからCクラスへの、親交の証とでも思って欲しい」
いけない。思わず声に苛立ちが混じってしまった。
龍園が踏みつけにしている過去問は、俺が一日かけて、坂柳の見繕った上級生と交渉して何とか入手した代物だ。
受け取るか受け取らないからコイツの自由だが、足蹴にされるのは不愉快である。
「……ハッ、つまりはゴミか」
「言っておくが、坂柳の読みでは今回の中間テストでも、それとほぼ似たような問題が出題されるそうだぞ」
「オイオイ、舐めんじゃねぇぞ。そんなことはもう知ってる。こっちはとっくの昔に、過去問なんざ手に入れてんだよ」
強い語気で言い放った龍園は、喉元に浮かび上がってきた不快感を飲み干すかのように、ドリンクを一気に飲み下した。
「つー訳で、お前の持ってきた過去問は受け取れねぇ。内容も信用ならねぇしな」
「……驚いたな。お前も坂柳みたいに、過去問の仕組みに気付いてたのか」
「あぁ? 当たり前だ。先月の小テストの内容を少し吟味すりゃ、誰にだって…………おっと、もしかしてお前は気付いてなかったのか?」
呆気にとられたような俺の表情を見て、龍園は厭味ったらしくクツクツと嗤う。
「クハハッ! まさか、天下のAクラス様に、あんな簡単な謎解きを理解できねぇバカがいるとはなぁ!!」
「……謎解き?」
「ふん、知りたきゃテメェの女王様にでも聞け」
腹の立つ野郎だが、頭は回るみたいだな。
坂柳が協力相手としてやり玉に挙げた理由も分かる。龍園は俺の想像以上に切れ者で、それ以上に曲者のようだ。
「お前たちからの手土産なんざ期待してねぇよ。だが協力関係とやらは結んでやってもいい。話を前に進めようぜ」
「…………ああ」
「さて、それじゃ教えてくれ。お前たちAクラスは俺たちにCクラスに何を望み、逆に何をもたらす?」
値踏みされるような眼差しが刺さる。
駆け引きのような会話なら得意だが、コイツには下手な建前や嘘は吐かない方が良いだろう。
「知っての通り、Aクラスは現在二分している。坂柳派と葛城派といった具合にな。今の所、実権を握っているのは葛城派だ。そこで、Cクラスには坂柳派と手を結んでほしい」
「実権を握っているのが葛城派なら、俺がそっちに寝返るとは考えねぇのか?」
「それはないだろう。Cクラスは坂柳と手を結べば、内側からも外側からもAクラスを分断させることができるからな。
この協力関係によって俺たちが得るのは、葛城の失墜。そしてCクラスが得るのは、それに至るまでのAクラスのポイントの下落だ。そっちの協力次第では、坂柳がAクラスを統率するようになる頃には既にCクラスがAクラスのポイントを上回っていることだってあり得る。
──要するに内と外から“葛城率いるAクラス”を潰そうって提案だな」
「……クク、そりゃ良いや」
龍園は不気味に笑う。
「提案、受け入れよう。俺たちCクラスは坂柳派と手を結ぶ」
「……良かった」
ほっと一息つく。
簡単な仕事だと思っていたが、思いの外ストレスがかかった。この龍園は、対面するにはあまりにも威圧的すぎる。
俺にだってヤンキーの友達は多いけど、こいつは格が違う。本当にヤクザとでも話している気分だった。
「もう夜も遅いな」
時計を見ると、18時を回っていた。
「一緒に帰るわけにもいかねぇしな。お前は先に帰れ。俺たちも時間をバラつかせて解散しよう」
「お気遣いどうも」
俺は一番に部屋を出る。
去り際、龍園の不気味な笑みが、妙に頭に残ったままだった。
「間抜けが。笑っちまうぜ」
去った来訪者の影を嘲笑いながら、龍園は上機嫌に足を組み替える。
──橋本正義は龍園翔の笑みの理由に、最後まで気付けなかったのだ。
Cクラスは既に、Aクラスの『とある人物』と契約を結んでいる。
その契約内容とは、Aクラスの内情を一方的にCクラスへ流し続けるというもの。
すなわち、龍園側には何のリスクもデメリットもない、坂柳派よりも龍園たちに都合の良い契約となっていた。
「秘密保持契約を出さなかったのは俺との信頼関係を優先したからだろうが……墓穴だぜ、坂柳。テメェは最も愚かな選択をした」
クラスメイトに注がせた新しいグラスを受け取り、口をつける。
圧倒的権力者。さながら王のような態度を崩さないまま、龍園はAクラスのことを思い浮かべては小馬鹿するように鼻で笑う。
「坂柳に協力して葛城を潰すのが良いか、それとも坂柳の利敵行為を暴露して坂柳を潰すのが良いか……どっちも魅力的で困っちまうなぁ。オイ石崎ィ、お前はどう思う!?」
「え!? あ、えと、その、俺、難しいことは……」
「簡単な二択だろうが。ジュース掛けるぞコラ」
「えっと……あ! じゃあ、折原さんに相談してみましょうよ! 過去問のことを教えてくれたのもあの人ですし、きっと正解を教えてくれますって!!」
「……フン。折原の野郎も何処まで信用できるんだかな」
言いながら、龍園はグラスを傾けて、床に散乱した書類に内容物を垂らした。
「だが、奴の協力さえあれば俺たちCクラスは最強だ。
──踊ってやるぜ、情報屋。お前は静観しながら絶頂してやがれ。俺たちが誰よりも鮮烈に、何処よりもけたたましく、お前の大好きな人間を奏でてやろう」
龍園が腰掛けている長椅子に置かれた、複数の携帯の山。
その中で通話モードになっていたとある端末から、奇妙な男の含み笑いが聞こえた。
『……ああ。楽しみにしているよ。翔くん』
その声色は本当に楽しそうで、無邪気な子供の姿すら連想してしまう。
龍園はその携帯を取り上げると、吐き捨てるようにこう言った。
「気安く下の名前で呼ぶんじゃねぇよ、折原臨也。死ね」
『ハハ、良いじゃないか。俺と君の仲じゃ──』
──プツン。
臨也が最後まで言い切る前に、龍園は通話終了ボタンを押したのだった。
今後の臨也の観察対象は?(参考までに)
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戸塚弥彦
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山内春樹
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山田アルベルト
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石崎大地
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家電量販店の店員
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神室真澄
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坂柳有栖
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葛城康平
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橋本正義