泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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家庭教師編
新たな環境。そして洗礼


 

 

 

「ルディアを屋敷に置いてくださいにゃん☆」

「違ァう! もっと上目遣いに、膝は内向きじゃないといかん!」

「ル、ルディアを屋敷に置いてくださいにゃん☆」

「もっと腰を突き出さんか! あざとさが足りんわ!」

「……ルディアを屋敷に置いてくださいにゃん!!」

「良かろう! この屋敷への滞在を許す!!」

 

 

 

 

 アスラ王国はフィットア領、その最大都市たるロアの街──その中心に建つ堂々たる威容こそ、フィットア城塞である。

 そのフィットア城に招かれたルディア・グレイラットの脳内は、父パウロへの恨み言で一杯だった。

 それはあの嵐のような大叔父──サウロスによる荒い歓待(・・)を受けて、いや増していた。

 

 一日ほど前、ルディアはブエナ村でいつも通りの日常を送っていた。

 剣術の鍛錬と昼食を終え、シルフィが家を訪ねるまでの合間に、ゼニスの鮮やかな手際によって寝かしつけられてしまったルディアは、そのまま縛り上げられロア行きの馬車に放り込まれたのである。

 目を覚ましたルディアが目にしたものは、荒縄で縛り上げられた体と、そんな己を見下ろすチョコレート色の肌をした筋肉質な女剣士である。

 すわ誘拐か、目の前のマッチョウーメンに慰み者にされるのかと戦々恐々としていたルディアに手渡されたのは、パウロからの手紙である。

 内容をひととおり読んだルディアは、パウロに対する不満を募らせた。

 確かに、仕事を斡旋してくれと頼んだのは自分である。いくら魔術の腕が達者でも、七歳の娘にそれは中々難しいことであることも理解していた。

 だが、仕事が見つかったなら事前に一言あっても良いはずだ。あまつさえ、眠らせた自分を縛り上げて馬車に放り込むなど……。

 

(くそう、相手がゼニスだったから油断した)

 

 まさかゼニスの膝枕で見事に眠らされてしまうとは。

 その上、しばらくノルンとアイシャとも会えなくなるのも、ルディアにとって受け入れがたい話である。これではかっちょいいお姉ちゃん計画が破綻してしまう。

 しかもパウロは、これからしばらくゼニスにリーリャ、ノルンとアイシャを独り占めできる立場にあるのである。

 

(うあー! おのれパウロ! 許せん!)

 

 内心でひととおり罵詈雑言をがなり立てて、心を落ち着かせた。不満をぶち撒けても状況は変わらないからだ。

 仕事内容はロアの街で、お坊ちゃまに魔術の家庭教師をして欲しいそうだ。期限は五年間。無事やり遂げたなら、自分とシルフィエットの二人分の学費を報酬として支払ってくれる契約である。

 仕事内容については文句はなかった。強いて言えば、手紙にある『お坊ちゃんは山猿とか言われているきかん坊だから気をつけろ』という文面くらいか。

 そう思うならそんな所に娘を送るなと言いたい。

 実際に仕事を斡旋してくれたことには、感謝していた。ラノア魔法大学の入学金も安くはない。二人分ともなればなおさらだ。子供の身で、五年の労働でそれが賄えるというならば安いものだ。ならばやり遂げるのみである。

 そう努めて思考を前向きなものに変えたルディアは、屋敷でのサウロスとの遭遇で、再び脳内でパウロへの恨み節を再開させていた。

 

(なんなんだ、あの嵐みたいな爺さんは……!)

 

 あれほどの強烈な人物に出会ったのは初めてだった。ルディアは早くもこのロアでの暮らしに不安を抱きはじめていた。

 一瞬で体力を持っていかれたルディアはソファに身を預け、特大の溜息をついた。

 

「おや、扉が開けっぱなしじゃないか。どうしたんだい? トーマス」

「はい、若旦那様。先ほど大旦那様がいらっしゃいまして、ルディア様を気に入られたようです」

「へえ、父さんがね」

 

 そうして応接間に現れたのは線の細い薄目の美丈夫であった。先ほどの筋骨隆々のサウロスとはまたタイプの違った、落ち着きのある風采の男である。

 ルディアは使用人の『若旦那様』という単語を耳ざとく聞き咎め、紅茶のカップを置いて慌てて立ち上がった。

 そしてアスラ貴族としての礼をとる。既にこの段階から面接は始まっているものと心得るべきだ。

 

「はじめまして、ルディア・グレイラットと申しま──」

 

 言い差して、ルディアの脳内に先ほどのサウロスとの遣り取りが思い起こされた。

 

『ほう! パウロの子にしては礼儀がなっているではないか! だが、このロアの屋敷での礼はそうではない!』

 

 そうして叩き込まれた礼の作法。

 教えられたそれは、大声で『お前の趣味だろ』と叫びたくなるほどの信じがたい内容ではあったが、目の前の男もそういった趣味を持たないとは言い切れない。

 数瞬の躊躇の末、ルディアは苦渋の決断を下した。

 

「ルっ……ルディアをロアに招いていただき、ありがとうございます、にゃん」

 

 ポニーテールを後ろ手で解き、両手を使い側頭部に尻尾をつくる。髪の長さは肩口くらいまでしかないが充分事足りる。

 だが羞恥と屈辱に声が震えた。

 これで『なにやってんだこいつ?』という顔をされたなら、ありったけの魔力でこの屋敷を粉砕するしかない。

 部屋の隅でギレーヌが気の毒そうな顔をしていたが、努めてそちらは見ないようにする。

 

「これはご丁寧に。私はフィリップ・ボレアス・グレイラット。このロアで町長をしている者だ。

 ……ところで、それ(・・)は父さんに?」

「その、はい。先ほどサウロス様に、ボレアス式の挨拶はこうだ、と……」

 

 そうルディアが伝えると、フィリップは笑いながらソファに背を預けた。

 

「うん。まあ間違ってはいない」

(間違ってないんかい!)

 

 脳内で叫んだルディアに、先ほどトーマスと呼ばれた使用人が補足する。

 

「失礼、旦那様方は大の獣族好きなのです」

「そういうこと」

(しらねーよ)

 

 到着早々城主たちの変態趣味に付き合わされたルディアの目は据わりはじめていたが、ここで音を上げてはパウロに笑われることは目に見えていた。

 努めて顔に出さずに不満を飲み込む。

 

「ボレアス式の挨拶も、無理にはしなくていい。普通のやつでね。たまにしてくれたら私や父さんが喜ぶけど。

 ……それで、どこまで話は聞いてる?」

「五年間、お坊ちゃまの家庭教師をすれば、魔法大学への入学金を援助していただけると」

「……それだけ?」

「はい」

「じゃあ、うちの息子については何か聞いているかな」

 

 はい、と答えようとして、ルディアは言い淀んだ。

 聞かされているのは手紙に書かれた山猿という単語だが、それをその父親に言うのは流石に憚られる。

 

「いいよ。言ってごらん」

「あー……その、きかん坊の山猿で……気をつけろ、と」

「ふふ、なるほどね。まあ会ってみればわかるさ。

 彼には同年代の友達がいないんだ。是非良くしてやってくれ」

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 それからややもせず、二人は引き合わされた。

 

 僅かに癖のある深紅の髪。吊り目気味の琥珀色の瞳は、すっと通った鼻梁と相まって一対の宝石のようだ。

 ルディアが知っている、彼女の同年代の男子といえば、ブエナ村で何かにつけて絡んできた悪ガキたちばかりである。そんな彼らと然程背丈も変わらぬ年若さでありながら、その佇まいだけで『貴種』としての片鱗を見せはじめていた。

 きっとそれはゼニスに言わせれば『気品』と、パウロに言わせれば『小生意気な貴族のガキ』といったところになるだろう。

 

「初めまして。ルディア・グレイラットです」

 

 まずは目の前の少年に先んじて、ルディアは礼を取った。片足を下げ、スカートの端を摘むように広げる、カーテシーと呼ばれるものだ。ルディアはスカートでなくショートパンツを穿いているので摘むところはないが。

 目の前の少年よりもルディアは目下。家格に劣る方が先に礼を尽くすものである。

 礼儀作法は生家でしっかりと学んでいた。貴族子女として恥をかくことがないようにと、アスラ後宮の元近衞侍女のリーリャにみっちりと教え込まれた礼である。

 

「エリオット。彼女が新しい魔術の家庭教師だ。挨拶なさい」

「……なんだよ。歳下じゃないか」

 

 フィリップにエリオットと呼ばれた少年は、不機嫌そうな表情で不満を訴えた。その目には猜疑の色が宿っている。

 確かにこれから新しい家庭教師が来ると言われて、見るからに歳下の女の子が来たとしたら、プライドを刺激されるのは当然だろう。

 とはいえ、ルディアとしては年齢差など構わず雇ってもらわなければならない。でなくば魔法大学入学は遠のくのだから。

 

「歳は関係ないと思いますけど」

「なに?」

「お坊ちゃまは、私に出来ることが出来ないわけですよね?」

 

 エリオットはルディアの言い分に不快そうに顔をしかめながら、フィリップの顔を伺った。視線を向けられたフィリップは頷く。

 

「ああ、彼女は若くして水聖級魔術師だそうだ」

「この子が……?」

「そうですよ。それとお坊ちゃま」

「……なんだ」

「挨拶はされたら返すべき。そう思いませんか?」

 

 そう言った瞬間、エリオットの目がすっと細くなった。口撃の一つや二つ飛んでくるかとルディアは構えたが、反してエリオットはぐっと言葉を飲み込んだ。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラットだ」

「はい。これからよろしくお願いします」

 

 事前に生意気な少年だと聞いていたばかりに、烈火の如く怒るものかと思っていたルディアは意外に感じた。

 

「エリオット。これから五年間一緒に過ごすんだ。もう少し愛想良くしたって罰は当たらないだろう」

「五年間? そんなの、俺は聞いていませんが」

「言ってないからね」

 

 睨むエリオットの視線を素知らぬ顔でフィリップは受け流した。そこで何故、と問うてもろくな答えが期待できないことを直感したエリオットは、諦めて目の前の少女を睨んだ。

 肩口までの明るい茶髪を後頭部で纏めた、翡翠色の瞳をした少女である。身長はエリオットに比べ頭ひとつ分近く小さい。

 飄々とした顔でありながらも、どこかで戦々恐々としている風情だった。エリオットにとっては見慣れた表情だ。

 何か言おうとして──こんな歳下の少女に威嚇しても仕方ないと気付き、ふんと鼻息を一つ落とした。

 

「父上。用件はこれだけですか?」

「そうだけど……なんだい、つまらないね」

 

 年若い男女──というよりは、自分と知り合いのペットを引き合わせたような気分でいたフィリップは、息子の存外にそっけない態度にやれやれと肩をすくめた。一悶着くらい期待していたのかもしれない。

 そんな失礼な父親を尻目にエリオットは失礼します、と席を立った。

 不機嫌そうな背中を見送ったフィリップは、微笑を顔面に貼り付けたままルディアに向き直る。これが彼なりのポーカーフェイスなのだろう。

 

「どうかな。仲良く出来そうかい?」

「どうと言われても──」

 

 そう言葉尻を浮かせて、ルディアはひとまずその形の良い顎に手を当てた。

 利かん坊だと聞いていた。道理を解さぬ山猿とも聞いていた。第一印象は気難しい少年だが、話が通じない訳でもないらしい。

 年上貴族のツンデレ少年か。シルフィに比べれば攻略難易度は高そうだが、さて。

 

「ともかくは会話ですね。授業を受けてくれるなら、ですが」

 

 まあなんとかなるだろう、という楽観が多分に入った意見だったが、フィリップは満足げに頷いた。

 

「それは大丈夫だろう。最近のエリオットは大分真面目になったからね」

「昔はそうでもなかったんですか?」

「ああ。二年前までは誰の言うことも聞かなくてね。学校からは来ないでくれと言われるし、それまでの家庭教師も四人ほど退職まで追い込まれていたんだ」

「……二年前までは?」

「二年前のエリオットにさっきの態度で臨んだら、拳の一つや二つ飛んできてたと思うよ」

「ええ……」

 

 ルディアは顔をしかめた。どうやら山猿という評価は掛け値なしのものだったらしい。

 一体全体どういう経緯があって今の彼になったのかはルディアの預かり知らぬところではあったが、以前よりマシになったというなら何も言うことはない。もし以前のまま威圧してきたら、性差と年齢差もあって萎縮したかもしれないが。

 昔から敵意を露わにしてくる輩を相手にするのは苦手なのだ。

 

「フィリップ? さっきエリオットが出て行ったけれど……」

「ああ、ヒルダ」

 

 安堵の息を吐いていると、先ほどエリオットが出ていった扉から妙齢の婦人が入ってくる。

 

「今、エリオットの新しい家庭教師の紹介をしていたところなんだ。パウロの娘なんだが、父親に似ず良い子だよ」

「ルディア・グレイラットと申します」

 

 ヒルダと呼ばれた女性は、艶のある赤髪を背中の中ほどまで伸ばし、碧のドレスを纏っていた。顔立ちは可愛い系よりはややきつめの美人といった風情である。

 

「まあ……! ご丁寧に、フィリップの妻のヒルダです」

「五年間エリオットお坊ちゃまの家庭教師をさせていただきます。よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、ヒルダは顔を綻ばせて礼を返した。

 ルディアはというとヒルダの豊かな胸に釘付けだった。少なくともこの世界で見た最大級のバストである。

 

(素晴らしいものをお持ちで……)

 

 釘付けになっていると、すすすとヒルダが寄ってかて、身構える間もなくその胸に抱き竦められた。

 

「ああ、まだ小さいのに、親元から引き離されてかわいそうに……!」

「えっえっ」

「うちを我が家と思って寛いで構いませんからね!」

「お気遣い、ありがとうございます……?」

(わーすげーおっぱい!)

 

 視界と思考を豊満なバストに一杯にされながら、ルディアは助けを求める視線をフィリップに向けた。

 フィリップは首を振った。どうやら救援は期待できないらしい。

 諦めて感触を堪能していると、ややあってフィリップがヒルダを引き剥がした。

 

「ヒルダ、その辺に。ルディアちゃんも困ってるよ」

「でも、フィリップ!」

「この子は自分の意志でうちにきたんだ。それを私たちが否定してはいけないよ」

(半ば拉致みたいなもんだったけどな)

 

 思うが、場が余計に混乱するので口には出さない。

 フィリップがそう言うと、ヒルダはルディアを抱き締める腕に僅かに力を込め、諦めたように放した。

 腕が名残惜しそうに離れていき、ルディアは大きく息をついた。

 

「何かあったらなんでも私に言って頂戴ね」

 

 何度かこちらを振り返り、ヒルダは退出していった。

 ボレアスの人間は、なんとも『濃い』人種ばかりである。ブエナ村の生家にも劣らぬ彼らに、今日一日顔見せをしただけのルディアは早くも疲労を感じていた。

 

「うちには男子しかいなくてね。ヒルダも娘が欲しかったんじゃないかな」

 

 そう溢すフィリップの横顔は、よく見ないと気付かないが、僅かに憂いを湛えていた。

 

「そうだったんですか。うちは娘しかいなくて、父様も男の子を欲しがっていましたよ」

 

 なにか事情がありそうな気配だったが、ルディアは敢えて突っ込まなかった。薮をつつくつもりはないのだ。

 

「仕事は来週からでいいよ。前の教師は結婚で退職したからね。部屋に案内させよう──トーマス?」

「はい。若旦那様」

 

 まずは新しい環境に慣れなくてはならない。

 一日で様変わりした環境に振り回されながら、ルディアはそう己に言い聞かせた。

 

 




ルディア
 なんなんだこの屋敷は!

エリオット
 なんだこのメスガキ。
 原作よりちょっとだけ丸くなり賢くなった。
 気に入らない相手も殴らないよ、偉いね!

フィリップ
 なんか優秀らしいじゃん。
 聖級魔術師ってだけで囲い込む理由としては十分。
 本腰入れるかは現在品定め中。

ヒルダ
 ルディ子、かわいそうな子……!

サウロス
 ボレアス流挨拶を教え込みご満悦。
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