泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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休日(前)

 

 

 

 魔術、剣術の時間を終えてしまえば、ルディアは時間を持て余してしまう。

 エリオットは他の授業もあるらしいが、時間帯的には午前の魔術教練の前に集中しているし、魔術の時間まではその気になればゆっくり二度寝をすることも可能だ。

 自分が体質的に惰眠を貪ることが好きだという事は察していたし、まだ七歳の身体には早起きはやや辛いものがあったが、あえて身体に鞭打って起き出すところから彼女のルーティンは始まるのだ。それはブエナ村にいた頃から変わらない。

 

 空いた時間を有効活用しよう、という考えに至るのは至極自然であった。

 以前(前世)のような失敗は犯せない。怠惰に過ごした結果があの始末だというのなら、それを回避しようというのは当然の心理だ。

 こちら(この世界)に来て最も尊敬すべき師匠(ロキシー)が、他ならぬ努力の人だったと言うことも、ルディアの人格形成に大きく関わっていた。あの人はあれで、叶うことならずっとぐうたらしていたいと思いながらも、類稀なる克己心で自らを奮い立たせる稀有な人種だ。

 

 次にロキシーに会ったとき、胸を張って会えるようにしよう。

 そう思いながらルディアが足を運んだのは、屋敷に設えられた書庫だった。獣族のメイドに案内してもらったそこは、蔵書数がたったの五冊しかなかった実家に比べれば、まさに『書庫』と称するに相応しい。

 そも、こちら(・・・)では本とは高価なものである。文庫本ならワンコインで買えた前世と異なり、安くとも金貨一枚、高ければ金貨二〇枚はするのだ。

 アスラ金貨は一枚あたり日本円換算で一〇万円。活版印刷技術のない時代の書物が如何に貴重か身に染みる話である。

 

 書庫でうろうろと本を探していたルディアを、見かけたヒルダは大喜びで案内してくれた。

 文字通り貴族の家に奉公に出されたルディアに、何かしら感じるのものがあったのかもしれない。物語はここで、冒険譚はここ、歴史書や言語学習の辞書、他には礼儀作法の指南書まで。魔術に関する書物はいくつかあったが、聖級以上のものとなると流石に存在しなかった。

 過去の行政記録もあったが、流石に持ち出しは許されないだろう。そもそも持ち出すつもりもないが。

 目当てのものはなかったが、それでも興味のある書物はあった。膝の上に乗せて物語の読み聞かせでもしてきそうな勢いのヒルダに丁重に断りを入れ、獣神語の教本を失敬する。

 書物の持ち出し許可は取り付けてある。フィリップとは獣族のメイドの話で随分盛り上がったことがあり、その勢いでOKをもらったのだ。ありがたい話である。

 

「それではヒルダ様、私はこの辺で失礼させていただきます」

「ええ、残念だけど……ねえ、ルディア。今度はお茶会でもしましょうね。そんなに忙しい訳でもないのでしょう?」

「もちろん、そのときはご一緒しますよ」

 

 無論勉強も自主的なものである。時間を空けようと思うなら容易い。

 笑顔でその場を辞して、自室で学習に移る。

 いつ使うかはわからないが、使うとしたら人間語の次は獣神語だろう。魔神語や闘神語はその後で良い。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 更に三ヶ月が経過した。

 剣術の鍛錬を終え、汗に濡れた体を清めたあとは、夕食以外にやることはなくなってしまう。

 強いて言えば次の日の教材を作ることだが、それも終えてしまえばいよいよ自由時間だ。

 言語学習に一区切りつき、時間を持て余したルディアは屋敷の探索をすることにした。ずっと私室にこもっているのも不健康だろう。

 ロアにきて半年ほど経過し、どこになにがあるのかはなんとなく把握していたが、全ての部屋に入ったわけでもない。気兼ねなく気ままな散策である。

 すれ違うメイドに『今日の夕食はなんですか?』と尋ねながら屋敷の中を練り歩く。獣族のメイドたちとも随分と仲良くなった。同性で、子供なのが警戒心を抱かせないのだろう。この年齢で家庭教師として働いているからか、立場こそ違うが親近感が湧いているのかもしれない。

 獣族のメイドの年齢層は意外と若い者が多い。下は一〇代半ばから上は二〇代半ばまで。ボレアス家が奴隷商人から彼女らを愛でる為に買ったのだとすれば妥当とも思える。そのうち何人かはサウロスやフィリップの『お手付き』になっているようだが、彼女らに嫌がる素振りはない。よほど彼女らの環境に心を砕いているものと見える。

 以前に、覚えたばかりの獣神語で挨拶をしたときは驚かれたあとに随分と喜ばれた。今では手を振れば笑顔で振り返してくれる。ギレーヌに獣神語を教わった甲斐があったというものだ。

 

 仲の良いメイドに挨拶代わりに獣耳を触らせてもらう。ルディアが撫でやすいように腰を折ってくれているのは、猫系獣族のメイドだった。

 集落からあまり出てこないデドルディア(猫系)アドルディア(犬系)は珍しいらしく、中央大陸ではなかなかお目にかかれない。流石にギレーヌのように純血ではないと彼女はいうが。

 そもそもルディアとしては猫は猫であるだけでかわいいし、純血(血統書付き)でも混血(雑種)でもなんでもかわいいという自論を持っているため、会うたびに撫でくり回させて貰っている。

 

「ルディア様もお好きですねえ」

「こんなかわいらしい猫耳、撫でない方が無作法というものです」

「そういうものでしょうか……」

 

 緩んだ顔で断言するルディアに、獣族のメイドは呆れたように苦笑していた。

 

「ボレアスの血を引いている訳でもないのに……」

「ボレアス……って言うと、エリオットお坊ちゃまも似たようなことを?」

 

 ふと、ボレアスは獣族好きという話を思い出したルディアは、当事者たるメイドに話を振ってみた。

 

「そうですね。お話をしているとやっぱり視線が耳や尻尾に向いたりしますよ。悪い気はしないのですが……」

「じゃあ、耳や尻尾を撫でたりも?」

「え、ええ……お坊ちゃまも、その、旦那様方のように……」

 

 突っ込んで話を聞こうとすると、メイドは頬を染めて意味深に視線を伏せてしまった。

 あのガキめ、まさかあの歳でメイドに手を出しているんじゃあるまいな、と邪推するルディアに、当のメイドは夕食の準備がありますので、とそそくさと退散していった。

 

 まさかな、と胡乱げな視線でその後ろ姿を見送ったルディアは、せっかくなので話題の当人の顔を拝みに行くことにした。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 エリオットは別段、礼儀作法というものが苦手というわけではなかった。

 だがそれも他の科目、例えば魔術などの座学に比べれば、という枕詞がついたが。

 

「お坊ちゃま。左足を下げて、背筋を伸ばしたまま腰を折ってください。頭を下げるのは少しだけですよ」

「エドナ……窮屈なんだけど」

「貴族の礼とは窮屈なものです。はい、そのまま三〇秒」

 

 どうにもエリオットは、ゆっくりとした美しい所作というものが苦手な節があった。動きの一つ一つが固く、ぜんまい仕掛けで動く人形のようだ。

 上級貴族の礼儀作法というものは実に窮屈なものが多い。半端に腰を折り、中腰が多い体勢は腰や背中の筋肉に負担がかかる。その分完璧に熟せば優雅に映るのだが、この分では流麗な所作を身につけるのは大分先になるだろう。

 

 とはいえ、エリオットの乳母にして礼儀作法の家庭教師を勤めるエドナ・レイルーンは、そこまで現状を悲観しているわけではなかった。

 エリオットは普段から剣術の鍛錬をかかさずこなしているだけあり、筋力はある。窮屈と言いながらも姿勢を維持し、さほど苦にした様子はない。

 動作は硬いが、エリオットも自らの立場と振る舞いを覚えれば、自然と所作も追いついてくることだろう。それまで出来ることは、基礎を身体に叩き込むことだけである。

 

「礼の最中は視線をやや伏せてください。頭は下げても視線を上げたままでは慇懃無礼に映ってしまいます」

「むう……」

 

 また一つ細かな注文が追加されるも、エリオットは諾々と従った。

 礼儀作法に通ずるのは貴族として当然に求められること。それが上級貴族とあらばなおの事だ。社交界で衆目に晒される作法、その一挙手一投足で、ボレアスの家格が問われるのである。

 今でこそロアの屋敷で安穏たる日々を送っているが、時がくればそういった場に出向くこともあるだろう。

 

「跪くときは右足を引いて膝をついてください。靴を擦ってはいけませんよ。左手は膝の上。右手は下げてください。脇はもっと締めて」

「わかってたけどさ、なんでこんなに細かいんだよ……」

 

 思わずぼやいたエリオットに、そういうものですからとエドナは諭した。

 

「ボレアス・グレイラットが跪く機会などそうありませんが、するとしたら陛下か、王室に連なる方々に対してです。万が一にも粗相があってはなりません」

 

 跪礼の重要さをこんこんと説いていると、不意にエリオットがエドナの背後に視線を投げた。

 エドナがつられて振り返ると、扉の影から覗くエメラルドグリーンの瞳と目が合う。

 扉に半身を隠した、エリオットより頭ひとつ分小さい影の正体は、この半年ほど屋敷で魔術の家庭教師を勤めているルディア・グレイラットである。

 聞けば幼くして水聖級の魔術を修めた俊英とのことであるが、あいにく魔術の才のないエドナにはそれがどれほどのものであるかは正確に推し量る事は出来ない。

 

「これはルディア様。ご見学ですか?」

「あ……すみません、気になってしまって。お邪魔でしたか?」

「とんでもありません」

 

 申し訳なさそうに頭を出したルディアに、エドナは柔和な笑みを浮かべた。反して、渋面を隠さないのはエリオットだ。その顔には出来の悪い部分を見られたきまり悪さが浮かんでいる。

 

「ルディアか……なんだよ、わざわざこんなところまで」

「別に何でもありませんよ? お坊ちゃまが何してるのか、様子を見に来ただけですし」

 

 エリオットの声音に険はなかったが、それでも視線は『さっさとどっかにいけ』という本音が透けて見えていた。

 ははぁん、とルディアはその表情に僅かな邪気を浮かべた。なるほど普段の魔術の授業の体たらくを見られていると思えば、これ以上の醜態を晒すのに抵抗があるのも当然の心理だ。

 普段おもねってばかりの雇用主の、情けない姿を見る貴重な機会である。

 

「お坊ちゃま、姿勢を崩してはなりません。背筋の角度は六〇度を維持してください──そこ、もう少し顎を引いて」

「わかってるよ……」

「んふふっ」

 

 思わず笑い声を漏らすと、エリオットが睨むように視線を向けた。すっとぼけて視線を逸らすと、エドナが水を向けてくる。

 

「せっかくの機会ですから作法の確認をなさってみてはいかがでしょう」

「へ? ……あ、そうですね。ここに来てからはあんまりやれてませんし」

 

 手招きされたルディアは、ぐいぐいとエリオットを押しのけてスペースを確保すると、背筋を伸ばした。

 左足を引きながら、右手を回し少しだけ頭を下げる。先ほどエリオットがやった所作だが、ルディアのそれはずっと流麗で淀みない。

 

「ルディア様、それは男性の所作では?」

「……あっ」

 

 エドナが指摘すると、ルディアはしまったとばかりに口元を手で覆った。

 

「こ、こっちでした」

 

 片足を引き、虚空のスカートを指で摘むように手を広げ、顎を引くように軽く頭を下げる。

 

「まあ……」

 

 エドナは感心したように声を上げたが、ルディアは内心で歯噛みしていた。

 

(くそ、思わぬところで油断した)

「ルディア様の生家では、誰か教師でもいらっしゃったのですか?」

「はい、うちのメイドが王宮の元侍女でして」

 

 内心で悪態をついだが、評価は上々であった。

 数ヶ月前とはいえ、ゼニスとリーリャの教育は記憶に新しい。うっかり性別を失念はしたが、体はしっかりと覚えていた。

 

「人に歴史ありと申しますが、そういった事情があったのですね」

 

 感心しきりに頷いているエドナを受け流しながら、振り返ってエリオットの顔を見ると、微妙に悔しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 唐突にルディアに休日を言い渡されたエリオットは、言われた当初は喜んだ。

 だがルディアが喜色満面のまま姿を消すと、時間を持て余してしまったのだ。

 休日と言われた手前、自習をする気にもならない。ギレーヌに稽古をつけてもらうのもいいが、それもやはり違うだろう。獣族のメイドの耳や尻尾を愛でるのもいいが、それで一日を過ごす訳にもいかない。

 詰まるところ、エリオットは時間の使い方が下手だった。

 ルディアはなにやら魔術で人形を作っているようだが、誰しもそんな趣味を持てているわけでもないのだ。

 

「それで暇を持て余して、悩んでいるうちに私のところに来たというわけかい?」

「別に……いや、そうですけど」

 

 図星を言い当てられたエリオットは、顔をしかめながら誤魔化そうとして、意地を張る場面でもないと首肯した。この自分の何かにつけて意地を張る癖はどうにかすべきだとは、常々思っているところであった。

 その反応に満足げに鼻を鳴らしたフィリップは、ソファを預けていた背を起こす。

 

「しかし何故私なんだい? お前のことだから、まずは父さんのところに行ってもおかしくはないと思うんだけどね」

「いや、お祖父様は──」

「──フィリィィップ! 狩りに行くぞ! 支度をせんか!」

 

 返答しようとした次の瞬間、蹴破らんばかりの勢いで執務室のドアが開け放たれた。聞き慣れた不必要なほどの大喝は、誰あろうエリオットの祖父サウロスのものである。

 ノックという文化を持たないサウロスは、フィリップと対面している孫の姿を見るや相好を崩した。

 

「ほう、エリオットもいるのか。ちょうど良い、貴様も伴をしろ」

 

 それは魅力的な提案だった。

 サウロスはそれなりの頻度で狩りや釣りに興じており、それにエリオットも付き合わされることはままあった。なるほど狩りならば丸一日潰せるだろう。

 仲の良い祖父の誘いに、普段ならば一も二もなく飛び付いたはずのエリオットだが、ここでフィリップによる待ったがかかった。

 

「父上、エリオットは今日は一日休みを言い渡されているのですが、どうにも思わぬ余暇に戸惑っている様子。遊猟も良いですが、他に何か良い時間の使い方はありませんか?」

 

 祖父について狩りで一日を潰すのも良いが、連れ回されるばかりでは自主性は鍛えられない。そういった思惑の入った言葉である。

 ソファにどっかりと座り込んだサウロスは、ふむ、と唸りながら顎髭をしごいた。

 

「そうさな。……よし! エリオット、街を見に行ってこい! 市井に下り、民の暮らしをその目で見るのがいいだろう」

 

 それがいい、と自らの案に感心したように膝を叩く。

 

「いいじゃないか。今までお前には自由時間というものがなかったからね。これを機に余暇の潰し方を学ぶといい」

「そういうものですか?」

「うん。税収の報告書だけでは見えないものもあるはずだ。多少はお小遣いも持たせるから、行ってきなさい」

「気がきくではないかフィリップ。ほらエリオット、小遣いだ」

 

 お小遣い、と目を輝かせたエリオットに、サウロスが懐から拳大の袋を手渡した。ずしりと重い巾着の口紐の隙間からは、ぎっしりと詰め込まれた金貨が覗く。

 

「父上! 流石にそれは多過ぎです。金銭感覚も覚えさせないと……ほら、こんなものだろう」

 

 フィリップが巾着から金貨を五枚ほど取り出して、エリオットに握らせる。子供が持つには大きすぎる額だが、貴族の子女が持つなら不自然ではない。

 初めての小遣いの感覚にエリオットが感動していると、その頭に大きく無遠慮な手のひらが乗せられた。

 

「今度から定期的に小遣いをやろう。まずは金の遣い方を教えて──いや、儂はついていかんほうが良いのだったな」

「その方がいいでしょう。──アルフォンス! 外出の用意をしてあげて」

「かしこまりました」

 

 サウロスの手から解放されたエリオットが、部屋の隅に控えていたアルフォンスに促されて退出していく。フィリップはその背を見送って、再びソファに背を預けた。

 二、三年前までは冒険者にでもするしかないと思うほどやんちゃだったのだが、人間成長するものである。

 

「流石に護衛なしでは不味いでしょう。ギレーヌをつけさせます。……ところで、狩りには行かれるので?」

「無論だ。さあ、伴をせい」

 

 




ルディア
 屋敷のメイドと仲良くなったぜ。女の子も悪いことばかりじゃないね。
 そう、女の子。女の子なんだよなあ……

エリオット
 急な休みに喜んだけど暇の潰し方を知らなかった。
 趣味は剣術の脳筋。


 前後編に分けたんじゃよ
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