「申し訳ないんだが、君をパーティに出す訳にはいかなくなったんだ」
もはや恒例となったヒルダとの茶会の最中、珍しくフィリップが顔を出した。
そしてすまなそうにまなじりを下げてそう切り出したフィリップに、ルディアは首を傾げる。
「そんなことを仰られても……」
「そうよ、フィリップ! ルディアが出られないって一体どういう了見なの?」
ルディアの対面で優雅にティーカップを傾けていたヒルダは、フィリップの台詞を聞くなりまなじりを釣り上げて詰め寄った。
どうにも話が見えて来ない。
「私ってお坊ちゃまのパーティに出る予定だったんですね」
「あれ、聞いてなかったのかい」
「はい。当日は適当に潜り込もうと思っていたので……」
「もちろん出るわ! 最近はエリオットとダンスの練習をしているのでしょう? 最初の相手として踊って欲しいもの」
「……こう言っているけど?」
「あれー?」
さも当然と言わんばかりに断言するヒルダ。
確かに、ルディアはパーティ当日にエリオットと踊る約束をしていた。が、それをヒルダが知っているとは思えない。
もしかしたらルディアの覚えていないところで、いつの間にか同意を取り付けられていた可能性を鑑みて、改めてヒルダとの会話の記憶を探る。
女性の比率の少ないボレアス家では、ルディアの存在が余程嬉しかったと見えて、ほぼ毎週のペースで茶会に誘われている。
はて、ここ最近でそんな会話をしていただろうか?
基本ルディアがヒルダとどんな話をするかと言えば、エリオットとの近況、ブエナ村の生家の話、ヒルダによるフィリップの愚痴と惚気話、流行りのファッション等である。全ての話題についていける訳ではないが、コミュニケーションスキルを磨く一環で付き合っていた。
「あ」
そういえば先々週あたり、パーティに出るならどんなドレスが着たいか、と話を振られた覚えがあった。
正直な話、スカートすら未だに抵抗がある身としてはドレスは勘弁願いたい、というのが本音だったのだが。その時は「派手じゃないのがいいですね」とかそんな返答でお茶を濁した気がする。
あれがそうだったのか!
「どうやら身に覚えはあったようだね」
「もうルディア、忘れるなんてひどいわ」
「あはは、すみません……」
ヒルダは事あるごとに気にかけてくれる。幼くして家庭教師に出されたルディアの身の上に、なにか思うところがあるのかも知れない。
無論その気持ちは嬉しいが度々、いわゆる女の子らしい格好をさせたがるのだけはルディアにとって頭痛の種だった。
今もルディアはヒルダセレクトによるロリータファッションに身を包んでいる。華やかな装いを好む彼女は、装飾の多いドレスをルディアに着せたがるが、今のところどうにか躱し続けている。
今ルディアが着ている──着せられている、装飾の少ないツーピースも妥協の末の産物──惨状である。ドレスなど着てしまえば、今後の要求が激化することは目に見えていた。
そういう意味では、パーティ出席をヒルダに悟られたくはなかった。エリオットと踊ること自体はやぶさかではないが、華やかなドレスを着せられてとなると話は変わってくる。
だから、当日はメイドに、フォーマルで目立たない服を用意してもらうつもりだったのだ。
「それで、私が出られないってどういうことなのでしょう? もちろん、当日は部屋で大人しくしていろと言われるのでしたら、そうしますが……」
「いや、そこまでのことじゃないんだ。
今回、いろんな貴族が参加できるようにダンスパーティにしただろう? エリオットがまともになった、という噂を聞いたのか、招待に応じてくれた貴族が思いの外多くてね」
「それは、良いことじゃないんですか?」
「まあね。でもその中にノトス家も含まれていたんだ」
ノトス家。
ボレアスに来てからなんとなく聞かされたことだが、どうやらパウロの実家らしいということはルディアも聞き及んでいた。
「君の立場は極めて扱いが難しい。
四大貴族ノトスの嫡男、その娘がボレアスに匿われている──周りに知られれば要らぬ憶測を買うだろうし、なによりノトス現当主がアレだ。間違いなく余計な横槍が入る」
「前々から思っていたんですけど、父様ってアレで結構いいとこの産まれなんですね」
「理不尽なことにね」
やれやれと言わんばかりにフィリップは溜息をついた。
「正直な話、まさかピレモンが来るとは思わなかったんだ。私の兄の長男あたりの誕生パーティならともかく、あっちからしてみれば分家の次男。わざわざ当主が来ることでもない」
そのため、目立たないようにして欲しい、というのがフィリップの要請だった。
さしものピレモンも一眼見てルディアの来歴を察するとは考えにくい。だが、ルディアの容貌からパウロの面影を感じれば、疑念を持たないとも限らない。
エリオットとの約束を破ることになるのは心苦しいがそういった事情があるのなら致し方ない。
了解の返事を返そうとして、先に口を開いたのはヒルダだった。
「そういう事情があるなら仕方ないわね……でもフィリップ、ルディアがピレモンの目に入らなければ良いんでしょう?」
「ん? まあそういうことになるね」
あくまで念の為だからね、とフィリップは付け加える。顔を知られているわけではないから、視界の隅に映るくらいなら許容範囲なのだろう。
微妙に嫌な予感を覚えたルディアが、フィリップとヒルダに声をかける。
「いや、当日は部屋で大人しくしてますよ……?」
「流石にそれは貴女がかわいそうよ」
「まあ、うちの事情に巻き込んでしまってるのは事実だけど……」
そしてルディアを蚊帳の外にして、ヒルダがフィリップと交渉を始めてしまった。
結果としてルディアは、当日は会場の隅で目立たずにいることを条件に、エリオットの誕生パーティへの参加を許されたのであった。
×××
パーティ当日ともなれば、ボレアスの屋敷はいつも以上に慌ただしい。
サウロスをはじめとするボレアス家と一年間関わってきたルディアにとって、喧騒というものはすでに慣れ親しんだものではあったが、己がその渦中に置かれるともなれば話は別だった。
屋敷の一室、さながらウォークインクローゼットを十倍ほどにした部屋で、ルディアは着せ替え人形よろしく服を取っ替え引っ替えさせられている。
「可憐な感じもいいけれど、気品のある黒系も悪くないわね……ね、ルディア。あなたはどっちがいい?」
「ルディア様、青系はどうでしょう! 明るい色のお髪をされてるから、きっと映えますよ!」
「やっぱり少女らしい闊達さをもっとアピールするべきです!」
今ルディアを取り囲んで騒いでいるのは、ヒルダほか獣族のメイド達である。
仲の良かったメイドが嬉々としてドレスを両手に詰め寄る姿に、裏切られたような気分になりながら、ルディアは嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
(これがリカちゃん人形の気分か……)
こんな目に遭うのなら、きっぱりと断るべきだったのかもしれない。されるがままになりながら、遠い目をするルディアは半ば思考を放棄していた。
「ああ、悩ましいわ。こんなことならエリオットに好みを聞いておけばよかった!」
幸いなのは、屋敷に女児用のドレスのストックがさほどなかった点だろう。フィリップ、ヒルダ夫妻の子供は全員が男児。女児が一人でもいれば、在庫は今の数倍はあったに違いない。
ちなみにルディアが部屋に連れ込まれてから既に小一時間が経過していたが、もっと服の選択肢があったらと思うとぞっとしない話である。
「あの、派手なのはちょっと……今日は目立つとまずい訳ですし」
「……そうね。忌々しい話だけれど。それじゃあ、大人しめで品のある感じで行きましょうか」
ヒルダの言葉に、ピンクの可愛い系を推していたメイドの兎耳がしゅんと垂れ下がった。
ルディアとしてもそのチョイスは抵抗があったため内心で安堵する。
すまんね、それはまた次回だ。
指向性を持たせたのなら、あとは消化試合だ。
残り数着のドレスのうち、どれを自分に着せるか熾烈なバトルを繰り広げるヒルダとメイドを眺めていればいい。
×××
さしたる問題もなく、つつがなくパーティは始まった。
パーティの主役はあくまでエリオットではあるが、貴族たちにとってはそれは建前である。
ボレアスの影響力を見定めるため、あるいは傘下に加わるため、様々な思惑が混在するダンスホールは傍目には煌びやかに燦然と、しかしてその実態は混沌とした様相を呈していた。
既にサウロスの周りには、彼を慕う無骨な武官貴族たちが集まっており、サウロスは機嫌良さそうに酒を呷っている。
辣腕により着実に力をつけつつあるボレアスに取り入ろうと、派閥外の貴族が群がるが、それの対応はフィリップとヒルダの管轄だった。
真に有用な者は前向きな返答を、甘い汁だけを吸おうとする輩はのらりくらりと躱して言質を取らせない。
予想以上の盛況ぶりに、フィリップは満足げに目を細める。
取り付く島もないと悟った下級貴族が、一縷の望みをかけてエリオットの元に向かう。子供で実権を持たないエリオットに対して出来ることは少ない。フォローの必要はないだろう。
対応の仕方も言い含めておいたし、良い経験になるはずだ。
押し寄せる下級貴族の勢いがひとまず落ち着いたところで、見覚えのある小男が肥えた男性を伴って近寄ってくる。
「フィリップ殿。御子息の誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございますピレモン殿。ご機嫌麗しゅう」
そうにこやかに声をかけてきたのはピレモン・ノトス・グレイラットだ。先代当主アマラントが夭折し、若くして当主となった彼は、風聞と保身にかまける風見鶏として知られている。
「わざわざノトスの御当主自ら出席頂けるとは光栄です」
「いえ、これも同じグレイラットとして友好を深めたいと思っておりますゆえ」
和やかに談笑するが、ピレモンのその目には嘲りの色が垣間見えた。若くして当主となったがゆえの歪んだ自意識と劣等感、そして当主争いに敗れたフィリップへの優越感が透けている。
「そういえば、ピレモン殿にもご子息が二人いらしたはず」
「ええ。ルークの方はエリオット君とも歳が近い。今度会わせてみるのもよいでしょう」
「確かアリエル殿下の守護騎士として推挙されたのだとか。王都に行く機会がありましたら、挨拶に伺わせて頂きます」
「──そろそろ、儂にも紹介をしていただけないかね? ピレモン殿」
「こ、これは失礼を。ダリウス殿」
不意に横合いから声をかけられ、ピレモンの背筋が跳ねた。
あからさまに卑屈な態度に変わったピレモンは、媚びた笑みを顔に貼り付けて、でっぷりと肥えた禿頭の男を紹介しようとする。
フィリップにはその醜悪な姿に見覚えがあった。
「これは──ガニウス上級大臣」
「おや、儂の紹介はいらなそうですな」
肥満体を揺らすのは、ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣。混沌で知られるアスラの政争を勝ち抜いて上級大臣の座を得た彼には、後ろ暗い噂が絶える事がない。
美術品や違法薬物の密輸だけでなく、貴族に負債を負わせ、その娘を性奴隷として飼っているとの噂すらある男である。
フィリップはダリウスの性癖に合致する娘が身内にいないことに僅かに安堵する。が、この一年息子の家庭教師として屋敷で働いている少女のことを思い出し、冷や汗をかいた。
視線だけで探せば、ルディアは言いつけ通り広間の隅で、使用人たちに紛れて食事に舌鼓を打っている。あれならば見つかるまい。
「……いらしたのでしたら言っていただければ、歓待の手筈も調えられたのですが」
「お気になさらず、フィリップ殿。そもそも儂は、ピレモン殿に無理を言って同席をさせて頂いているだけでしてな。唐突な参加で申し訳ない」
ダリウスは人間性としては醜悪極まるが、その権力と政才は本物である。気が進むかどうかは別として、フィリップとしても懇意にしておいて損はない。
「上級大臣ともあろうお方を歓迎こそすれ、疎ましく思う者などおりますまい。慎ましいですが、今宵はパーティを楽しんでいただければ」
「それはありがたい」
そう言ってダリウスは、脂ぎった笑みをフィリップに向けた。
×××
「さて──それでは皆様お待ちかねの、本日のメインイベントである」
高らかに開始を宣言したサウロスと、フィリップの目配せに背中を押されて、エリオットがダンスホールの中心に踏み出す。ルディアはその姿を広間の隅で、使用人や下級貴族の子女たちに紛れて見守っていた。
今のルディアは、ヒルダとメイドたちの手によってめかしこまれている。明るい茶髪はサイドテールに、ドレスは瞳と同じ
ドレスを着せられるという事態には抵抗感しかなかったが、実際に姿見を前にすると思わず唸るほどの完成度だった。流石はゼニスの血筋と言うべきだろうか。
これが自分でなかったなら完璧だったのだが。
常とは異なる気品ある礼服に身を包んだエリオットは、傍目にはいつも通りであるが、こめかみを伝う汗や硬く強張った表情を見れば緊張していることはわかる。
「私と踊っていただけますか?」
エリオットが手を差し出したのは、中級貴族と思しき同じ年頃の少女である。
当初の予定では、最初のダンスの相手はルディアが務めるはずだったが、やむを得ず変更になった結果、ボレアス家シンパの中級貴族の子女が務めることとなった。
「……むう」
そのことにどこか釈然としないものを感じつつ、ルディアは成り行きを見守った。
音楽が始まると、おっかなびっくりといった様子で二人が踊り始める。やや危なっかしさもあるが、練習の成果が出ているように感じる。少なくとも一ヶ月前のエリオットとは雲泥の差である。
相手の少女はエリオットと同じか、少しマシ程度の塩梅で、相手としてはちょうど良いのだろう。このまま無事に終わって欲しいと祈る気持ちは、ルディアだけでなくエドナやヒルダたちとも共通のものだろう。
だが曲が終盤に差し掛かる頃、あ、とか細い声とともに少女がエリオットの足につま先を引っ掛けた。そのままつんのめって倒れ込もうとするその刹那、エリオットが少女の手を引き、すんでのところで抱き留める。
抱き留められた少女が頬を染め、固唾を飲んで見守っていたギャラリーが劇的な展開に感嘆の声を上げる。傍目から見れば、ミスをした少女をエリオットが咄嗟の機転で救ったように見えたのだろう。
だが真実は異なる。青い顔で安堵の息を吐くエドナと目が合い、互いに苦笑した。
ミスをしたのはエリオットだ。足捌きが鋭すぎるエリオットは、ステップのタイミングが半歩速かったために、少女の爪先を引っ掛けてしまったのである。
毎日練習を共にしていたルディアとエドナにだけは、それが理解できたのだ。
危ない場面はあったものの、無事にダンスを踊り終えた二人に拍手が贈られる。
ヒルダは表情を輝かせて惜しみない拍手を贈り、サウロスに至っては涙ぐんでいる。だがより衝撃を受けていたのは、エリオットたちを囲んでいた貴族であった。
最初は上手く取り繕っていた様だが、ダンスはもろに教養が透けるものである。すぐに化けの皮が剥がれるだろう……そう思っていた貴族ほど、エリオットの変貌に対する驚愕はひとしおだったのだ。
先ほどまで遠巻きに静観していた貴族もフィリップたちに近寄って、次々に賛辞を投げかけてくる。
「いやはや驚きましたぞ、フィリップ殿」
「あのエリオット君が随分と成長をされましたな」
「いやいや、私は以前から彼の成長を予見しておりましたよ」
手のひらを返したような貴族たちをにこやかにあしらいつつ、フィリップは次の相手と二曲目を踊り始めたエリオットを見遣る。
想像以上の出来栄えに、喝采を上げたいのはフィリップもまた同じだった。その凶暴さゆえに、かつては冒険者にでもするしかないと思っていた時期が懐かしい。
見知らぬ下級貴族の少女の手をとり、ゆるやかにステップを踏むエリオットが、フィリップと目があった刹那、得意げな笑みを浮かべた。
その年相応の表情に笑いを噛み殺し肩を揺らす。
今はただ、我が子の成長が喜ばしい。
×××
歳の近い下級貴族の子女や、仲の良いメイドと談笑していると、小一時間も経つのはあっという間だった。
料理をつまみ、たまにナプキンに包んで部屋に運んでもらいながらエリオットの様子を見ていたが、二、三曲踊る頃にはすっかりこなれていた。
将来有望であろうボレアスの男児に、是非お近づきになろうと、ルディアとそう歳の変わらない少女から、妙齢の婦人までがダンスの相手を申し出ている。エリオットはそれらを順番に相手しており、八人目を捌き切った頃合いだ。
エリオットにダンスを申し込もうという手合いもひとまず落ち着いたと見える。
そのとき、額に僅かに滲んでいた汗を拭ったエリオットと目が合った。そこで待っていろ、というジェスチャーをしたエリオットが、フィリップに何事か囁いたあと、人の波をするすると抜けてルディアのところまでやってくる。
思わずルディアは目を剥いた。
「お、お坊ちゃま! 私、目立ったらまずいんですって!」
幸いこちらに目を向ける貴族はほとんどいないが、主役のエリオットがこんなところにいれば、すぐに視線を集めるだろう。
予想外の事態に慌てるルディアだったが、エリオットは構わずにその手を握る。
「知ってる。少し抜けるぞ」
「え、ちょっ、お坊ちゃま?」
そのままエリオットはルディアの手を引き、広間を出て廊下を抜ける。
そしてルディアが連れてこられたのは、ダンスホールから少し離れた場所にある小さなテラスだった。位置的には広間にほど近いが、招待客に開放されている場所ではないので、視線を気にする必要はない。
「あの、お坊ちゃま、これは……?」
状況が読み込めず、混乱したルディアが疑問の声を上げる。
そんなルディアにエリオットは咳払いを一つ落とすと、腰を折って手を差し伸べた。何度も一緒に練習した通りに。
「約束通り、俺と踊っていただけますか」
差し出された手のひらを見つめ、驚いたように目を瞬く。
飲み込むまでに数秒。返事を待つエリオットは、ルディアをじっと見据えていたが、耳が赤くなっている。
「……ふふ、喜んで」
状況を理解して、思わず笑いが溢れた。
手をとると、エリオットはすっかり慣れた手つきでルディアをリードし始める。今日一日で成長したらしいことは、振る舞いを見れば瞭然だ。
「抜け出しちゃってよかったんですか?」
「父上には少し席を外すって言ってあるし、すぐ戻るから大丈夫だ」
「ならいいんですけど」
一曲だけですよ、と断るとわかってる、と返された。
それ以上気にすることなく、何百と繰り返したステップを踏む。ダンスホールから響いてくる音楽は遠いが、踊る分には労しない。光源は月明かりとダンスホールからの明かりだけだ。
思わぬ形で約束を守ったエリオットの気遣いに、嬉しさと気恥ずかしさを感じてしまう。
それを誤魔化すように、お坊ちゃま、結構ロマンチックなところがあるんですね? と悪戯っぽく笑うと、エリオットは何か言い返すでもなく鼻を鳴らした。
「エリオットでいい」
「え?」
「いつまでもお坊ちゃまは、他人行儀だろ」
意味を判じかねて首を傾げると、そっけなく返される。それが照れ隠しの表情だということは、この一年で知ったことだ。
「わかりました、エリオット様」
「様もいらない」
「……エリオット?」
「うん」
名前を呼ぶと、エリオットは歯を見せて屈託なく笑った。
×××
ピレモンはダリウスの姿を探していた。
ボレアスの屋敷は敵の侵攻を跳ね返す城の側面も併せ持つため、ノトスの屋敷に比べ構造がいちいちややこしい。苛立ちながら、忙しなく足を動かし続ける。
今回のパーティに足を運んだのは、ボレアスの分家がどれほどの力を持っているのか探るためでもあった。
家督争いに敗れた落伍者とはいえ、フィリップの優秀さは聞き及んでいた。それはロアの発展具合からも推し量れる。
もし万が一、フィリップが兄のジェイムズを排してボレアス当主の座にのし上がるとすれば、今探りを入れておいて損はない……というのが小心者のピレモンらしい行動原理であった。
ダリウスもまた似たような理由だろう。
ジェイムズに擦り寄られているようだが、彼もどちらを支援すべきか見定めているのだ。
どちらを絡め取り、その資産を啜るか吟味する──そういう毒蜘蛛めいた悪趣味な性質がダリウスにはあった。
だがこういう男だからこそ、権謀術数渦巻くアスラで上級大臣の座まで上り詰めたのだろう。取り立てて優れたところのない自分が今後生き残ろうと思うなら、なんとしても取り入っておきたい相手であった。
「おや、ダリウス殿。このようなところで如何なされました?」
探していた背中を廊下で見つけ、ピレモンは息を整えると、さも散策の途中でたまたま見かけたかのように声をかけた。
振り返ったダリウスが、顎を撫でさすりながらいやらしく目を細めた。
「これはピレモン殿。……会場の熱気にあてられましてな。散策しながら涼んでいたところなのだよ」
「それは奇遇ですね──ところで、何やら視線を奪われていたようですが、面白いものでも?」
この醜悪な男がこういう笑みを浮かべるときは、決まって絶好のカモか、好みの年頃の少女を見つけたときである。ピレモンもご機嫌取りのために何人か差し出した覚えがあった。
「いやなに、フィットア領も田舎とは思っていたが、中々どうして──美しい花もあるものだとね」
ダリウスの視線を追ったピレモンの表情が強張った。
窓の外、遠目に見えるテラスに、二人の少年少女の姿が見える。一人はなんらかの理由でパーティを中座していたボレアスの次男、エリオット。
もう一人は──
明るい茶髪。翡翠色の瞳。
確信には及ばない。だが、努めて忘れようとしていた、忌々しい記憶の奥底を掠めるような、どこか見覚えのある容貌──
「いや、まだ蕾と表するべきかな?」