泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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王都アルス(前)

 

 

 

 ルーク・ノトス・グレイラットは、アスラ王国の名門ノトス・グレイラットの次男である。

 齢にしてまだ一〇を過ぎたばかりの、まだ少年といって差し支えない年頃であった。彼には兄がおり、父ピレモンは兄を文官の道に進ませる傍ら、弟のルークには剣術を習わせ、騎士としての英才教育を施していた。

 だが、英才教育を施していたとはいえ、ルークには格別剣の才能があった訳ではない。むしろ凡才である。運動神経そのものは悪くはないのだが、どちらかと言えば兄と同様に、政務を担う内務官の方が向いていた。

 

 そんなルークではあったが、彼には美点と、長所があった。

 美点とは、容姿である。

 ブラウンの髪に、蒼い瞳。彫りの深く甘い顔立ちは、未だ少年にして将来を嘱望される美男子の兆候を如実に示している。有体に言えば、ルークは顔が良かった。

 名門ノトスの次男という貴種の血筋。そして本人の話術も相まって、多くの年若い婦女子たちを虜にした。

 長所とはすなわち、人を籠絡する手管に優れているところだ。それには女性に限って、という枕詞がつくが。

 長所ではあるが、悪癖であった。性癖と言い換えても良い。つまるところ、ルークは女性を口説くことが好きなのだ。同年代の少女から、親の世代を越えた婦人まで。女性ともなると見境がない。そしてそれは、性質の悪いことに単純に性欲を満たすためだけのものではなかった。

 ただ惚れられるのでは足りない。嬉しいと思う気持ちはあるが、ルークは己の容姿と話術を用いて女性を堕とすことにこそ無上の快を感じるのである。それが年若く見目麗しい少女ならよし、胸の大きい相手ならなおよしである。

 特別に気に入った女の子については、そのまま一晩を共にしてしまうこともしばしばであった。

 

 そんなルークの悪癖をピレモンは把握していた。

 齢十一、二にして早くも色を覚えた息子にノトスの血を感じ取ったが、それは自分や兄パウロも同じこと。故にこそ、アスラ王国第二王女の守護騎士として推挙したのである。

 王女の側仕えにはやはり女性が多い。女性を口説くことに天賦の才を持ち合わせるルークにとっては、なるほど持ってこいの役割だったろう。

 幼い頃から騎士としての英才教育を施していたのも功を奏した。

 

 小心者のピレモンにとって、それは一大決心によるものだった。自らの息子を王女の守護騎士として推挙し、その王女を擁立する──すなわち、第一王子派閥と第二王子派閥、それらと敵対する道を選んだのである。

 貴族界隈では第一王子グラーヴェルにこそ軍配が上がるが、市井の人気は第二王女アリエルが圧倒的だ。第二王子ハルファウスは未だ一〇にも満たず、政略軍略ともに目立った才はない。故に、目下の政敵は第一王子派閥。これを制すれば、ノトスは更なる躍進を遂げるはずだ。

 

 ルークはそんな小心者の父親に対し、理解を示していた。

 臆病で、風聞ばかりを気にしている、『風見鶏』とあだ名される父。だが父親との仲はそれなりに良好で、不器用ながらも愛情を感じていた。

 父は愚鈍だが、愚鈍なりに努力をし、頭を悩ませているのだと。

 

 ゆえに、目の前の同じ年頃の少年と引き合わされたのも、父なりの政略によるものだと理解していた。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラットだ。再従兄弟殿……で合っているよな」

 

 名乗ったルークに、目の前の少年もまた応じる。

 深紅の髪に、琥珀色の瞳。釣り上がった目元はややきつい印象を与えるが、容姿のほどはルークに劣らない。

 話を聞かない山猿と聞いていたが、そういった雰囲気は感じられなかった。やや気難しそうだが、それも個性の範疇だ。

 意外に感じるが、驚くことでもない。風聞が一人歩きすることもあるだろう。

 

 しかし、ボレアスは第一王子を擁立する派閥だったはず。即ち、第二王女を推すノトス家とは反する立場にいる訳だが、式典やパーティといった場でもないにも関わらず、こうして引き合わせるとはどういった思惑があるのだろうか。

 だがエリオットの父のフィリップは未だ次期当主の座を諦めていないとも聞く。力を得るため第二王女派閥に取り入ろうとしているなら納得も行くが、それを聞こうにもピレモンはフィリップとの歓談と言う名の舌戦を別室で繰り広げている最中である。

 

 異性を相手にするならともかく、同性相手ともなると会話すら気乗りしない。

 引き合わされただけで、父親からは特に指示はないのだ。

 適当にあしらっておくか、とルークは早々に興味を失っていた。

 

 甲龍暦四一七年、ルーク一三歳。

 運命の時はほど近い。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 王都アルス──

 世界最大の国力を誇るアスラ王国の首都たるアルスは、かつての勇者の名を冠する都市である。

 この世の全てがあるとすら謳われ、その経済力は首都のみで小国に匹敵するだろう。

 中心部に存在するのは、巨大にして絢爛なる王城シルバーパレス。丘陵の上に建造された王城は、王都に脚を踏み入れた者がまず目にするほどの圧倒的な存在感を誇り、アスラ王室の権威を物語る。

 ロアの街にある城塞も、堅牢さを問えば随一であろうが、権威や“華”を問われればシルバーパレスに二歩も三歩も譲るだろう。

 王城を囲むのは高さ二〇メートルはあろうかという、堅固な白亜の城壁だ。この城壁と、常に近衛兵が詰める警備状況を前にすれば、如何なる賊も侵入を断念するだろう。

 王城を中心に、まず貴族たちの敷地や邸宅が広がり、次いで豪商などの高級住宅街や水神流宗家の道場、その更に外側には商業区画、冒険者区画、一般市民の住居と続く。

 それらの境は、やはり高く分厚い城壁に遮られ、王都は王城のものを含め五重の城壁に守られている。

 

「ルディアは王都は初めてか?」

「はい!」

 

 エリオットに問われて、ルディアは興奮に僅かに頬を上気させて頷く。

 王都は見慣れたロアの街並みよりもなお活気に溢れており、人が途切れることがない。

 

「エリオットは王都に来たことがあるんですか?」

「ああ。叔父上の家に預けられていたときは、王都に住んでたんだ」

 

 もう覚えてないけど、と続けるエリオットに苦笑いする。

 

「じゃあ、ほとんど初めてですね」

「あとで観光しよう。ギレーヌ、いいよな?」

「ああ。だがフィリップ様に確認をとれよ」

「わかってるよ」

 

 ルディアたち一行は、王都までわざわざ観光をしに来たわけではもちろんない。

 目的は王都の貴族たちに顔をつなぐこと。すなわち、ボレアス当主簒奪を目論む、フィリップの政略の一環である。

 無論ルディアはただひっついてきただけである。

 

 フィリップの兄ジェイムズは、ボレアスの当主の座を巡っていた三人の男児の中勝ち抜いた傑物であるが、決して政略に於いてフィリップに優越していたわけではない。

 フィリップよりも六歳年上のジェイムズは、政界、社交界にデビューしたのもフィリップより六年早かった。その六年間のアドバンテージをもって、フィリップに辛勝したのである。

 城塞都市ロアの町長として閑職に追いやられたフィリップであったが、無論当主の座を諦めた訳ではない。ロアの街を盛り立てる傍らで、政財界の貴族たちとコネクションを築くことも重要な仕事だった。

 

 ノトスとの挨拶も先日済ませたそうなので、ルディアはギレーヌの提案で水神流道場まで足を運んでいた。

 

「私とエリオットが再従兄弟ってことは、一応エリオットはノトスと親戚ってことになりますよね? たしかサウロス様の妹が私のお祖母様になるわけで」

「サウロス様は王都に来なかったようだが」

「お祖父様はピレモンが嫌いって言ってたな」

 

 フィリップの父サウロスと、ピレモンの間にどんな確執があるのかはエリオットとルディアには知る由もない。

 ピレモンはエリオットの誕生パーティに出席したらしいが、顔を見ていないルディアに人相や人柄はわからない。サウロスが嫌うような相手なら、さぞ陰湿そうな性格をしているのだろう。

 

「ここが水神流宗家だな」

「おお、ここが……」

 

 水神流道場は、宗家というだけあり大きく敷地も相応のものだ。だが権威をひけらかす必要がない以上、門構えはロアにある他流派のものとそう相違はない。

 

「たのもう」

「ちょっとギレーヌさん、そんな道場破りじゃないんだから……」

 

 微妙に慌てるルディアをよそに、エリオットとギレーヌは門を潜り、ずんずんと敷地内へと進んでいく。

 

「あら?」

 

 道場の入り口に差し掛かるあたりで、木剣を提げた一人の少女と出くわした。

 僅かに青みがかった美しい黒髪を、背中の中ほどまで垂らした少女である。年の頃は十一、二といったところで、エリオットとは同年代に見える。あどけなさと年に似つかわしくない凛々しさを備えた美少女だ。

 先ほどまで稽古をしていたのだろうか、首にかけたタオルで額の汗を拭っていた。

 彼女はまずギレーヌを見て、その身のこなしと佩刀に僅かに警戒の表情を覗かせながら誰何する。

 

「もし、当家にどんな御用向きで?」

「水神殿に取り次ぎを願いたい」

 

 簡潔に告げるギレーヌに少女は眉根を寄せる。

 

「失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ギレーヌ・デドルディアだ」

「剣王ギレーヌ……! わかりました。こちらです」

 

 少女の先導で、エリオットたちは道場内へ通される。

 板張りの床、壁にかけられた木剣。こういうのは何処でも同じなんだなあとなんとなしに思いながら、ルディアはギレーヌの背中を追いかける。

 道場の門下生たちの好奇の視線が突き刺さり、居心地が悪く身じろぎした。そんなルディアに反しギレーヌとエリオットは他者からの視線に慣れているのか、まるで動じる様子はなく泰然としている。

 

「おばあちゃん、お客様です」

「イゾルテ。ここじゃ師匠と呼びなって何度言わせるつもりだい」

「あ……すみませんお師匠様」

 

 三人を出迎えたのは齢六〇に届こうかという小柄な老婆である。

 その顔には深い皺が刻まれ、穏やかな風采をしているが、その鋭い眼光が全てを裏切っている。

 

「久しいな、水神殿」

「おやおやこれは、懐かしい気配がすると思ったら、ガルの坊やに連れられてた獣族の嬢ちゃんじゃないか」

 

 老婆が昔を懐かしむように目を細めた。

 彼女の名はレイダ・リィア。

 三大流派の一角、水神流の頂点に立つ、当代水神が彼女である。

 腰に帯びた黄金色の装飾が施された小剣(ショートソード)は、未だ彼女が現役であることを物語っていた。

 

「……それで? 名にしおう剣王殿が、わざわざうちの道場くんだり何の用さね」

「うむ。鍛えて欲しい者がいる」

「その後ろに連れてきた餓鬼たちかい?」

 

 視線を向けられて、ルディアは僅かに身を竦ませた。高位の剣士には、視線にすら圧がこもる。

 うわあおっかない、と内心で慄くルディアを尻目に、エリオットが一歩進み出た。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラットです」

「お初にお目にかかります。ルディア・グレイラットと申します」

「……ふうん、グレイラットの。しかも坊やの方はボレアスときた。ギレーヌや、まさか水神流をしち面倒臭い政争に付き合わせるつもりじゃあないだろうね」

 

 鋭い視線を向けられたギレーヌは、心外だとばかりに首を振った。

 

「あたしにそんな回りくどいことができると思うか?」

「ならいいんだけどね……ただね。なあ坊や」

「……なんですか?」

「あんた、向いてないよ。それでもやるってのかい?」

「やります」

 

 あまりにも端的な言葉にエリオットは怯まず、その目を見返した。

 

「……向いていなくても、学ぶことは無駄にはならないかと」

「ま、その通りさね。いいだろう」

 

 ぽんと膝を叩いて、レイダは立ち上がる。

 

「ずっと通うってわけでもないんだろう? 王都にゃどのくらいいるんだい」

「一ヶ月ほどかと」

「よし、じゃあイゾルテ、相手してやんな」

「え? わ、私ですか?」

 

 三人を案内した少女──イゾルテが、驚いたように声を上げた。彼女はただ、水神流の門下生が二人増えるだけだと思っていたからだ。

 

「あんたなら年も近いだろう。剣神流を学ぶ良い機会だよ」

「はあ……わかりました」

 

 イゾルテはレイダ──自分の祖母が、半ば面白がってけしかけている事に気付きつつも頷いた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 エリオットにとって、水神流と立ち会うのはほとんど初めてである。

 とは言ったものの、剣士と立ち会うこと自体がエリオットにとってはそうないことだ。立ち会いそのものはギレーヌと、ギレーヌの前の剣術師範、そしてルディアのみと三人だけである。

 エリオット自身、ギレーヌの前の剣術顧問より水神流を習い、初級を修めていた。が、基礎の基礎しか習っていないのが現状だ。ルディアは魔術抜きでは水神流を主軸に立ち回るが、そのルディアとて初級の出口といった塩梅である。

 

 水神流を相手にどのように立ち回るのが最適なのか、ギレーヌなら心得ているだろうがエリオットはそうではない。

 故に、いつも通りに剣を振るう。そのつもりでエリオットは眼前の少女を見据えた。ギャラリーはギレーヌとレイダ、そしてルディアのみ。

 

「イゾルテ・クルーエルと申します。以後よしなに」

「エリオット・ボレアス・グレイラットだ。よろしく頼む」

 

 互いに礼をして、木剣を構えた。

 エリオットは木剣の柄を両手で握り、半身となって体で隠す脇構え。防御を顧みない構えだが、基本が受け身の水神流を相手にするならデメリットはない。対するイゾルテは極めて基本に忠実な正眼である。

 エリオットは直感で、相手が自分と同等か、やや上回る剣士だと見抜いた。

 勝てない、とは思わない。自分の直感を疑わず、その上で活路を探すのだ。

 

 先手は無論、エリオットである。

 初撃必殺を旨とする剣神流と、受け流し、カウンターを主体とする水神流。その立ち会いは攻守の立場が一貫している。

 

「シィ──ッ!」

 

 脇構えの姿勢より放たれた横薙ぎの一閃を、イゾルテは一歩退がって回避する。

 余裕をもって退がったつもりだったが、予想よりもずっとエリオットの剣閃が伸び、剣風が鼻先を撫でた。

 エリオットは勢いを殺さずに二撃、三撃と木剣を振るう。三撃目でイゾルテは切先を木剣に合わせ、虚空へといなす。そのままカウンターに移ろうとしたが、不発に終わった。

 エリオットが木剣を受け流されたと悟った瞬間に、身を翻してイゾルテの間合いから逃れたからだ。

 

(闇雲に打ちかかるだけではないようですね)

 

 呼気を一つ落とし、エリオットが打ちかかる。

 その剣撃に、イゾルテは余裕をもって応じた。必殺の意気込みで放たれた木剣が、悉く流されて虚空に散る。

 応じ手の精度が少しずつ上がっていくのをエリオットは察しながら、攻撃の手を緩めない。

 

「せいッ!」

 

 首元目掛けて奔る剣閃をいなした木剣が、返す刃でエリオットの顔面に迫る。それを深くかがみ込みながら回避したエリオットは逆袈裟に斬り上げるも、身を翻したイゾルテの、道着の裾を捉えるのみに留まった。

 エリオットは忌々しげに眉根を寄せているが、対するイゾルテは涼しげな表情だ。

 エリオットの剣筋は、イゾルテにおおよそ見切られている。それはイゾルテがこの二〇合ばかり、見に徹していたからだ。

 安易な攻撃は敗北に直結する。それを理解しているがゆえに加減抜きの技を振るうのだが、それが却ってイゾルテのカウンターの精度を上げる結果となっていた。

 

「ふっ!」

 

 イゾルテの反撃が、エリオットの頬を掠めた。

 先ほどよりも危うい一撃に肝を冷やしたエリオットは、仕切り直しとばかりに飛びすさり、構え直す。

 攻撃特化の構えから、正眼に。

 

 再び打ち掛かったエリオットと、迎撃するイゾルテを眺めながらレイダは声を上げた。

 

「ただの猪じゃないようだね。あの坊やは」

 

 ただ必殺のみを狙った剣から、上段中段下段と打ち分け始めたのである。それも深く踏み込む一撃ではなく、剣先が届く程度の間合いからだ。

 無論それは悪手である。

 急所のみならず、手首や足先を狙った技への対処法も水神流は熟知している。いかなる体勢からいかなる攻撃にも対処するのが水神流の真骨頂だ。小賢しく打ち分けたところで容易くその牙城を切り崩せるはずはない。

 そして長期戦ともなれば、尚更水神流の有利となる。ひたすら己から打ちかかる剣神流の方が、圧倒的にスタミナの消耗は激しい。

 

(私の隙を探っていますね)

 

 しかし、攻めあぐねるエリオットにはそれしかないのも事実であった。

 どの角度からの攻撃をイゾルテが苦手としているのか、どのタイミングならもっとも反応しづらいのか、エリオットは周到に観察しているのだ。

 

(猪ではない……まるで、狼のような……)

 

 体の末端を狙った攻撃は、イゾルテとて対処しづらい。だが体を翻して剣の軌跡より逃れようとすると、深く踏み込んだ伸び上がる一撃へと変化する。無論それにも危なげなく対処するが、時折肝を冷やすような侮れない一撃が飛んでくるのである。

 

「おおッ!」

「──甘いですよ!」

 

 裂帛の気合とともに放たれた一撃を、イゾルテは受け流し反撃へと転ずる。深い踏み込みは相応の重さと鋭さを得るが、反して回避の余地を削ってしまう。

 イゾルテの木剣が側頭部に吸い込まれ──寸前で、エリオットの木剣が切先に絡みつく。

 

「──なッ!?」

 

 水神流奥義《流》。

 荒削りで、イゾルテのそれとは精度も練度もはるかに劣るが、確かに水神流の技である。完全に意表を突かれた形となったイゾルテは、迫る木剣を受け流すでなく寸前で回避した。

 

「ぐ──ッ!」

 

 そしてその体勢からではどのような斬撃も間に合わぬと察し、咄嗟の判断で柄頭をエリオットの腹部へと叩き込んだのである。

 たたらを踏んだエリオットが構え直すのに先んじて、木剣が鼻先へと突きつけられた。

 

「そこまでだ」

 

 ギレーヌの終了の宣言に、レイダは鼻息を一つ落とした。

 

「ま、順当な結果さね」

 

 同格の剣神流の剣士と水神流の剣士が立ち会えば、まずもって水神流が上回る。

 剣士としての技量は、レイダが見たところややイゾルテが優勢だ。膂力と剣速はエリオットが上回るが、背丈も間合いも似通っている。結果としては当然といったところだろう。

 

「一本を取れれば上級の認可でもくれてやろうと思っていたんだが……」

「なんだい、あの坊やはまだ中級なのかい? イゾルテ相手にあれだけ立ち回れるなら上級くらいあるだろうに。けちな師匠だねえ」

 

 ぼやくギレーヌにレイダが呆れたような声をあげる。

 

 エリオットは鈍痛に脂汗を掻きながら、突き付けられた切先を見ていた。

 敗北である。

 完璧に意表をついたはずの、起死回生のカウンターが破られ、致命傷ではないが一撃を受けた。純然たる技量と経験の差によって敗北したのだ。

 悔しさに唇を噛み、立ちあがろうとしたエリオットの目の前に、イゾルテの手が差し出された。

 

「良い立ち会いでした」

「……ああ」

 

 その手を取り、立ち上がる。

 イゾルテはしっとりと汗を掻き、屈託のない笑みを浮かべている。

 

「驚きました。水神流も使えたのですね」

「でも、決めきれなかった」

「もう少し剣速が速ければ負けていたのは私の方でしたよ」

 

 だが、勝てなかったのだから意味はない。

 そう混ぜ返そうとして、やめた。

 

「剣神流と立ち会ったのは初めてでしたが、同年代の男の子の誰よりも疾かったですよ。あのルディアちゃんっていう女の子も剣神流なんですか?」

「いや、ルディアは剣神流も習っているけど、水神流メインだ。ロアじゃ水神流の道場がないから王都まできたんだ」

「ここはなんといっても水神流の宗家ですからね。水神流を学ぶのにここ以上に適した場所もないでしょう」

 

 水神の血を引き、その膝元で鍛錬を続けているという事実はイゾルテにそれなりの自負を生んでいるのだろう。

 寄ってきて腹部の打撲を治癒してくれたルディアに小さく礼を言うと、微笑ましげにイゾルテが口角を上げた。

 

「明日から一緒に稽古ができるのが楽しみです。……あ、すいません急に。お二人にも都合がありますよね」

「いや、多分大丈夫だと思う」

 

 フィリップについて挨拶周りをする予定もあるが、エリオットの存在を今の所大々的に広める予定はないらしい。段階的にと聞いているから、多忙なのはフィリップだけだ。

 隣のルディアの顔を見やる。ギレーヌに連れられてきた彼女は、そもそもが水神流道場に通うことが目的のはずだ。

 

「私も特にこれといった予定はないですね。明日から、エリオットともどもよろしくお願いします」

「礼儀正しい子ですね。ルディアちゃん、明日からよろしくお願いします」

 

 相好を崩すイゾルテの頭に、皺の浮かんだ手がのった。

 

「あらいい子だね。そこの無愛想な坊やよりよほど可愛らしいじゃないか」

「へへ、そうですかね?」

 

 可愛いと言われるのは微妙だが……と思いながら、ルディアは営業スマイルを向けた。

 サウロスといい、レイダといいもしかしたら年寄りに可愛がられる素質があるのかもしれない。

 

「うちは早朝から稽古はやってるから、好きなときに来な。気が向いたら、あたしが稽古をつけてやるさね」

 

 

 

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