アスラ王国北部に位置するフィットア領、城塞都市ロアより北西に馬車で一日かけて進むと、ブエナ村は見えてくる。
ロキシー・ミグルディアは地平線まで続いていそうな麦畑を、馬車の荷台に腰掛けながら眺めていた。
透き通るようなマリンブルーの髪と、同じく涼やかな水色の瞳を持つ少女である。
青い髪を飾り気のない黒い三角帽子に閉じ込めた彼女は、一日座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐすように伸びをする。
「……しかし、これは……」
右を向いても、左を向いても広がるのは麦畑。
風に煽られてそよぐ稲穂と、畑の世話をする村人と思しき人影がちらほらと散見された。
視線を巡らせば、粉挽のために建てられたのだろう風車小屋が何軒か佇立しており、四枚羽の風車がゆるゆると回転していた。
さらに視線を遠くに向ければ、北方には中央大陸西部と北部を隔てる山脈、《赤竜の上顎》が聳え立っている。
まさに牧歌的という表現が相応しい、都会の喧騒からは隔絶された村である。
田舎ですねえ、と我知らず漏らした声に、御者台に座っていた行商人が苦笑した。
「ロアから馬車でたった一日のところに、こんなど田舎があるなんて意外だったかい? 嬢ちゃん」
「はい。でも意外と何処の国も似たようなものですよ。農業なしに国は成り立ちませんからね」
ロキシーは放浪の冒険者であり、優れた魔術師でもあった。
幼ささえ感じられる見た目からは想像のつかない経験値を備え、実に二〇年以上諸国を巡っている。
アスラ王国に足を踏み入れたのはこれが初めてだが、何処の国でも地方にいけば存在する田園風景を見ると、不思議と安堵に似た落ち着きを得る。
「……ま、本当に何もない村だけど良いところだよ。
嬢ちゃん、ブエナ村までだったよな。誰か知り合いでもいるのかい?」
「いえ、アスラに来るのはこれが初めてです。ブエナ村には魔術の家庭教師として来たんです」
A級という上位冒険者たるロキシーだが、肥沃な大地を治め武力にも富んだアスラ王国で、Aランクの彼女に相応しい依頼はそうそうない。
せいぜいがCランクやそこらのモンスターと遭遇するのが関の山なアスラ王国では、有能な冒険者に対するニーズは便利な傭兵というよりはむしろ、練兵の為の武術師範や貴族の家庭教師といったところに存在する。
「へえ! 小さいのにやるんだなあ」
「これでも水聖級魔術師ですから」
「ははあ、大きくでたね。いいねえ、夢を持つならでかい方がいい」
「む」
これは信じていませんね、とロキシーは眉根を寄せると小さく嘆息した。
ロキシーは既に成人して久しいが、種族柄一四、五歳程度にしか見えない体ではしばしば舐められてしまう。
こういう反応には慣れきってしまっているし、わざわざ冒険者証を見せてまで証明するものでもない。
行商人もせいぜいが上級魔術師程度と思っているようだが、そう思うのなら思わせておけば良いのである。
膝を抱えて不貞腐れていると、馬車がゆっくりと速度を落としていく。
おや、と思い身を起こすロキシーに、御者台の行商人から声がかかった。
「さてお客さん、ブエナ村行きはここまでだよ」
「あっ、はい。降ります!」
荷物は然程ない。
蒼い宝石を嵌め込んだ愛用の杖と、旅の用品が詰まった白い鞄を引っつかみ、帽子を被り直せばそれだけで事足りる。
馬車を引く二頭のロバに労いの言葉をかけている行商人に謝礼を払うと、踏み固められたあぜ道に降り立った。
去っていく馬車の車輪の音を背に、ロキシーは周囲を見回しながら歩き始める。
(不躾ですね。人の顔をじろじろと)
行商人と離れたそばからロキシーに突き刺さる遠慮のない視線。
それは物珍しいものを見るというより、得体の知れない部外者に対する隔意や警戒に近い。
(そんなに魔族が珍しいですか)
ロキシーは魔族だった。
人族には珍しい青い髪と瞳は、アスラ王国では都市部でもそう見かけるものではない。それが地方ならばなおさらである。
ロキシーの故郷は魔大陸、中央大陸西部のアスラ王国とは世界の裏側といって差し支えないほど離れている。
「おい、こんな所になんの用だ? この辺にはなんもないぞ」
ロキシーに声をかけてきたのは先程まで農作業をしていた壮年の男性だ。
得体の知れない部外者に対する警戒を隠さない物言いに半ば諦めつつもロキシーは応じた。
「ええ、この村の駐在騎士様のお宅に用がありまして……」
「ああなんだ。パウロさんのとこの客かい。それならこの道をまっすぐ行った先の、塀に囲まれた家がそうだよ」
ロキシーの返答にあっさりと警戒を解いた男性は、相好を崩して道を教えてくれる。
それに目を瞬かせながら礼を言うと、教えられた通りの道を歩き始める。パウロという名前を聞いて、離れたところからちらちらと向けられていた視線もすっと離れていく。
どうやらパウロという人物は随分と村人たちから信頼されているらしい。
「……あれですね」
懐から取り出した依頼者にもう一度目を通しながら、遠目に見えて来た一際大きい家に向かって歩く。
[ブエナ村 駐在騎士子弟の魔術の家庭教師募集]
[報酬:月払い アスラ銀貨五枚]
ど田舎の地方の農村から出されていた割に、条件は悪くない。
ロアで募集を見かけたときは、依頼主に何かしら問題があるパターンなのではないか、いやしかし背に腹はかえられぬ──と半ば博打めいた気分で受けたのだが、村人たちの反応を見るに杞憂だったのだろう。
「良い人たちならいいんですが」
×××
「ロアで出ていた依頼を見てきました、ロキシーです。よろしくお願いします」
そう言ったロキシーを出迎えたのは、家人たちの困惑の表情である。
数秒の沈黙。
目をぱちくりとさせて注がれる視線に、居心地が悪くもじもじと身じろぎをする。
(……な、なんですか、その『長年研鑽を積んで立派にヒゲを蓄えた、いかにも魔術師然とした老人が来ると思ったら、親元を飛び出したばっかりの駆け出し冒険者みたいな女の子がきた』みたいな視線は)
彼らが見た目に驚いていたのは事実だが、それ以外は完全にロキシーの被害妄想である。
親元を飛び出して長年研鑽を積んだ魔術師であるロキシーは、家の玄関先で固まっている三人に目を向ける。
明るい茶髪に鍛えられた長身の、二〇代前半だろう男性がおそらく家主のパウロ・グレイラットだろう。
その横で三歳かそこらの子供を抱きかかえている、同じく二〇代前半頃の金髪の女性が彼の妻だと思ってよさそうだ。
「あー、その……君が家庭教師の?」
「あのー、ず、随分とそのー」
口籠もり、言葉に詰まるお二方。
ええそうです、言いたいことはわかりますよとばかりに自嘲の笑みを浮かべるロキシー。これもまた、何度となく向けられ遭遇してきた反応である。
「ちっちゃいんですね!」
「あなたに言われたくありません」
母親の腕の中から身を乗り出した
小人族ほどではないにせよ、人族に比べひと回り小さいミグルド族のロキシーだが、三歳かそこらの幼児に小さいと言われるのはいくらなんでも心外である。
ただでさえ気にしているのだ。
ほっといてほしい。
気を取り直すように溜め息をつく。
「はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」
父親を見て、母親を見て、女児を見てから周囲を見渡すロキシーの視界に、抱えられていた女児がぐいと差し出される。
「あっそれはこの子です」
「えっ」
「ぴーす」
「えっ」
一瞬の思考停止。
母親そっくりのポニーテールを下げ、きゃぴるんとウインクする女児を前に時が止まる。
そしてじわじわと理解の兆しを見せたロキシーが、再び溜め息をついたあと、なにか察したような諦めの笑みを浮かべた。
「はぁ、たまにいるんですよねぇ、
ちょっと成長が早いだけで自分の子供に才能があると思い込んじゃうバカ親……」
「な に か ?」
「いえ、なにも」
ちょっと声が大きかったかもしれない。
変わらない笑顔のまま声の温度だけ絶対零度となった母親に、ロキシーは頬をひくつかせて取り繕う。
「しかし、こんなに小さいお子様では魔術の理論が理解できるとは……」
「大丈夫よ! うちのルディちゃんはとっても優秀なんだから!」
(あっこの人、人の話を聞かないタイプです)
ロキシーの苦手なタイプである。
「わかりました……やれるだけのことはやってみます」
「ええ。じゃあお願いね!」
あれよあれよと決まっていく事柄を前に、ロキシーは諦めた。何事も諦めが肝心なのだ。
あとは野となれ山となれである。
×××
どうもみなさんこんにちは!
私の名前はルディア・グレイラット。
無職童貞ヒキニートの魂がうっかり滑りこんでしまった三歳児!
後悔しかない前世とすっぱり縁を切り、異世界では本気出してやり直してみようと一念発起してはや三年。
調子に乗って中級魔術をぶっ放して二階の窓を粉砕してしまったルディちゃんですが、怒られると思いきやなんと家庭教師がつけられることとなりました。
この歳で中級魔術を使えるのは異常で間違いなく天才とのことで、魔術教本だけの自主練習にも行き詰まりを感じていたから私としても願ったり。
ということで募集を出してからしばらくして。
両親の予想では、家庭教師には『長年研鑽を積んで立派にヒゲを蓄えた、いかにも魔術師らしい人』が来るとの事で、俺は絶妙にテンションを下げていた。
教えていただく相手に文句をつけるつもりは毛頭ないが、どうせ教えてもらうなら可愛らしい女の子に教えてもらいたいものである。
よれよれのジジイよりはぴちぴちのJKの方がテンションは上がるし、パウロの鍛えられた体よりは当然ゼニスのナイスバディの方が嬉しいわけだ。
女児とはいえ俺は可愛い女の子ならぜんぜんイケる口だからね。性的興奮はほとんどしなくなってしまったが……。
とはいえ本気で頑張って今度は悔いのない生涯を送ろうと誓った手前、教師がジジイだった程度でなんのその。
『頑張るぞ!』と意気込んだ俺の前に現れたのはロキシー・ミグルディアを名乗る青い女の子だった。
素晴らしい。
行き過ぎた興奮が一周回って落ち着きに変わるほどの衝撃を受け、心の中で喝采を送る。
美少女と言うだけではない。
ロリ! ジト目! 無愛想!
それら一つの属性につき、前世の自分ならご飯三杯はいけそうなのに、美少女属性にそれらがまるごと引っ付いてきたとあっては、文句の付けようなどあるはずがない。
両親の驚愕の視線を受けて居心地悪そうに前髪をいじる仕草すら愛らしい。
結婚してほしいくらいだ。
「あー、その……君が家庭教師の?」
「あのー、ず、随分とそのー」
俺の心のうちの興奮具合など露知らず、パウロもゼニスも困惑を隠せない。
そういえばうちの両親は、ブエナ村に居を構える以前は冒険者として活動していたと聞く。かつて組んでいたパーティの中には当然魔術師もいたはずで、その見知らぬ彼か彼女が両親にとっての歴戦の魔術師像なのだろう。
安心してほしい、パウロ、ゼニス。あなたたちの気持ちはよくわかります。驚きより興奮がまさっていただけで。
言いにくそうに口淀む両親を代弁するが如く、ゼニスの腕から乗り出すようにして言い放つ。
「ちっちゃいんですね!」
「あなたに言われたくありません」
さもありなん。
降って湧いた美少女にいくら鼻息を荒くしようとも、この体は未だ穢れを知らぬ三歳児。
いくら背伸びをしてもまだこの少女の半分程度しかないだろう。
とはいえむっすりとした顔から察するにコンプレックスなのだろうか。胸の話ではないのだが。
もちろんルディちゃんはゼニスママンという勝ち確遺伝子を引き継いでいるため、将来ナイスバディが約束されているというのは言うまでもない事実である。
「はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」
「あっそれはこの子です」
「えっ」
「ぴーす」
「えっ」
ばちこんとウインクする。ゼニスの腕の中から失礼。
途端に静止するロキシーに、そりゃまあそうですよねと思わなくもないが。
どうしよう。
俺の魅力がこのいたいけな少女のハートを撃ち抜いてしまったかもしれない。
もちろんそんなことはなく、ため息をつかれてしまった。
「はぁ、たまにいるんですよねぇ、
ちょっと成長が早いだけで自分の子供に才能があると思い込んじゃうバカ親……」
「な に か ?」
言わんとすることには激しく同意するけど、もう少し声を潜めるべきだとは思います。
聞こえていますよロキシーさん!
かくして、ゼニスの親馬鹿ムーブに押し切られたロキシーはグレイラット家の家庭教師として我が家に住み込むこととなったのである。
×××
「まずはルディがどれほど魔術が使えるのか試してみましょう」
そう言ってロキシーは、さっそくルディアを庭へと連れ出した。
グレイラット家の敷地は広い。村に一人しかいない駐在騎士で、下級でも貴族というのもある。ブエナ村の土地が有り余っているというのもあるだろう。
馬を軽く駆けさせる程度の広さを持つグレイラット家の庭は、端の方に建てられた厩と、ゼニスが趣味で育てている家庭菜園、家屋に程近い花壇に囲まれた木製のテーブルも椅子がいくつか。
ルディアは木製の椅子に腰掛けると地面につかない脚を行儀良く閉じて、杖を取り出したロキシーを眺めた。
「まずはお手本です」
そう言ってロキシーは詠唱を開始した。
「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、
清涼なるせせらぎの流れを今ここに──
終わるや否や、杖の先に水球が生成される。
人の頭より少し大きい、バスケットボール大のそれは勢いよく射出され、林立していた庭木の一つに高速で飛翔する。
次の瞬間、ぱぁん、という音と共に幹がへし折れ、横倒しになった。庭木に衝突した水弾は衝撃と共に四散し、囲っていた木の柵を水浸しにする。
「どうですか?」
「はい
「うえっ、ま、まじですか」
「まじです」
「それはまずいですね……ちょちょ、ちょっと待っててください」
ぱたぱたと慌てて木に駆け寄ると、細い体でどうにか折れた幹を抱え、詠唱。
「──ヒーリング!」
折れる前の状態にまで戻った庭木を見てほっと胸を撫で下ろすロキシー。
せわしない動作にほわほわしながら、ルディアはロキシーに喝采を送る。
「治癒魔術も使えるんですね! さすがです!」
「え? はい、中級までなら問題なく……」
「すごい! すごいです!」
ぱあ、と太陽のような笑顔を向ける。
ゼニス譲りの美貌から送られる無垢な賞賛を受け取るがいい。
相手が美少女なら普段の三割増しでプライスレス。
脳内で茶化すもののその賞賛は本物だ。自分にできないことをできる人はすごい。
ロキシーが見た目通りの年齢だとしたらなおさらだ。
「……別に、きちんと訓練すれば誰でもできるようになりますよ」
ロキシーは目を瞬かせたあと、ふいと顔を逸らす。
だがルディアは見逃さなかった。
ロキシーの頬が僅かに赤く染まり、口角が上がってしまうのを堪えていることに。
なんていじらしいんだロキシー!
初日からなんど俺をきゅんきゅんさせれば気が済むんだ!
「んん……ではルディ、やってみてください」
「はい!」
ぱっと地面に降り立ったルディアは、高揚したまま先程のロキシーを真似て構える。
杖はないので勿論素手だ。
そのまま全身の魔力を手のひらに集めるようにイメージし、そしてルディアは思い出した。
この一年詠唱せずに魔術を使用していたため、詠唱なんてすっかり頭から抜け落ちていたことに。
かくして、ルディアの無詠唱
倒壊音を聞きつけたゼニスによってこっぴどく叱られたあと、ロキシーは目に見えて落ち込んでいた。
「さっそくやらかしてしまいました……。はは、明日には解雇ですかね……」
「先生すみません、私のせいで……」
いじいじ、いじいじと地面にのの字を書いているロキシーを前に、ルディアを腕を組んでうなった。
困った。
こういったときの慰めのレパートリーはないに等しい。
前は友達もほとんどいなかったし、落ち込むのは自分が担当していたからだ。
いいや、と首を振る。
唸れ俺のボキャブラリー!
前世で(主にエロゲとギャルゲ)で培った経験を活かすときが来たのだ。
ロキシーの肩を叩き、顔を覗き込む。
「……ルディ?」
「先生は失敗したんじゃありません。経験を積んだんです」
目をぱちくりとさせたロキシーは、何かに気付いたような表情をした後立ち上がる。
「そ……そうですね。ありがとうございます、ルディ」
「はい!」
「それはそれとして」
ぺちん、という音と共にロキシーのデコピンがルディアの額に命中する。
「いたっ」
「さ、続きをしますよ」
額を抑えながら見上げると、ロキシーは幾分すっきりとした顔をしていた。
×××
瞬く間に一年という月日が流れた。
三歳児──否、四歳児の体には世界のあらゆるものが目新しく感じる。一日一日が発見の毎日だ。
グレイラット家の面々──パウロやゼニスもルディアに惜しみなく愛情を注いでくれている。それが実感できるばかりに、応えたいと思ってしまう。
前世ではついぞ得られることのなかった環境。
リーリャに関しては……赤ん坊のころ胸元でロングブレスをキメていたことにドン引かれてからは、時折怪訝な目で見られているが。だって仕方ないじゃんか、とひとりごちる。巨乳美人の胸元に
それでも毎日良くしてくれている。感謝してもし足りない。
四歳の誕生日を迎えてからはルディアの日々のルーチンワークに、魔術のほかに剣術も追加された。
これはロキシーによる魔術の授業が、翌日の準備もあるため午前中のみの半日で終わってしまうこと、そしてルディア本人が、今後の人生体力はいくらあっても困ることはないだろうと考えたからだ。
父との関わりを増やして好感度を稼いでおきたい、という目論見もないわけではない。
まだまだ子供ということもあり、基本は走り込みを主として、あとは木剣で基本の型のみを教える形である。
歳を考えて使う木剣も鍛錬の質も、最初のうちはごく軽い。パウロとしては筋トレも成長に悪影響が出るため、自重のものでももう何年かはやらせないつもりらしい。ルディアとしても異論はない。
「父さま、こう! ですか?」
「あー違うなぁ。それじゃぐいっと巻き込んでザン! だ。もっとこう、くいっと巻き込んでからスパン! だよ」
男の子が産まれたら剣術、女の子なら魔術を教える、と事前にゼニスと取り決めをしていたが、それも娘本人からの要望があれば話は別だ。
ねだられた当初は娘を鍛えるのも、柔らかい手に剣だこができるのにも抵抗があったパウロだが、『父さまのかっこよさがもっとわかるようになりたいです』とまで言われてしまっては、だらしなく相好を崩して頷く以外に処方はなかった。
「む、む……こ、こうですか?」
「おおっやればできるじゃないか! ルディは剣術もいけるんだなぁ!」
愛娘の成長に、パウロは惜しみない賞賛を送る。
その賞賛にはかなりの割合で身贔屓が含まれていたが、魔術一辺倒になるのではないか、と危惧していた分人並みの才能はあったようで安心感もあった。
どうやら娘は理論型らしく、感覚派の天才肌なパウロでは些か教えるのに難儀する。しかし娘がちゃんと理解できるように説明できると、試行錯誤しながらしっかりと形にして覚えてくれるのだ。
こういうときはどうするんだったか、とパウロは腕を組んだ。
自分が普段なんとなくでやっていることを言語化するのは苦労する。
「そうだなぁ……相手の剣を巻き取るときは、腕の力だけでやるんじゃないんだ。力任せにやったら脚を取られるし、無理して押そうとしたら鍔迫り合いになっちまう。
要するに相手の体勢を崩し、かつ自分が優位な体勢を作れればいいんだからな」
「ほうほう」
説明モードに入ったパウロに、ルディアも真剣な顔で聞き入っている。
普段だらしのない父だが、自分のためにものを考えて親身になってくれていると言うだけで、充分尊敬する理由になるし、愛も感じるものだ。
「こう……そうだな、上半身全体を使って相手の剣を流しながら、脚捌きで自分の重心を調整してみろ」
「なるほど……わかりました!」
らじゃ! とばかりに頷くルディアに向け、パウロが再び木剣を振るう。
ゆっくり、といっても風切り音が鳴るか鳴らないかの速度で振られた木剣に、ルディアの二回り小さな木剣が絡みつく。
(お)
次の瞬間、ルディアの木剣の切っ先から根元までを滑るようにして狙いを逸らされたパウロの木剣が、虚しく空を切った。
逸らす過程で違うベクトルの力を加えられ、木剣に釣られて体勢を崩したパウロは、そのとき無防備な背中をルディアに晒していた。
そこに、狙い過たずルディアの木剣が吸い込まれる。
ぱこん、と間抜けな音が鳴った。
「お……お? できた! できましたよ父さま!」
(おお……ほんとにできるとは)
ルディアが不意に訪れた会心の手応えに、年相応の笑顔を見せて跳ねた。
やるじゃないか、うちの娘。と叩かれた部分をさすりながら、パウロはルディアを褒め称える。四歳児の腕力と軽い木剣で叩かれたくらいでは痛くもないが、成長を感じられて感慨深い。
考えを改めよう。
確かにルディアは攻めっ気が大事な剣神流にはどうしたって並以下の才能しか持ち合わせていないが、防御寄り、カウンター主体の水神流は相性が良いらしい。
「いいぞ〜ルディ。四歳でここまでできるとはウチの娘は天才だな!」
「いやあ褒めすぎですよぉ父さま……ふへへ」
頭を撫で、まだ柔らかいほっぺたをむにむにと揉むと、ルディアはてれてれと頬を染めた。
実に愛らしい。
「今日はここらへんにしておくかね」
「父さま、私はまだいけますよ?」
「まあ俺はそれでも構わないんだが、ほらあっち」
「はい?」
家の前でゼニスがこちらに手を振っていた。
首を傾げるルディアをそちらに向けさせると、ゼニスに気付いてにぱっと笑みを浮かべる。
「そうでした父さま! 礼儀作法の勉強の時間でした」
「おう、行ってこい」
そう言って送り出す。
ゼニスやリーリャ曰く、礼儀作法やその他淑女としての勉強も順調にこなしているらしい。
ゼニスはあまり娘の思想を偏らせたくないのか本腰を入れてやっているわけではないが、ミリス教の理念も教えたりしているらしい。
冒険者になる前はミリシオンで『淑女の鑑』とすら言われていたゼニスのことだ、教育は受けさせておいて損はないという思考なのだろう。
パウロとしても娘が悪い男に引っかかる可能性が低くなるなら文句のつけようはない。
(しかしまあ、魔術に算術に礼儀作法だって?)
パウロ自身、魔術以外は最低限修めているが、それでも面倒で自らやろうとはとても思わないものである。
剣術こそ並程度だが、それ以外の成長が著しい娘に畏敬の念すら募りそうだ。
我が子ながら末恐ろしい。