泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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王都アルス(後)

 

 

 

 アスラの四大領主たるグレイラット家は、四方を守護する武官貴族でありながら、その保有する領地の広さゆえに経済力もまた相応のものである。

 ただの無骨な武官ならば関わらずに済む王位争奪戦にも、素知らぬ顔でいることもできない。

 結果として、グレイラットは三つの陣営に分かれることとなった。

 次期当主ジェイムズ率いるボレアス家は第一王子派閥に。エウロス、ゼピュロスの両家は揃って第二王子派閥に。そしてピレモン率いるノトス家は第二王女を擁立した。

 ボレアス次期当主の座を簒奪せしめんと暗躍するフィリップは、表向き第一王子派閥に属していながらも、他派閥に鞍替えする機会を虎視眈々と狙っている。

 ロアの町長という閑職に押し込められたフィリップだが、政財界とのコネクションこそジェイムズに譲るものの、年月をかけて発展させたロアの経済力は侮れない。

 国民にカリスマ的人気を誇る第二王女派閥か、エウロス、ゼピュロス両家がバックにつく第二王子派閥か。最大勢力たる第一王子派閥を思えば、鞍替えする勢力の見定めには時間をかけるべきだろう。

 

「それじゃあ、私はピレモンと会ってくるよ」

 

 フィリップは、傍らのエリオットに声をかけた。

 かつては山猿とまで謗られていたが、最近急速に落ち着きを見せ始めたかわいい不肖の息子だ。その要因にここ数年預かっている知り合いの娘が関わっていることは確かだろう。

 

「ルーク君はエリオットから見てどうだい?」

「ただの女好きですね」

「パウロみたいなものか」

 

 そして巨乳好きらしい。

 パウロもノトスらしく同じ性癖をもっていたな、となんとなしに思う。

 関わりを持たせられたのは次男のルークだけだが、ピレモンが派閥の状況をそう容易く息子に漏らすはずはない。ただ、ルークの方からアリエル王女の情報は得ることができた。

 それは、アリエル王女自身王位にまるで興味がないということである。能力はあるらしいのだが、もっぱらルークと下ネタ談義をしているとのことだ。

 今回もエリオットを連れてきたが、得られる情報はもうないだろう。王都に来てから一ヶ月が経過しようとしている。これ以上長居すれば本家から睨まれかねない。

 

「今週中にはロアに帰るよ。ルーク君にもそう伝えておくといい。仲が良くなったのならね」

「わかりました」

 

 

 

 

 

「俺はな、エリオット。確かに手応えを感じていたんだ。だがそこで彼女がなんて言ったと思う?」

「俺が知るわけないじゃないか」

「『やっぱり私たち、年の差が大きすぎると思うの』だ。そう言って俺を拒んだんだ! ああ、くそ、ここぞと思った女を堕とせなかったなんて初めてだ……まさかあそこまで身持ちが固いなんて」

 

 そんなルークとエリオットであるが、数回会ううちにすっかりと打ち解けてしまっていた。主にルークが話し、それをエリオットが受け流すという形ではあったが。

 ルークとしてもそれは意外だった。

 自分には異性を見る目はあっても、同性を見る目はない。故に異性との距離を詰める手管を同性には使えない。……のだが、何故だか妙にエリオットとは馬が合う。

 

「……流石に年の差が倍は冒険し過ぎじゃないのか」

「お前は彼女の胸を見ていないからそう言えるんだ! あの豊満な乳……あの腰のくびれをしてあのサイズはそうお目にかかれない。生で見るまで諦められるか!」

「む……」

 

 そこまで力強く言われると流石に気にもなってくる。

 エリオットとて男の子なのである。ルークのように大きさこそ全てと断言するほどではないが、興味がまったくないと言えば嘘になる。

 脳裏に栗色のポニーテールがちらついたが、その誰かは将来性はともかくとして、今は壁の如くすっとんとんだ。

 

「ああ、カトリーヌ……麗しの豊満な君! 俺と君を隔てる時間はそれほどに大きいものなのだろうか」

「若過ぎるって言われたんだろ? お前が成人するまで待てばいいんじゃないのか」

「何を言うんだ。彼女ほどのスタイルを維持し続けるのがどれほど困難か! それに応えてやるのが男というものであり、何年も待たせるのは不誠実だろう」

「そうか……そうなのか?」

 

 エリオットとしてもルークはよくわからない存在だった。

 父についてノトス家を訪れると決まって二人で会うエリオットとルークではあったが、別段特別に話題が合うわけでもなかった。数少ない共通点である剣術も話題に上がることは少ない。

 話題に上がるのはもっぱら異性の話であり、それも一方的にルークがしゃべくるだけだ。早々に色を覚えたルークに対し、年相応のエリオットにはその話題は些か早過ぎるように感じたが、これが意外と上手く回っている。

 と言うのも、適当にあしらったり苦言を呈したりしかしていないエリオットであったが、実際に相手にすると上手いこと合いの手を入れているようで、これがルークの舌の滑りを更に良くするのだ。

 

「それに彼女の夫は妾にばかり執心しているからな。麗しい夫人の心の空洞を埋めたいという俺の男心、お前にはわからんか?」

「……人妻じゃないか!」

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

「こ、こう……ですか?」

「そうですそうです! ルディアちゃんは筋がいいですね!」

 

 水神流道場にて、ルディアはイゾルテから指南を受けていた。

 ギレーヌに紹介してもらった手前、毎日行かざるを得ないというのもあったが、顔を出すと表情を輝かせて、やたらにこにこしながら面倒を見てくれるイゾルテの存在も大きい。

 

「私、妹が欲しかったんです。道場には同年代の男の子はいても年下の女の子はいなかったので……」

「そういえばイゾルテさんにはお兄さんがいらっしゃるんでしたっけ」

「ええ。しっかりとした兄で、頭が上がりません」

 

 一ヶ月も通うころには、ルディアは水神流の中級の認可を受けていた。

 元々初級の出口くらいの実力はあったので、しっかりとした師と環境を得たのが大きい。

 おかげでルディアの実力はめきめきと伸び、水神流に限ってはエリオットを上回る技の精度を獲得した。

 

「たった一ヶ月ですけど、随分と上達しましたね」

「これもイゾルテさんのおかげですよ。いつもありがとうございます」

 

 そう言うと、イゾルテは腰を折ってルディアの頭を撫でた。

 美少女に撫でられる……役得役得、とルディアは相好を崩した。

 

「ルディアちゃんは素直でかわいいですね。無愛想なエリオットとは大違いです」

「へへへ」

「聞こえてるぞ」

 

 イゾルテと戯れていると、エリオットの不機嫌そうな声が届く。

 水神流道場では、エリオットはむしろなかなか立ち会えない剣神流の剣士として微妙に人気だった。

 レイダの見込み通り、やはりエリオットには水神流は向いていないようで、ルディアに比べると上達速度はずっと遅い。イゾルテとの立ち合いの最中のように、ここぞというタイミングで使うと上手く嵌るらしいのだが、水神流を主軸に据えるにはどうしても練度や精度が足りない。

「使えんこともないが、才能はタントリス以下だね。素直に剣神流を究めるほうが利口だよ」とはレイダの言である。

 だが先日のレイダの進言もあってか、剣神流についてはギレーヌから上級の認可を受けていた。

 

「エリオット、今日もまた立ち会いましょうか」

「今日こそは勝つぞ」

「ふふ、貴方がロアに帰るまでの間に私に黒星をつけられますかね?」

「言ってろ、すぐに目にもの見せてやるからな」

 

 エリオットとイゾルテの立ち会いは、ほとんど毎日のペースで行われている。

 結果はほとんどが引き分けかエリオットの敗北で、今の所白星をつけられたためしはない。イゾルテの天性の才覚を思えば仕方のないことではあるが、それ以上に相性も悪かった。

 とはいえ、相性などエリオットにとってはどうでもよいことである。同年代の剣士に遅れをとったという事実のみが、エリオット自身に多大なるプレッシャーを与えていたのだ。

 水神流道場では、水聖も近いとされる天才児イゾルテとほとんど変わらぬ年頃だというのに、あそこまで食い下がる少年は何者か、とまで噂されていた。

 

「まったく、あれじゃ先行きが心配だねえ」

「孫娘に才能があるのは悪いことじゃなかろう」

「そういうことを言ってるんじゃないよ」

 

 最早恒例となりつつある木剣での試合を、レイダとギレーヌは遠目に眺めていた。

 イゾルテの剣の才は相当なものだ。どれほど努力しても上級剣士止まりの兄の領域まで、さっさと駆け上がってしまった程度には。だが同格の才を持つ剣士が近くにいなかった。それが問題なのだ。

 生来の生真面目な性質から鼻にかけるような真似はしないのだが。

 

「まるで昔のあたしを見てるような気分だよ。あの坊やが伸びた鼻っ面をへし折ってくれるものかと、少しは期待してるんだがねえ」

「そういうものか」

「覚えはないかい?」

「あたしにはわからん。師匠に言わせれば、『欲が足りない』と言うんだろうが」

「いかにもガルの坊やが言いそうなことだね。そりゃそうだ。どうしても欲しいものがあるうちは増長なんてしてられないね」

 

 硬い樫材のぶつかり合う硬質な音が響く。

 かんかんと鳴るそれは、水神流の道場では聞き慣れた音だ。

 休憩なのか手に木剣を提げたまま、ルディアが二人に声援を送っている。

 

「お嬢ちゃん、そういえば水聖級魔術師なんだって?」

「え? ……あ、はい。師匠に恵まれたおかげで、水聖級魔術を習得してます」

「まだ小さいのに大したもんだねえ。それなのに水神流まで学ぼうなんて、何かやりたいことでもあるのかい」

「そういうわけではないんですが……今のうちに、やれることはなるべくやっておきたいな、と。慢心しても良いことはありませんし」

 

 それはルディアの二度目の人生における訓示であった。

 努力を怠らないことと、慢心しないこと。

 増上慢のツケはいずれ己に返ってくる。前世ではそれが理解できていなかったから、あのような目にあったのだ。

 

「見上げた心がけだねえ。イゾルテに嬢ちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」

「そんな大したもんじゃありませんけどね」

「いや、お前は驚くほど勤勉だ。あたしとエリオットに魔術と算術を教えて、礼儀作法も出来る。それで謙遜するならむしろ失礼だぞ」

「嬢ちゃん、ここで水神流を学ぶよりは宮廷魔術師か王族の守護術師でも目指した方がいいんじゃないかい?」

 

 呆れ返ったような声を上げたレイダは、顎を撫でさすりながらイゾルテと打ち合うエリオットを眺めた。

 

「……もしかしたら、あの坊やがあそこまで打ち込めてるのも嬢ちゃんに触発されたからかもしれないね。……そら、決着だ」

「流石にそれは大げさですよ──あっ」

 

 ルディアがレイダの視線の先を追うと、立ち会いの決着がついていた。

 熾烈な間合の競り合いを制したエリオットが、イゾルテを板張りの床に押し倒している。両者は鍔迫り合いの姿勢のまま、エリオットの木剣はイゾルテの首筋に押し付けられていた。

 イゾルテは苦悶と驚愕の入り混じった表情で、直ぐ上のエリオットの顔を見上げていた。木剣の柄を握る両手は震えており、その拮抗が薄氷の上のものであることを伺わせる。──押しつけた木剣に、エリオットがもう少しでも力を込めれば、イゾルテの細く白い首筋はすぐにでも軋みはじめるだろう。

 

「──そこまでだ」

「かはっ……はぁ……はぁ……」

 

 ギレーヌの制止にエリオットが体を起こす。

 圧力から解放されたイゾルテは、両腕を床にだらりと投げ出して呼吸を落ち着かせる。白い道着に包まれた胸が、呼吸に合わせて上下した。

 体を起こせないのは、疲労よりも敗北へのショックからだ。

 加減したつもりはない。むしろ全力を出したつもりだ。エリオットとの立ち合いは通算戦績でこそイゾルテに遥かに分があるが、最近は引き分けることも増えてきた。エリオットの成長率がイゾルテのそれに追いつきつつあるのだ。

 それでも二度に一度は勝っていたのだから、今回もそうなるものだとどこかで慢心していたのかもしれない。きっとそこにつけ込まれたのだ。

 

「俺の勝ちだな」

「……ええ……。私の負けですね……」

 

 信じられない気持ちの中で少しずつ敗北の実感が湧き始め、それがじわじわと悔しさに変換されていく。

 思えば、同年代の相手に負けたのは初めてだ。負けるときはいつも、水神の祖母か高弟、あるいは聖級以上の歳上の門弟たちである。

 座り込んだまま唇を噛むイゾルテの目の前に、エリオットの手が差し出された。

 

「……」

 

 無言のまま手を取ると、そのまま引き上げられる。

 先ほど初めて知った力強さ。いつもは引き上げる側だった上、立ち会いの最中も鍔競り合いに持ち込まれることの無いように立ち回っていたから当然だ。

 

「まさか──」

 

 悔しい。

 悔しい──が、悪い気分でもなかった。同時に清々しさのようなものも、イゾルテは感じていた。

 

「まさか、言ったその日のうちに黒星をつけられるとは思ってませんでした」

「言っただろ、今日は勝つって」

「そうでしたね」

 

 エリオットのしてやったりという笑みに、イゾルテもつられて破顔した。

 視界が晴れたような心地だった。

 やはり、己は増長していたのだ。同年代の門弟たちも、剣神流の才能ある剣士だというエリオットも、今までイゾルテに膝をつかせることはなかった。そんな彼らを、イゾルテはどこかで見下していたのだろう。

 負けて清々しさを感じるのは、きっとそういうことだ。

 ことによるとイゾルテはようやく、好敵手というものに出会えたのかもしれない。

 

 イゾルテを引き上げたエリオットは、眼前の少女の頬に横一文字の切り傷ができ、血が滲んでいることに気付いた。剣戟の最中で、エリオットの木剣を避けきれずにできた傷だろう。

 

「……悪い、顔に傷が」

「あ、本当ですね。少し包帯をとりに──」

 

 頬に手をあて、指先に血がついた事を確認したイゾルテが、包帯をとりに行こうとする。それをエリオットが制した。

 

「いや、大丈夫だ。治させてくれ」

「え? 治すって──ひゃっ」

 

 唐突に頬に手を当てられ、イゾルテが驚きに身を硬直させた。

 構わずに最近覚えた初級治癒魔術で、イゾルテの頬を治癒する。手を離すと、未だ血糊はついていたが傷ひとつない肌が現れた。

 視界の端ではルディアが感心したように拍手をしている。

 イゾルテは僅かに頬を染めてありがとうございます、と呟いたあと、道着の袖で血を拭った。

 

「でも、女性の頬に安易に触れるのはどうかと思います」

「……悪かったよ」

「あ、いえ、迷惑だったとか、触られて嫌だったとかそういうわけではないんですけれどね」

「おやおや、坊や。あたしゃ孫を誑かせとまでは言ってないよ」

「お、おばあちゃん!」

 

 慌てるイゾルテを茶化すようにレイダが声をかける。

 それに咎めるように声を上擦らせながら、イゾルテはエリオットの顔をじっと見た。

 

「……」

「……?」

 

 ぶっきらぼうだが性格は悪くなく、見た目も良く、剣技でもほぼ同格と言っても良い同年代の少年。

 思えば、そんな相手に出会ったのは初めてではなかろうか。

 そう思い至ったとき、イゾルテの胸が僅かに高鳴った。

 

 

 




原作でも相性の悪くないエリオットとルーク
男同士でもなんだか妙に馬が合う

そして条件さえ満たせばチョロいイゾルテ
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