背後から突然抱きすくめられたときも、そのまま物陰に引き摺り込まれたときも、唐突に過ぎて理解が及ばなかった。
口と鼻を抑える節くれだった手が余りにも息苦しく、拘束を外そうともがく。抵抗を察知した男に顔面を殴打され、無理矢理に猿轡を噛ませられて、ルディアはようやく現状を理解した。
(うう……くそ、痛い……)
殴られた部分が痺れたように痛み、じんじんと熱を発している。
鼻の下から唇にかけて垂れてくる生温かい液体は鼻血だろう。殴りつけて動揺させたあと、手早く猿轡を噛ませる手際には鮮やかさすら感じる。
手まで縛る余裕はないのか、両腕を掴まれ、更に両の手首を体の前で固定されているだけだ。そしてそのままルディアを小脇に抱え、男は路地裏を駆けている。
丸めた布を口に押し込まれ、それから猿轡を嚙まされているため、助けを求める声を出そうとしても、出てくるのはくぐもった呻き声だけだ。
仕方なく魔術で脱出しようとして、魔力の制御がうまくいかず、ルディアは己が予想以上に動揺していることに気付いた。
(落ち着け、落ち着け……。いつも通りに、やれるだろ、俺)
火か、水か、あるいは風でもいい。
魔術の発動に手間取っていると、歩調を緩めた男が突然ルディアを石畳に投げ落とした。
「──うぐぅ!」
「へ、へへっ……ここらへんでいいだろ」
打ちつけた体の痛みに耐えながら、素早く視線を走らせて周囲を確認する。
──袋小路。痛みに堪えるあまり記憶は曖昧だったが、何度も角を曲がっていた。この暗い中、もとの場所に戻ろうとするにはそれなりの労力を要するだろう。
だがルディアは、目の前の男の真意を図りかねていた。自分を売るか、身代金を要求するために攫ったのではないのか? いやむしろ、連れ去られる直前に目撃した、背後から殴り倒されたエリオットの方が心配だった。
男はルディアの両手首を捻り上げ、脂の浮いた顔を近付ける。瞳孔が広がり忙しなく動き回るその目は、薬物中毒者のそれだ。
「雇い主にはただ連れてこいって言われてるけどよお……ひひ、手ェ出すなってんのが無理な話だぜ」
「んむっ……!?」
「なァ嬢ちゃん、グレイラットの人間なんだって? いいねぇ、明日の生活を気にしなくていい身分ってのは。お、俺ァ常々、思ってたんだ。そういう幸せそうなツラしたガキが、心底、気に食わねえってなあ……!」
(こ、こいつ……!)
そこまで言って、男は下卑た笑みを浮かべた。
ここにきてようやく、ルディアは男の真意を悟った。
この男は己を辱めるつもりなのだ。獣欲の赴くままに、組み伏せ、貪ろうとしている。
粘ついた臭い息が頬を撫で、ぞわりと背筋に鳥肌が立つ。この手の輩は、獲物がどんな反応をしたとしても意にも介さない。泣き叫び、助けを求める声を上げても、むしろ悦ばせるだけだ。
ともかく、逃げ出さなくてはならない。だがこの袋小路において、退路は男の背後のみだ。その上、拘束から逃れようと思っても、ルディアの矮躯では捻り上げられた両手を引き抜くことすら至難の業だ。
焦燥を滲ませるルディアの表情に嗜虐心をそそられたのか、男は黄色い乱杭歯を覗かせた。
「魔術を使おうだなんて思うなよ……? ま、そうやって口を塞がれてるんじゃ無理な相談だろうがなァ」
「……っ!」
そうやって服を剥きにかかった男を前に、ルディアは遅まきながらも決意した。
明確な害意をもって、他者を傷つける為に魔術を使うことを。
「そうやって大人しくしてりゃあ、無駄に殴りつけたりは──ぐえっ!」
振り上げた踵を鳩尾に叩きつけられて、男が呻き声を上げながらたたらを踏んだ。ルディアの服が、男に掴まれたままびりびりと破けるが、それに頓着している場合ではない。
「てめェ!」
唾を吐き散らしながら男は拳を振り上げる。だが、罵声とともに振り下ろした拳は、前腕の半ばから切断され、血を撒き散らしながらあらぬ方へと飛び去った。
「ぎゃあぁッ!」
傷口を抑えながら、激痛に男が絶叫する。
ルディアが魔術を使えると聞き及んでいたらしいが、口枷を付けてそれで事足れりとしてしまったのも無理はない。そもそもが常識として、魔術とは詠唱が必要なものである。
そうして口を塞いでしまえば、あとは無力な少女が残るばかり。どうとでも料理してしまえる──そういう認識は決して間違ってはいない。ただ、それはルディア以外の魔術師を相手にした場合である。
風魔術で鎌鼬を発生させて腕を切り落としたルディアは、悶絶する男に
腹部に硬い岩の塊を高速で叩き込まれた男は、胃液を吐き散らし昏倒した。手応えからして肋骨の数本は折れているだろう。あるいは壁に叩き付けられた時点で脳震盪を起こしていたかもしれないが。
猿轡を外し、垂れてきた鼻血を袖口で拭うと、治癒魔術を詠唱して殴られた顔面を治癒する。
(あ、危なかった……)
冷や汗にぶるりと体を震わせた。心臓は未だに早鐘を打っている。
生まれて初めて──それこそ前世を含めて初めて感じた貞操の危機だった。
前世の意識がいまだこびりついているとはいえ、自分が見目麗しい少女の身体をしていることを、すっかりと失念していた。否、正確に言うならば、そういった欲望の対象にされるということを、まるで意識していなかった。
もし、己に魔術の心得がなかったら、無詠唱魔術が使えなかったらと思うと、鳥肌が止まらない。
「……そうだ、エリオット……!」
己の名前を呼んで、無慈悲に殴り倒された少年を思い出す。彼は大丈夫だろうか。
……いや、大丈夫なはずだ。もし殺すつもりなら、わざわざ剣鞘で殴りつけたりはしない。だとしたら、目的はやはり売るか、身代金か……
衛兵を呼ぶべきだと判断し、大声を張り上げようとして、ルディアは思いとどまった。
自分がここで大声を出しても、それを聞きつけた野盗の仲間が駆けつけてくるのは容易に想像ができる。昏倒している男は仲間に合流する前にルディアを辱めようとしていたのだから、その仲間が今頃この男とルディアを探しているというのは想像に難くない。
加えて、護衛にすら潜り込まれていたのならば、衛兵もそうではないという保証はない。
「ん? あっちから音が……」
耳を澄ませば、遠くから怒号と甲高い剣戟音が聞こえてくる。
もしかすると、エリオットが大立ち回りを演じているのかもしれない。だとすれば、野盗たちは今度こそ容赦せず、エリオットを殺しにかかるだろう。
あれで簡単に殺されるエリオットではないだろうが、殴り倒されていたのだから負傷しているのは間違いない。
ともかく合流しなければ。
ルディアは音のする方向へ、足早に、しかし警戒を緩めずに進み始めた。
×××
「──そこを退けッ!」
咆哮と共に、罵声を上げる野盗を斬り伏せる。
ルディアを追って路地裏を駆け出してから、更に三人の野盗と接敵していた。出会い頭の数度の打ち合いののち、一人を斬り伏せたエリオットだが、まだ二人後ろに控えている。
握る鉄剣はエリオットにはやや長く、重い。
まだ一二歳とは思えぬほどに鍛えられているエリオットだが、慣れぬ得物、初の実戦とあって体力の消費は常よりもずっと多い。更に言えば、奪った得物は数打ちの鋳造剣。明らかに杜撰な整備のそれは、長期戦に耐え得るか疑問が残る。
なにより、エリオットの脳裏に過ぎるのは攫われたルディアの姿だ。実戦においてエリオットを上回る彼女であれば、早々に脱出していてもおかしくはないだろうが、それでも長期戦を避けるに越したことはない。
「舐めんじゃねぇぞガキィ!」
一人を早々に斬り捨てられ、激昂した野盗が斬りかかる。その剣の軌道から逃れながら、エリオットは舌打ちをした。
狭い路地裏では剣の大振りは憚られる。その上横への回避は難しい。
弾き、いなし、間合いから逃れながら、活路を探す。
(こいつ、できる……!)
その太刀筋は、今までエリオットが斬ってきた野盗よりも明確に鋭い。
壁に剣先を阻まれないよう、コンパクトに剣を振るう太刀筋は、明らかに熟練の域だ。技量で上回られているとは思わないが、経験では明確に己が劣る。
己の優位を悟ったか、野盗は油断なく剣を構えながら口を開いた。
「どうだい坊主。抵抗しなきゃ、悪いようにはしないぜ。精々が奴隷商に売っぱらうだけさ」
「……嘘つけ」
「へへっ、まあな。その様子じゃ他の三人もぶっ殺したんだろ? じゃあ見逃せねえわな」
口振りから察するに、エリオットが投降すればこれ幸いと斬り捨てる腹積りだったのだろう。
野盗は肩をすくめたが、その目はぎらぎらとエリオットの隙を探っている。そして男の背後には更にもう一人の野盗が控えている。首尾よく目の前の男を打ち倒したとして、その瞬間を狙われるかもしれない。
「──諦めてぶっ殺されてくれやァ!」
「──嫌だね。お前が死ね!」
男が剣を振りかぶる。今までのコンパクトな太刀筋を見慣れていたエリオットは、その間合いを見誤った。
振り下ろされた剣と、下段から迎撃したエリオットの刃が衝突し、火花を散らす。
ぎりぎりとせめぎ合う刃が、次第にエリオットに近付きはじめる。膂力で勝る相手と鍔迫り合うのは悪手である。イゾルテとの立ち合いの再演であった。
エリオットは渾身の力で抗っていた両の腕から、不意に力を抜いた。そうして体の泳いだ男が、踏み留まろうと下腿に力を込める。その脚を斬り払おうと振るった鉄剣は、あえなく空を切った。
(な──ッ!?)
男は踏み留まるのではなく、上に活路を求めたのだ。
鉄剣を飛び越えた男は、両手両足を使って壁面を蹴り、エリオットの背後に着地する。
「北神流──!」
「そういうこった!」
彼我の位置関係が逆転する──それがどれほど致命的かは察するまでもない。狭い路地裏だからこそ一対一の構図が成立していたのであり、こうして立ち位置が入れ替わってしまえば、後詰の男との挟撃を許すことになる。
「がぁァッ!」
気合いの声に焦りの色が混じる。
叩きつけた鉄剣は軋みを上げ、押し除けようとしても膂力の差で阻まれる。
「おらァァァッ!」
(まずい……ッ!)
後詰の男が剣を振りかぶった。
その太刀筋も足捌きも、眼前の男には及ばない。だが鍔迫り合っているエリオットに逃れる手段はなく、それは致命的な凶刃となるはずだった。
響く風切音。肉が潰れ骨が折れる音が路地裏に反響する。
背後から迫る男が、潰れたカエルのような声を絞り出して倒れ込む様を、エリオットは信じがたいものを見る目で見送った。
「──エリオット! 大丈夫ですか!?」
「ルディア……!」
倒れた男の背後より現れる見知った少女の姿。
その服は破れ、僅かに素肌が覗いているが、あとは至って無事に見える。
エリオットに剣を叩き下ろそうとしていた男は、背中にルディアの魔術を受けて転がった。痙攣する姿を見れば、まず確実に無力化したと思って良さそうだ。
「てめぇクソガキ! なんでここにいやがる!」
「応える義理はありませんね!」
「……ヤーコフの野郎、先走りやがったと思ったら、逃げられてんじゃねぇぞ!」
ふざけんな、と毒づく男の一瞬の隙を見計らい、エリオットがその腹に蹴りを見舞った。
飛びすさりながらその衝撃を緩和させた男は、そのままなおも地を蹴って距離を取る。一先ず仕切り直し──数的有利は覆った。狭い空間ゆえにその援護は限定的だろうが、それでも侮ってかかれる相手ではない。
怒りに呑まれながらも、ひとまず離脱を、と方針を転換した男は、地を馳せて迫り来るエリオットに目を剥いた。
逃すつもりはない、というこれ以上ない意思表示に、男の顔が歪む。
「畜生がぁッ!」
男の腕が撓った。
鋭い剣の切先が、エリオットの顔面目掛け飛翔する。
大気を裂いて飛翔した剣を、エリオットは地に這うような前傾姿勢で回避した。そのままの勢いで瞬く間に間合いを詰め──白刃が閃いた。
刎ね飛ばされた男の首は、驚愕の面持ちのまま固まっていた。
「エリオット、怪我はありませんか?」
駆け寄ってくるルディアに大きく息をつきながら、エリオットは血振りした剣を鞘に納めた。
「平気だ。ルディアが来てくれたしな」
「平気じゃないじゃないですか。結構怪我してますよ」
見下ろしてみれば、身体の所々に浅い切り傷があった。アドレナリンの加護が薄れれば、痛みはじわじわと滲んでくる。
野盗の男との戦闘は、傷一つつかずに制圧できるほど甘いものではない。北神流上級剣士の太刀筋は、エリオットに迫るほどに鋭かった。
嘘つかないでください、と言いながら、もにょもにょと詠唱して治癒してくれる。彼女は服こそ破れているが、他に目立った外傷はない。
そのことに改めて尊敬の念を抱く。
彼女には剣術以外の全てで遅れをとっている。それを再認識させられたような気分だ。
初めての実戦で己が存外に強くなっていた事実には気付いたが、ルディアの実力は年下でありながら己を上回っている。
「はい、全部治りましたよ」
「助かる」
「あ、そういえば頭も殴られてましたよね。……大丈夫ですか?」
かがんでください、と肩を叩くルディアの手を押しのける。
「自分で治したから大丈夫だ」
「エリオットは初級治癒までしか使えないでしょう? 私が中級かけてあげますから」
「大丈夫だって言ってるじゃないか。……やめろって!」
「駄目ですよ、頭の怪我は放置したら危ないんですから! いいから見せてください」
しぶしぶ屈むと、がっしりと頭を固定されて治癒される。中級以上の治癒魔術は詠唱が長いので、ルディアがエリオットの頭を抱え続ける光景は微妙にシュールだ。
「これで今度こそ全部ですね」
「ああ……」
「……どうかしましたか?」
解放されたエリオットは、視線を逸らしながら曖昧に頷いた。
その耳が僅かに朱に染まっているのを見咎めて、ルディアは訝しげに首を傾げた。
(もしかして照れてるのか? この薄い胸に反応したわけじゃあるまいしな……将来性はともかくとして)
まっさかー、と胸元を見下ろして、そこでようやく服が破けていることを思い出した。
素肌が若干覗く程度とはいえ、頭を抱えられながら至近距離で覗き込むというダブルパンチを食らったのなら、なるほどこの反応も頷けなくはない。
(エリオットにはちょっと刺激が強かったかもしれんね)
内心で反省して、ルディアはエリオットを叱咤する。
「エリオット、照れてないでとりあえずここから離れますよ。ずっとここにとどまってたら、他に仲間がやってくるかもしれませんし」
「……照れてない」
「耳が赤いですけど」
「気のせいだ」
「じゃあ気のせいってことでいいですから……自分が来た方向、覚えてますか?」
ルディアは野盗たちの骸を努めて視界に入れないようにしながら、エリオットが示した方向に向かって歩きはじめた。
「元の場所に戻る必要はありません。途中で何度か曲がって、違うルートから屋敷に戻りましょう」
「どうしてだ?」
「この人攫いたちに仲間がいるなら、道場から屋敷に向かうルートは見張られている可能性があるからです」
「なるほど」
ルディアの提案は理に適っていた。
数刻前までのエリオットならば、野盗の一人や二人、独力で制してみせる──とも思ったかもしれない。だが、実際に襲撃を受けてみたあとでは慎重にならざるを得ない。そう嘯くには、実力も経験もまだ浅い。
はじめに受けた奇襲も、エリオットを殴りつけた護衛の得物が真剣であったなら、それだけで今の彼はここにはいないのだ。
そうエリオットは己を戒めつつ、ルディアの前に立って先導する。
「結局、私たちはどうして人攫いなんかに狙われたんですかね?」
「……さあ?」
「護衛の人も、なんだか人攫いと繋がってたみたいですし」
至極もっともな疑問に、エリオットは首を捻りながら、野盗たちの会話を思い出した。
「……そういえば、依頼がどうの、ジジイがどうのって言ってた」
「じゃあやっぱり、計画的な犯行だったってことなんでしょうか」
「男の方は殺せとも言ってたな」
「不穏ですね……」
エリオットの報告を吟味して、ルディアは眉根を寄せた。そして己を攫った男が口にした単語を思い出す。依頼、そして連れてこい、だとかなんとか。
つまり、考えたくはない可能性として、今回の襲撃の狙いは自分だったと言うこと。それは要するに、ボレアスに囲われていた自分の所在が明らかになったということだ。
それがどこの家に漏れたのかはルディアには推測がつかない。自分が政治的にやっかいな立ち位置にいるのは自覚しているし、勝手に目の敵にされるなど鬱陶しいことこの上ないが、だからといって状況は変わらない。
少なくとも一つの事実が明らかになった。
それは、今この瞬間から王都の夜は安全ではなくなったということだ。
それを自覚すると、途端に周囲に蟠る暗闇や、時折行き当たる道の角が恐ろしいものに思えてくる。
(これも俺がキュートでチャーミングすぎるからか? イケメンだけじゃなく、美少女なのも罪ってか)
内心で茶化しても、感じた恐怖が消えることはない。
特に、先ほど獣欲も露わに襲いかかってきた男を思うと、再び鳥肌が立って、ぞわぞわと虫が体を這い回っているような心地さえ覚えるほどだ。
背筋に寒気を感じて、ルディアは少し先に見えるエリオットの背中に小走りで追いついた。
「エリオット、ちょっと速いです」
「……急ごうって言ったのはルディアじゃないか」
しきりに周囲を見回すルディアを訝って、エリオットが歩調を緩めた。
近付いた背中を慌てて押し戻しながら、ルディアが言い繕う。
「あーいや、ゆっくり歩こうってわけじゃないんです。
ちょっと離れすぎというか、咄嗟に魔術で援護できる距離にいてほしいというか……」
「なんだ、そういうことか」
「…………。……もう」
ルディアの口先に容易く納得したエリオットは、歩幅を戻した。
それに負けじと歩調を速め、ルディアはずんずんと進むエリオットの背中をなんとも言えない表情で、唇を尖らせて追いかける。
わからず屋め。
この鈍感な少年が、他者の──女の子の心の機微を理解するようになるのは、もう数年は待たなくてはならなそうだ。
そこまで考えて、ルディアははたと脚を止めた。
「どうした?」
「あ、いえ」
濁して、再び脚を踏み出す。
(俺、今、とんでもないこと考えなかったか?)
鈍感なエリオットだと?
女の子の心の機微だと?
一体全体なにを──まるで、自分が本当に女の子になったかのような言い草ではないか。
冗談ではない。
確かに体は間違いなく議論の余地なく完膚なきまでに少女のものだが、心までそうなったつもりはない。
この体に慣れてきたのは事実だし、なんだかんだ割り切って楽しんでいたのも事実だ。だがやはり男の体の方が良かったと思う気持ちもあったし、もしそうだったらシルフィエットで光源氏計画を画策していたのも間違いないのだ。
だから──今のはたぶん、気の迷いかなにかなのだ。この体での生活が長すぎて、思考が若干そちらに寄ってしまっただけのこと。
壁に頭を叩きつけようとするのをすんでの所で思いとどまり、ぶるんぶるんと頭を振る。
「……ルディア?」
若干引き気味に近付いてくるエリオットを、ばっと突き出した両手で制し、俯いたまま苦渋と苦悶に満ちた声音を絞り出す。
「やっぱりもうちょっと距離をとりましょう」
「……???」
とりあえず、まずは──スカートはなるべく履かないようにしよう。
そうひっそりと決意して、ルディアはそれ以上の思考を断ち切った。
ルディア
初めての貞操の危機。普通に身の危険を感じた模様。
今後成長し中身が体に引っ張られはじめるにつれ精神ダメージは大きくなる。
エリオット
初めての実戦。援護ありとはいえ北神流上級剣士を撃破。
ルディアは服破れてるけどほぼ無傷で脱出したんだろうと推測。
やっぱこいつすげえな状態。
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