泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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少女の油断

 

 

 

 夜の屋敷は、その広さも相まって、少女一人で歩くのはそれなりに勇気がいる。

 それを思い知ったのはロアに招かれてすぐの事だったが、ホームパーティの名残のような、浮ついた雰囲気がまだ残る屋敷では、別段恐怖も感じない。

 そんな中、私室に帰ろうとするルディアは途中でヒルダの襲撃を受け、ほとんど拉致と言ってもよい強引さで彼女の部屋まで連れ去られていた。

 

 荷物のように抱えられたときは目を白黒とさせたものの、相手が相手だけあってこの三年間でその強引さには慣れていた。

 ヒルダがなにやら少女のように頬を紅潮させて口喧しく捲し立てる間も、やたら興奮したメイドたち数名がきゃいきゃいとはしゃいでいる間も、ルディアはこの三年間培った経験則に従い、うんうんはいはいと邪険にならないよう相槌をうちながら時が去るのを待った。

 

 そして貴族の女としての心構えや、ボレアス家のしがらみやらをこんこんと説法しはじめたのも、彼女が珍しく酒を入れているからなのだろうと話半分で聞いていた。

 メイドと共謀したヒルダが嬉々としてルディアの服を剥き始め、下着の選定やら香油やらを塗り始めたときは流石に怪しく思ったものだが、ホームパーティでの流れから、本格的に養女に迎え入れたくなったのだろうと思っていた。

 

 思えば、なんと迂闊だったのだろうか。

 テンションの高く目つきの怪しいメイドたちに、頑張ってくださいとか、骨抜きにしちゃいましょうなど、よくわからない激励をされて私室に帰されるころにはルディアは疲れ切っており、彼女たちの言葉の検分をするのも億劫になっていた。

 

 

 

 

 

 夜もとっぷりと更けたころに、来客はあった。

 寝る支度を済ませ、いざベッドに潜り込もうとした矢先、こんこんと私室のドアがノックされる。

 

「……はい?」

 

 外套を羽織ってドアを開けると、見慣れた深紅の髪の少年が所在なさげに佇んでいた。

 

「エリオット?」

「ああ……」

「どうしたんです? こんな時間に」

 

 首を傾げてそう尋ねる。

 エリオットはいくらかの逡巡ののち、口を開いた。

 

「ええと、その……母上に言われて、だな」

 

 歯切れ悪く答えるエリオットに、ルディアにはぴんと閃くものがあった。同時にフィリップのセリフが脳裏に蘇る。

 

『なんなら、今夜君の部屋にエリオットを送るよ──』

 

 同時に思い起こされたのは、先ほど甲斐甲斐しく、そして姦しくルディアの面倒をみていたヒルダたちの姿。

 

(ま、まさか!)

 

 図ったようなこのタイミング。

 挙動不審なその態度。

 間違いない。エリオットは夜這いをしに来たのだ。

 それだけはなんとしても許すわけにはいかない。この純潔はシルフィエットのために取っておかなければならないのだから。

 

「お帰りください」

 

 そう判断したルディアは速かった。閃いたのが一瞬なら、行動を起こしたのも電光石火の早業だった。

 だが、すぱん、と機械のような速やかさで閉められようとしたドアが、エリオットの手に阻まれる。

 

「男に抱かれる趣味はありません……! どうかお戻りください……!」

「何を誤解しているのかは知らないが……いや誤解じゃないが、まずは話を聞け……!」

「ぬぐぐぐ……!」

 

 このまま競り合っても、腕力に劣るルディアに勝機はない。

 若干の拮抗ののち、苦渋の表情をしたルディアが折れ、エリオットを部屋に招き入れる。

 部屋に招き入れると、エリオットはおそるおそる、日頃の果断さが見る影もないような動きで入ってくる。

 

「エリオットが私の部屋に来るのは初めてですね」

「そういえば、そうだな」

 

 座るよう勧めたが、ルディアの部屋には椅子がないので、二人揃ってベッドに腰掛けるかたちとなった。

 とりあえず冷静になって現状の把握に努める。

 

 つまるところ、そういうことなのだ。

 フィリップは酒の席での話ということで、なかったことにしてくれた。

 だがヒルダに話したわけではない。そして自分で言うのもなんだが、ルディアはヒルダに特に気に入られている自信があった。ルディアを名実共に娘にしたいと思った彼女が、エリオットをけしかけた……あり得る話である。

 それに、今のルディアの服の下はヒルダとメイドたちの選んだやたら生地の薄い下着に包まれている。更に髪や肌には香油が塗られ、血色が良い。いざ寝巻きを剥いてしまえば、どこからどう見ても準備万端に映るだろう。とんでもない事態である。

 彼女たちの心算を図りきれず、いつものことだとのほほんとしていた先ほどの己が恨めしい。

 

(まあ……でも案外大丈夫かもな)

 

 とりあえず入ってください、と部屋に入れたルディアだったが、事情に反してそれほど不用心とも思っていなかった。

 先ほどは過剰に反応してしまったものの、落ち着いて思慮を巡らせば真実も見えてくるものだ。

 確かにヒルダとエリオットの間にそういうやりとりはあったかもしれない。が、将来性はともかくとして今のルディアの体は起伏に乏しく、未だ発展途上である。それに、エリオットほどの年頃の少年は、年上の女性に憧れるものと相場が決まっている。

 先日の野盗ならばいざ知らず、エリオットが欲情するとも思えない。生前のルディアの嗜好としてもギリギリ守備範囲外だ。もう二、三年もすればまた違ってくるのだろうが……

 

 だがそれはそれとして、こういう話はまずきっぱりと断らなくてはなるまい──そう意気込んで、ルディアは口火を切った。

 

「エリオットは、ヒルダさんに言われてここに来たんですよね?」

「……うん」

「何を言われてきたのかはなんとなく想像つきますが、そういうのは私たちにはまだ早いと思うんです」

「それはわかってる」

「いきなり最後まで行くんじゃなくて、段階を踏むのが大事なわけで」

「うん……うん?」

「やることやったらできるものはできてしまいますし、エリオットも責任が取れる歳じゃありませんし」

「ちょっと待て。ルディア、待ってくれ」

「そもそも成人してすらいないし、私の心の準備も出来ていないわけで……なんですか、私がまだ話してる途中なんですけど」

 

 こんこんと説教のようなものを続けるルディアを、エリオットはとりあえず制した。

 途中で止められたルディアは不満そうにしていたが、とりあえず聞く体勢に入る。

 

「ルディアが勘違いするのもわかるけど、別に俺は……その、そういうことをしにきたわけじゃなくて」

「はあ……いや、そこらへんは信用してますけど」

「え、そうなのか? ……んん。でも、母上にけしかけられて来たのも間違いはないわけで」

「……じゃあ、つまりそういうことでは?」

「ちがう! だから……色々言われてきた手前、戻りにくくて。一晩部屋に置いて欲しい」

「ああ……」

 

 なるほど、と得心のいった表情でルディアは頷いた。

 ルディアを拉致して捲し立てていたように、ヒルダはエリオットに対してもなにかしら言い含めていたのだろう。

 古今東西、女性とはゴシップに対し口さがないものである。こと男女の関係ともなったらその熱量はルディアが思っているよりも凄まじいのかもしれない。

 生前よりも娯楽に乏しいこちらではなおのこと。

 ともなれば、彼もまた被害者と言えるのではあるまいか?

 

「事情はわかりましたし、いいですよ」

「あ、ありがとう。助かる」

 

 承諾すると、エリオットはあからさまにほっとした様子で、固くなっていた体の力を抜いた。

 

「お互い大人に振り回されるのは大変ですね」

「そうだな」

 

 互いに顔を見合わせて、力が抜けたように苦笑した。

 

 

 

 

 

 ルディアの私室のベッドは、メイドたち使用人のものと規格が同じであり、さほど大きいものでもない。

 だが子供二人が寝る分には充分な広さを備えており、エリオットとルディアは背中合わせのような構図で横になっていた。

 

「……エリオット。起きてますか?」

 

 小声で囁くと、背中で身じろぎする気配がした。

 どうにも、エリオットも眠れないでいるらしい。

 かくいうルディアもエリオットが部屋を訪ねてきてからの問答で、眠気も遠くなってしまっていた。

 

「……起きてる」

 

 憮然としたように聞こえるが、その声が僅かに固くなっていることにルディアは気付いた。

 三年も暮らしていれば、互いの声音からある程度の心境は推し量れるようになる。──彼は、少しばかり緊張しているのかもしれない。

 

「私が屋敷にきてから、もう三年も経つんですね」

「そうだな。……もう、三年か」

 

 三年という時間は、長いようで一瞬にも感じた。

 時間の流れがゆっくりとしているブエナ村よりも、過ごした時間は濃いように思える。

 故郷から離れはしたが、さほど寂しさを感じたことはない。ロアではやることが多い上、家族も半年に一度のペースで会いにきてくれている。

 幼い妹たちの成長も、真近に見れているわけではないが、半年ごとに確認できる。

 馬車で一日の距離なら、もっと頻繁にこれるとも思うが、わがままを言うほどルディアは子供でもなかった。同じ年頃の子供なら、もっと心細く感じてもいいのかもしれないが。

 

「ねえ、エリオット」

 

 フィリップが言っていたように、エリオットもこの三年で成長した。気難しいばかりで、他人を気遣う余裕のなかった少年が、ルディアの誕生パーティを計画するまでに心配りができるようになった。

 ルディアは、かねてから思っていた疑問を口にした。

 

「いつか、聞いたかもしれませんけど。

 エリオットは、どうしてそんなに頑張ってるんですか?」

 

 子供に塾通いを強制する親のように、圧力をかけられているわけでもない。なにか強烈な目的意識を持っているわけでもない。ルディアのように、前世の失敗を教訓としているわけでもない。

 傍流とはいえアスラの大貴族の血を引くエリオットである。親から特になにも望まれていないなら、安穏と豚のように生きるか、放蕩するか、あるいは──かつて言われていたらしい、山猿のように過ごしているのが普通なのだ。

 ゆえに、ルディアはエリオットの内心を計りかねていた。

 

「ずっと前、なんで魔術の勉強をするのかって聞いてきたことがあったよな」

 

 そういえば、そんなこともあった。

 ルディアが屋敷に来てから半年も経たない頃のことだ。

 まだエリオットはルディアに心を許しきってはおらず、だが能力は認めざるを得なかったがゆえに授業は真面目に受けていた。

 

「あのときは冒険者になったときに役に立つからって言ったけど、あれは嘘なんだ。俺さ、自分が冒険者にはなれないって事くらい知ってた。だって父上は、フィットア領の領主になることを諦めてないから」

「それは……でも、ならどうして?」

 

 エリオットは聡い。

 フィリップが次期当主の座を諦めていないことは歴然で、そのために自分がどう扱われるのか理解している。

 ならば冒険者など望むべくもないと、そう悲観するのは無理はない。

 

「……昔、俺が言うことを聞かずに我儘放題で、山猿だとか言われてたのは知ってるよな」

「……はい」

「七歳くらいのときにさ、急に熱が出て、生死を彷徨って……目が覚めたら、頭が軽くなってた。それまでなんで山猿みたいな真似をしてたのか、自分でもよくわからなかったんだ」

「…………」

「そのときのことはよく憶えてないけど、どうしようもない奴だったってのは憶えてる。父上や母上に、『困った奴』だって思われてたのも知ってる。俺にそういう時期があったのは仕方ない。

 でも、俺の知らない俺(・・・・・・・)のせいで、そういう目を向けられるのは嫌だ」

 

 ルディアは黙ってエリオットの独白を聞いていた。

 背中合わせの状態では、エリオットがどんな顔をしているのか、窺い知ることはできない。

 

「何もしなければ、みんな俺を通して前の俺(・・・)を見る。わがままで、言うことを聞かない山猿だって。

 俺の知っている俺は、ギレーヌを拾って、魔術の練習をして、ルディアと一緒に語学の勉強をする俺だ。山猿なんかじゃない」

「……」

 

 黙して独白を聴きながら、ルディアは愕然とした気分を味わっていた。

 かつて山猿とさえ言われたエリオット……彼は一念発起して、今の彼に変わったわけではない。唐突に、なにかの拍子で性格が変わり、それまでの己の所業を突きつけられたのだ。

 それはまるで、ルディアが赤子に転生したかのような……

 それを思えば、初めて引き合わされたときの刺々しい態度も、ある種の自己防衛によるものだったのかもしれない。

 

「ルディアには、今の俺を見てほしい」

 

 エリオットが体を転がして向き直った。

 つられるように振り向くと、琥珀色の瞳と目が合う。

 かつては、その髪と同じく血のように鮮烈な紅をしていたというその瞳。

 

「……大丈夫ですよ。エリオットが頑張ってるのは、私が一番良く知ってますから」

 

 どう答えるのが正解なのかよくわからなかったが、それでもエリオットの反応を見るに、間違いではなかったのだろう。

 

(乙女ゲーはやったことがないんだよ……)

 

 そう内心で独りごちて、ルディアはエリオットから目を逸らした。

 向かい合ったままでいるのがどうにも気恥ずかしく、寝返りを打とうとして、エリオットの視線が一点に注がれていることに気付いた。

 

(ん……? あ、)

 

 僅かに着崩れた寝間着の胸元から、精緻なレースのあしらわれた下着が覗いている。

 エリオットの頬が僅かに紅潮しているが、そういうことなら是非もない。いくらルディアがまだ幼く見えようとも、服の隙間から覗く下着姿は扇状的に見えるのかもしれない。

 

(なるほどなあ)

 

 別段見られて恥ずかしがる歳でもない。

 むしろ慌てて隠すからこそ恥ずかしいのである。

 僅かに熱を帯び始めた頬を理論武装で覆い隠し、ルディアはエリオットを嗜めた。

 

「そういうのは、見て見ぬふりをするのが紳士というものですよ」

「……ごめん」

「いいですよ。エリオットが意外とえっちなのは知ってましたし」

「な、なにを」

 

 狼狽えるエリオットに、ルディアはここぞとばかりに悪戯っぽく目を細めた。

 最近発揮していなかった悪戯心が、沸々と湧いてくる。ブエナ村の少年たちが懐かしい。あの頃はからかい甲斐のある男子しかいなかった。

 生前はまるで想像できなかったが、男を弄ぶ女の気分とはこういうものなのだろうか。

 

「でも、今はだめです。成人したら考えないでもないですけどね?」

 

 驚いて目を見開いたエリオットだったが、ルディアの言葉が流石に冗談の類だとはわかったらしい。

 抗議するように何かを言おうとして、しばし口をつぐんだ後、ふっと頬を緩めた。

 

「じゃあ五年後。俺のことが嫌いじゃなかったら、そのときは貰われてくれ」

 

 ルディアは今度こそ呆気に取られ、目を瞬いた。

 まさかの思わぬカウンター──三年間たまにからかってはいたが、反撃が来たのははじめてだった。

 何か気の利いた台詞を返そうとして、思い付かずに黙り込む。

 

「ぐ……ここは勝ちを譲ってあげます」

 

 歯噛みして、ルディアは寝返りを打った。

 負けた以上サービスを続ける気はないのだ。

 不貞寝の体勢になったルディアの背中をエリオットは可笑しそうに眺めていたが、やがて満足して目を閉じた。

 

 




ルディア
 エリオットも大変だったんだな……と同情と感心半々。
 久々に揶揄おうと思ったら反撃された。

エリオット
 山猿時代の記憶はあるけどなんか靄がかかってるような感じでよく思い出せない。例えるなら夢を見ていたような心地。
 熱で寝込んだときになんか混じったかも。
 それはそれとしてルディアに反撃成功。
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