泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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ターニングポイントⅠ

 

 

 

 ルディアとエリオット、そしてギレーヌの三人は、ロア郊外の丘陵まで来ていた。

 城壁内の都市は活気に満ちているが、一度城門をくぐれば、そこに広がるのは一面の麦畑、そしてラベンダーにも似たパティルスの花畑である。

 以前エリオットとギレーヌに水聖級魔術を見せるという約束をしたルディアは、それを果たすために郊外まで足を伸ばしていた。

 聖級以上の攻撃魔術は周辺一帯に甚大な影響を及ぼす。被害を出すまいと思うなら、城壁から出るのみでなく、麦畑からも離れた場所まで移動する必要があった。

 

 三人は二頭の馬に分乗し丘を目指す。

 ギレーヌは大柄な黒鹿毛の牡馬、エリオットとルディアは栃栗毛の牝馬に跨っている。

 

「ベアトリスはいい馬ですね」

「ん、そうか?」

「はい。物怖じしませんし、頭も良いです。調教師がよかったんですね」

 

 エリオットの背後に乗ったルディアは、片手で馬の背を撫でた。

 

「ベアトリスはサウロス様の馬の血を引いているからな。あれほどでかくはないが、牝馬の割に体格がいい」

 

 隣から声をかけるのはギレーヌである。

 聞くに、ベアトリスというこの栗毛の馬は、エリオットの一〇歳の誕生日にサウロスより贈られたらしい。今年で二歳の若い馬で、生気に満ち溢れている。

 こうして馬に乗っていると、故郷のカラヴァッジョを思い出す。

 パウロが溺愛していたカラヴァッジョは、老いているとは言わずともそれなりの年齢だった。だが賢く、口にせずとも意を汲んでくれる良い馬だった。ロアに来るまでの間は、たまにパウロの遠乗りに便乗していたものだ。

 対するベアトリスは、若さゆえにカラヴァッジョほどの意思疎通の円滑さはないが、物怖じせず、判断力がある。初めて背に乗るルディアに、まるで気にした様子がない。

 

「馬って結構かわいいですよね」

「ああ。パウロがカラヴァッジョを溺愛する気持ちがわかるだろう」

 

 エリオットもサウロスにベアトリスを贈られてから、たびたび厩で彼女の世話をしている。

 屋敷を抜け出して厩で昼寝をするのもベアトリスがいるからかもしれない。おかげかどうかはわからないが、互いにそれなりの信頼関係があるのがわかる。

 

「ねえエリオット、あとで馬の乗り方を教えてくださいよ」

「なんだ、ルディアは馬に乗れなかったのか?」

 

 エリオットは意外そうに片眉をあげる。

 

「別に私だってなんでもできるわけじゃありませんよ」

 

 ただ、機会がなかっただけである。

 前世では自動車免許も持っていなかった。馬の乗り方も成人するまでに覚えておけば良いと思っていたのだ。

 それに今のルディアの背丈では、鞍から(あぶみ)まで足が届くか怪しいところだ。

 エリオットの腰には、真新しい剣帯と刀剣が佩いてあった。ギレーヌの倭刀にも似た、反りの深い曲剣である。ギレーヌのそれよりも僅かに幅広で、ルディアに言わせれば鋏刀や太極刀に似ている。

 王都で襲撃を受けてから、手に馴染む得物を持っていた方がよいとのギレーヌの提案で、新しくロアの鍛冶師に打たせたものである。

 今のエリオットには刀身がやや長く重いが、一、二年もすれば次第に丁度よくなっていくはずだ。

 

「エリオット、とめてください。たぶんここまで来れば大丈夫ですから」

 

 背中を叩いて訴える。

 エリオットが手綱を引くと、ベアトリスがぶるると嘶いて足を止めた。

 

「随分遠くまできたな」

「街で撃ったらロアが水没しますからね。そうでなくても小麦畑に被害が出ます」

「ちょっと見てみたい気もするけど」

「だめですよ。大雨(スコール)と違って雨が降るだけじゃ済まないんですから」

 

 ベアトリスの背から飛び降りて、傲慢なる水竜王(アクアハーティア)に巻いていた布を解く。

 陽光を吸い込んだ魔石が、鮮やかな水色に輝いた。

 何度か魔術の試し撃ちを行い、新しい得物の具合を確かめる。

 

「これは……すごいですね」

 

 驚いたように目を見開き、杖に魅入る。

 魔術を放ったときの出力は、ルディアの想像以上だ。

 同じ魔力を込めたならば、水系統の魔術に限れば五倍の威力を出せるだろう。他の属性は水属性ほどではないにせよ、それでも圧倒的なことに間違いはない。

 上級貴族の財力にものを言わせ、考え得る限り最上級の素材で製作された杖──魔術師ならば持ち主を殺してでも手に入れたいという者は多いだろう。

 

「とんでもない杖ですよ。これで豪雷積層雲(キュムロニンバス)を撃つのはちょっと楽しみです」

「おお……なら!」

「いいでしょう! 見せてやりますとも! ルディア・グレイラットの最強魔術、とくとご覧あれ!」

 

 巻き起こる拍手。ギャラリーはたった二人だが、ルディアは構わず傲慢なる水竜王(アクアハーティア)に魔力を込め始めた。

 そして天に両手を掲げたそのとき、ルディアはそれを目にした。

 

「空が……?」

 

 晴天だったはずの空が、いつのまにか集まってきた雲によって覆われはじめ、日光が遮られていく。

 紫とも茶褐色ともつかない暗雲たちは、そのおどろおどろしい陰影は、どこか見るものを不安にさせる。

 

「あれがルディアの魔術なのか?」

「いえ、私はまだ……」

 

 眉を顰めてそう問うエリオットに、ルディアはかぶりを振った。

 杖に魔力を込めてはいても、ルディアは指向性のある魔力制御をまだしていない。空の異変は、彼女の預かり知らぬところで起こっている。

 

「魔力が……集積していく? なんだ、あれは……」

 

 眼帯をずらしたギレーヌが、濃緑色に鈍く輝く瞳を露わにして、空を睨んでいる。

 魔力の流れが見えるのだろうか、彼女の表情は険しい。

 

「とりあえず、ここから離れましょう。あるいは、一旦雲を晴らしてみても……」

 

 渦巻く雲は、いよいよ大きくなりその体積を肥大化させていく。その色彩は、もはや混沌とした極彩色を呈し始め、無数の瘤のような陰影が毒々しさすら感じさせる。

 

「街の方が魔力が濃いな。あたしが一度戻って屋敷の皆に伝えてくる。お前たちは──」

 

 指示を出していたギレーヌの顔が、強張った。

 ひりついた殺気が、ルディアのうなじを撫でた。

 

「──伏せろッ!」

 

 怒声のような警告に従い、もはや条件反射の領域でルディアはその場にしゃがみ込んでいた。

 瞬間、風切音が頭上を擦過し、ポニーテールの毛先を切り裂く。

 警告を放ったギレーヌは、既に腰の刀の柄に手をかけており──地が爆ぜ、その姿が消える。抜刀とともに逆袈裟に斬り上げられた剣閃は、虚空を裂くのみに留まった。

 

 尻餅をついたルディアは、油断なく魔剣を構えるギレーヌを見上げていた。現状を把握するよりも先に、危機を直感した身体が総毛立つ。

 ──紛れもなく、一瞬前の己は死線に立っていた。

 それが理屈よりも先に直感で理解できたからこそ、ギレーヌの警告に咄嗟に反応ができた。

 

「ギ、ギレーヌ……」

「ルディア、エリオットを連れて離れていろ!」

 

 ルディアにとって、ギレーヌとは己の知る限り最強の剣士であった。その彼女が、一切の余裕の取り払われた表情をしている。

 ギレーヌの睨む先──果たしてそこにいたのは、白い詰襟の学生服にも似た装束を纏い、大振りのダガーを携えた青年。その面貌を窺い知ることはできない。

 なぜならば、その顔は狐をモチーフにした仮面で隠されており、金の髪が覗いている。

 その青年が、光とともに消失(・・)した。

 少なくとも、ルディアにはそうとしか捉えられなかった。

 

「ガアァッ!」

 

 裂帛の気合──弾丸のように地を蹴ったギレーヌが、音速を凌駕する剣閃を虚空に向けて放つ。高硬度の金属同士が衝突する耳障りな怪音とともに、火花が散り大気を震わせる。

 ──消えた青年とギレーヌが切り結んでいるのだ、と理解するのに労力はかからなかった。ただ、ルディアには到底視認することが叶わないだけだ。

 一際大きな剣戟音の直後、切り返したギレーヌの魔剣が空を裂く。

 

「──エリオット! 避けろッ!」

「邪魔だ。小僧──」

 

 低く乾いた声が、ルディアの耳に届いた。

 いつの間にか目の前に現れていた青年が、ルディアに連れられたエリオットの前に立っている。

 逆手に持ったダガーが、明確な殺意とともに振り下ろされ──

 

「う、おぉッ!」

 

 ──剣戟音とともに弾き返された。

 抜き打ちと共に放たれたエリオットの曲剣が、青年のダガーを弾いたのである。

 が、青年の殺戮者としての技量はエリオットを遥かに上回っていた。弾き返されたダガーは、手の中で反転し順手に持ち替えられ、石火の如き刺突となって再度エリオットを襲った。

 それを、虚空に突如現れた岩塊が阻んだ。

 ルディアが咄嗟に放った土盾(アースシールド)である。

 ルディアの魔力の込められた土盾は、生半な刃は通さない。半ばまで突き立ったダガーは、土盾を貫くことは叶わずに、青年の手によって引き抜かれた。

 その青年は、ダガーを引き抜くや再び掻き消えた。直後、ギレーヌの追撃が青年のいた空間を両断する。

 

「貴様──何者だ! ボレアスに仇為す者か!」

「我が名は光輝のアルマンフィ」

 

 ギレーヌの誰何に、青年は極めて端的に答えた。

 

「この異変を止めに、ペルギウス様の命にて参上した」

 

 その名には聞き覚えがあった。

 幼い頃の寝物語に聞かされた、『魔神殺し』の三英雄が一人、ペルギウス・ドーラ。龍族の数少ない生き残りである彼は、召喚術に長け、一二からなる精霊を生み出したという。

 即ち光輝のアルマンフィを名乗るこの青年は、その使い魔の一であり、伝承によれば光と同じ速度で動くという。

 

「ギレーヌ、そいつは光速で動きます! 気をつけてください!」

「あたしの援護の届く位置から離れるなよ」

 

 焦りを含んだ声で警告を放つ。

 青年と互角に渡り合えるのは、この場にはギレーヌしかいない。即ち彼女が敗れれば、待っているのは逃れようのない死だ。

 エリオットを見ると、曲剣を握りしめながら冷や汗の浮いた顔で青年を睨んでいる。

 咄嗟にダガーを弾くことに成功したが、それは半ば以上の僥倖に恵まれてのものだった。

 そしてそれが運に恵まれてのものであるならば、ルディアの援護もまた奇跡に近い偶然の産物であった。

 ダガーを弾いたエリオットに出来た隙のうち、どこに追撃してくるかを、やぶれかぶれに近い全くの直感でもって土盾を展開したのである。

 果たしてその直感は的中し、エリオットは万に一つの命を拾った。

 偶然が三度続くことはない。二人は次の攻撃を防ぐことはできない。

 

「そこを退け、女。その小娘を殺せば、異変が収まるやもしれん」

「我が名は剣王ギレーヌ・デドルディア! あの空とあたしたちは関係はない! 引け!」

「信用できぬ。証拠を見せろ」

「ならばこの剣を見ろ! 剣神七本剣が一、平宗だ! 剣王とこの剣の銘を前に、まだ信じられぬか!」

 

 ギレーヌが魔剣を手に、名と因果を高らかに謳う。

 アルマンフィはしばしの沈黙ののち、固い声で告げた。

 

「師と一族に誓え」

「我が師、剣神ガル・ファリオンと、我が氏族たるデドルディアの名誉に掛けて誓おう」

「よかろう。それが虚偽であったならば、後日ペルギウス様が沙汰を下す」

 

 睨み合いの末、アルマンフィはダガーを腰に納めた。

 

「あれの原因が、お前たちにないのであれば用はない」

 

 そう言って踵を返したアルマンフィが、数歩も進まぬうちに、それは起きた。

 蛇がとぐろを巻くように、渦を形成する雲──その中心より光が漏れ、地面に光が突き立った。

 その光の柱は城塞都市ロアを中心に半径を増し、奔流となって街を飲み込んでいく様。

 それは瞬く間に都市を、小麦畑を、パティルスの花畑を飲み込んでいく。

 アルマンフィはその光景を目にするや否や、光となって掻き消えた。

 

「エリオット! ルディア!」

 

 ギレーヌが必死の形相で駆け寄り──辿り着く前に光に消える。

 そのまま視界は白く染まり、意識が消失した。

 

 




エリオット
 眼の良さと直感と豪運で圧倒的格上の一撃を弾く。
 本人が一番驚いている。

ルディア
 咄嗟の反射となんとなくここらへんだろな、という勘で圧倒的格上の追撃を防ぐ。
 本人が一番驚いている。


 これにて家庭教師編終了です。
 当初予定していた分を投稿しきったため再び書き溜め期間に移ります。
 既に何話かは書いていますので、あまりお待たせしないようにするつもりです。
 ではしばしさらば。
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