泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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 魔大陸編はほぼダイジェスト。
 さっさと縦断しちゃいましょうねー。



荒漠の大地(後)

 

 

 陽が落ちる前に、集落にはついた。

 昼を過ぎて一刻といった頃合いだろう。

 エリオットが歩調を速めたが、ちらりと視線を向けてすぐに速度を戻した。逸る心を抑えているような雰囲気だ。

 

「ルディア、村だ」

「どちらかといえば集落っぽい感じですね」

「そうか?」

「規模で言えばブエナ村よりも小さめですよ」

 

 ブエナ村は長閑な小麦畑と花畑の広がる牧歌的な村だった。多くの村人が農業に従事していたため、村全体の広さでは比べものにならないだろう。

 戸建ての数は十数軒。二〇に届かないと言った塩梅で、村の入り口からおおよそ全体が見て取れる。

 フィットア領の村と王都しか知らないエリオットには新鮮な景色に見えるようだった。

 家はどれもが丸く若干の光沢がある独特な屋根をしており、文化の違いを窺わせる。

 

「変な形の屋根だな」

「柵の内側にはなんか畑っぽいのもありますね。こんな気候で育つんですかね?」

「そういう種類なのかもしれないな」

「うーん、雑」

『──止まれ!』

 

 雑談を交わしながら漫然と歩いていた三人を、鋭い声が呼び止めた。

 村の門番なのだろう、十四、五歳ほどの少年が、槍を片手に睨んでいる。青い髪に、青い瞳。

 

(なんか見覚えのある特徴だな?)

 

 厳しい声を上げる少年は、まなじりを釣り上げてルイジェルドを詰問する。

 

「ルイジェルド、なんだそいつらは!」

「例の流星だ」

「そんな怪しいやつらを中に入れることはできん!」

 

 捲し立てる声は魔神語だ。

 独学とはいえマスターしていたルディアは聞き取れたが、単語が拾える程度のエリオットでは流暢なそれは甚だ聞き取りづらかったらしく、首を傾げている。

 

(やっぱ歓迎はされないか。そりゃそうだよな、見るからに閉鎖的な村だし)

 

 でも、言うほど怪しいだろうか? とルディアは体を見下ろす。

 普段着に、ルイジェルドに借りたマント。手に持つのは布を巻いた傲慢なる水竜王(アクアハーティア)だ。

 

「彼らはアスラ王国から転移してしまっただけだ。ならば問題はあるまい」

「それが本当だと言う証拠がどこにあるんだ。得体の知れないやつらを村に入れるなんてできん!」

「馬鹿な──何が怪しい? ロイン、貴様子供を見捨てるつもりか?」

 

 ルイジェルドの剣幕に、ロインと呼ばれた少年の顔が引き攣り、たじろぐ。

 ルディアは慌ててルイジェルドに駆け寄り、その握られた拳を抑えた。

 

「抑えてください。暴力はよくないです」

「なんだと?」

「門番に何か言っても埒があきません。もっと上の人を連れてきて貰ったほうがいいんじゃないですか?」

「む……そうだな。ロイン、長を呼んでくれ」

「ああ……わかった。そうさせてもらう」

 

 ロインは憤然とした表情で頷くと、そのまま目を閉じた。一度落ち着こうという気配ではなく、そのまま静止したロインに、ルディアは懐疑の視線を向けた。

 

「ルディア、何が起こってるんだ? うまく聞き取れなくて……」

「なんだか私たち怪しまれてるみたいで。それで、村長を呼んでくるって言ったんですけど、門番さんがあのまま」

 

 彼はどうしたんです? と視線でルイジェルドに訴える。

 

「彼らは念話が使えるからな。離れていてもああやって会話ができる」

「なるほど、そういうカラクリが……便利ですね。

 ……おや?」

 

 念話……どこかで聞いたような単語である。

 前世では腐るほど聞いたが、なんだかこちらに来てからも聞いた覚えがある気がする。とルディアは頭を捻った。

 

「失礼。お客人はこちらかな」

 

 その疑問に答えが出る前に、小柄な初老の男性が、二人の少女を引き連れてやってくる。

 

「初めまして。ルディア・グレイラットと申します」

「これはご丁寧に、人族のお嬢さん。私はロックス、この村の村長をしております」

 

 柔らかな物腰の、好々爺然とした男性だった。

 言い慣れない魔神語を舌に載せ挨拶する。

 そして肘でエリオットをつつき、促す。

 

「エリオット、挨拶です、挨拶。

 ロアで魔神語の練習したでしょう?」

「まさか本当に使うときが来るなんて思ってなかったんだよ」

 

 ルディアほど魔神語が堪能ではないエリオットだが、せっつかれると観念した様子で一歩踏み出した。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラット、と申します」

 

 作法はアスラ貴族のものだが、魔大陸でも通じないことはないはずである。果たしてロックス老は、拙い魔神語よりもそれなりに洗練された作法に僅かに面食らい、そして視線に僅かな好奇と感嘆の色を混ぜた。

 

「おやおや……ロインから聞いたが、アスラからの客人とは本当のようですな」

「申し訳ない、魔神語、苦手で」

「否、その歳でよく学ぼうと思ったものです」

 

 ともなると、尚更にルディアの異彩さが際立つもので、改めて視線を向けたロックスは、そのルディアの胸元に目を留めた。

 

「ところで、その首飾り……どこで手に入れなさった?」

 

 それがロキシーから贈られた首飾りのことであると察したルディアは、深緑とも濃藍ともつかぬ色合いのそれを手に乗せる。

 

「ああ、これは私の魔術の師匠から頂いたものです」

「師匠の名はなんと?」

「名をロキシー」

「ロキシーだって!?」

 

 ロキシーの名を出した途端、反応したのは隣で成り行きを見守っていたロインだった。

 凄まじい剣幕でルディアに詰め寄るや、その肩を両手で掴んで揺さぶる。激して声を上擦らせるロインに、ルディアはがくがくと揺さぶられながら、止めようとするエリオットを制した。

 

「ロキシーは、ロキシーは今どこにいるんだ!?  無事なのか!?」

「わ、私もしばらく連絡をとってないので……ちょ、揺らさないで」

「教えてくれ! 頼む! ロキシーは……!」

 

 狼狽するロインの表情は、焦燥に歪んでいた。

 

「ロキシーは、俺の娘なんだ!」

 

(は?)

 

 娘。

 ……娘?

 唐突に叩きつけられた事実に混乱しながらも、ルディアの脳裏では、この集落に辿り着いてから節々で感じていた違和感と既視感が結びつき、一つの答えに辿り着く。

 即ち、

 

(ここ、ロキシーの実家かい!)

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 ミグルド族の里では、ルディアとエリオットは存外に歓迎された。その視線には余所者に対する警戒が混じっていたが、ルディアがロキシーの名を出したことで、それは次第に好奇の視線へと変わっていった。

 とはいえ、とルディアは思う。

 ロキシーの魔神語教本にもあったが、彼女は里で唯一念話が使えず、幼少期から里を飛び出すまで家族以外とはほとんど関わらずに過ごしたという。

 ならばミグルド族の態度の変化は、得体の知れない部外者から特に危険のない他人へと認識が変わっただけに過ぎないのだろう。

 

 ロインはロキシーの話をしきりに強請った。

 二〇年前に里を飛び出したきり一度も帰郷せず、連絡もしなかったロキシーに、無事を祈りつつももしかしたら、という念を捨てきれなかったらしい。

 そこで、初めて明確な情報を持った者が現れたのなら、確かにその反応は頷ける話である。

 ルディアとしても、大恩あるロキシー、その父と思えば彼女の話をするのも吝かではなかった。

 

 

 

 

 

「ロインさん。昨日はお世話になりました」

「俺もロキシーの話が聞けて良かった。できれば家内にも聞かせてやりたかったが……」

 

 村長宅で一晩を明かした三人は、ミグルド族の里を発ちリカリスの街を目指すこととなった。

 些か性急な気もするが、何日も居座って迷惑をかけるわけにもいかない。そしてそれ以上に、一日でも早くフィットア領に帰りたいという気持ちもあった。

 

「そうだ、ここで少し待っていてくれ」

 

 そう断りをいれたロインは、小走りで村の中に入っていき、ほどなくして戻ってくる。

 

「ロカリーです」

「師匠のお母様ですか? うわあそっくり!」

 

 雰囲気こそ違うが、顔の造形のパーツの多くが似通っている。姉妹と言っても通じそうだ。

 

(流石は神の血! かわいい! 断然いける!)

 

「お義母様って呼んでいいですか!?」

「あ……そうよね、まだご両親が恋しい年頃だものね。かわいそうに……」

 

(……うん?)

 

 ルディアのジョークをまた違った形で受け止めたロカリーは、悲痛そうに眉根を寄せて、ルディアの頭を抱えるように抱きしめた。

 まあこれはこれで役得、と感触を堪能したルディアは、ありがとうございますと頭を下げる。

 

「ロキシーの無事を知らせてくれた礼だ。これを受け取ってくれ」

 

 そうして手渡されたのは一振りの刀剣である。

 深く湾曲した幅広のカトラスで、六〇センチほどの刀身は取り回しのしやすさに重点を置かれている造りだ。シンプルな装飾の施された柄は頑丈かつ耐久性が高い。

 雑貨屋や武具屋に並んでいればうっかり見逃してしまいそうだが、まじまじと見ると審美眼のないルディアにも業物であるとわかる逸品であった。

 

「そんな……悪いですよ。ルイジェルドさんもいますし、エリオットも一応得物はあるわけで」

 

 やんわりとルディアが断ると、ロインは首を振り、苦笑いしながら押し付ける。

 

「うちに置いていても使わないからな。狩りには槍の方が都合が良いし」

「そこまで言うなら……」

「それと、これは金だ。一文なしなんだろう? 二、三日は宿に泊まれる程度の金が入ってる」

「何から何まで、ありがとうございます。いずれお金は返しにきますね」

「いいさ。気をつけて行けよ」

 

 頭を下げて三人はミグルドの里を後にする。

 リカリスの街まで徒歩で三日ほど。直線距離でいえばさほど離れてはいない。

 未知の大陸、未知の体験……不安はあるが、それほど強くはない。それもそのはずである。昨夜ルディアとエリオットは、ルイジェルドと友誼を結んだのである。

 

 昨夜村長の家で、四人での会合の最中に詳らかとなったのは、ルイジェルドの過去とスペルド族の真実であった。

 戦役の裏側のラプラスの思惑と、忠勇のスペルド族を襲った悲劇。結果として貶められたスペルド族の名誉を回復すべく、四〇〇年に亘って孤独な闘争を続けてきたルイジェルド。

 ルディアはその境遇と、ルイジェルドの高潔さに絆されたのだ。彼ならば信用出来ると。信じてみたいと。故にこそ、彼の同行を許し、援けたいと思ったのである。

 今やルディアとエリオット、そしてルイジェルドは運命共同体だ。街の外ではルイジェルドがその武力で以てルディアたちを守り、街の中ではルディアたちがルイジェルドの助けとなる。

 唯一の懸念があるとすれば──そうルディアが動いたことが、ヒトガミを名乗る胡散臭い神の掌の上、ということだけ。

 だがそれも、なんとかなるはずだ。手の及ばぬものに考えを巡らしても、余計な心労を重ねるばかりである。楽観していこう──そうルディアは気負わずに、魔大陸での冒険へと踏み出したのである。

 

 それが間違いだったとは、そのときのルディアにはわからなかった。

 そして理解が及ばなかったのだ。

 魔大陸の過酷さと、人の悪意。そして四〇〇年に亘って醸造された、スペルド族に対する民草の恐怖というものに。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 街中に絹を裂いたような悲鳴が響き渡る。

 それは、その騒動の中心にいる、ルディアとエリオット、そして馬面の魔族に向けてのものではない。

 魔族の恐怖に凍った視線の先──青い髪の粉飾を取り払い、エメラルドグリーンの頭髪と額の宝石を曝け出したルイジェルドにこそ向けられていた。

 周囲の市民が哀れを催す悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていく中、ルイジェルドは槍を下げたまま歩を進め、無造作に魔族──ノコパラの胸ぐらを掴み上げる。

 

 ルディアは何もできなかった。

 リカリスの街に着き、冒険者として登録し、一ヶ月あまりの間、如何にして金を稼ぐか、いかにしてスペルド族の汚名を晴らせるのか──考えに考え抜いて、行動した。

 だがそれは、弱者を食い物にする者によって、ほんの僅かな陥穽を突かれたことで瓦解した。

 人々の悲鳴を、ノコパラの哀願を、ルイジェルドの憤怒の視線を見届けながら、ルディアは己の甘さを理解させられた。

 そしてそのツケを支払っている。

 

 口角から泡を噴き始めたノコパラを投げ落とし、ルイジェルドが脱兎の如く逃走を始めたときも、騒ぎを聞きつけた衛兵に事情聴取をされているときも、宿に戻って荷物をまとめている間も──ルディアの脳内には怒りと焦燥と、何故、という答えの出ない疑問が渦巻いていた。

 それは街の外の荒野に出たあとも変わらなかった。

 

「お前たちは、互いを守るために必死で戦っていたのだな」

 

 街の外で合流したルディアに、ルイジェルドはそう告げた。

 

「守るべきものを持つ者は戦士だ」

「ルイジェルドさん、私は……いや、()は……!」

 

 ルイジェルドに認められた。その驚きと共に、蓄積させていた感情が堰を切って溢れ出す。

 周囲の悪意が、スペルド族というだけで恐怖される理不尽さが、そしてなにより、今回の失敗を招いた不甲斐ない己自身への怒りがルディアを責め苛んでいた。

 顔を歪めて口を開いたルディアは、最後まで発することなくルイジェルドに遮られる。

 

「みなまで言うな。俺が、お前に重荷を背負わせたのだ。今後は俺のことは後回しでいい。

 だがお前たちは、必ず故郷まで送り届けよう」

 

 信用してくれ、とルイジェルドは言った。

 その言葉にルディアはほんの少し救われた。

 もう考えなくてもいい。ルイジェルドの問題に頭を悩ませなくて良い。たとえスペルド族と恐れられようとも、一介の護衛として扱えばいい。

 そう言外に言われて、僅かに心が軽くなる。

 思えば、彼とは利害の一致で仲間になったのだ。

 ルイジェルドはそうは思っていなかったが、ルディアがそう決めたのだ。互いは対等だと、保護されるだけの子供ではないと。対等と扱われるのなら、報いなければならないと。

 それは知らずにルディアの心を縛っていた。

 だがルイジェルドは、もう気にするなと言った。対価などなくとも、俺はお前たちを守ると。

 

「いいえ。スペルド族の悪評は、必ず払います」

「頑固な奴だな」

「ルイジェルドさんほどじゃありません」

 

 今まではどこかに義務感が残っていた。

 街の中では助けるのだと息巻いて、ギブアンドテイクの関係だと、それを崩してはならないと心のどこかで己を縛っていた。

 だが今は、ルイジェルドの人柄に絆されて、純粋に助けたいと思う。

 俺のことは気にするなと言う男に、そういうことを言う男だからこそ力になりたいと思うのだ。

 

「明日から、またよろしくお願いしますね」

「そうだな。……よろしく頼む」

 

 笑みを向けると、ルイジェルドもまた、ふっと息を吐いて苦笑いを浮かべた。

 

 次の日、頭を丸めたルイジェルドにルディアが仰天するのだが、それはまた別の話である。

 

 

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