泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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魔大陸縦断(前)

 

 

「ふう……」

 

 大王陸亀(グレートトータス)の肉を前に、ルディアは何度目かの溜息を吐いた。

 既にリカリスの街を出てから三ヶ月が経過している。魔大陸に転移して以来、ルディアは慢性的な食欲不振に悩まされていた。はじめの一ヶ月は魔力欠乏による体調不良と、過剰なストレスによりなかなか食事が喉を通らず、人目を忍んで時折吐き戻してしまっていたほどだ。

 それはこの数ヶ月で大分緩和されつつあるが、それでも完治したとは言い難い。

 なぜならば、魔大陸の食材は大概が不味いからである。

 人族の中でも比較的繊細な舌を持つ──と自負しているルディアにとって、魔大陸の食事は耐え難いと言うほどでなくとも、食事において大きなハードルになっている。

 肉は筋張り、えぐみと臭みがなかなか取れず、野菜は土壌が悪いのか多くが萎びかけで、苦味が強い。

 

 今日もルイジェルド、そしてエリオットと狩猟した大王陸亀(グレートトータス)の肉を調理しようと奮闘しているが、なかなかうまくいかないのが現状である。

 ブエナ村の実家でゼニスとリーリャに習った料理技術が、まさかこんな形で活きることになるとは思わなかったが、何事も学んでおくべきであると再認識させられたルディアである。

 とはいえ、実家に比べれば調理器具もなければ調味料も足りない。前者はルディアの魔術でそれなりに代用が効くとはいえ、後者はそうはいかない。

 やはり今後街で調達すべきだろうか。

 

「エリオット、ルイジェルドさん。一応料理してはみたんですが、どうでしょう」

 

 そう調理した大王陸亀(グレートトータス)の肉を差し出してみると、エリオットは嬉々として、ルイジェルドは物珍しげに手をつける。

 

「結構いけるな」

「ああ、中々美味い」

「そうですか? では……うっ」

 

 二人の高評価を得て口にしてみると、口内に雑味と生臭さが広がった。端的に言えば、不味い。

 しっかりと茹で、火を通した上でなお硬さの残る肉。噛みしめた部分から口腔に染み出してくる生臭い肉汁。

 そういえばそうだった、と思い返す。魔大陸で生まれ育ち、大王陸亀(グレートトータス)は生でもいけると言っていたルイジェルドなら大体なんでも美味いと言うだろう。貴族のはずのエリオットは、どういうわけか味に対する許容量が妙に広い。

 この二人は参考にならない……と努めて味を意識せずに嚥下すると、どうしたものかと思案する。

 

 大王陸亀(グレートトータス)の肉は魔大陸でも主食とされているほどであるが、その巨大な図体から得られる栄養素とタンパク源として優れているのであって、味が保証されているわけではない。

 そもそも亀自体ブエナ村やロアでは食べなかった。

 ほぼ全ての亀は食用にできると聞いたことがあるが、それはこちらの世界でも当てはめて良いのだろうか。

 実際に食べる上で大きな支障となるのは筋の硬さと、生臭さの消えない肉汁である。

 下処理を丁寧に行い、調理に時間を掛ければ然程苦もなく食せる程度には緩和できるだろう。だが旅の途中の、野外料理でそんな凝った真似ができるはずもない。

 携行に適した干し肉にすれば生臭さは消えるが、肉が余計に硬くなり、ルディアの貧弱な顎では飲み込むまでの十数分、ひたすら咀嚼し続けることになる。

 せめてもの抵抗として、燻製にして風味を誤魔化すべきだろう。

 

 料理に関してはルディアがほとんど専属でやってはいるが、それ以外の雑事に関してはそうではない。

 夜間の見張りはルイジェルドがやると言っていたが、ルディアとエリオットの反対でローテーションを組んで対応することになった。

 衣類の洗濯も同様だ。それには下着も含まれていたが、これも前世で幼い弟の世話をしていたことを思えば特に苦にもならない。

 エリオットはルディアの洗濯物を前に挙動不審となっていた。泰然としているルイジェルドと比較すれば微笑ましい。

 

(女物の下着に慣れたのもいつからだったかね)

 

 はじめのうちはスカートにすら抵抗があったのを覚えている。それが生活するにつれ、少しずつ抵抗感が薄れていき……一〇歳の誕生日のとき、ヒルダやメイドに半ば無理やりにやたら生地の薄い下着を着せられたときは、半ば諦めの境地に至っていた。

 対して、魔大陸のそれは装飾は少なく、基本的に実用重視のデザインである。色気などないそれの方がルディアとしても身につけやすい。骨格的に男物が履きにくいというのもあるが。

 ルディアやエリオットが今まで着ていた衣服は質に出した。

 あからさまに貴族然とした服装は魔大陸にはそぐわない。服装だけで怪しまれることもあるのは、ミグルド族の里で経験済みだ。それに、アスラの縫製技術の高い服は、それなりにまとまった金額となった。

 雑多な冒険者然とした装束のほうが動き易いものである。

 ルディアとエリオットは成長期なので、衣服も当然それを前提に購入したものだ。袖や裾を詰めておき、成長に併せて少しずつ伸長していく。針仕事はブエナ村で家事の手伝いをして以来だが、やってみれば案外どうにかなるものだ。

 だが、ルディアが自分の下着も質に出そうとしたとき、エリオットは何度も「本当に売るのか」と確認してきた。今の衣服は目立つ、それにアスラの服一枚で魔大陸のものが五枚は買えると説得すると、渋々従った。

 下着とはいえ、服を売るのが嫌とはエリオットも案外潔癖な部分もあるものである。

 

 細かく決めるところまで決めてしまえば、あとはそう気負わなくて良い。

 立ち寄る街で、如何にして金を稼ぐか、そしてスペルド族の名誉回復を両立するかに頭を悩ませるだけだ。

 正直なところ、戦闘はさほど得意ではない。

 魔大陸の道中の凶悪な魔物たちも、ルディア達『デッドエンド』の敵ではない。Aランクに及ぶ魔物も、ルディアとエリオットのみでは危険が伴うが、歴戦の戦士であるルイジェルドにかかればさほどの強敵というわけでもない。

 ルディアの魔術はCランクやBランク程度の魔物相手では一撃で絶命せしめるほどの威力を発揮するし、エリオットの実力も既に高位の冒険者として通用するほどには規格外だ。

 だがそれでも、いざ戦闘となるとルディアは気が重くなる。戦うのはあまり好きではない。人間相手よりマシとはいえ、敵意と殺意を剥き出しにしたモンスターを前にすると、どことなく怖気付くのだ。

 やはり前衛には向いていないな、と常々思う。前衛が居なければ、ルディアはただひたすら過剰な火力を投射するだけの砲台となるしかない。

 戦闘時はエリオットかルイジェルドの背後に隠れているようにしよう。もとより魔術師とはそういう役目である。

 

 日常のルーティンが決まり、それが回り始めると──都市内限定でだが──ルディアはエリオットに対する魔神語の授業を再開した。

 エリオットの学習意欲は十二分に高い。周囲に人間語を話せる者が、ルディアとルイジェルドしかいないというのも影響しているのだろう。更に折衝のほぼ全てをルディアが担っていることを考えれば、その意欲の高さも頷ける話である。

 ルディアばかりに負担をかけさせまいという意思が透けて見え、教える側からしても悪い気はしない。

 精々が単語を拾う程度の知識しかなかったエリオットだが、難しい言い回しを除けば日常会話程度なら熟せるほど習熟しつつある。

 

 かくして三人組は、順調に南下を続けている。

 それが一年も経つ頃には、冒険者チーム『デッドエンド』はAランクに至っていた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 風に紛れて、鼻梁に仄かに磯の香りが漂ってくる。

 紛れもない潮風──海が近い証だった。

 荒涼とした丘を踏み越えると、新たな都市と海が目に入ってくる。

 

「ルディア、海だ!」

「海ですねー。うーん、磯の香り」

 

 魔大陸最南端の都市、ウェンポートである。

 孤立した魔大陸の唯一の交易都市にして、他の大陸に渡る無二の手段が築かれている港湾都市。それは中央大陸とミリス大陸を結ぶものほど大規模なものではないが、荒廃した魔大陸においては最も発展していると言っても過言ではない。

 過酷な魔大陸からは、高ランクの魔物の素材を。ミリス大陸からは木材を中心に様々な品を。互いに需要と供給に沿って長年交易を続けている。

 魔大陸は北方に行くほど閉鎖的で、種族単位の集落も多いが、南方はむしろ活気があり人出も多い。

 

「海を見たのは久しぶりだ。あまりいい思い出はないが」

 

 しみじみと呟くルイジェルドの視線は、海を通して遠くを向いている。その表情からある程度を察したルディアは追及しなかった。

 

(たぶんラプラス戦役の頃の思い出だろうなー。聞かない方がよさそうだ)

 

「港町でも余り街並みは変わらないんだな」

「魔大陸には建材が全然ないですからね。輸入できるわりには木造建築も少なめですし……あ、潮風で建材が傷むからかも」

「じゃあ、ミリス大陸に渡ればまた違うのかな」

「それはそうです。中央大陸ほどじゃなくても、魔大陸とは比べ物にならないくらい豊かですから」

 

 ふうん、と相槌を打つエリオットの足取りは魔大陸に来てから特に軽い。

 魔大陸での冒険者生活も、不安こそあれど満喫していたエリオットだが、新しい環境はやはり心躍るのかもしれない。ルディアとしても生活の水準が少しずつでも上がっていくのは歓迎すべき事態である。

 

「とりあえずは、宿だな」

「そうです。落ち着いたら海にでも行きますか?」

「いいのか?」

「観光くらいしたってバチは当たりませんよ。ルイジェルドさんも行きますよね?」

「構わん。……が、海で泳ぐのはやめておけ」

「だめなんですか?」

「駄目とまでは言わんが……海にも魔物がいる」

「あー……」

 

 至極もっともな理由にルディアとエリオットは納得した。エリオットは些か残念そうな雰囲気を出しているが、これで物分かりの良い少年である。

 

「漁業が成り立っていないわけではないようだが小規模だ。海人族の縄張りを荒さんように、そして専用の護衛も付けてやっている。

 浅瀬は比較的安全だが絶対とも言えん」

「それなら仕方ないな……」

「水泳は後でも出来ますよ。ミリス大陸か中央大陸に行けば、大きな川か湖くらいありますし」

 

 雑談を交えながら都市に入る。

 門番に冒険者証を見せると、まず少年と少女の構成に驚き、そしてランクの高さに驚かれる。もはや慣れ親しんだ反応である。

 

「お金はありますから、ウェンポートでの稼ぎはなしにしましょう。ミリス大陸に渡ってからの方がおいしい仕事は多いです」

「わかった」

 

 時刻は昼過ぎ。宿を見定めてからそれなりに時間はある。久々にゆっくりと市場を物色するのも良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 ウェンポートの冒険者ギルドでも、少年少女と壮年の魔族という組み合わせは、それなりに視線を集めた。

 まずは若すぎるルディアとエリオットの外見に冷やかしの声が上がり、『デッドエンド』の名前に猜疑と畏怖と感嘆の声が上がる。それを聞いてスペルド族の名声回復の手応えを確認するのも慣れた作業だ。

 ルディアとエリオットの年若さに絡んでくる冒険者もいるが、大抵はルイジェルドの歴戦の風貌に引き下がるのだ。ルディアはまだまだ年端もいかぬ少女といった塩梅だが、エリオットは少年ながらルイジェルドの隣に立つと、一端の剣士としての雰囲気を俄かに醸し出す。

 二人がいれば多くの冒険者は侮るのをやめるのだ。そこにルディアの話術で切り込んでいけば、大概の相手は毒気を抜かれて会話に応じる。

 魔大陸北部では通用しにくかったが、人族の増え始めるウェンポートとなると、魔族側も人族の機微に聡い者も増え始める。

 

 エリオットは理性的だ。

 挑発、嘲弄の類にも応じず、無視かあしらう程度にとどめている。確かに思うところはあるようだし、むっと眉を顰めて睨み返すことはするが、それでもその程度だ。余計な火種を抱えまいとする自制心は、ルディアから学んだものだろう。

 そもそもルイジェルドはその類の挑発はまるで気にした風もなく飄々としている。

 だが嘲りのほとんどが、二人の──特にルディアの年若さに端を発していることを鑑みれば、多少の罪悪感と申し訳なさを感じるものだ。

 

 

 

 

 

「え……緑鉱銭二〇〇枚? どうしてそんな値段に……」

 

 検問所にて、ルディアは渡航費用の金額、その高額さに目を白黒させていた。

 目の前の係員はさもやる気のなさそうな態度で、カウンターに肘をつける。

 

「そんなもん言わなくてもわかるだろうが」

「ぼったくりじゃないんですか?」

「……お偉いさん方の決めたことだよ。どうせテロ対策とかだろ? スペルド族なんて危ない種族をそうそうミリス大陸まで行かせるかってことだよ」

 

 係員は溜め息をつきながら、胡乱気にルディアの背後のルイジェルドを見遣った。その表情は迷惑客の悪ふざけに、取り立てて目くじらを立てるつもりもないが、さりとて対応しない訳にもいかない役人の苦労が透けて見えた。

 

「見栄を張るのは構わんが、どうせ渡航の時に種族は調べられる。金の無駄になるからやめときな」

 

 聞くに、種族を偽ること事態には然程の罪はないらしい。不足分の渡航費を追加で求められる程度だという。

 

「……わかりました。教えていただいてありがとうございます」

 

 礼を言ってその場を辞す。

 出鼻を挫かれたかたちとなったが、嘆いても状況が変わるわけでもない。

 ともかく、今後の計画の練り直しが必要になった。それだけは事実だった。

 

 




エリオット
 下着売んの? マジ? そりゃ売れるだろうけどさあ……

ルイジェルド
 なんでエリオットが渋ってるのかわからん

ルディア
 お金だいじ
 てか魔大陸の飯が不味すぎて死にそう
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