泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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魔大陸縦断(後)

 

 

 白い波が打ち寄せる浜辺で、エリオットは剣を執っていた。

 視界の端で羽ばたいたウミネコがにゃあ、と鳴く。

 波打ち際の砂浜は、踏み締めると靴が僅かに沈み込む。石造りの粗末な防波堤の他は、露出した岩と白い砂浜ばかりが目につく場所だが、鍛錬のための広さは十二分にある。

 手に執る剣は片刃で反りの浅い曲剣。十二歳の誕生日を迎える前に鍛えて貰った得物であるそれは、ルディアに言わせれば曲剣というよりも太極刀のそれと近い。ギレーヌの進言を受けたフィリップが、優れた刀鍛冶に依頼し彼に合わせた剣を打たせたものだ。

 刃渡りのほどは七〇センチ余り。僅かに湾曲した柄は手に馴染み持ち易く、片手持ちにも両手持ちにも対応する。

 ミグルド族から贈られたカトラスもある。幅広で反りの深いカトラスは頑丈で非常に小回りが効くが、刃渡りが長い分エリオットは曲剣の方を愛用していた。腰の後ろに提げたカトラスはあくまで副装で、得物を失ったときに使うのだ。

 

「ルディア、もう一週間もこもってるけど、大丈夫かな!」

 

 気合いと共に曲剣を叩きつけるも、その斬撃はルイジェルドの短槍にすげなく打ち返された。

 

「気を散らすな!」

「わかってる!」

 

 エリオットの曲剣とルイジェルドの短槍が中空で交錯し、甲高い金属の衝突音を響かせる。

 ルディアはこの場にはいない。

 彼女はこの一週間ほど逗留した宿に籠っている。

 

 ウェンポートに辿り着いた三人は、早々に魔大陸を出るため渡航の段取りをつけようとしたところ、スペルド族のルイジェルドに法外な額の渡航費を提示され、足留めを食らっていた。

 一週間ほど前、別行動をとったルディアは魔界大帝キシリカ・キシリスと遭遇し、魔眼を下賜されたと報告。エリオットとルイジェルドを仰天させた。

 以来彼女は魔眼の制御のために宿に籠ると宣言し、毎日悪戦苦闘している。

 渡航についての相談もエリオットはしたかった。時折考えた案をルディアに出すが、どれも粗く問題は残る。

 口惜しいが、エリオットは頭脳労働においてルディアに一歩譲る。その上彼女が出す案は地に足がついており、そうでなくとも画期的だ。ならば自分が余計な口出しをして思考をかき乱す方が彼女の足を引っ張ることになりかねないのではないか?

 

 乱れ始めた思考の隙を突くように、ルイジェルドの蹴りがエリオットに叩き込まれた。吹き飛ばされたエリオットは空中で体勢を立て直し、受け身を取って起き上がる。

 咄嗟にブロックした腕は痺れ、指先が震えていた。

 

「集中しろ、エリオット。実戦でそんな隙を晒す気か」

「……悪かったよ」

 

 厳しい叱声に、エリオットはようやく我に帰る。

 今の致命的な隙──ルイジェルドならば三度はエリオットの急所を抉っていたことだろう。実戦でそんな無様は晒せない。

 なにより、その実戦で遅れをとるまいと──ルディアやルイジェルドの脚を引っ張るまいと、こうして特訓をしているのではなかったか?

 

「ごめん、ルイジェルド」

「わかったならいい」

 

 自戒して、エリオットは曲剣を構え直した。

 ルイジェルドの得物は三叉の白い短槍。

 その長さはおよそ一五〇センチ余り。その時点で間合いはルイジェルドが圧倒的に優位だが、エリオットが攻めあぐねる理由は当然それだけではなかった。

 見上げるような長身の彼は、その三叉槍をまるで自らの手足の延長のように扱うのだ。

 白い柄に緩く手を添え、風車の如く旋転させながら穂先を空中に奔らせる。幾線も空中に閃く斬線に警戒し飛び退けば、ルイジェルドの手は槍の柄を滑り、穂先がエリオットを追って雨のような刺突が迫ってくる。

 ルイジェルドは歴戦の戦士である。視線で、体捌きで、そして得物の動きでフェイントを仕掛け、相手を誘導し、自らの有利なように戦況を動かす。

 戦闘種族たるスペルド族の槍術を、四〇〇年に及ぶ戦闘経験によって昇華させた彼の技巧を持ってすれば、エリオットをあしらうことは容易い。

 例えば──

 

「ふッ──!」

 

 エリオットはルイジェルドの連撃を捌く最中、そこに僅かな間隙を見つけた。短槍を大きく薙ぐその刹那、下腿に僅かに力が籠り動きが鈍る。

 エリオットは退がると見せかけて脚を組み替え、砂地を蹴り──そしてルイジェルドの胸元に向け刃先を突き入れた。曲剣とは言え、カトラスに比べその反りはやや浅い。鋭い刃先は斬撃だけでなく刺突にも適するのだ。

 防がれても剣の間合いまで肉薄してしまえば、離されるまでの数合はエリオットに優位な展開を期待できる。

 が、ルイジェルドは短槍の柄でエリオットの突きを弾くや、手元で短槍を旋転させた。

 跳ね上がった石突が、肉薄したエリオットの顎を強かに打ち据える。

 

「ぁがッ!」

 

 視界に火花を散らしたエリオットは、砂地に背中から倒れ込んだ。咄嗟に膝立ちになるも、バランスを崩して地に手をつく。

 どうやら脳が揺れているらしい。

 

「わかったか?」

「……わかった」

 

 言葉少なに問いかけるルイジェルドに、エリオットは頷いた。

 要は、誘われたのだ。ルイジェルドの猛攻に焦ったエリオットは、その時点で大振りを誘ってその刹那に距離を詰めるしかない、という思考を固定化させられていた。

 そもそもルイジェルドがそうそう隙を晒すはずがない。エリオットにも微かに分かるか分からないか、という微妙な塩梅の、そういう巧妙な罠だったからこそエリオットは誘われたのである。

 だが、とルイジェルドは一呼吸おいて、石突を砂に突き立てた。

 

「罠はともかく、隙は見破れた。成長したな、エリオット」

「本当か!」

「ああ。だが天狗になるなよ」

 

 ルイジェルドは、口下手なのもあるが──鍛錬の時に多くを語らない。性格に反し、合理を重んじ理詰めの剣技を振るうギレーヌとは対照的だ。

 無論ルイジェルドの戦闘術にも理はある。それを鍛錬のなかで、刃を以て語るのだ。その光景を見たルディアは、感覚的すぎてよくわからないとぼやいていた。

 もとより動きの全てを言語化できるわけではない。ならばある意味ルイジェルドのそれも合理的なのだ。

 

「あ、ここにいた」

 

 不意に聞き慣れた声がして、エリオットは振り向いた。

 布で包んだ杖を持ったルディアが、ざざ、と緩やかな防波堤を駆け下り、砂浜に着地する。

 裾の埃を払う様子にルイジェルドが僅かに眉をひそめた。

 

「ルディア、一人でここまで来たのか?」

「そうですけど……」

「あまり一人で出歩くな。そう言ったはずだぞ」

「心配性ですねー。なるべく大通りを歩いてきましたし、絡んできた奴も撃退しましたよ。今頃は大通りで白目剥いて日向ぼっこしてるはずです」

 

 魔大陸は中央大陸、ミリス大陸とは比べ物にならないほど治安が悪い。それはアスラの貧民街(スラム)も同然といった程にである。

 フィットアを離れ冒険者の格好をし、魔大陸の塵世に慣れきったとはいえ、ルディアが見目麗しい少女であることには変わりない。うらぶれた冒険者崩れや人攫いにとっては与し易く、同時に魅力的な、所謂美味しい(・・・・)獲物──好餌に見えるのだろう。

 魔大陸に来たばかりのときは大通りすら安全ではなく、何度も襲われたものだ。無論全て撃退したが。

 

 エリオットはルディアの事はさほど心配してはいなかった。彼からすればルイジェルドの言い分にも理はあるが、同時に過保護なきらいがあるように感じられる。

 人攫い程度、彼女の敵ではない。それはアスラにいた頃より思い知っていた。自分が手傷を負い梃子摺るような相手すら、ルディアは苦もなく制圧してのける。未だ己の実力は、彼女に追いついてなどいないのだから。

 だがそれはそれとして、確かに──雑多な有象無象が、下賎な欲望を隠さずに彼女に群がるのは良い気分ではない。

 言い返すルディアにルイジェルドは槍を下ろす。

 

「お前の力は信用しているが、そういう問題ではない」

「……まあ、わかりましたよ」

 

 ルディアは不承不承といった体で頷いた。

 

「ルイジェルドは心配しすぎだ。……それで、どうしたんだ? 探していたんだよな」

「あ、そうなんですよ。やっと魔眼の調節が出来るようになったので、その報告をば」

「ほう……ならば、エリオットと手合わせしてみろ」

「いいですけど……?」

 

 了承したルディアに、ルイジェルドが拾った木の枝を手渡した。エリオットとこなしていた鍛錬と違い、真剣を使ってできるものではない。

 同様に枝を投げ渡されたエリオットが目を瞬いてルイジェルドを見遣る。

 

「俺もいいけど……ルイジェルド?」

「たまには違う相手ともやってみろ」

 

 仮にも師事する相手の言うことである。エリオットに否やはない。

 それに、この一年間エリオットも努力をしてきたのだ。それこそ転移以前よりもひと回りは強くなっている自信があった。魔術ありきではまだ敵わなくとも、近接戦でルディアに遅れはとれない。

 

「エリオットとやるのも久しぶりですね」

「一年振りだな。前の俺とは違うぞ」

「私も、貰った魔眼がどれほどか試させてもらいますからね」

「雑談はそこまでだ。始めろ」

 

 エリオットは木の棒を上段に構えた。

 対するルディアは平正眼──中段の構えである。

 エリオットのルディアに対する勝率は九割以上。最後の立ち合いから実に一年が経過しているが、日常的に剣を執っているエリオットと、いよいよ魔術に傾倒しつつあるルディアでは、実力差は開きこそすれ縮まる事はまずないと思っていい。

 魔眼の程度がどれほどのものであれ、エリオットは己の勝利を疑ってはいなかった。

 とはいえ、油断するエリオットではない。

 上段から振り下ろす一撃は最も速度と体重の乗った一撃である。膂力と技量の両方で劣るルディアは必然、対応として回避を強いられる。

 小手調べとばかりに放った袈裟懸けの一撃は、余裕をもって避けられた。たった一歩ルディアが退がるだけで、エリオットの木の棒は僅か数センチが届かず虚しく空を斬る。

 逆袈裟に切り返した木の棒は、やや危うくも凌がれた。受け流したルディアは、そのまま反撃に転じる。首筋を狙った木の棒が、横薙ぎにエリオットに振るわれた。

 エリオットはそれを避けようとして──

 

「! うおっ」

 

 その軌道が予想外に伸び、すんでのところで上体を反って躱した。樹皮が鼻先を擦過し、エリオットは飛び退いて距離をとる。

 動きを読まれたのか──どうやら、未来が視えるというのは本当らしい。ならば、小手先のフェイントなどは余程意表をつかない限り対応されるだろう。

 木の棒を振り上げようとして、その拳を狙い撃つようにルディアの棒がしなった。その軌道から守るように手首を捻り、持ち手に近い部分で受ける。弾き返し、攻勢に転ずるも、ルディアの防御を崩すには至らない。

 否、崩れかけてはいる。だが今一歩で崩しきれず、ルディアの防戦を許していた。

 ルディアはエリオットの攻勢に、先読みでもって対応する。避け、いなし、あるいは機先を制するような先の先の攻撃で、怒涛の連続攻撃へと踏み切らせない。

 膂力にものを言わせ木の棒を叩き落とそうとしても、ルディアは機敏に得物を翻し一定の距離を保つのだ。

 

「……ッ!」

「エリオット、攻め手が甘いですよ」

 

 やりにくい。

 エリオットとてそれなりに研鑽を積んだ剣士である。

 ルディアの足捌きや視線の動きから、動作の先読みをするのは難しくない。ルディアが攻めに転じても、受ける立場となれば防ぎきるのは可能だろう。咄嗟の反射神経でもエリオットはルディアを上回っている。

 が、ルディアによる先読みは精度が段違いだ。なんとなれば一手先どころか、二手三手も読まれている。これがエリオットが攻めるとなれば、崩し切るのは至難の業だ。

 懐に潜り込めば、その状況を変えられるだろう。

 如何に先読みの精度が高くとも、至近距離からは回避が難しければ退がって距離を取ることも容易には出来まい。だが強引に攻めれば、思わぬ反撃を喰らうことになりかねない。

 

「……」

「げ」

 

 飛び退って距離をとると、刀身を下段に、後ろに流して半身で構える。

 エリオットの対処は極めて単純だった。動きを先読みされるのならば、対応しきれぬ疾さで打ちかかるだけのこと。

 

「ふッ!」

「わわっ!」

 

 横薙ぎの一閃──ルディアはそれに木の棒を立てるように応じた。だがエリオットの棒は途中で軌道を変え、それを避けるようにルディアを襲った。

 手首を返し寸前で防ぐことに成功したルディアが、続く連撃に肝を冷やしたように声を上げる。ルディアにとってエリオットの太刀筋は見慣れている。だが、先読みをもってしても先の一撃はルディアに焦りを生んだ。

 『こちらの動きを見てから対応される』──一秒先に調整した予見眼では一刹那の攻防は捉えきれない。ルディアにはエリオットの動きが二重にブレたように感じられたのだ。

 期せずして予見眼に対する有効打を放ったエリオットだったが、今の一撃で決めきれなかった事に歯噛みしていた。

 そのまま畳み掛けるも、ルディアを捉え切ることは叶わず──攻撃に合わせるように放たれたカウンターを、ついに避け損ねた。

 咄嗟に得物から離した左腕で木の棒を受け、痛みに耐えながらも前に出る。視界外から強襲する一撃を寸前で回避し、ルディアの足を薙ぎ払った。

 当然跳躍し回避される。だがエリオットの狙いはルディアの動きを止めること。跳躍という選択を強要することだった。そのまま得物を振るうことすら惜しいとばかりに手放し、手刀で空中のルディアに突きかかり──

 

「そこまでだ」

 

 ルイジェルドの宣言で試合が終了した。

 手刀がルディアに到達するその刹那──切り返したルディアの木の棒がエリオットの背中に命中していたのだ。

 

「か、勝った……?」

 

 ルディアが驚きを込めて呟いた。

 それも無理からぬことである。通算戦績で言えばルディアはエリオットに対し一〇戦して一勝すら怪しいのだ。今ではその差はさらに広がっていたはずである。

 打たれた部分をさすりながら、膝をついたエリオットが立ち上がる。

 

「俺の負けだな……」

 

 完敗だ、とばかりに差し出した手をルディアが握った。

 

「いえ、魔眼の力あってこそですよ」

「そうかも……なっ!」

 

 握った腕に力を込め、引き寄せる。

 その奇襲すらルディアは予見していたと見えて、放った拳を容易く受け止めた。

 だがそれは罠である。拳を受け止めた手のひらに、指を絡めるように掴んで拘束すると、ルディアの翡翠色と若草色の瞳が見開かれた。

 

「ちょ、エリオッ……わぁっ!」

 

 両腕を掴んで仕舞えば、膂力に劣るルディアに処方はない。エリオットは捕まえたルディアの足を払って砂浜に引き倒した。

 ざざ、とルディアの背中の下で砂が音を立てる。

 

「エリオット、そこまでにしろ」

 

 歩み寄ってきたルイジェルドが、エリオットの肩に手を置いた。

 ややあって身体を起こしたエリオットが、ルディアを立ち上がらせる。

 

「背中を打たれた時点でお前の負けだ」

「……わかってるよ」

 

 背中や腰の砂を払いつつ、ルディアがぼやいた。

 

「もう、髪にまで砂がついちゃったじゃないですか」

「ごめん、ルディア」

「まあいいですよ。これくらい」

 

 ルイジェルドにとってもルディアの動きの良さは予想外だったらしく、槍を担いだままほう、と声を上げる。

 

「存外に使いこなせているな」

「一週間苦労しましたからね」

「付き合わせて悪かった。宿まで送ろう」

「えー、気にしなくていいんですけど」

 

 ルイジェルドに連れられ、渋々宿に戻るルディアを見送って、エリオットはその場に腰を下ろした。

 

「……ふー……」

 

 溜息のように、大きく息をつく。

 砂浜に転がっていた木の棒を拾いあげる。

 負けたのだ。完膚なきまでに。

 模擬戦は接戦に見えて、試合内容は言い訳の余地なく敗北だ。今一歩のところまでルディアを追い詰めはしたものの、エリオットは一度たりとも攻撃を届かせてはいなかった。

 

 ぎしり、と手の中で、エリオットの握力に枝が軋んだ。

 己は調子に乗っていたのか?

 自己嫌悪の中、自問する。

 魔大陸での一年間、実戦経験を積むだけでなく、知る限り最強の戦士であるルイジェルドに師事し、研鑽を積んだのだ。

 一介の剣士として恥じないほどの力をつけたはずだ。

 偶然にもルイジェルドから一本を取れたこともあった。生半な冒険者など一蹴できるほどの力を──それでも足りないというのか。

 愚問だ。問うまでもない。

 答えは明白──それでは足りなかったから負けたのだ。

 たかだか上級剣士程度の実力では足りないのだ。

 冒険者パーティ『デッドエンド』の中で明確に劣るのだ。

 

 転移し、魔大陸の過酷な土地を越え、故郷に帰ろうと奮起した。言葉すらろくにわからぬまま、せめて足手纏いにはなるまいとルイジェルドに頼み込み、鍛錬を重ねた。

 だのに、守られるべき後衛の彼女に近接戦闘で遅れをとり、挙句あてつけのような不意打ちを仕掛けたのだ。

 

「……くそッ!」

 

 渦巻く懊悩に歯を軋らせ、手の中の木の枝を海に擲つ。さほど重みのない枝は緩やかに回転し、飛沫をあげて海に落ちた。

 

 ……ルディアは弱かったはずだ。

 剣術に於いては、という枕詞こそつくが、少なくともフィットア領にいたころの彼女に対しては、ほとんど勝ちは揺らがなかった。

 認めるべきだ。今のルディアは上級剣士を近接戦闘で制するだけの実力があるのだと。だが彼女がそれだけの力を手にしたとして、それならば己がいる必要などあるのだろうか?

 魔術師として規格外の彼女が、自衛手段として近接戦闘までこなし、あまつさえ己よりも強いならば……

 

「エリオット」

「……ルイジェルド」

 

 どれほどの時間が経ったのか──いつの間にか、ルイジェルドが横に立っていた。

 

「ルディアは?」

「宿まで送った。お前のことを気にしていたぞ」

「……」

 

 悟られていたのだろうか。

 フィットア領領主の孫という立場も、領民からの支持も、魔大陸においては全てが無だ。己が恃み、よすがとするものは剣の腕しかない。

 それを打ち破ってしまったとルディアが自覚したのだろうか。

 だが、それは彼女が気にすることではないはずだ。

 遅れをとったのは、全てが己の至らなさゆえ。研鑽が不足していたがゆえだ。

 

「……ルディアは異常だ」

 

 沈黙に何を思ったのか、ルイジェルドが呟いた。

 

「無詠唱魔術といい、流暢な魔神語といい……一年でウェンポートまで辿り着いた手際もそうだ」

 

 ルイジェルドの言は、エリオットとて否定する余地はない。

 尋常な少女なら、どれか一つをとっても満足にはできないだろう。無詠唱でなくとも魔術すら、あの歳で使おうというなら初級か、精々中級が関の山である。

 

「……中でも魔眼は、一朝一夕で制御できるものではない。俺の戦士団にも魔眼持ちはいたが、一生制御出来なかった」

「……だから、俺が負けたのも仕方ないと?」

 

 エリオットの反駁にルイジェルドは首を振った。

 

「そうは言わん。だが殊更に落ち込むほどでもない」

「剣士の俺が、魔術師のルディアに負けたのにか」

「……」

 

 慰めを聞くつもりはない。

 その無言の主張に、今度はルイジェルドが黙り込む番だった。

 

「……俺もわかってるよ。ルディアが特別だってことくらい」

 

 だが、それとこれとは話が別なのだ。

 彼女が特別なことは、エリオットがルディアに劣っていい理由にはならない。

 それがあるいは、転移する前の、フィットア領でのことだったらまた話は違ってきただろう。

 エリオットもルディアは特別で、己には及びもつかない存在であると、住む世界が違うのだと、劣等感を抱きながらも認められたかもしれない。

 いずれ己はボレアス家の内務官か名士として、そしてルディアは魔法大学へと道を違えるのだから。

 だが、そうはならなかった。

 未曾有の災害に巻き込まれ、故郷へ辿り着こうという運命共同体として、二人は魔大陸にいるのだ。

 

「エリオット。お前には才能がある」

「後衛に遅れをとる俺に、才能があったところで何の役に立つんだ」

「黙って聞け。いいか、特別なのはお前も同じだ」

 

 静かな口調だったが、ルイジェルドの声には熱がこもっていた。その様子に口を閉ざす。

 

「お前は曲がりなりにも俺に一撃を入れた」

「それは……あのときはルイジェルドも気が散っていただろ」

 

 思い出すのはつい先日のことだ。

 毎日の模擬戦の中、どこかに気を取られたルイジェルドの、その一瞬の隙を見逃さずにエリオットは打ち込んだのである。

 無理な体勢からの奇襲だったが、むしろそれが功を奏し、弧を描いたエリオットの踵はルイジェルドの手首に直撃した。結果として得物を奪うことはできなかったが。

 

「それでもだ。たとえルディアと同じように試合ったとして、そして同じように俺が何かに気を取られたとしても、奴では俺に一撃を入れることはできん」

 

 お前の才は天性のものだ、と続けるルイジェルドに、もはやエリオットは反駁するつもりはなかった。

 ただ腰に吊った剣帯の、曲剣の柄を握りしめた。

 

 己を恥じる。

 ルイジェルドにここまで気を遣われて、なおもいじけたままでいられるほど、エリオットは腑抜けではなかった。

 足りぬというのなら、鍛えるしかないのだ。

 ルディアの成長速度に己が追いつくしかない。

 今では到底、彼女のそばに並び立つことなど出来ないのだから。

 エリオットは立ち上がるや、砂を払ってルイジェルドに向き直った。

 

「ルイジェルド、もう少し付き合ってくれ」

「腑抜けは治ったか。ならばいい、構えろ」

 

 短槍を構えたルイジェルドに向け、エリオットは曲剣を手に裂帛の気合を張り上げた。

 

 





 エリオットの曲剣は先細りのそれではなく太極刀寄り、つまり形としては鳳雅龍剣に近い感じです。
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