おにまいがTS作品として素晴らしいと聞いて
「へえ、俺が寝てる間にそんなことがねえ」
横になったギースは、肘を立てて枕にしながらぼやいた。
看守に殴り倒されたギースがのびている間の出来事を説明すると、ギースは感心したように声を上げる。
あれから既に一晩が経過していた。ルディアの指先と爪先、そして殴られたギースの頬は、治癒魔術によって治療済みである。
「獣族は融通がきかねえとは思っていたが、中にはわかる奴もいるんじゃねえか」
「ありがたい話ですね」
結局ルディアは再び裸に剥かれることはなく、毛布に身を隠したままでいることを許されていた。冷水も従順でありさえすれば、無闇に浴びせられる心配もない。
羽織るものが毛布しかないのに、ギースが同じ牢に入れられたままなのには些か抵抗感があったが、ルディアは恩人に感じるべき感情ではないと己を戒める。
「ギースさんて、冒険者なんですよね?」
「ん? おう、そうだぜ。俺様こそが天下に名だたるS級冒険者こと、ギース・ヌーカディアよ。
……てかさん付けはやめろって。んな畏まられるような人間じゃねえんだからよ」
ひらひらと手を振るギースは、硬い木の床の上だというのにまるで気にした様子がない。
冒険者。なるほどそうしてギースを見てみると、多少の装備は没収されているようだが、動き易い格好といい、牢の中でありながら泰然とした態度といい、それなりに場数と経験を踏んでいるように見えるものだ。
無論ルディアとてA級という上位冒険者の端くれである。しかしルディアは冒険者として活動を始めて僅か一年半余り。戦闘力では並の冒険者の追随を許さない自負があるが、経験そのものでは熟練の冒険者に一歩も二歩も譲るだろう。
彼ならば、あるいは。
「そんな冒険者様なギースは一体何ができるんです?」
「なんでも出来るぜ」
「なんでもって……
「そりゃ無理だ。俺は喧嘩が弱いんだよ」
「女を百人同時に相手するとか?」
「嬢ちゃん意外と下品なこと言うね……精々一人か二人だよ。そんな絶倫じゃねぇ」
「ラノア魔法大学の入学試験をパスするとか」
「魔術もからきしだなあ……」
そこで一度言葉を切り、ルディアは周囲に素早く視線を走らせた。
食事係の女戦士は今の所見当たらない。看守もそれなりに距離があり、視線があらぬ方を向いている。それに此処からの距離なら、獣族であっても声が聞き取れるとも思えない。
ルディアはおもむろに距離を詰め、声を潜めて囁きかけた。
「たとえば……この牢から抜け出して、ザントポートに辿り着けたり?」
ギースはルディアの顔をまじまじと見た後、ちらりと看守を見遣り、再び胡乱なものを見るような視線をルディアに戻した。
「嬢ちゃん、逃げるつもりなのか?」
「ええ。おかげさまで手も足も治りましたし、魔術も使えるようになりましたので」
「んで、俺を頼るってか。逃げたら追手がかかるかも知れねえんだぜ? 冗談じゃねえ」
「街までの道がわからないんですよ」
自分でドルディアの集落を訪ねたギースなら、ザントポートまでの道のりもわかるだろうというのがルディアの予想だった。
戦闘員でもなく魔術師でもないというのなら、冒険者としての彼の役割はおそらく
それに、迷宮ですらないミリス大陸の魔物程度、今のルディアなら蹴散らしてしまえる。彼女に必要なのは道を先導してくれる案内人だけなのだ。
「あのな嬢ちゃん。確かに俺は成り行きであんたを助けたけどよ、だからってそこまでしてやる義理はないぜ」
「え……」
だがギースはルディアの内心を知ってか知らずか、すげなく断った。
土地勘も何もない大森林に放り出されたなら、ルディアは全裸のまま、あてどなく彷徨うしか処方はない。よほど僥倖に恵まれなければ餓死は避けられまい。
「そ、そこをなんとかなりませんかね?」
「ならねえよ。なあ嬢ちゃん、よく考えてみろって。嬢ちゃんと違って俺はイカサマで放り込まれたんだぜ?
何日か牢屋で寝てりゃ出してもらえる俺が、どうしてそんなリスクを背負って嬢ちゃんの脱獄に手を貸してやらにゃならねえんだ」
「う……」
ギースの言葉はまさに正論だった。
彼にはルディアを助けるだけの義理もなければメリットもない。そして今のルディアには、ギースを納得させるだけのメリットを提示できるはずもなかった。
最も安易な報酬は金だが、幾ら提示しようと後金でともなれば、空手形と思われても否定できる材料もないのだ。
「冤罪だったんだろ? 待遇は一応良くなったし、さっきの姉ちゃんだっている。冤罪が晴れるまでもうちょい待ってみてもいいんじゃねえか?」
黙り込んだルディアを慰めるように、ギースが口調を和らげた。
「でも……仲間を待たせてるんです」
「そのお仲間だっていつ来るかわかりゃしねえ。嬢ちゃんが来てから六日、案外もうザントポートにはいねえかも──」
ギースはそこで言葉を切った。
顔を上げたルディアに鋭い視線を向けられたからだ。
「……わりい、失言だったな」
「いえ……」
ルディアはかぶりを振った。
エリオットとルイジェルドの姿が脳裏に浮かぶ。彼らは己を決して見捨てるような真似はすまい。エリオットは無論のこと、ルイジェルドもこと裏切りという概念からはもっとも遠い人物のはずだ。
「……もう少し待ってみることにします」
「そうしな。逃げる算段を考えるのはもっと切羽詰まってからでもいいさ」
ギースは頷いて、そのまま硬い床に転がった。
この図太さも彼が長い冒険者生活を通して培ったものなのだろう。
言われてみれば、確かに性急だったかもしれない。
助けられはしたものの、ギースとはつい昨日顔を合わせたばかりのほぼ初対面である。それに目に見える傷こそ治癒したが、ルディアの体調も体力も未だ万全とは程遠い。五日間の監禁生活は彼女の精神と体力に大きく影を落としている。勇んで飛び出したところですぐに動けなくなるだろう。
(……あと一日か二日待とう)
寒さや拘束から解放されたルディアの体力が回復するまで、少なくともその程度は見積もったほうが良さそうだ。
牢の中は暇で、どうしようもなく手持ち無沙汰だ。フィギュア製作などしたくとも、安易に魔術を使うことが憚られる状況では、会話の種が尽きれば漫然と横になるしかない。
溜息をついたルディアは、粗末なベッドに横たわり、毛布を首筋まで引き上げた。
×××
異変に真っ先に気付いたのはギースだった。
「なあ……気のせいかも知れねえけどよ。なんか、煙たくねえか?」
食事を済ませ、うとうとと微睡んでいたルディアは、ギースの言葉に頭を起こし、ごしごしと瞼をこすった。
「確かに……なんか、変な匂いがします」
すん、と鼻を鳴らすと、確かにいがらっぽい臭気が鼻についた。どことなく身に覚えのあるそれは、魔大陸の石化の森で戦闘をしていたとき、加減を誤ってストーントゥレントに過剰な威力の火魔術を叩き込んでしまったときの、あの匂いに良く似ていた。
率直に表現するなら、乾燥していない生木を燻るような、あるいはハイキングの途中で森林火災を遠巻きに眺めているときのような──
「なあ、なんか暑くねえか?」
「……それ酒場で女の人が服脱ぐときの台詞でしょ」
ギースの言葉に軽口を返しながらも、じわじわと悪寒が体を這い上がっていく。
ただ嫌な予感としか表現のしようもないが、歴戦の冒険者であるギースはルディアよりも鮮明にそれを感じ取っていたらしい。
おもむろに立ち上がった彼は、牢の扉から外を見回し、そして血相を変えて振り向いた。
「おい嬢ちゃんやべぇぞ! 火事だ!」
「火事!?」
ずり落ちそうになる毛布を慌てて引き上げて、体を隠しながら立ち上がる。
牢から見える範囲でもちらほらと、集落に火の手が上がっているのが確認できる。
「とにかく、脱出しましょう」
「どうやってだ!?」
「こうするんですよ!」
言うやいなや、ルディアが牢の扉に向けて手を翳すと、猛烈な勢いで細い水流が発射され、牢の鍵を切断した。
「流石だぜ嬢ちゃん!」
「褒めるのはあとです! 逃げますよ!」
牢から飛び出すと、煙の匂いが強くなる。
火事──それも広範囲に広がっている。だがこれは好都合かもしれない。
「ギース! 町までの道はわかりますか!?」
好機だとばかりに声を張り上げたルディアに、ギースはわかるか! と跳ねつける。
「ちょ、道分かるって言ってたじゃないですか!」
「こんだけ盛大に燃えてちゃわかるもんもわかんねえよ!」
確かにそうこうしている間に、火の手は広がっていた。煙の濃度はより濃く、集落が業火に包まれ始めている。
木々だけではなく、炎が樹上の家屋を舐めていく。
「う……あつっ」
舞った火の粉が素肌に飛び、鋭い痛みにも似た熱さがルディアを襲う。
雨季も近いというのに、想像以上に火の回りが早い。火元は間違いなく複数箇所。事故や自然発火も考えにくいだろう。
「まさか、放火……?」
「はあ!? ……いや、そのまさかかもしれねえな」
風と共に運ばれてくる悲鳴を聞きながら、険しい顔でギースが呟いた。
「煙に混じって油の燃える臭いがしやがる。こりゃ火事どころの話じゃなくなってきたぜ」
視界の隅で、逃げ遅れた子供が煙に巻かれながら橋や木道を走っている。
「逃げ遅れ……っていうより、避難が済んでない?」
今にも焼け落ちそうな橋を駆ける子供に、火の粉を巻き上げる太い枝が落下する。それをすんでのところで吹き飛ばし、駆け寄ってきた子供を抱き留めた。
「やるじゃねえか、嬢ちゃん!」
「もちろんです!」
「なあ嬢ちゃん、この火事を止めることはできるか?」
「そりゃ、できますけど……」
ルディアはギースから視線を逸らし、口籠る。
正直に言えば、気乗りしなかった。
獣族は冤罪でルディアを牢に入れ、散々な仕打ちをした相手だ。そのことを恨む感情はある。抵抗するルディアの服を剥いだ獣族の戦士たち。その恐怖は記憶にまだ新しい。
彼女には彼らを見捨てる理由はあっても、助ける理由など微塵もないのだ。
「……。別に無理にとは言わねえけどよ。ここでひとつ、獣族に恩を売ってみるってのはどうだ?」
「恩を……?」
ルディアは怪訝そうにギースの顔を見た。
恩を売って、どうするというのか。こんな集落になど、ルディアは長居するつもりは毛頭ないのだ。それこそ今から文字通り煙に巻かれ遁走しようとしているのだから。
それに、恩というなら既にルディアは密輸組織の拠点から攫われた子供たちを解放していた。彼らはそれを信じず、仇で返されたが。
「ここで獣族を助けりゃ、嬢ちゃんの誤解も解けやすくなる。それにこんだけ盛大に村が燃えてりゃ、逃げるもんも逃げられねえ」
「……」
「まずは村の中央まで行ってみようぜ。それから考えりゃいい。なあに、このガキも助けたんだ。放火犯と間違えられるようなことはねえさ」
「こりゃ、ひでえな……」
ギースは呻くような声を出したが、ルディアも内心では同様だった。
樹上の家屋は多くが炎に巻かれ始め、陽の落ち始めた集落を煌々と照らし上げている。
夕刻の集落を突如襲った火災──だが本当の災厄は炎だけではなかった。まずは女子供を避難させ、火に巻かれていない地上に降ろしたところを、野盗達が雪崩れ込んできたのである。
「これは……人攫いが……? でも、拠点は潰したはずじゃ……」
「拠点は一つじゃなかったってことだろうよ。それなりにでけえ組織なのさ」
修羅場に巻き込まれた非戦闘員たちは悲鳴をあげて逃げ惑い、集落の防人たちも炎と煙に上手く動けず、野盗達を相手に苦戦を余儀なくされている。
獣族の戦士は五感のうち、嗅覚に頼る割合が人族よりもずっと大きい。煙で鼻を潰されれば、多くの戦士は弱体化する。ルディアやギースには知る由もなかったが、雨季を間近にしたドルディアの集落はその戦力の多くをザントポートに割いており、最低限の防衛戦力しか配置してはいなかったのだ。
「でも、いくらなんでも、こんな……」
眼下の光景に、ルディアは恐れ戦慄いた。
獣族の戦士たちはまさに多勢に無勢の様相で、女子供といった非戦闘員の護衛にまで手が回っていない。樹上に避難させようにも、回った炎は彼らの退路を塞いでいた。
それをいいことに、野盗たちは寄ってたかって獣族の戦士を数で圧し、逃げ惑う母親を斬り、泣き叫ぶ子供を引き摺っていく。
修羅場となった眼下……ルディアたちはまだ火の手が回っていない木道にいるが、ぐずぐずしていれば見つかるかもしれない。
(逃げるか……? でも、まずは消火しないと逃げ道すら……)
だが消火すれば野盗に見つかるリスクは跳ね上がる。
ルディアとてそう遅れはとらないが、魔術師と見て何人も群がってきたら流石に手に余るかもしれない。それこそ殺す覚悟で臨まなければ──
葛藤するルディアの毛布の裾を、先ほど助けた獣族の子供が引いた。見下ろすと、不安に途方に暮れたような顔でルディアを見上げている。
「……」
確かにルディアは謂れなき仕打ちを受けた。
本来であれば受けることのなかった理不尽な責苦だ。だがその咎は獣族の戦士たちが受けるべきものであって、無垢な子供にまで背負わせて良いものではない。
少なくとも、彼らがこんな仕打ちを受ける謂れもまたないのだ。
それに、エリオットやルイジェルドなら、この集落の窮状を見過ごしたりはすまい。
(裸を見られて、水をぶっかけられただけだ……。男ならそれほど気にすることじゃない。そうだろ?)
……沸々と湧いてきたのは、怒りであった。
自分に謂れなき罪を被せたその傲慢。そのくせ知らぬ間に窮地に陥るその身勝手。
確かに獣族に良い感情はない。知らぬところで滅びたとしても気にもすまい。だが──死ぬならば、自分の視界の外で死ね。救命が容易い立場にいるなら、嫌々ながらも手を差し伸べざるを得ないではないか。
鳥肌の立ち始めた腕を摩り、震える息を吐く。
それにこの子供はそんな事情とは無関係のはずだ。全てを終わらせたあとで、件の下手人たちに怒りをぶつければいい。
そう強く己に言い聞かせる。
「……大丈夫。私がきっとなんとかするから」
裾を握る子供の猫耳をそっと撫で、両手を掲げる。
内心でありったけの罵倒を吐き散らしながら。
「嬢ちゃん? 何を──」
込めた魔力に呼応して、黒々とした雲が渦を巻いて集積する。見上げれば視界一杯を覆うほどの黒雲は、不吉さと圧迫感すら感じさせる。だが降り注ぐ雨は、未曾有の危機に襲われた獣族にとっては恵みの雨となるはずだ。
魔力を解放すると、急激な成長を遂げた黒雲から、豪雨が叩きつけるように集落に降り注いだ。
上級水魔術『
「ギース! その子を安全な場所へ!」
「嬢ちゃんはどうすんだ!?」
「大丈夫です! この程度の輩に遅れはとりませんよ! 心配なら早めに戻ってきてください!」
「任せろって! すぐに戻ってくるからな!」
罵声を吐きながら突進してくる野盗を泥沼を展開し絡め取り、足を取られた者から岩砲弾で撃ち抜いていく。
ルディアが瞬く間に三人を無力化すると、ギースは感心したように口笛を吹き、子供を抱え上げて走り去る。
その後ろ姿を横目で見送って、更に数を増す野盗たちに向き直る。
「火が消されたぞ!」
「魔術師だ!」
「囲え! 数で圧して殺せ!」
如何にルディアの魔術が強力であろうと、数を恃んで圧殺してしまえば良いという考えは非常に合理的だ。見たところルディアはまだ少女。過程で数人が倒されようが、一人でも刃が届けば十分に無力化出来るだろう、という算段とみえた。
だがそれは、ルディアが尋常な魔術師であった場合である。
そうと知らぬ者が無詠唱魔術に初見で対応出来るはずもなく、放たれた岩砲弾に一人二人と打ち倒されていく。しかし野盗とて人攫いで生計を立てている者たちである。切った張ったの世界では、戦っているすぐ隣の同業者が手練に切り伏せられることも日常茶飯事だ。
次々と数を減じながらも、統率の取れた動きでルディアを包囲する野盗たちは、警戒を解かぬままにその顔を嗜虐に歪ませていた。
「くっ……」
「上玉じゃねえか、殺すにゃ惜しいな」
「構やしねえ、腕の一本や二本落としちまえ!」
悪化する戦況にルディアは歯噛みする。火力が追いつかず、盾となる前衛がいなければいずれ肉薄される。
かといって引けばジリ貧である。野盗たちは嬉々として略奪を続けるだろう。個人の力量は然程ではなくとも、連携の練度と、なにより数が多いのだ。
それでもルディアは魔術を放つ手を緩めない。攻めあぐねて防戦一方となるよりは、無理矢理にでも魔術を投射し続けて近寄らせない方が良い。
「ちぃ──」
「畜生、なんてガキだ!」
絶え間ない弾幕で牽制していたルディアに、野盗たちが忌々しげに毒づいた。
距離を詰めあぐねて攻め手を鈍らせる野盗に、突風を叩きつける。威力は無いが回避されにくいこの魔術は、岩砲弾や泥沼の合間に使うことで対多数では有効に機能する。風に吹き煽られて転倒し、あるいは体勢を崩した野盗たちに次々と岩砲弾を叩き込んでいく。
瞬く間に数を減らしていく野盗たち──残りはほんの数人。ここで押し切れれば違う場所の救援に行けるはずである。
だが無視し得ぬ違和感にルディアは眉を顰め──その違和感の正体に気付くや総毛立った。残党に向け一際大きな突風を叩きつけると、追撃の時間も惜しんで周囲を見回す。
野盗たちの数が一人足りないのだ。
いつの間にか背後に忍び寄ってきた一人を捕捉したのは、その足音が聞こえる範囲に入ってきてからだった。
「……ッ!」
「おおっと、逃すかよッ!」
振り下ろされた刃は、律儀とでも言うべきか峰打ちだった。当たったところで死にはすまいが、頭に当たれば昏倒は免れないだろう。
咄嗟に屈んで躱し距離を取ろうとするも、大きく節くれだった手が伸び、ルディアの身にまとっていた毛布を掴んだ。
「うあっ!」
毛布を剥がされることはなかったが、それはより致命的な展開へと繋がった。そのまま距離を取ろうとするルディアに、させじと野盗が腕を引き、力任せにぬかるんだ地面へと引き倒したのである。
大柄な野盗が覆い被さりながらルディアを押さえつけ、顔面を殴りつけた。衝撃に唇が切れ、鉄の味が口内に滲む。
だがルディアはそのまま制圧されるのをよしとしなかった。腕を捻りあげようとする手から逃れ、胸ぐらを掴み上げていた腕を掴み返し、鼻血を垂らしながら野盗を睨み上げる。
瞬間、ルディアの手が赤熱化した。
「ぎゃああッ!」
火属性魔術《
その腹部に岩砲弾を叩き込み無力化すると、ルディアは鼻をつく肉の焼ける臭いに顔を顰めながら立ち上がる。
顔を治癒する間も惜しいとばかりに、すかさず残りの野盗にも岩砲弾を撃ち込んでいく。
その狙いは驚くほど精密だ。徒党を組み連携を取られれば厄介な野盗たちだが、数を減じてしまえばそうそう遅れをとることはない。ルディアに言わせれば、ロアの街で鍛錬を共にしていたときのエリオットの方がずっと速かった。そして今の彼は更に速い。
「はっ……はあ……」
全員を無力化し、ほかに隠れ潜んでいる野盗がいないか用心深く周囲を見渡す。
そして周囲の木陰や茂みにそれらしい姿がないことを確認すると、そこでようやく自分が息を詰めていたことに気がついた。
見える範囲の野盗は無力化したが、耳をすませば雨の音に紛れ、剣戟の音や悲鳴が聞こえてくる。そして、何かがこちらに駆け寄ってきているのだろう、泥の地面を踏み散らす騒々しい足音。
息をつく暇もないとばかりに顔を歪めたルディアが、新たに魔術を放とうとそちらへ手を向け、それが野盗のものでない事に気付く。
「なんだ……これは?」
「おい、全滅してるぞ」
その正体は獣族の戦士たちであった。
抜き身の剣を握った集落の防人たちが数名、集落中央までの応援にきたのだろう。
既に違う場所で野盗たちと交戦したのだろう、それぞれが大なり小なり負傷しているが、精悍さを失っていない。
頬をざっくりと裂かれた戦士が、憐憫を覗かせた表情でルディアに歩み寄った。泥に汚れた毛布を纏う彼女を、人攫いの被害者だとあたりをつけたのだろうか。
ごくりと生唾を飲み込み、後退る。
「驚かせてすまない。……君、ここで何が起こったかわかるか?」
かけられた声は気遣わしげですらあった。
ルディアは自分が野盗の仲間だと即断されなかったことと、その顔触れに見覚えのある顔がないことに、小さく安堵の溜め息をつく。
「他の戦士がやったのか……? それにしては姿が見えんが……」
「だが妙だ。こいつら失神しているだけで死んでいる者がいないぞ」
「あ、ええと、それなんですが……私がやりました」
「なんだと?」
獣神語でそう応じると、戦士は険しい顔でルディアを検分する。
手に水を生み出し、未だ黒煙を上げる生木を消火すると、ようやく得心がいったのか他の戦士たちも頷いた。
「もしや、先の雨も君が?」
「……はい。焼き討ちをされていたので、つい」
「そうなのか……」
ルディアの言に感じ入ったのか、戦士は驚きに目を瞬かせ、目線を合わせるように膝をついた。
「助かった。あの雨がなければ、我らは鼻を封じられたまま嬲られていたやもしれん」
獣族は人族に比べて嗅覚が非常に鋭敏であり、鼻を封じられると相応に弱体化する。
黒煙が一帯に蔓延するほどの森林火災の中では、備えのあった野盗にいいようにされていたのかもしれない。
「本来なら君は我々が保護しなければならないのだろうが、無理を押して頼みたい。助太刀を頼めないか」
頭を垂れた戦士の声音には苦渋が滲んでいた。
今のルディアの風体は、泥に汚れた毛布一枚に身を包み、みすぼらしいと言っても過言ではない。
「奇襲を受け、混乱の中でそれなりの数の戦士を失ってしまったのだ。悔しいが我ら独力で彼奴らを打ち払えるかもわからん。遠間で援護してくれるだけでも構わない」
「……わ、わかりました」
恩を売ろうと思うなら、そして理によってのみ計るなら、ここで断る理由はなかった。
一介の戦士ならばともかく、魔術師の少女であるルディアでは、野盗側につくのは賭けの割合があまりにも大きい。
「感謝する」
礼を受け取って、先を急ぐ。
ルディアの雨により、火災の被害は収まったが依然野盗の数は多い。獣族に思うところはあれ、攫われた子供のため、スペルド族のためと思えば助力することもやぶさかではない。
そう自分に言い聞かせながら、ルディアは戦士たちの背を追った。
感想でもありましたが、正直集落全滅エンドは大いに考えました。
しかし聖獣様もいるんで集落全滅は運命力で回避されそうだし、獣族との仲が拗れたままではリニプルコンビとの関係もギスりかねないので……
ぶっちゃけると書いてしまったものを書き直すのがめんどくさかったのもありますが……