泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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 お気に入り、感想、誤字報告ありがとうございます
 モチベに直結するんでね、へへ

 というわけで続きだ! 喰らえ!



雨の日暮らし借り暮らし(前)

 

 

 雨は止むことなく泥濘を叩いていた。

 以前はしとしとと小降りだった雨粒は大きさと勢いを増し、榕樹の葉を叩き幹を伝う。

 

「雨、強くなってきましたね」

「うにゃぁ」

 

 寝台に腰掛け窓枠に頬杖をついたルディアが呟くと、部屋の床にごろごろと転がっていたミニトーナが鳴き声か相槌か判断に困る声を返した。

 ルディアたちが集落に逗留を始めてから、既に一ヶ月が経過していた。集落にはいい思い出はない。あまり長居はしたくない──そう思っていたのははじめの一、二週間だけで、賓客としての扱いに慣れ始めるとさほど気にもならなくなった。

 一ヶ月半前に勘違いでルディアの服を剥いた者たちも、ギュエス以外残っていない、という状況がそうさせているのかもしれない。集落の他の獣族たちはルディアに必要以上に阿ることも、腫れ物のように扱うこともしなかったのも大きい。

 それに、閉じ込められていた蔦でできた鳥籠のような牢にさえ近づかなければ、あの一週間余りの出来事をほとんど思い出さずに済んだ。

 全ては過去の、一応の決着のついた話である。そう割り切ることはさほど難しいことではなかった。

 

「来週ごろには本降りになるニャ。そうすると一ヶ月くらいは一日中雨が降るようになるニャ」

「えー……まだ強くなるんですか」

 

 獣族は樹上に集落を構えているからその影響は最小限だが、地表では地盤が緩み、土は葉や石を混成した泥濘を形成している。地表に降り立ってしまえば膝付近まで容易に沈みこんでしまうだろう。ルディアの泥沼もかくやという有様である。

 

「それはもう、すっごいニャ! バケツをひっくり返したような土砂降りにゃあ。雨が屋根や葉っぱを叩く音が、これがうるさいんだニャ」

「ずっと降ってるんじゃ、外にも出れないですねえ」

「暇だニャー」

 

 空は暗い灰色の雲に厚く覆われ、陽の光が遮られている。屋外ではそれほどでもないが、雨を避けようと屋内に逃げ込むと途端に薄暗く感じる。

 一日中家に篭っていると陰鬱な気分になるものだ。かつてのルディアなら年単位で籠っていても苦にはしなかっただろうが、この数年は──外気に触れることに慣れ親しんでしまっている。屋内で完結する娯楽が少ない、というのもあるだろう。

 雨が途切れるか、小降りのうちに外出も出来るが、今後は難しくなるのだろうか。

 

「……」

「ニャ?」

 

 荷物の中から人形を取り出し、手を加えていく。

 最近忘れていたが、ルディアには暇を潰せる手段があったのだ。

 ぴくりと猫耳を跳ねさせたミニトーナが、四つん這いのまま這い寄ってくる。

 

「それ何ニャ?」

「暇なので、創作活動をば」

 

 ルディアの手元にあるのは、土魔術で生成された精巧なルイジェルド人形である。

 前世のフィギュアとは比べるべくもないが、槍を突き立て威風堂々と立つ姿は、造形の粗さこそ残るもののそれなりに堂に入ったものだ。かつて手掛けたロキシー人形は会心の出来ではあったが、ことによるとこのルイジェルド人形もそれに匹敵する作品に仕上がるかもしれない。気の迷いでロキシー人形と抱き合わせで売ってしまったルディ人形については、正直黒歴史である。

 

「エリオットもそうだったけど、ルディアも魔術使うとき詠唱しないんだニャ?」

「昔から出来たんです。エリオットも毎日ダメ元で教えてたら、それで」

 

 エリオットが無詠唱魔術を習得したのは、まだ一〇歳にも満たなかった時期にルディアが毎日教えていたからであり、それでもシルフィエットに比べれば習得まで遥かに時間がかかった。

 そもそも魔術の適性そのものが、ルディアやシルフィエットに比べると大きく劣るのだろう。無詠唱が使えるようになったのも半ば偶然の産物に近い。現在も旅に役立つ初級の魔術以外は、発動速度は詠唱ありと大して変わらない。本人は魔術の適性がないことをさほど気にした風ではないが。

 

「そういえば、エリオットは今どうしてますかね」

 

 なんとなしに呟いた。

 エリオットの姿は今朝方から見ていない。彼はルディアよりも退屈を苦痛に感じる性質(たち)のはずだ。はじめの一週間で集落のほとんどを見て回ってしまった今、出来ることなど余りないはずである。

 

「気になるニャ?」

「そういうわけではないですけど」

「確か、エリオットは槍のお兄さんと稽古してるはずニャ」

「え、この雨の中ですか」

「そうニャ。変ニャの」

 

 ルディアは棚に人形を置いた。槍の石突を含め設置点が三つある人形は、完全な平面の上なら直立させることが出来るのだ。

 

「特にすることもないし、観に行きますか」

「えー……まあ、いいけどニャ」

 

 ミニトーナは余り気は進まないというように声を上げたが、渋々立ち上がった。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 雨の中、剣戟の音は響いていた。

 秒間に数手もの剣戟の応酬は、一手一手が容赦や加減とは程遠く、妥協や甘い太刀筋など一つもない。

 その立ち合いが白熱しながらも、しかし互いに傷を負わないのは、力量差に隔絶したものがあるからだ。

 

 ルイジェルドの槍術は堅実でありながら変幻自在である。重く鋭く雨のような刺突を繰り返したと思いきや、対手の隙を目敏く見つけると、穂先は蛇のようにしなやかかつ精密に、内懐まで滑り込んでくる。

 対するエリオットの剣は、ルイジェルドに言わせれば未だ荒削りながらも将来性の感じさせるものである。剣神流を基礎としながらもそれに囚われることなく、動作の節目には時折水神流の流麗な体捌きが混じる。

 劣勢の中に身を置きながらも、周到に隙を窺う姿はさながら餓狼のようですらある。日に日に鋭さを増していく剣は、大成すればルイジェルドをして油断ならないものとなるだろう。

 

(が、まだその時は遠いな)

 

 ルイジェルドはエリオットを油断なく観察しながら、間断なく攻め立てる。

 最近のエリオットの成長は目を見張るものがあるが、それでも歴戦の戦士たるルイジェルドとの実力差は埋めがたい。

 また一手、弾丸のような短槍の刺突が、エリオットの頬を擦過した。怯むことなく薙ぎ払われる曲剣を、ルイジェルドは短槍の柄で余裕を持って受け止める。

 不用意に間合いに入ったことを咎めるように、鋭い足払いがエリオットのくるぶしを襲ったが、しかしそれを機敏な足捌きによって跳躍し回避する。

 足払いによって連撃の足並みを乱されたエリオットは、短く持ち替えられた短槍の軌道から逃れながら空中で体を捻った。

 膝から下がブレ、伸び上がるようにブーツの爪先がルイジェルドの喉に向かって奔る。が、ルイジェルドは僅かに首を傾けただけで、エリオットの蹴りは空振りに終わった。

 

「狙いが甘い!」

「うおっ!」

 

 脚を引き戻し着地する前に、ルイジェルドの手がエリオットの足首を絡めとる。そのまま振り回されるのを嫌ったエリオットは、もう片方の脚で足刀を放つが、ルイジェルドは何の未練もなくエリオットの足から手を離した。

 拘束から逃れたエリオットは、足からではなく手から着地した。そのまま腕の力を使い一転して膝立ちになったエリオットに、追撃の刺突が迫る。

 エリオットはその軌道から逃れんと下腿に力を込め──ずるりとブーツの靴裏(ソール)が滑り、水飛沫とともに体勢を崩した。

 

「な──くそッ!」

 

 罵声を吐く暇もあればこそ、咄嗟に槍の軌道上に曲剣を置き、盾とする。しかし崩れた体勢ではまともに受け止める事は出来ず、三叉の槍はその股に曲剣を引っ掛け、易々と弾き飛ばした。

 

「詰めだ」

 

 鼻先に短槍を突きつけられ、エリオットはぐ、と喉奥で呻いた。頬から顎に雨が伝い、水滴となってぽたぽたと垂れる。

 くるくると回転しながら放物線を描く曲剣が背後に突き立った。エリオットは湿って額に張り付く前髪を鬱陶しそうにかき上げると、曲剣を引き抜く。

 

「精彩を欠いているな。思い切りも悪い」

「足が滑るんだよ」

 

 ルイジェルドは足元に視線を落とした。

 エリオットと立ち合っている場は、集落の榕樹と榕樹を繋ぐ橋である。木材で補強されており頑丈だが、架けられてから年月が経つのか、雨ざらしのそれは僅かに腐食している。表面が水気を吸って、僅かにぬめりを帯びている場所もあった。

 

「エリオット、靴を見せてみろ」

「ん? ……ああ」

 

 エリオットは躊躇なくブーツを脱ぐと、ルイジェルドに手渡した。既に雨に打たれ全身水漬くであり、ブーツの中も湿っていた。

 

「大分擦り減っているな」

 

 靴裏(ソール)を検めると、溝が擦り減っており凹凸が消えつつある。品質の余り良くない魔大陸製の物というのもあるが、エリオットの戦闘スタイルが足回りを特に重視しているのも影響しているだろう。

 

「まだ買って二ヶ月も経ってないんだけどな……」

 

 エリオットが顔をしかめ、返されたブーツを履き直す。紐を結び直すととんとんと爪先を打ち付けた。

 

「なんでルイジェルドは滑らないんだ?」

「全く滑らんわけでもないが……少し見ていろ」

 

 ルイジェルドは槍を構えるや、虚空に向けて立て続けの刺突を見舞った。仮想敵の眉間、人中、喉、水月、肺動脈を突き、手の中で槍を旋転させ胴を薙ぐ。

 一連の動きが終わったあとも、ルイジェルドの下腿に乱れはない。

 

「わかったか?」

「……」

 

 む、とエリオットが眉根を寄せ、唇を引き結んだ。

 即答がないエリオットにルイジェルドはしばし黙考すると、口を開く。

 

「……足腰を使え。体重移動を意識しろ。足先の感覚に依存しすぎるな」

 

 こうだ、と再びルイジェルドは得物を振るった。

 踏み込みは鋭いが、重心の移動はあくまで滑らかである。鍛えられた体幹による重心操作によって為される歩法もまた武の為せる業だ。それは剣神流や水神流といった三流派にも名を変えて存在するものである。

 自分にとって毎回都合の良い戦場で戦えるわけではない。不利な条件下での戦闘こそ想定しておくべきだ。戦場を選ばずどのような条件下でも十全の戦闘力を発揮するのがスペルド族の戦闘術である。

 

「わかったか」

「……わかった」

 

 教え甲斐があるというべきかないというべきか、飲み込みの早さはエリオットの長所である。しかし今回ばかりはそうもいかないと見えて難しい顔をしているが、それでも何度か繰り返せばすぐにコツを掴むだろう。

 

「それでわかるんですか……」

「意味わからないニャ」

 

 聞き慣れた声に、ルイジェルドとエリオットは得物を下ろす。

 ルディアとミニトーナである。

 

「いつから見てたんだ?」

「わりとさっきからですよ」

 

 二人の視線にルイジェルドは気付いていたようだが、エリオットはルディアたちが背後にいたのもあり気付くのが遅れたのだ。

 

「どうした。なにかあったか?」

「二人が稽古してるって言ったら、ルディアが暇だから見に行こうって言って、それでニャ」

「見て面白いものでもあるまい」

「見応えがあって意外と面白いですよ。エリオットがいいようにあしらわれてるところとか」

「なんだよそれ」

 

 不機嫌そうにしながら、エリオットは刀身を服で拭った。

 

「暇ならば混ざってみるか」

「剣の稽古は嫌いニャ……」

 

 嫌そうなミニトーナの耳が垂れ下がる。

 デドルディア族長の孫娘であるミニトーナには、立場に応じた教養と実力が求められる。次期族長の座こそ、遊学中の姉リニアーナ、もしくはアドルディア族長の孫娘であるプルセナが継ぐこととなるだろうが、聖獣の守護という責務からミニトーナは逃れられない。

 しかしミニトーナは剣術の稽古を嫌がっていた。稽古の時間になると時折逃げ出す程度には。彼女の父ギュエスはそれを苦々しく思っていたが、近くにルディアがいると気を遣って近寄れず、ミニトーナはこれ幸いとそれを利用していた。

 それでもやはり気が咎めるようで、後ろめたさを隠し切れてはいなかったが。

 

「うーん、私も遠慮します。邪魔しちゃいそうですし」

「邪魔とは思わんが……」

 

 仕切り直し、続きとばかりに打ち合う二人を眺めながら、ルディアはちらと隣のミニトーナを見遣った。

 

「嫌なんですか?」

「あんまり好きじゃないニャ。父ちゃんはサボるなって怒るけど……痛いのは嫌ニャ」

 

 逃れられない役目に対する鬱屈した思いに、ミニトーナの声は落ち込んでいた。

 その気持ちがわかる、とはルディアには言えなかった。思えば前世も今世も、両親はルディアに何も望まなかった。ただ平穏で幸福でさえあれば、好きなように生きろと無言のうちに言われていた。家を継げとも嫁に行けとも言われず、魔法大学への進学が許されていたのがその証左である。

 

「剣術は学んでおいて損はありませんよ。私も剣神流と水神流をやってましたし」

「剣術なんてつまんないニャ」

 

 似たようなことは今までも言われてきたのだろう、ミニトーナは不貞腐れたような口調だった。

 でも、とミニトーナは視線をあげ、剣戟音を響かせる二人を漫然と眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

「……今のエリオットは、すごい楽しそうに剣を振ってるニャ」

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 逗留を始めてから二ヶ月の間、一行は穏やかに、そして漫然と過ごしている。

 ルディアたち一行は集落の危機を救った英雄との認識が獣族の中で為されており、住処から食事にいたるまで世話をされ、困ることはない。

 旅を始めてからは常に懐事情と相談し、如何に実入りの良い依頼を受けるか、そして節制しながら効率的なルートを構築するか頭を悩ませてきただけに、その安穏とした日々はルディアにとって酷く懐かしさを感じさせるものだった。

 

 とはいえこの二ヶ月の間、何一つ問題が起きなかったかと言われればそうでもない。

 時折集落内部に魔物たちが浸透し、その防衛に手を貸すことがあった。密輸組織の襲撃により戦士職の人数を削られ、警戒網が薄くなったことによる弊害であった。

 それもルイジェルドやエリオットが浸透してきた魔物の討伐、もしくは撃退に力を貸すことによって被害は抑えられている。当初は戦士団の面々も苦い顔をしていたが、しかしその助力を断って被害を被るのは自分達だけでなく、集落の女子供であるという事実に納得し、感謝していた。

 他にもこの集落がギレーヌの故郷であることに言及したとき、ギュスターヴが渋い顔をし、ギュエスが嫌悪も露わに恥晒しであると吐き捨てたことがあった。ギレーヌの人となりを知るエリオットはそれに憤然と反論したが、彼らはルディアやエリオットの語るギレーヌ像を俄には受け入れかねたのか、終始難しい表情をしていた。

 ルディアとしてはかつてのギレーヌについて興味が湧かないこともないが、一〇数年の時を経てなお痛烈に批判される過去の彼女について、無理に聞き出そうとも思わない。ルディアの知るギレーヌは故郷について特に語ることはしなかったし、過去に引き摺られているようでもなかった。彼女の中で整理のついている話ならばそれでいい。

 

 

 

 

 

 雨季は本格化し、雨脚は更に増していた。

 地上の泥濘は振り続ける雨によって冠水し、もはやまともに歩くことも叶わない。茶色に濁った雨水は胸元まで容易に浸かるほどの水深で、濁流とまで言わずとも、常に流れゆくため子供が落ちればすぐに溺れることだろう。

 獣族の集落が樹上に家屋を設ける理由が、すなわち雨季の存在であった。

 地上に繋がる梯子や階段は、途中から冠水した雨水に飲まれ消えている。頑強に補強された階段も実に二、三ヶ月の間水に浸かっていると腐食は免れず、雨季を過ぎた獣族たちの最初の仕事は階段や梯子を敷設し直すことだという。

 

 そんな眼下の光景とは遠く離れた、地上一〇メートルを越えた樹上に、ルディアたちはいた。

 ルディアとミニトーナ、そして雨季でアドルディアの集落に帰る機会を逸したテルセナである。

 

「喰らえニャ!」

「うひゃっ」

 

 不意に水をかけられたルディアは思わず間抜けな声を上げた。

 振り返ると一糸纏わぬミニトーナが、両手に水を溜めて悪戯っぽく笑っている。

 

「もう、トーナ! 急にやめなよ、私にもかかったじゃない」

 

 そう言ってぷりぷりとミニトーナを窘めるのはテルセナである。

 テルセナは闊達な性質(たち)のミニトーナとは対照的で、おどおどとした内気な少女である。初対面の相手にはその傾向が強いようだが、そばに身内しかいなければ、むしろ落ち着いて大人びた印象を与える。

 助けた子供たちの中でも発育は特に良好で、獣族ということを差し引いても目を引くものがある。

 

「やったな! この!」

「うにゃっ、やめるニャ! ルディア、容赦ないにゃあ!」

 

 奇襲を受けたルディアは口角を釣り上げて反撃した。

 手のひらからシャワーを一段階ほど強くした水流が生み出され、ミニトーナを襲う。

 三人は屋外で水浴びをしていた。昨日雨季には珍しく晴れ間が覗き、気温が上昇したためミニトーナとテルセナがルディアを誘ったのであった。

 屋外での水浴びというのも、浴びているのは雨である。屋根の端の、雨樋から溢れる雨水を浴びているのだ。

 屋外というのにはじめはルディアも難色を示したが、今彼女たちがいる場所は立体構造をしている集落でも特に高い場所である。これ以上となれば族長の屋敷か、集落外縁の物見櫓しかないので、覗き見の心配はほとんどない。

 諸々の心配が杞憂であることを理解したルディアは、むしろ鼻息を荒くして二つ返事で了承した。獣族の発育の良い少女たちと戯れられる機会など逃すわけにはいかないのである。

 

 気温は多少上がったとはいえ、昼間でも季節もあり少し肌寒い。しかし終われば屋内でルディアが温水を出せるのだ。外ではしゃいだら、温かい湯で改めて身を清めれば良い。ミニトーナとテルセナが気軽に誘ったのもそういう魂胆があったのだろう。

 

「ルディア、肌綺麗だよね」

「そうですか? でもテルセナも色白で綺麗じゃないですか」

「そうかなあ。でもルディアほどきめ細かくもないし」

「褒めてもなにも出ませんよ」

 

 ルディアもミニトーナやテルセナと同様に、その素肌を惜しげもなく晒していた。

 テルセナが褒めるようにその肌は色白かつきめ細やかで、白磁のようですらある。

 魔大陸にいたころから火傷や余計な怪我をすまいと、長袖にローブを重ね着していたのが原因だろう。雨や曇りの日でも紫外線は出ていると何かで読んだ記憶があるが、特段意識したことはなかった。

 美容やら身嗜みには全くと言って良いほど気は遣っていなかったが、いざ褒められると悪い気はしない。

 

「テルセナにはこれがあるもんニャ?」

「ひゃぁ、急にやめてよぉ!」

 

 テルセナの背後に忍び寄ったミニトーナが、テルセナを羽交い締めにするかのようにその胸を鷲掴みにした。

 驚いたように身を跳ねさせたテルセナが、抵抗し体を捩った。

 テルセナのそれは発育の良い獣族の中でも特に将来性を感じさせる物である。人族の同年代の子供と比しても大きいミニトーナよりも、更にひと回り大きい。

 ミニトーナのやや日焼けした小麦色の肌と、テルセナの白い肌が絡み合う姿を眺めながら、ルディアは鼻息が荒くなっていくのを自覚した。

 役得である。

 

「ルディア、目があやしいよ?」

「そんなことありませんって」

「なんニャなんニャ、ルディアも構って欲しいのかニャ!」

「わわ、ちょっと、くすぐったいな! もう!」

 

 誤魔化して煙に巻こうとするルディアの肌をミニトーナの手が這い、こそばゆさにけらけらと笑う。

 抱きつかんばかりに密着するミニトーナに、反撃とばかりに手を伸ばし、小ぶりな尻の上──尻尾の付け根をきゅっと握った。

 

「ふぎゃっ、尻尾は反則ニャ!」

 

 手をはたかれて、しぶしぶと離す。

 代わりに付け根をまじまじと観察する。ギレーヌのそれとほぼ同じだが、ルディアには獣族の少女の裸などほとんど見る機会はないからか新鮮で、知的好奇心が尽きない。

 テルセナのそれは犬系獣族(アドルディア)らしく水を吸ってもボリューミーで、猫系獣族(デドルディア)とはまた違った趣がある。

 いつだったか、エリオットが尻尾の撫で心地はアドルディアが最高、と言っていたのを思い出した。ルディアにとってはどちらも甲乙つけ難いが、艶かしいヒップのラインにふりふりと尻尾が垂れている様は、どことなくエキゾチックな趣があって素晴らしい。

 

「ちょっと、ルディア。あんまりまじまじ見られると恥ずかしい……」

 

 よいではないか、と堪能したいところであったが、誘われなくなってしまったらかなわない。ルディアは素直に引くことにした。引き際を見誤るべきではないのだ。

 雨の匂いでマスキングされているとはいえ、あまり撫で回すと発情の匂いを悟られかねない。

 

「……してないよな?」

「え?」

「いや、なんでもないです」

 

 そのとき、ぎしぎしと湿った足場を踏む音が響いた、

 奥の通路から響いてくるそれは、水浴びする三人の方へ近付いてくる。

 

「ルディア、ここにいるのか?」

 

 家屋の陰から顔を出したのはエリオットである。

 

「あれ、エリオット?」

「にゃっ! 覗きニャ!?」

「きゃあ!」

「──え? あ、悪い!」

 

 ミニトーナがふしゃ、と威嚇しテルセナが小さく悲鳴をあげて体を隠した。

 エリオットは一瞬身を硬直させたが、濡れそぼった三人の裸身を前に慌てて引っ込んだ。

 

「なにか用ですか?」

 

 ルディアは濡れた体から水滴を滴らせながら、小屋の陰のエリオットに問うた。

 

「……聖獣がまた脱走したって聞いたから、ルディアのところに来てないか確認したくて」

「こっちには来てませんね」

「そっか。わかった」

「あと、覗きはだめですよ。もっとバレないようにやらないと」

「違う! ……悪かったよ。すぐ戻る」

 

 足音が遠ざかっていくのを確認してから、ミニトーナとテルセナが口を開いた。

 

「み、見られちゃった……」

「にゃ。油断したニャ……」

「ですねえ」

 

 まさかのラッキースケベである。

 ラノベやギャルゲの中だけの出来事だと思っていたばかりに、おお、とルディアは微妙に感動していた。

 推しむらくは、憧れていたそれとは自分の立ち位置が違ったことだろう。

 

「ルディアはがっつり見られたけど気にならないのニャ?」

 

 その様子を訝しんだ二人が、胸元を押さえながら寄ってくる。

 ルディアはうーん、と悩み、難しい顔をしたあと、口を開いた。

 

「別に恥ずかしくない訳じゃないですけど……まあ、平気ですよ、このくらい。減るもんじゃなし」

「そういうもんかにゃあ」

「減るよ! 恥じらいとか!」

 

 言われてみれば、この身は花も恥じらう少女のものである。裸を見られたのなら相応の反応を返すべきなのかもしれない。

 ただそれにも、どこか違和感が拭えないのだ。

 ふくらみ始めた乳房といい、丸みを帯び始めた臀部といい、最近いよいよ少女らしく成長してきたこの身が、少しだけ疎ましい。ゼニス譲りの目を引く容貌も、魔大陸を抜ける前までは、少年らしい格好をすることで中性的な少年であると誤魔化すことはできた。だがそれも、身体が女性らしい凹凸を帯び始めると誤魔化しが効かなくなってきている。

 身体が成長するたびに、違うだろうと、お前は男だろうと反発する自分がいる。

 恥じらいを持つべきだという自分と、堂々とすべきだという自分がせめぎ合っているのだ。

 

「人族は異性に肌を見られるのが嫌なんじゃなかったのかニャ?」

「ルディアとエリオットって、 そんな素振り見せてなかったけど、もしかしてそういう関係だったりするの?」

「へ?」

 

 テルセナに問われて、ルディアは間抜けな声を上げた。

 

「私と? エリオットが?」

 

 想像して、軽く吹き出す。

 そんなもの、考えたこともなかった。

 性質の悪い冗談である。そんなわけはないし、男に恋愛感情など抱けるはずもない。それに、恋だ愛だと騒いでいられるほどの余裕などなかった。その上、エリオットも恋愛とは遠い価値観をしているのだ。

 恋愛にうつつを抜かしている自分。あるいはエリオット。そのどちらもまるで想像できない。

 別にエリオットが嫌いというわけではないが。

 ふむ。

 

「……」

「あ、黙った」

 

 だがしかし、思い返せば素肌を見られたのは初めてである。ロアの屋敷にいた頃も、精々が下着を見られたくらいだった。それなのに、事故とはいえ全身を無防備に晒してしまったのである。

 自覚しないうちに、頬がじんわりと熱を帯びた。

 そう言われれば確かに、裸を見られて恥ずかしくないこともない。

 男に恋愛感情など抱けないが、だからといって素肌を見せていいのかと問われればまた別の問題なのだ。

 それに──

 うむ、と頷いてルディアはテルセナに向き直る。

 テルセナは分かりやすく顔を赤く染めるような、思ったような反応が得られずにつまらなそうでもあった。

 

「やっぱり私は可愛い女の子の方が好きです」

「わひゃあ!」

「ニャー!」

 

 飛びかかり、片手で犬耳に手を這わせ、もう片方の手で起伏に富んだ体をまさぐる。すべすべとした肌と、耳や尻尾の手触りのギャップが素晴らしい。

 同様にミニトーナも抱き寄せると、抗議するような、しかし満更でもなさそうな声を上げる。

 だらしなく頬を緩め、二人の体を堪能しながら、ルディアは先ほどよぎった考えを努めて脳裏から追い出した。

 

 




ルディア
 まだ自分が女の子だということを受け入れきっていない。
 身体の成長に併せちょっとずつ精神との乖離によって不安定に。
 さてはお主、百合百合するのも心の防衛反応だな?
 いいえ、素です。

エリオット
 順当に強くなりつつある。
 ルディ子に加え犬猫両方の裸を見たラッキーボーイ。
 ミニトーナとテルセナがルディ子のメンタルに貢献していることに感謝している。わりと目敏い。



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