泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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みんなやっぱりルディ子に酷い目に遭って欲しいんですね!
エロ同人みたいに!


親子喧嘩(前)

 

 

 木製の丸い椅子に座らされたルディアには、様々な視線が向けられていた。

 好奇、困惑、そして懐疑──腫れ物に向けるような、扱いに戸惑う、視線。遠慮しながらも、しかしちらちらとこちらを窺うそれらに、ルディアは居心地悪そうに身じろぎした。

 ルディアが今訪れているのは、冒険者区の大通りに面した酒場であった。

 酒場に屯するのは、しかしその多くが冒険者、という訳ではない。無論冒険者らしい格好をしている者はいるにはいるが、その彼らも荒事を専門とする手合いとは何処か毛色が違う。

 

「どうぞ」

 

 ことり、と目の前のテーブルに木製のコップが置かれた。

 ルディアよりもやや深い栗色の髪をした、ショートヘアの少女である。くりくりとした愛嬌のある顔立ちで、年齢は十代後半から二十歳手前ほどか。少女らしいあどけなさを残した、闊達な雰囲気を窺わせる女戦士だ。

 だがその服装とスタイルは、まったく少女らしくはなかった。大きく前に張り出した胸部と、肉付きの良い臀部をビキニアーマーで隠しているのである。

 否、ルディアに言わせればある意味全く隠していないのだが。もしルディアが男だったならば、その視線はたゆんたゆんと揺れるそれらに間違いなく釘付けだっただろう。男ではないからこそ、遠慮なく眺めることができるのだが。

 

「すみません、お構いなく」

「……団長のお子さんなんですから。遠慮しなくてもいいんですよ」

 

 女戦士の声音はあくまで柔らかい。

 先ほどのごたごた(・・・・)で昏倒させてしまった相手だが、その事は努めて気にすまいとしている風であった。

 その件についてはルディアにも非があった。まだ正式に謝罪してはいないが、その機会はまた今度ということになるだろう。

 まずは、と心の中で前置いて、ルディアはおそるおそる視線を正面に向けた。

 

「ええっと……お久しぶりです。父様」

「……ああ。よく生きていてくれたな、ルディ」

 

 言葉を選びながら口を開いたルディアに、疲れ切ったような声音でパウロが返した。

 パウロ──そう、パウロである。

 実に二年ぶりともなる肉親との再会に、ルディアが声を弾ませて駆け寄らなかったのにも理由があった。

 伸ばしっぱなしの髪と、整えられていない無精髭に、落ち窪んだ瞳。顔色は悪く、頬はこけている。

 加えて、未だに香る強い酒精。

 面影こそあれど──記憶に残るパウロの姿とは、似ても似つかぬほどに乖離していて、変わり果てた姿にルディアは困惑を隠しきれない。

 

「ええ、それはまあ……」

 

 ロアで家庭教師をしていた頃は、パウロは半年ほどのスパンで家族を伴ってルディアの顔を見に来ていた。

 一〇歳の誕生日は予定が合わず、実際に会うのは二年振りになるが……その頃のパウロは血色が良く、精気にみなぎっていた。

 不可解なことは他にもある。

 ブエナ村の生家にて、駐在騎士を務めていたはずの彼が──一体どうしてミリシオンにいるのか。アスラからミリスまでは遠い。それは魔大陸やベガリット大陸ほどではなくとも、インフラの発展していないこの世界では数ヶ月単位での移動となるはずだ。

 職を辞したのか、あるいは他の事情があったのか……訝りつつも、本人の口から聞く以外に知る手段はない。

 

「それで、父様はどうしてミリシオンに?」

 

 その問いの迂闊さを、ルディアは口にするまで気付かなかった。だが、何の事情も知らぬ彼女の、それをどうして咎められようか。

 瞬間、強張ったパウロの表情はルディアの見間違いではなかったのだろう。

 

「どうしてって……伝言を、見ただろう?」

「伝言……?」

 

 パウロの言に、ルディアは首を傾げざるを得なかった。

 

「いえ、見てませんね。ミリシオンには着いたばかりで……」

「ここだけじゃねえ。ザントポートにもあったはずだ」

 

 ザントポート。かの港町でも、冒険者ギルドには立ち寄っていない。その暇もなく密輸組織とのいざこざに巻き込まれたからだ。それを思えば、ミリス大陸に渡ってからは冒険者ギルドに立ち入っていない。

 

「なあルディ。お前、今までどうしてきたんだ」

「はあ。そりゃ、とにかく大変でしたよ」

 

 パウロの眉間に皺が寄り、語調が僅かに険しくなる。

 それを訝りながらも、説明すべくルディアは口を開く。

 冒険者としての立場を確立するまでは苦労の連続だった。転移直後の不可解な魔力枯渇に始まり、魔大陸の気候や食糧が合わず、体調を崩すこともしばしばであった。体調を崩したことよりも、それをエリオットに隠蔽することの方が気を遣ったのだが、それは余談だ。

 リカリスの街では己の失策により、ルイジェルドに泥を被せることとなってしまった。見通しの甘さを突き付けられたようで、正直堪えた。

 訳もわからぬうちに魔大陸に飛ばされた時はどうなることかと肝を冷やしたものだが、歴戦の戦士であるルイジェルドの助けや、最近めきめきと頭角を現しつつあるエリオットの存在もあり、大禍なく縦断には成功した。

 語るうち、ルディアの口調は饒舌になっていった。

 せっかく再開した肉親には、苦労話よりも楽しい思い出話の方が話題としては適するはずだ。無論語り部であるルディアとしても、そちらの方が口の滑りは良い。

 

「……」

 

 黙して語りを聞いていたパウロは、聞くうちにその表情を憮然としたものに変えていった。

 丸テーブルを挟んだ向こうの父親の様子に気付かぬも、しかしルディアも微妙な空気を感じ取っていた。それを払拭しようと更に話を続ける。

 

 ルディアとしても認めるのは癪だが、ヒトガミの助言も確かに有用であった。とりわけ魔界大帝から下賜された予見眼がなければ、五体満足で再会できたかも怪しい。少なくとも大森林での北聖との対決では敗れていただろう。

 が、そんな話題は無粋である。要点を掻い摘み、同時に誇張しながら語る。

 魔大陸での冒険を終え、初の船旅に。スペルド族の渡航費については言及せず、代わりに面白おかしく伝えるのは、船酔いでエリオットが散々に苦しめられたことだ。

 

「それで、ようやくザントポートに着いて──」

「もういい」

 

 唐突に言葉を遮ったパウロの語調の厳しさに思わず黙り込む。

 

「お前がこの一年ちょっとの間、遊び歩いてたってのはよくわかった」

 

 その台詞にしばし呆気にとられたあと、ルディアは眉根を寄せた。あからさまなほどに苛立った表情──それを払拭しようというこちらの配慮を、パウロはまるで汲み取る気配がない。

 何が彼の気に障ったのかは理解できないが、それでも久方振りに顔を合わせた子に対する態度とは思えない。

 

「私だって大変だったんですが」

「何処がだ?」

「え?」

「お前の口振りからは、大変さなんて微塵も感じられねえ」

 

 む、と唇を引き結んで見返したルディアに、パウロは不機嫌そうに顔を歪ませながら吐き捨てた。

 

「それは……そう聞こえるように伝えたからで」

「ああ、そうかよ。そりゃありがたい限りだな。

 ただなルディ、ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう」

「お前、どうして魔大陸で、他に転移した奴らの情報を集めなかったんだ?」

 

 その言葉に、ルディアは黙り込まざるを得なかった。

 自分たち以外にも転移した難民は居る、という想定をしていなかったわけではない。

 だが転移当初は、ルディアとて周囲に気を遣う余裕などかけらもなかった。体調不良に苦しむ中、生活を安定させようと、ルイジェルドの信頼を裏切るまいと、そして未来あるエリオットをなんとしてもフィットア領に送り届けようと──奮闘していたのだ。

 結局、ようやく他のことに思考のリソースを回せるようになったのは、ウェンポートを発ちミリス大陸に渡ってからだった。

 

「それは、その……忘れてました。余裕がなくて」

「余裕がない? 見ず知らずの魔族を助ける余裕はあったのにか?」

「そのときは、自分たちのことで精一杯だったんですよ」

 

 怪しい雲行きに混乱しながらも、ルディアは反論した。

 

「そうか、お前が言うならそうかもな。で? そんな忘れんぼで、余裕のなかったお前がミリシオンに来て最初にしたことが、人攫い相手に正義の味方ごっこか?」

「それは……」

 

 ルディアはミリシオンの道端で、ばったりパウロに出くわしたというわけではない。

 人攫いの現場に遭遇し、追跡してアジトらしき倉庫を突き止め、そこで大立ち回りを演じたのである。幸いにも誤解は解けたが、それでも感動的な親子の再会とは言い難い。

 酒場の方々から、いわく言い難い視線がルディアに突き刺さる。視線の主であるパウロの取り巻きたちは、倉庫でルディアが打ち倒してしまった者たちでもあった。

 反駁を重ねる前に、ルディアは一瞬瞑目し、省みる。

 『デッドエンド』のルイジェルドは子供を見捨てない──それは彼の信念であり、冒険者として行動する上でルディアが己に課したものでもあった。その行動に後悔はない。ルイジェルドやエリオットの帰りを待てば、手遅れになる可能性も考慮した上での行動であった。

 だが今回のそれが軽率だったと咎められれば、確かに反論の余地はない。

 

「……お仲間の皆さんには申し訳ないことをしたと思っています。また今度、正式に謝罪をさせてください」

「お気遣いどうも。だがいらねぇよ。いい大人が年端もいかない餓鬼にのされちまった挙句、『手加減できずにすみませんでした』──だなんて言われた日にゃ、面目は丸潰れだからな」

「どうしてそう、そんな悪し様に言うんですか。私だって、一刻も早く帰らなきゃって思って、それでもここまで来るのに一年半もかかって……」

「そうかよ。そりゃご苦労なこったな」

 

 パウロは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、丸テーブルの酒瓶を引き寄せた。一口煽り、口元を拭うと酒精の強い吐息が漏れる。

 おかしい。パウロはこうも、話の通じない男だったのか。少なくとも記憶の中の彼は、娘の言葉をあげつらい、苛立ちをぶつけるような男ではなかった。

 何かがあったのだ。それを薄々感じ取りながらも、相手を宥め、理由を探るには──ルディアの思考は千々に乱れ、冷静さを欠いていた。

 

「エリオットってのは、フィリップんとこのガキだろ?」

「え、ええ……」

「貴族のお坊ちゃまと頼れる魔族の護衛、二人に囲まれてお姫様気分か。さぞ楽しかったろうな、手紙を出すのを忘れるくらいにはよ」

「な……」

「さすがは俺の娘と言ったところか? 手際良く男二人をたらし込むなんざ、そうできることじゃねぇ」

 

 それはパウロにとっては何の気なしに言い放った言葉であっても、ルディアにとっては到底許し難い嘲弄であった。

 最後まで説明しきってはいないとはいえ、この男は、今までのルディアの苦労を知らず、襲ってきた苦難を知らず、だのに『お姫様気分』と決めつけて──挙句、男をたらし込んだなどと。

 だがむしろ、ルディアは向けられた暴言に怒りを通り越して愕然とした気分を味わっていた。

 何故自分がここまで言われなければならないのか?

 何故これまでの努力を認めてくれないのか?

 何故、何故久方振りの再会を、ただ喜んでくれないのか?

 

「団長、お子さんはまだ小さいのに、いくらなんでもそれは言い過ぎです」

「ヴェラ、親子の話に首を突っ込むんじゃねえ」

 

 パウロに歩み寄り、嗜めるようにヴェラと呼ばれた少女が酒瓶を引き離す。

 その光景を目にして、ふつふつと負の感情が湧き上がる。ルディアの内心で、怒りと悲しみが混じり合い、うねった。

 パウロは、その外面こそやつれ、疲れ切っているが、根底の部分では何一つ変わってはいない。

 敬虔なミリス教徒であるゼニスを娶った身でありながら、欲望に負けてリーリャに手を出したときのように。かつてルディアが助け舟を出さねば、家庭に致命的な亀裂が走っていたにも関わらず、まるで反省などしていない。

 でありながら、この男はそんな己の事を棚上げにして、憚りなくルディアを責め立てるのだ。

 まるで自らの性を売り物にしたかのような言い草は、下心なしに共に旅を続けているエリオットやルイジェルドに対する侮辱であり。

 ──未だ意識の底に、前世の男としての意識がこびり付いているルディアにとって、断じて許せない物言いであった。

 

 

 

 

 

 パウロ・グレイラットにとって、この一年半あまりは苦労の連続であった。

 だがしかし、二年前の自分は幸福であった。

 美しい妻二人と愛らしい娘たち、そして安定した生活。長女は生家を離れロアで働いているが、それでも半年に一度会いに行ける。一〇年前の自分が見たら目を剥くこと請け合いだが、それでも後悔などパウロに微塵もなかった。

 悩みの種も、強いて言えば一つだけ。それも長女があまりに優秀に過ぎるという、贅沢な悩みであった。

 勉学に優れ、礼節を弁え、剣術をこなしながらも圧倒的なほどの魔術の才を秘めた娘。その時点でパウロが優越していたのは剣術のみであったが、だというのに増長することなく、齢八歳にして模擬戦闘でパウロに食い下がるほどの戦闘センスを見せつけた。妻たちには明かさなかったが、それなりに落ち込み、同時に危機感を覚え、鍛錬の時間を増やした。

 そんな長女──ルディアに対して偉大な父としての立場を確立することは難しくなってしまったが、せめて下の娘たちには尊敬される親でありたいと思うのが、男親としては当然の心理である。

 

 駐在騎士としての仕事をこなしながら、妻たちと共に小さな娘たちの成長を見守る毎日。そんな日々は何の予兆もなく唐突に失われた。

 

 幼い娘ノルンを抱いたままアスラ南部のウィシル領まで飛ばされてから、息をつく機会など失われて久しい。

 二ヶ月という長い時間をかけて帰り着いたパウロは、荒涼としたフィットア領を前に愕然とした。都市ロアも、麦とパティルスの花畑も、一〇余年を過ごしたブエナ村も──跡形もなく消え去っていたのだから。

 かろうじて残った付近の村で情報を集めているうち、ボレアス家の執事を名乗る初老の男──アルフォンスが接触してきた。曰く、フィットア領の復興に助力してほしいと。各地に散り、帰る術を持たぬ難民を保護して欲しいと。家族と散り散りとなったパウロに断る理由はなかった。

 集った有志をまとめ上げ、難民の捜索団を組織する。本部をアスラ王国フィットア領に。そしてパウロはミリス神聖国首都ミリシオンの支部で、捜索団を率いた。

 家族と散り散りになった不安は時折鎌首をもたげたが、弱気の虫は努めて振り払った。

 妻のゼニスは元S級冒険者。娘のアイシャと転移したであろうリーリャは王宮侍女を勤めていた才媛であると同時に、元剣士でもある。そして長女のルディアに於いては──心配する余地もないだろう。

 各地の冒険者ギルドに、家族とフィットア領の難民を探すよう伝言を残す。ルディアならば、間違いなく己よりも効率よく事を運ぶ。あれほどの傑物をパウロは他に知らない。ならば不肖の父とはいえ、それに恥じぬ働きはしなくてはならないだろう。

 それになにより、自分に抱かれて安らかに眠る幼いノルンの顔を見れば、奮起しないわけにはいかなかった。

 

 アスラを離れ、ミリスに渡って活動を続け、時間は飛ぶように過ぎた。

 良識ある人々に保護されていた者。荷物と共に転移したため辛うじて生活が出来ていた者。財産も後ろ盾もないままに奴隷の身へ堕とされた者。

 捜索団を率いたパウロは、それら全てを救うべく奔走した。すんでのところで救出に成功したこともあれば、今一歩のところで手遅れになったこともあった。憎悪と、怨嗟と、それに倍する感謝を受けてなお、愛しい家族は見つかることはなかった。

 きっとすぐに見つかる。そんな楽観は、活動を始めて三ヶ月が経ち、半年が過ぎ、一年を迎えるころには跡形もなく消え去っていた。

 

 そうして瞬く間に過ぎた一年半。

 家族たちは見つかるどころか、それらしい姿を見たという目撃情報すらない。その時間は精気にみなぎっていたパウロを疲労させ、病むほどにやつれさせるには充分だった。

 ここ半年の間は、絶望との戦いだった。

 

 素面で起きていれば、ひたすらに悪い妄想に取り憑かれる。奴隷に堕ち、助けを呼ぶことすらできない家族。むしろそれは命を保っているだけまだマシな状況で、あるいは家族は今はもう亡いのではあるまいか。

 着の身着のまま飛ばされて、抗うも力及ばず、異郷の地に果てる。それをただの妄想と振り払うには、パウロは似たような光景をこの一年半で、あまりにも多く見過ぎていた。

 そしてその妄想から逃れるには、酒精に頼るしか他になく。酒浸りとなったパウロは次第に会議にすら顔を出さなくなった。

 五歳を過ぎ、六歳になろうかというノルンの存在が、絶望の淵に立ったパウロの精神を、辛うじて繋ぎ止めていた。

 

 そんな折、希望が現れた。

 

 二年振りに目にした、記憶の中の姿よりも成長したルディア。

 再会の場こそ、互いの勘違いによる遭遇戦という肝を冷やすものだったが、パウロ含め捜索団の戦闘要員は全て軽傷で済んだ。ルディアに至っては鼻先を軽く切ったのみで後は至って無傷。あまりに情けなく、認めたくないことだが、自分たちは加減された上で制圧されたのである。

 しかし娘が強いに越したことはない。むしろ希望を後押しするだけの要因となった。

 

 だが、希望はすぐに打ち砕かれ、絶望へと変じた。

 

 捜索団の本部がある宿屋に併設された酒場で、改めて顔を合わせる。その後のルディアの応答はまるで要領を得なかった。

 父様は、どうしてここに──? その言葉を呑み込めず、パウロは数瞬思考を停止させた。悪い冗談のようだった。冗談であって欲しかった。

 それが冗談でもなんでもないことは、続く話で知れた。

 

 今まで何をしていたんだ。詰問のようになった問いに、ルディアは気負いなく応じる。

 ルディアは、家族を探してなどいなかった。それどころか、家族が転移事件に巻き込まれたという意識すら希薄だった。

 その能天気さに、思考の浅はかさに、たとえようのないほどの怒りと苛立ちが湧き上がる。それはこの一年半余りの間に溜め込んだものであった。捜索団の団員は酒浸りになったパウロを恐れ遠巻きに眺めるばかりで、怒りをぶつける相手もいなかった。

 

 そしてただでさえ優秀極まるルディアは、先の遭遇戦で全力の己を下し、それが尚のことパウロに、ルディアが子供であるということを忘れさせた。

 そんなルディアが本気になって動けば、己などよりもよほど多くの人を救えたはずなのだ。そうでなくともあるいは、家族の誰かと今頃再会を果たせていたかもしれない。

 だのに、ルディアはその可能性に気づかず、強力な護衛を得たまま、安穏と旅を続けてきたのだ。

 難民を探さず。手紙も出さず。その余裕をほんの僅かだけでも、他のことに回せていたなら。

 

 胸の内に僅かに抱いていた希望が踏み躙られ、のみならず、まるでこの一年半余りの努力が、根底から否定されたかのような思いがして──

 そんな理不尽なまでの怒りが、パウロの口を滑らせた。

 

 お坊ちゃまと護衛に囲まれてお姫様気分か──

 男二人をたらし込むなんざ──

 

 その言葉に、対面して困惑しきりだったルディアの顔色が変わった。

 目を見開いて、愕然とした表情に──やがてそれは歪んでいき、怒りに染まった双眸で、憎々しげに己を睨め付ける。

 己の迂闊な物言いが、眼前の少女の一線を踏み越えたことを、パウロは直感で理解した。

 

「父様こそ、その女性はなんなんですか」

「ヴェラがどうかしたのか」

「貴方が傍に、そんな格好をした(ひと)を侍らせていることを、母様やリーリャが知っているのかってことですよ」

「……知らねえよ。知ってるわけねえだろうが」

 

 パウロの表情が悔しげに歪む。それは喉を軋らせるような、押し殺した声だった。

 ゼニスも、リーリャも見つかってはいない。この一年余りの捜索は、体面的には相応の成功ではある。だがパウロにとっての目標は、何一つとして達成されていない。

 それを無神経に突いてくることへの苛立ちと、それ以上の自身に対する不甲斐なさが湧き上がる。

 だがルディアはその様子になんら斟酌することなく──まるで気付くことなく、更に舌鋒を鋭くする。

 

「ああそうですか。じゃあ父様──あんたはミリシオンで浮気し放題ってわけか。転勤先で、エロい格好させた現地妻まで作って。あの二人が知らないのをいいことに!

 それでまた新しく子供をこさえたら、今度はどうするつもりなんだ? ゼニスなら今度こそ──」

 

 聞くに堪えない放言に、思考が沸騰する。

 パウロの言葉がルディアの一線を踏み越えたように、ルディアの言葉もまたパウロの逆鱗に触れるものだった。

 ともするとその口調は、ルディアがこの十余年もの間秘め隠していた──今となっては薄れてきている意識が発露したものなのかもしれない。だがその事情をパウロが慮るには、余りに余裕を失っていて、そして互いの隔意は決定的なものになりつつあった。

 

「ふざけたことをぬかしてんじゃねえぞ、ルディ……!」

「……ひっ」

 

 そして気付いた頃には、己の腕は激情に駆られるままに、眼前の少女の胸ぐらを掴み上げていた。乗り出したテーブルの上で、退けられたコップや酒瓶が床に落ち、耳障りな音を立てる。唐突な暴力にルディアが喉が引き攣ったような声を漏らした。

 固めた拳を衝動のままに振り下ろさなかったのは、曲がりなりにもルディアが()だったからだろうか。これが息子だったならば、あるいは女でも血の繋がりのない大人だったなら、パウロの鉄拳は容赦なく叩きつけられていただろう。

 

「転移したのはお前だけじゃねぇ。ブエナ村だって巻き込まれた。お前がのんきに遊び歩いてる間に、何人も死んでるんだ」

「巻き込まれてって……母様も……?」

「そうだ! リーリャも、アイシャもな! 全く見つからねえ!」

 

 お前が探していれば、手掛かりの一つでも見つかったかも知れない。掴まれた衣服を硬く握りしめるルディアの様子に気付かぬまま、パウロはそう言外に込める。

 色を失くした顔で反駁するルディアの声は、動揺に震えていた。

 

「ロールズだって死んだ。シルフィエットだって見つかってねえ。だのにお前は、伝言すら見ずに、のうのうと冒険者生活を楽しんでたんだ」

「だ、だから、それは……!」

「それなのに……なんだ? 言うに事欠いて、俺が浮気だと……女を侍らせてるだと? ふざけたこと言いやがって……」

 

 パウロが言葉を切ったのは、そのときだった。

 ルディアの胸ぐらを掴む腕を、横合いから伸びてきた手が更に掴んでいる。

 

「なんだてめぇ。絡む相手を間違えてんぞ」

 

 パウロが据わった眼でその相手を睨め付けた。

 場末の酔漢染みた風体をしているパウロだが、それでも剣士としてその実力は折り紙付きだ。そんな男が殺意を込めて凄めば、大概の相手は震え上がり、そうでなくとも尻尾を巻いて退散するのが常である。

 だがその相手はその凝視を受けて毛ほども動揺せずに、むしろ強い視線を返した。

 

「いいや、間違ってない」

「喧嘩なら後で買ってやる。家庭の問題に割り込むんじゃねえ」

 

 低い声で凄むパウロ。その視線の先の赤髪の少年を見て、ルディアがエリオット、と小さく声を上げた。

 

「エリオット? ……そうか、お前、あん時の餓鬼か」

 

 パウロが小馬鹿にするかのように鼻を鳴らした。

 ルディアの胸ぐらを掴んでいた手が前触れなく離されて、浮いていた腰が丸椅子に落ちた。小さく咳き込むルディアを庇う様に、少年──エリオットが前に出る。

 

「それで、今更ボレアスの坊ちゃんが何の用だ。うちに保護して欲しいのか? 優秀なうちの娘と、強い強い魔族の護衛がいるんだろ?」

「あんたらの保護はいらない。護衛もな。俺たちだけで、十分にアスラまで辿り着ける」

「はん、そりゃそうだろうよ」

 

 ボレアスの坊ちゃん。その単語が聞こえていたギャラリーの一部が僅かにざわついた。

 そんな周囲に一切の視線をくれることなく、戸惑うルディアの視線を背に受けながら、エリオットは口を開く。

 

「アルフォンス──うちの執事に頼まれているんだろ。手紙はこっちから出すから気にしなくていい。俺の為に預かった金は、捜索団の資金に使ってくれ」

「なんだ……お前、知ってたのか」

「ああ、知っていた(・・・・・)。父上も、まだ見つかってないんだろ」

 

 冒険者ギルドの掲示板に貼られた文書。フィットア領の魔力災害と、転移した難民について言及されたそれには、捜索と復興の指揮を執る者の名も当然記されている。

 そしてそれは領主のサウロスでも、ロア町長のフィリップでもなく、ボレアス家に仕える執事、アルフォンスであった。

 どれほど鈍くとも、それだけで事のおおまかな部分は理解できる。魔力災害当時、王都にいた祖父は無事だったはずだ。だのに祖父の名がないのは、事件の責任を追及され更迭されているか、あるいは叔父に領主の座を追われたのだろう。災害に巻き込まれた父が帰還していたなら、総指揮は祖父の代わりに彼が執っていたはずだ。どちらの名もないということは──つまり、そういうことなのだろう。

 エリオットの言にパウロは僅かに目を見開いたあと、嘲笑も露わに畳み掛ける。その声に険が混じるのは、少なからぬ苛立ちによるものだ。

 

「知っていた、か。そりゃそうだ。領主のお坊ちゃんが、まさか気付かねえわけがねえよな?

 で、その坊ちゃんは、我が身可愛さに領民なんぞ捜索せず、うちの娘と魔族に守られてまっすぐ帰宅ってわけか? 御貴族様にとっちゃ領民よりもてめえの命のが重いってか!」

「そうだ。ロアの町長の息子を無事にフィットア領まで送り届けろと、俺がルディアにそう命じたんだ。

 フィットア領の民一〇〇人よりも、俺一人の命の方が重いからな」

 

 畳み掛けられた言葉に、エリオットは動揺する事なく、毅然と応じた。

 

「……エリオット、なんで」

 

 ……どうして、そんな嘘を。

 か細く呟かれたルディアの声が、エリオットに届くことはなかった。

 いいや、答えは明白だ。パウロの視線からルディアを背中に庇い、堂々と立つエリオット──パウロの意識をルディアから逸らし、自分に向けるために決まっている。

 だがこの状況下でエリオットが返した言葉は、挑発にしては余りにも剣呑で、そして効果は覿面だった。エリオットの肩越しに見遣るパウロの表情は憎々しげに歪み──それ以上に、ギャラリーの一部が殺気に色めき立つ。

 散り散りとなった家族と再会するために尽力している捜索団。中でも手が及ばす肉親を喪った者にとって、エリオットの不遜なまでの態度と放言は、到底聞き捨てならないものだったのだ。

 

「ざけんなぁッ──!」

 

 周囲の制止を振り解き、飛び出した若い男が激情のままにエリオットを殴りつけた。横っ面を強かに打ち据えられたエリオットの体が傾ぐ。

 冒険者風の格好をしたその青年は、つい先日妹を喪っていた。奴隷になっていた妹は捜索団の手によって救出されるも、衰弱が酷くそのまま息を引き取ったのである。

 殴りつけられたエリオットは、その拍子に唇を切ったのか、口角に滲んだ血を袖で拭うと青年を見返す。

 

「気は済んだか」

「てめぇッ……!」

「やめろセドル!」

 

 がっしりとした体格の壮年の男が、なおも拳を握る青年を羽交締めにして引き摺っていく。

 それを見送ったギャラリーは、予期せぬ展開に静まり返っていた。当のパウロもまた、先走った青年を目の当たりにして僅かに思考を冷却されていた。

 

「行くぞルディア。……立てるか?」

「エリオット、血が……」

「こんなの、後でいい」

 

 ルディアを立ち上がらせたエリオットは、立ち尽くすパウロを今一度強い視線で射()いたあと、背を向けた。

 震えたまま顔を伏せるルディアは、おぼつかない足取りで手を引かれ、去っていく。

 

 酒場の入り口までに達したエリオットが半身だけ振り返った。その瞬間のエリオットの表情は、先程までの毅然と、傲岸とした貴族のものではなく──降りかかる理不尽に怒りを滾らせる、年相応の少年のものだった。

 エリオットは躊躇うように口を開き、しばしの逡巡の後、視線を落としながら吐き捨てるように呟いた。

 

「あんた、父親だろうが……なんで、再会をただ喜んでやれないんだ」

 

 それきり、二人はもう振り返ることはなく、今度こそ背を向けて酒場を後にする。

 扉の向こうに消えた娘の小さな背中よりも、少年の吐き捨てたその言葉は、パウロの胸中に長く尾を引いて残った。

 

 




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