長かったので前後編に
ルディアがパウロと和解したと報告したとき、ルイジェルドは何処か満足そうな雰囲気を窺わせていた。だがエリオットは「ルディアがそれで良いなら良い」という台詞とは裏腹に、纏う雰囲気からは不満がありありと見て取れた。
最近は腹芸もこなせるようになってきたエリオットだが、妙なところで子供っぽいところがあるのはルディアとしても不思議だった。
日は変わり翌日。
かくして行われるのはエリオットの御機嫌取り──という名の金策である。ゴブリン退治にでもいきますか、となんとなしに呟いたルディアに、エリオットはあっさりと首を縦に振ったのだ。
世間一般の子供とはかけ離れた感性とともに育ったルディアだが、それでも子供たちの憧れる冒険者像というものはわかる。一つは迷宮を踏破し一攫千金を得るもの。もう一つは駆け出しの冒険者の誰もが通る、ゴブリン退治である。魔大陸で冒険者となりもうすぐ二年にもなるが、そういうテンプレートな依頼というものは受けたことがなかったと思い至ったのである。
「ルイジェルドも来るか?」
「……ふむ。ゴブリンか」
エリオットが尋ねると、ルイジェルドはしばし黙考したあとかぶりを振った。
「たまには二人で行ってみろ。ゴブリン程度なら、俺が付いていくまでもあるまい」
「所詮ゴブリンですしね……適当に散策したら帰りますよ」
「そうだな。そうしろ」
ともかく方針を定めた二人は、早朝に宿を出て冒険者ギルドを目指す。
時間帯が時間帯だけに、通りでは市民よりもやや冒険者の方が多い。それだけに二人が往来に馴染むのは容易かった。集落や閉鎖的な町では部外者であることを否が応でも自覚させられるが、冒険者の多い大きな街ではそんな気を遣う必要がまるでない。
冒険者区の大まかな地理は初日の段階で把握していた。急ぐ用事でもないので、開きはじめた露店を冷やかしながら向かう。
冒険者ギルドは本部だけあり広く壮麗で、歴史を感じさせる。おお、と感嘆するルディアの横で、内装を見知っているエリオットも僅かな高揚に足取りは軽い。
魔大陸のそれとは違い、ギルド内はそれなりに賑やかである。粗野だが熟練した冒険者の割合が多い魔大陸とは異なり、安全度では段違いなミリシオンでは新人冒険者の割合が比較的多い。リカリスの街で見かけたトクラブ村愚連隊は、思い返してみれば稀有な例なのだろう。
見るからに年若いエリオットとルディアも、傍目からは新人冒険者と映るのかもしれない。そう漠然とエリオットを見遣って、ルディアはいや、と思い直した。
見るからに使い込まれた外套やブーツ、整備を欠かしていない得物を佩いたエリオットは、新品同然のそれらを纏う新人冒険者と見比べれば明らかに雰囲気が異なる。それになによりも、浮き足立っている彼らに比べ佇まいが泰然としているエリオットは、既に一端の剣士としての風格を身につけている様にも見えた。
自分も装備だけなら同じように見られても良いはずなのだが、いかんせん身長が足りない。隣にルイジェルドが居れば随分違うのだろうが……熟練冒険者の威厳というものが出るようになるまで、もう数年は必要だろう。
「掲示板はどこですかね」
「あっちだな」
きょろきょろと見回すルディアを、エリオットが先導する。所狭しと依頼が貼り出されている掲示板は、ギルドの規模を示すように大きい。
探すまでもなく、目当ての依頼は目に入る。
依頼区分はフリー。
依頼内容はゴブリンの間引き。
討伐証明箇所は左耳。一つにつきミリス大銅貨一枚。
期限はなし、依頼主はミリス神聖騎士団。
備考……………………
依頼を前に顎に手を当て、ルディアは脳内で今日の予定について振り返る。
ゴブリン討伐は、ほぼ常設の
受けられる冒険者の層が幅広い代わりに、受けたところで然程の旨味はない。それこそただのロマンである。
さてゴブリン退治と予定を立ててみたはいいが、ゴブリン一匹当たりの討伐報酬などたかが知れている。何匹か満足するまで適当に間引いたら、ギースに教わった香辛料や調味料になりそうな野草を採取してもいいかもしれない。以前までならともかく、
そうして適当に森を散策したら街に戻り、ついでにギースが居そうな酒場や賭場を冷やかすのも有りかもしれない。そういえば不足していた日用品もあった。雑貨屋に寄れるほど時間が余るかは未知数だが──
(……おや?)
とそこでルディアは何かに気付いたように目をぱちくりと瞬かせたあと、小首を傾げて考え込む。
エリオットに提案したときはおろか、此処に来るまでまるで気付かなかったが、これは……
(これはもしかしなくても、デートってやつなんじゃないか?)
むむ、とルディアは腕を組む。
二人で特に気を張らなくてもこなせる依頼を受けるのも、依頼にかこつけて森や街を散策するのも、そう言われてしまえば反論に困る程度には──まあ、デートと言えるかもしれない。
少しばかり気恥ずかしい気もするが、隣で他の依頼に目を通しているエリオットは気付いているのだろうか。
(デート。デートか……うーん)
脳が若干ピンク色になっているのでは? とルディアは自分の頭を小突きながら唸った。とはいえそれらは全て目的があってのことであり、浮ついた気分で立てた予定ではないのだが、と誰に言うでもなく言い訳する。
脳内でギースがにやつきながら、お嬢、逢引か? と問うてくる。その頭に平手をかましながら、ルディアはただの考え過ぎだと結論を出した。
いや、もともとの動機がご機嫌取りということを鑑みれば、やはりデートと受け取られても仕方のないことではあるが……
エリオットはといえば、宿を出る前の時点ですでに溜飲を下げていた。というのも依頼の内容よりも、ルディアがエリオットの機嫌を取ろうということそのものに、自分の行動の大人気なさを自覚しただけのことではあるが。いつの間にかエリオットの機嫌が戻っていることに首を傾げていたルディアだが、エリオットが口にしない限り彼女に知る由はない。
もちろんエリオットとてかつては冒険者に憧れていた身である。ゴブリン討伐のロマンも理解していた。他に割の良い依頼があればそちらの方がいいのでは? と思うくらいには現実主義のルディアに毒されはじめていたが、やれるなら折角だからやっておきたいな、とも思う程度にはモチベーションもあるのだ。
「──なんでだよっ!」
とりあえず受付を済ませようとした二人は、唐突に聞こえてきた声に顔を見合わせ、それから騒動の方へ顔を向けた。
「なんで僕がパーティに入れないんだよ!」
「だからランクが違うんだって言ってんだろ」
騒動の中心にいたのは二十代半ばほどだろうか、若い数人の冒険者と、それに鬱陶しそうにあしらわれている一人の少年であった。
新品の青いローブに杖を持った、ダークブラウンの髪の少年である。
パーティが組めないのがいたく不満であるらしい少年は、子供らしい癇癪で遥かに上背のある冒険者に食ってかかる。
「ランクがなんだ! 僕は本当はAランクくらいの強さはあるのに、君等で我慢してやろうって言ってるんだ!」
その傲慢な台詞に言われた冒険者たちが色めき立つ。
「……あいつ、Aランクくらい強いらしいぞ」
「もしかしたら本当に強いのかもしれませんよ」
僅かな揶揄を含んだエリオットの声にルディアが囁きを返す。
五歳にして聖級に至り、無詠唱で魔術を行使する自分を、ルディアは確かに稀有な例であると自覚しているが、だからといって自分が特別な存在であると驕ったことは一度もない。むしろ己という前例があるのだから、同じだけの才を持った魔術師がいるのも当然、というのが彼女のスタンスであった。
だがエリオットにはあの少年がAランクの器にはどうしても見えなかった。そもそも彼にとってAランクの魔術師というものが、ルディアが基準になっているのだが。
「おいガキ、調子に乗るのもそこまでにしとけよ。優れた魔術師なら喧嘩売る距離ってもんを弁えたらどうだ」
「うるさい! 剣しか触れない能無しの癖に僕に指図するな!」
「んのガキャ……!」
胸ぐらを掴まれ、いよいよ剣呑な雰囲気を醸し出した現場に、ルディアはどうするとばかりにエリオットに顔を寄せた。
「……どうします? 助けに入りますか」
「ルイジェルドなら止めに行ったろうけどな……」
子供好きのルイジェルドならば因果を問わず助けに入ったのだろう。
だがこの場にいるのはルディアとエリオットのみ。リカリスの街でのノコパラのように、悪どい熟練冒険者が知識のない新人を食い物にしようとしているならばいざ知らず、今回のそれはどこからどう見ても少年が悪い。いや、増長を悪と断じることはないが、その振る舞いの結果少年が殴り倒されてもそれは自業自得である。
そういう意味で二人の見解は一致していた。
そして案の定、男の鉄拳が叩きつけられ、少年は椅子とテーブルを蹴散らしながら吹き飛んだ。
あちゃあ、とルディアは片手で目を覆い、エリオットはやっぱりな、とばかりに腕を組んだ。
「クソガキ、喧嘩を売る相手はちゃんと選べよ」
だが次の瞬間、ルディアは目を剥いた。
呻きながら身体を起こした少年が怒りに呑まれ、短慮に走ったからだ。
「汝の求めるところに大いなる炎の加護──
「ちょっ──やめなさい!」
割って入ったルディアが少年が男に向けた手を掴む。
少年は殴られた拍子に口の中を切ったのか、ルディアが止めるまでもなく詠唱は中断されていたが。
「野郎、このガキ!」
「やめろ、大人げないぞ」
それでも魔術を詠唱しようとしたことは明白で、明確な害意を向けられたことに男たちは殺気立つ。更なる打擲に及ぼうとした男を、しかしエリオットが制した。
「一発殴ったんだから、それで手打ちにしろ」
「……そうだな、それで勘弁してやる。お前ら、行くぞ」
男たちが去った後、ルディアは少年の殴られた頬を手早く治癒し、同時に戒めた。
「これに懲りたら喧嘩を売る相手は間違えちゃだめですよ」
だがルディアの言葉は少年の見るからに高そうなプライドを刺激したらしい。返ってきたのは感謝でもしおらしい首肯でもなかった。
「誰が助けてくれなんて言ったんだよ!」
「へっ?」
「勝手に出てきて勝手に解決するなよ! このブス!」
言われた言葉にルディアはしばし沈黙する。
ブス……ブス……と脳内で単語が反響した。
語彙力の低さというよりも罵倒の機会の少なさを感じさせるような言葉だったが、その明瞭かつ簡潔な罵倒にショックを受けたわけではない。ルディアはむしろ懐かしさすら感じていた。
(ブス……そんなこと言われたのブエナ村以来じゃないか?)
「ルディア、行こう」
「あ、はい」
ぐい、とエリオットに手を引かれ、ルディアは立ち上がる。
なんだか少年のお気に召さなかったようだが、それでも一応助けたし、無益な争いを未然に防いだということで良しとしよう。まあいっか、とルディアは一人納得し、手を引かれるままギルドを後にした。
「エリオット。……エリオット!」
「ん」
手を引かれるままにしばし歩いていたが、ミリシオンの正門もほど近くなってきたところでルディアはエリオットを止めた。
「もう、そんなに引っ張らないでくださいよ」
「……悪かったよ」
手を離したエリオットの顔は今朝と同じくらい、あからさまに不機嫌だった。
回復していたはずのエリオットの機嫌がまたもや降下した訳を、察せぬほどルディアは鈍感ではない。
「もしかして怒ってくれてるんですか?」
「まあ……うん。そうだ」
エリオットは言葉を濁したが、隠すほどでもないと判断したのかあっさりと頷く。
相好を崩したルディアが、にんまりとした笑みを浮かべる。エリオットがその相変わらずの鬱陶しさに、頭頂部に手刀を落とすべきか悩んでいるところで、二人を呼び止める声がした。
「待って! 待ってください!」
聞き覚えがあるというには耳に新しすぎるその声は、先ほどの少年のものだ。
「先ほどはすいませんでした。その、ちょっと気が動転していて……」
頭を下げて謝罪する少年の姿に、ルディアとエリオットは毒気を抜かれて顔を見合わせる。
「僕はクリフ・グリモルと言います。お名前を伺ってもいいですか?」
「はあ。私はルディア・グレイラットです」
「……。エリオットだ」
いまさら何の用なのか、というエリオットの視線に気付きもせず、少年──クリフは捲し立てる。
「いい名前ですね! お二人はパーティを組んでらっしゃるんですよね? 是非とも僕もパーティに入れてください!」
目を白黒させて話を聞いていたルディアだが、少年の言に得心すると、困り顔で言葉を選ぶ。
「ああ……。あのですね、うちは実は三人でパーティを組んでまして。なのでもう一人の承諾を得て相談をした上で、前向きに検討を重ねるよう善処してからですね……」
「加入が無理なら、せめて今日の依頼に同行させてください! 僕は巷では賢者の卵と呼ばれています。必ず役に立てます!」
食い下がるクリフにエリオットは渋面を浮かべていたが、ルディアは悩むように腕を組む。
対面するクリフとしても当然打算はあった。否、打算とも言えぬ下心ではあったが。
今日だけで既に四つものパーティに参加を拒まれている。特に最後のパーティはクリフの癇癪もあり、危うく乱闘に発展するところだった。他の冒険者が遠巻きに見詰める中、彼らは殴られたクリフを介助してくれたのである。そういった意味で彼らはクリフにとって最後の光明だった。
そのときは気が立っていたので心無い言葉を発してしまったが、それも自分の有能さを理解できない者たちのせいで動転していたためだ。
「うーん……」
ルディアはクリフを眺めながら思案する。
ブスだなんだと言われたが、正直ルディアはまるで気にしていなかったし、この少年が追いかけてきて頭を下げた時点で許していた。なによりプライドが邪魔して、勢い任せに文句を言ってしまう気持ちは痛いほどわかる。かつてはそういう時代もあったものだ。
それに、ちゃんと謝りに来るだけの誠実さは評価できる。前世の彼女が出来なかっただけになおさらだ。
「……わかりました」
「本当ですか!」
「おい、ルディア?」
エリオットは本気か? と言わんばかりの表情をルディアに向ける。
ルディアにばかり話しかけ、捲し立てるクリフに辟易としていたエリオットだが、そろそろその顎先でも
「……いいのか?」
「ゴブリンくらいなら大丈夫でしょう」
「そうじゃなくてだな……」
「それに、断ったらいつまでも付いてきそうですし……」
「……まあ、それもそうだけど」
ひそひそと声を忍ばせて囁き合う。
エリオットは難色を示したが、まあまあとルディアはそれを宥めた。
「まあ、我々先達には後進を育てる義務もあるわけですし、ここは一つ先輩風を吹かせてみません?」
ルディ子はかわいいなあ