泥沼の騎士 〜TSルディ子を救いたい〜   作:つばゆき

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家族会議(前)

 

 

 

 この世界にはミリス教という宗教があり、聖ミリスを開祖とするそれは、ミリス神聖国首都に本拠地を構える一大宗教である。

 本拠地を大陸一つ隔てたミリス大陸に構えているが、その規模は世界最大級である。最大だけあって、信仰の篤さはともかく信徒の数ではロキシー教はミリス教に遠く及ぶまい。だってロキシー教は俺一人だしね。

 我が家の奥様であるゼニスも敬虔なるミリス信徒であり、うちではときたま俺にミリス教の教義を教えてくれる。

 ミリス教の教義とは、おおまかにはこんな感じだ。

 

・生涯一人の伴侶を愛すべし

・汝、礼を失するなかれ、恩を忘れるなかれ

・騎士はいかなる時も忠義を忘れてはならない。だが時には愛する者の守護を優先すべし

 

 特にわかりやすくメジャーなのがこのあたりだろう。どっかで見たことがあるような教義だが、宗教など世界が違ったとしても大体似たようなものだ。簡潔でわかりやすい方が信徒も増えやすいものである。

 

 何故今こんな話をしたのかというと、ゼニスの実家たるラトレイア家がミリス神聖国にあるからである。

 家事の手伝いをしながらなんとはなしに昔話をねだったら、実家にいたころの話と、冒険者を始めてパウロとパーティを組んだころの話をしてくれた。

 ラトレイア家はミリスでも中々の権力を持つ大家で、そこの次女として産まれたゼニスはそれはもう大切に育てられたのだとか。

 そんで、親の期待を受けたゼニスはその美貌も相まり『ミリス令嬢の鑑』と言われるほど立派に育った。だが親と──聞く限りでは厳格な母親と喧嘩し、そのまま家を飛び出したのだという。それが今から大体八年くらい前のことだ。

 うーむ、なんともバイタリティに溢れたママンである。

 で、悪い冒険者に騙されそうになっていた当時のゼニスを、もっと悪そうな見た目をしたパウロが助けて、S級冒険者パーティ《黒狼の牙》のメンバーが揃ったのだとか。

 傍若無人で女癖の悪いパウロのことをゼニスは最初は嫌っていたらしいが、パウロの猛烈なアタックにゼニスが折れた形だそうだ。

 

「昔からパウロは女の人に目がなくてね。私がパーティに入る前も綺麗な人を見ればすぐ口説いて回ってたらしいの。ルディもパウロみたいな人に騙されちゃだめよ?」

「母さまもよく父さまと結婚しましたね。ミリス教的に父さまは大丈夫だったんですか?」

「もちろんアウトよ」

 

 すっぱりと一刀両断である。

 

「でもね。パウロとは『他の女の人には手を出さない』って条件で一緒になったの。リーリャに色目を使ったりだらしない人だけど、その約束は守ってくれてるのよ」

「あの父さまが……そうだったんですねえ」

 

 そう言うゼニスは恋する乙女のように笑っていた。

 言うことはたまに辛辣だが、なんだかんだでパウロには首ったけなのだろう。

 こんな美人に懸想されてるなんてパウロは果報者だ。羨ましい限りである。

 家を捨てて男と添い遂げる──駆け落ちとはまたちょっと違ったようだが、二人にとって人生の一大イベントだったに違いない。恋愛結婚など望むべくもない家柄だったゼニスからすれば尚更だ。

 だが今のゼニスは幸せそうだ。

 家を持ち、夫と娘と仲の良いメイドに囲まれた慎ましい暮らし。

 地位やら権力やら、贅沢な暮らしイコール幸せではないという好例だな。願わくば俺も、出来ればシルフィあたりの美少女とそんな暮らしがしたいものだ……

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 と、そんな話を普段から聞いていたからだろうか。

 だから俺は、その現場を目の当たりにしたとき、誰にも言い出せず一人で抱える羽目になったのだ。

 

 家族も寝静まったある日の夜。

 催してしまったので、トイレで用を足して部屋に戻ろうとしたときのことだ。

 夫婦の寝室の前を通っても、物音が聞こえてこない、そういえばゼニスが調子悪そうにしていたし、今日はおせっせはお休みかな? とか考えていたら、リーリャの部屋から男女の睦み合う声が聞こえていたのだ。

 大事なことだからもう一度繰り返そう。『男女の』である。性欲を持て余したリーリャが一人で己を慰めていたわけではない。

 おそるおそる部屋を覗いてみれば、ベッドの上で全裸で絡み合う二人の男女。

 見紛うことなき、パウロとリーリャである。

 汗ばむ肢体。熱を帯びた視線。声を潜めた嬌声は、隠れて行う情事に興奮してのものだろう。

 

 冗談だろ、と目を覆い天を仰ぐのも仕方ないはずだ。

 俺だって、これが家族のものでなければ、寝取り乙とか考えていたかもしれない。エロゲだったら大層興奮するシチュエーションだ。無論寝取る側限定だが。だが、家族なのだ。

 こんな形で家庭崩壊の危機に直面したくはなかった。

 

 確かに、パウロがリーリャに色目を使っていたのは知っていた。

 ゼニスが他の家事に気を取られている間、料理中だったり洗濯物を畳んでいるリーリャの尻を、これまただらしない顔で無遠慮に撫で回すのだ。

 それにリーリャだって尻を撫でられて満更でもない顔をしていた。伏し目がちになりながらも口元をきゅっと引き結んだ表情は、パワハラに耐える新入社員というよりは、痴漢プレイを楽しむカップルそのものだった。

 それを見て、いいなあ俺もリーリャの尻撫でたいなーとか考えていた俺が、如何にアホだったか。

 節穴もいいところじゃないか。

 

「マジかよパウロ……いやまてよ」

 

 なんとも持て余す、胃が痛くなるこの事実に頭を抱えたものの。

 俺が黙っていればいい、とその結論に至るのにそう時間はかからなかった。

 なんなら忘れてしまえ。部屋に戻って布団を被り、眠ってしまえばいい。

 それがいい。そういうことにしよう。

 俺しーらね、と踵を返そうとした俺の耳に、部屋の中から忍び込んでくる声。

 

『旦那様──その、湯を取って参ります』

 

 ややあって、扉がきぃ、と開かれる。

 立ち尽くした俺と、下着の上にタオルで身を隠したリーリャの目があった。

 

「リーリャ、さん」

「お、お嬢様──」

 

 リーリャは目に見えて狼狽していた。

 驚愕と、困惑と、焦燥の入り混じった表情。

 俺はそんなリーリャを慰めようとした。母さまには黙ってますよとか、なんならすっとぼけて父さまとトランプでもしていたんですか? とか、ともかくそんなことを言おうとしたんだろう。

 ただ、口を開こうとして、昼間のゼニスの顔が脳裏をよぎった。

 俺は慰めの笑顔ではなく、怯えに引き攣った表情をリーリャに向けてしまった。

 そのときのリーリャがどんな顔をしていたのかは思い出せない。俺が部屋に逃げ帰ってしまったからだ。

 

 精神はある程度肉体に引っ張られるという。

 この体になってから前世ほどゲスな思考は減ったが、代わりに余計なことを考えるようになった。

 パウロの気持ちも理解できる。

 昔馴染みの美人メイド、好みのスタイルでその上脈アリなんて、昔の俺ならノータイムで手を出していたはずだ。それを考えればよく耐えた方なのだろう。

 

 だが同時にゼニスの気持ちもよくわかる。

 普段からあんな男に引っ掛かっちゃダメよ、とか言いながら、幸せそうな顔で愚痴にも似た惚気話を聞かされていたのだから。

 

 リーリャもそうだ。

 そんな両想いで見目麗しい二人が毎晩お盛んで、それを聞かされる方はどうだ? 俺が産まれる頃から、都合六年もだ。性欲を持て余すに決まってる。

 それでパウロが鋼の自制心を維持していたならともかく、ちょっかいをかけ続けたんならリーリャじゃなくても体を許してしまうだろう。

 

「きっつ……」

 

 なまじ気持ちがわかるだけに辛いものがあった。

 平謝りするパウロを殴り飛ばすゼニスが目に浮かぶようだ。

 俺はその晩、ベッドの中で震えて過ごした。

 

 

 

 翌日にパウロの様子を見たが、普段とまるで変わりは無かった。右から見ても左から見てもいつも通りだ。

 まじまじと見過ぎて「父さんみたいないい男の捕まえ方を教えてやろうか?」と言われたので、「父さまに捕まった母さまが可哀想です」と言っておいた。

 パウロは隠し事が苦手で腹芸のできる性格ではない。ということはリーリャは昨夜の事をパウロには伝えていないのだろう。

「俺なんかしたっけ……」と落ち込んでいたが、構うものか。どうせ全部パウロが悪いのだ。

 

 それからしばらくリーリャは俺に対し態度が余所余所しくなった。まあ当然だろう。

 表面上いつも通りにしようとしているのはわかるし、それをパウロにもゼニスにも悟らせていないのだから流石だが、そうと分かっていれば見抜くのは容易だ。

 俺だって距離感を測りかねている。

 リーリャのことは好きだが、裏切られたゼニスのことを考えれば完全に味方してやる決心もつかない。

 

「はあ……」

 

 転生してからもこんな胃の痛い思いをするとは思わなかった。

 バレたら修羅場なんてもんじゃないだろう。

 

 だがこのときの俺はまだまだ甘かった。

 これから一ヶ月もしないうちに、本当の修羅場というものに対面することとなったのだから。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 ゼニスの妊娠が判明したのは、まだ雪深い冬の最中の事だった。

 その朗報に、我がグレイラット家は沸いた。

 特に、俺以来子供が出来ていないことを気に病んでいたゼニスの喜びはひとしおだった。

 

「おめでとうございます奥様」

「母さま、おめでとうございます!」

「ありがとうリーリャ、ルディ」

 

 言祝ぐと、満面の笑みで礼を言われる。

 ゼニスの下腹部に耳を当てるが、流石にまだなにもわからない。

 

「やったなゼニス!」

「あなた……!」

 

 パウロがゼニスに抱きつくと、ゼニスも感極まったようにパウロの背に手を回した。

 

「これでルディにもう寂しい思いをさせなくて済むわね」

 

 次は男の子だろうか、女の子だろうか。

 俺が女だったからかパウロは男の子がいいと言っていたが、俺は断固女の子がいいと主張した。

 弟にいい思い出はないからな。PCを破壊されたりとか。

 

 待望の、そして六年ぶりの第二子である。

 俺もパウロも、もちろんリーリャも本心から喜んだ。家に遊びにくるシルフィも喜んでくれた。

 

 

 

 転機が訪れたのは、それから数週間もしないうちの朝だった。

 

「申し訳ありません。妊娠致しました」

 

 朝食の席でぶちまけられた爆弾に、グレイラット家の面々は動きを完全に硬直させていた。

 次の瞬間、さながら錆の浮いた古い機械人形の如く、ぎぎぎと俺の首がパウロを向く。同じタイミングでゼニスの首もパウロを向いていた。

 

 パウロは傍目から見てわかるほどに動揺し、冷や汗をかいていた。

 だが頭を抱えたいのは俺も同じだった。

 少し想像力を働かせればわかったはずだ。

 俺が目撃してしまったパウロとリーリャの情事。あれが不貞の最初の一回で、俺がたまたま見てしまったという都合のいい話を、どうして今まで無邪気に信じられた?

 妊娠が判明するのは個人差はあれ最短四週間。そう考えれば俺が目撃する前からパウロとリーリャの関係はあったのは自明だ。

 それに、やることをやっているのにゼニスだけが妊娠してリーリャがしないという道理はない。

 

「すっ……すまん! 多分、俺の子だ……」

 

 パウロの判断は早かった。いや、諦めが早かったと言うべきなのか。

 二人の視線を受けて、早々にテーブルに額を擦り付けたのだ。

 

 かくして、グレイラット家の平穏な一日は早朝のうちに、唐突に終わりを告げた。

 

 

 




長めなので前後編に分け
後編は0時更新します
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