「「「「かんぱーい!」」」」
とある借家の一室、女冒険者四人が座卓を囲み杯を掲げる。
「はーいみんなおつかれー。本日の宅飲み及びその後のお泊まり会はシオリさんススキさんのご両名に会場提供していただいておりますのでまず感謝〜。それと近所迷惑等気をつけるよーに」
「マノさんが一番不安ですよ私は」
「あい気をつけまーす。ドレミちゃんには買い出し手伝っていただきました感謝〜。酒、飲まさないように」
「やっぱりママの横がいい。ママ、席ここ。どうぞ」
「ドレミちゃんありがと〜!よいしょっとぉ!」
会場提供者シオリさん、あるいはママこと私──こと
「え、何、こわ。宅飲みの席替えにそんな掛け声することある?」
「辛抱たまらず、って感じじゃなぁい?この子かなり楽しみにしてたみたいだから」
「席替えを?」
「宅飲みをよ」
俺の気持ちを完璧に理解しているこの親友、ススキと共にすくすくと育ち二十三年目──いや本当によく育った。
身長は170を超え骨格自体はスレンダーながらも乳と尻はえらい育った、放置した朝顔。
中性的な顔立ちで灰色のショートヘアにしているということもあり身体に目を向けなければ美少年でも通りそう、いずれにせよ美形だという自負がある。お母さんありがとう。
「理解ってくれているようで嬉しいですよススキぃ!なんかしてほしいこととかあります?」
「好きなら好きって言って」
「……へ、えへへ……そら好きぃ、ですよ?」
「……ん、ありがと」
ススキは俺とタメを張れる身長でザ・スレンダーな体型、前髪を立ち上げたプラチナブロンドのロングヘアを腰まで伸ばしている。サラッサラのストレートで時々ペット感覚で触れさせてもらうのだが、後ろから首を撫でるように指で梳くと普段何にも動じない彼女がビクッと跳ねて面白い。
表情が少々冷ややかだが落ち着いていて頼りになるお姉さんといった雰囲気。しかし定期的に俺で承認欲求を満たそうとしてくる点が親友、生涯のズッ友としてはやや心配だ。
「ママ、はいこれ。食べて、美味いやつ。美味い?ど?美味い?」
「ん〜!美味しいねぇこれ!ドレミちゃんはこれ好き?」
「そう!!これ好き!パンをフワッて噛んでね!シャキッて野菜がなってね!肉の味がするの最高なんだよ!美味い!」
「分かる分かる〜他には?ドレミちゃんのおすすめが聞きたいな」
「えっとね、ちょっと待って!えーと…………」
このパーティの最年少、19歳のドレミちゃんは160cmほどでとにかくかわいい。こちらも甘やかさねば無作法というものだがススキやマノさんに止められ、甘やかし切れた試しはない。
濡れたような黒髪を肩ほどまで伸ばしており、ジト目で一見物静かそうな少女──実際お仕事中は必要最低限の口数のみで口調も硬い。だがお仕事が終わってしまえばこの通り、お話ししたがりの19歳児となり俺の胸の中に飛び込んでくる。俺は
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「ドレミちゃん、寝ちゃったわね。寝室まで持ってくわ」
「いえ、このままにしときましょう。この前それやったら私の手が離れた途端に目覚ましてぷるぷる泣き出しちゃって」
「幼児どころか赤児じゃないの。本当、どんな環境で育ったのよ……あなた、責任持って独り立ちさせるのよ。ドレミがわがまま言うようなら私もなんか言っとくから」
「えー?別にこのままでもいいじゃないですかー。生涯独身でパーティメンバーとずっと一緒なんて珍しい話でもないですし。私たちズッ友ズッ友。でしょ?」
この世界は男女比が狂っている。男性が極端に少ない。一夫多妻の家庭か人工的な方法による授精による母子家庭が多いが、生涯独身の女性も決して少なくない。
「よかないわよ。この中で一番ひ弱なのはあなたなの。……考えたくもないけど、あなたに万が一のことがあったとき私たちだけで面倒見切れると思う?ドレミが何事もなく昔の生活に戻れると思う?」
「それは……そうですけど」
──同時に、この世界はあんまり安全じゃない。前世では見たこともないような危険な存在が、周囲には蔓延っている。
個の話であれば、人間のスペックが奴らに届かないわけじゃない。しかし数が多すぎる。「男が少ないのは生まれるべき男の魂が奴らに奪われているから。奪われた分だけ奴らは増えている。ですから性交した分だけ徳が積まれるのです」なんて文脈のイカれた教義の信徒がそこそこいるくらいだ。いや、これは後半目当ての連中かもしれん。
ともかく、ちょっとタイミングが悪かっただけで、運が悪かっただけで、想定外の圧倒的な数の暴力と遭遇して「バイバイ」なんて珍しくもない。
「
「ええ、はい。まあ子育ての自信なんてありませんけど。ちゃんと約束しますよ、ドレミちゃんを程々に親離れさせますって」
「程々にっていうのが気になるけど──ま、その約束で一安心してあげるわぁ」
「まっかせてくださいよう!ススキさぁん!立派なお母さんっ子にしたげますって!」
「一瞬で矛盾しないでちょうだいよ、そんなに飲んでたかしら……あーもぉこの二人不安だわぁー」
「お?真面目な話も終わって酔いも回ってきた?いいわねぇ!!
「声デッカ……酒くっさ……いやー私の方の不安は的中してしまったようで、あっはっは。雲行き怪しいですねこのパーティ」
そして、飲んで飲んで呑んで猥談を待ち望んでいたのが我らがパーティのリーダー、マノさん21歳。
身長は俺よりも目線が少し高いくらいで、紅い髪をツーサイドアップにしている。つり目なのもあっていかにもツンデレな容姿だ。ぜひ生ツンデレをこの目で拝見したいものだが残念、この世界ではツンデレる
この人に限って同性を恋愛対象にするはずもなし。なぜなら──。
「いや、ふたなり攻め男受けはふたなりの表情も内面も描写してるのが濡れどころなワケ。ヘタレなふたなりがちんちんならではの快楽に困惑しながらもごめんなさいごめんなさいって謝りつつも圧倒的な力で男性を組み敷きながら寝バック──これ内面描写付きのふたなり攻め男受けが好きってよりヘタレ攻めふたなりが好きなだけか」
「はい出たー。話の返しに『いや』で始めるのマノさんの悪い癖ですよ、性癖狭まりますって。いいですか。言霊とは恐ろしいもので本当にそう思ってなくても言い続けるとホンモノになっちゃう呪いみたいなもんなんですからね」
「それこそあんたの悪い癖でしょ。広けりゃいいってもんじゃないでしょーよ。それに、私の『いや』は『分かる分かる、でも私の趣味も聞いて!』って意味だから。安心してお話聞いて?ねー?お願ーい」
「だーからー。そうならそう言わないといつか本当に『いや』になっちゃうって話を私はしてるのですよ。好きなものは好きとちゃんと言いましょう!ほら!プリーズセイ!『モブふたなりファックキャラ付き男イズふぁぼりて』!!」
「いやぁぁぁぁ!!!!そんなのモブレのBLと何が違うのよ!!」
「やっぱいやなんじゃないですか!!」
「いや!!そうじゃないの!!モブレのBLも全然イケるの!!でも今じゃないの!!今はヘタレ攻めふたなりのまんまんだからこれじゃないってなってるだけなの!!トラストミー!!モブレBLイズマイふぁぼりてトゥー!!!!」
「…………うっるさぁ〜……」
この通り、性別に関わらず現実の人間を恋愛対象として諦め、創作の世界に入り浸っているのが我らがリーダーである。
女性数が多いからエロ市場だって女性向けが多い。スケベ創作にのめり込む女性の──割合はともかくとして数自体は結構いるのだから私は一般的な女性の内に含まれるとは彼女の弁だ。
まあこれが普通なら、と。脳内でシチュを男女逆転したりそのままにしたりして俺もマノさんと猥談を楽しむことにしている。こういう話ができる友達がいるのもいいね。前世ではなかった形の友達との会話を、俺は噛み締めた──。
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この世界に生まれ変わって二十三年が経ったが、前世で生きた分もプラスしただけの人生経験を持つ人間になっているかというとそうではない。
結果だけ言ってしまえば、前世の記憶を持つ趣味嗜好の似通った別人だと俺は思う。
0歳の頃から前世の記憶と意識を持っていたものの、女性である身体に引っ張られたりこの世界で生きていくにはそぐわない考えや知識だったり──そういった理由から前世の知識や考えをいくつも改めた。
記憶こそ地続きなもののやはり文字通り生まれ変わったのが今の俺だ。だから前世分も含めただけの人生経験があるかと問われたら、結構な数の経験がこの世界では経験として活かせなさそうです、なのでほぼ23歳まんまです、と答えざるを得ない。
といっても前世の記憶は今の俺と繋がっていないただの付属品ということはない。常識や思考を塗り替え続けて、それでもこの世界で染まらなかったものはいくつかあった。
一つは恋愛対象が女性な点だ。いくら女性物の服の趣味が増えても、どれだけティーンズラブ作品を開拓しようとも、こればっかりは変わらなかった。
前世では触れもしなかったであろう「好き」がいくつも増えたが、
もう一つは前世での後悔である。この世界に転生するにあたって当然前世で一回死んでる訳だが、死因は事故死である。
何の予兆もなく降って湧いた災難をただ受け入れるだけ受け入れ、何もきちんと綺麗に終わらせることができなかった。
家族にも友達にも、面と向かって感謝や好意を伝えたことは一度もなかった。愛してくれた家族に大好きとも、育ててくれてありがとうとも言えず、馬鹿騒ぎした友達にこうするのが楽しいとも言えず、そばにいてくれた友達に付き合ってくれてありがとうとも言えなかった。
いつか機会があったら、と先延ばし先延ばし──気付けば人生ごと、彼らとの関係は断たれてしまった。
その後悔から今世こそは素直に好意や感謝を伝え関係を大切にするぞと意気込んだものの、前世では一度も面と向かって伝えられなかった言葉。
逆に前世の記憶から気恥ずかしさが生まれ、結局この世界でも長いこと伝えられていなかった。
きっかけがあって恥ずかし紛れでもようやく好意を伝えられるようになったのは最近のことだ。
さて、女性が恋愛対象で友達や家族との関係を大切にしたい俺は困った。
男性が極端に少なくその男も恋愛対象にできないことからとうに結婚は諦めている。
となると必然、友達や家族は当然女性のみである。一応実家は一夫多妻制の家族のため父親が一人いることにはいる。
家族は家族としてしか見ることができないので問題ない。
しかし友達は話が別だ。これは俺個人の思考回路の問題なのかもしれないが、友達を友達として好きであると同時に、恋愛対象としても見ることができてしまう。
困った、とても困ったのだ。
成人頃まではあやふやにしておけた。しかし、本当に友達を大切にしたいなら、先延ばしもさすがにここまでにしておくべきだった。友達とずっとこのまま一緒にいたい気持ちと一線を越えた特別な関係になりたいという気持ちのどちらを優先すべきか。
そもそもこの世界の同性愛の扱われ方が分からなかった。
理解ある家族の協力のおかげで結構な長期間、家に引きこもって魔術の勉強をしていた時期がある。
それもあって家族から得た常識以外には疎かった。家族間で同性愛が話題に上がったことはなかった。
それ故魔術の勉強で練り上げた脳みそを使って自分で結論づけた。
──同性愛はメジャーじゃない(だろう)からズッ友でいよう。
俺は日和った。
情報を仕入れるべきだったがもしこの世界でアウトだった場合、家族だろうと友達だろうと「同性愛ってどう思う?」と聞いた時点で関係を大切にするミッションは失敗である。
他の人に聞く勇気もなかった。そもそも引きこもってたせいで友達は数えるほどもいなかった。
まあこれで良いのだ。俺が女性を恋愛対象としてしまう方の心を隠せば、何の問題もない。関係を大切にするというミッションは達成できるのである。
友達として彼女らと一緒に過ごす時間を幸福に感じる心は確かにあるのだから、人生の充実度的には夕飯の品一品減らす程度である。
そう結論づけて数年過ごすとそんなに心苦しさはなかったし、同性愛はなさそうな気もしてきた。
街に引っ越してススキとシェアハウスを始めて分かったが、実際人の多い街を見ても同性愛が育まれている様子は見受けられない。やや過剰なスキンシップこそあるものの女同士ってまあそういうもんでしょ、エロ本で見た。なんなら全年齢誌でも見た。
その確信を得た後、異母含めた姉妹にそれとなくスキンシップについて聞いたら実際そういうもんだからとえらいスキンシップを実践された。
かくしてこの世界での人生を充実させるための指針はようやくはっきりした。
家族や友人には素直に、はっきりと、正面切って感謝や好意を伝えて一生この人たちを大切にする。
正面から好きというのは、今はまだ恥ずかしいけど。この恥ずかしさが消えることはないかもだけど。まあ伝えられりゃいいのだ。