―――Side:緑谷出久
仮免許試験に見事合格し、免許の写真には母さんもとても喜んでくれた。もちろん、オールマイトも喜んでくれて、夢のヒーローへの確かな一歩に満足して眠りについた……筈だった。
「……ここ、は?」
体の大半が黒鞭に似た靄に覆われている。よく見れば微妙に濃淡がある。うっすらと薄布を纏っているような部分と裸の部分で7割程。残りは肌が見えぬほどに黒い霞に覆われていた。
歩き回ってみたいと思ったが、足はコンクリートに縫い付けられたかのように動かない。
仕方ないと辺りを見渡せば、地面は殺風景なコンクリートで覆われている。風景は、ない。見渡す限り真っ黒だが、流星のような様々な色の光が流れているようにも見える。
横を見れば、綺麗で精悍な顔の女性。その奥にも見知らぬ人の姿。どこか見覚えのある視線の主たち。横一列に並んでいるのに、夢であるおかげか全員の姿かたちを把握する事が出来ていた。
「ワン・フォー・オールの面影……」
そして、何かに引かれるように再び正面を見ると、2人の男性が対峙している姿を見た。
「愚かで可愛い弟よ。なぜ僕に抗うんだ」
声を聴いた瞬間、背筋を伝わる悪寒。全身全霊がこの男は邪悪だと告げている。
そして本能が、いや、この夢が答えを教えてくれた。
(この声、知らない、知らないけど、わかる!……オール・フォー・ワン!)
そして断片的に繰り広げられる寸劇……いや、記憶の再生。
初代ワン・フォー・オールらしき男性に個性が譲渡される瞬間。
靄がかかり正体がわからぬ男性に救出される姿。数多の支持者にかしずかれるオール・フォー・ワンの姿。初代とオール・フォー・ワンの戦い。
そして、オール・フォー・ワンに敗れ、二代目と思しき人物に個性が譲渡された、そう思ったところで記憶の再生が止まった。
「君が9人目だね。随分と変わった状態だけど、おおよそ6、いや7割程かな?」
「あなたが……初代、ワン・フォー・オール」
「もっと見せたかったけど、こっちにはこっちの事情もあってね」
言われて改めて歴代継承者を見た。
姿が確認できないのが2人、他は輪郭はしっかりとわかるが、僕には反応を示さなかった。
ただ並び順が継承順でないことは見て取れた。そして歴代の中で最も力強い金色の男性がオールマイトだと、感覚が告げている。
「素の状態ならおおよそ4割強。それでももう言葉を交わせるほどに馴染んでいる。特異点はとうに過ぎているのに。それは世代としても同じらしい。ああいう個性の持ち主が生まれるのは僕も予想しなかった」
「あの、それはいったい、何の……」
「そう遠くない日に分かるだろう。オール・フォー・ワンが動き出すまでに、もっと力をつけてほしい」
今は話せる段階ではない。と言う事らしいが、そもそもわからないことだらけだ。
「今までのやり方では駄目だった。アプローチを変える必要がある。すべては君次第だ。9人目、いや、緑谷出久君。判らないことだらけで不安だと思う。だけど大丈夫―――」
初代ワン・フォー・オールが僕に手を伸ばす。僕もまた、彼に手を伸ばした。
「―――君は、独りじゃない」
その瞬間、夢から目覚めるという確信と、何か小さい音、いや声が耳に届いた気がした。
目覚めた瞬間、ワン・フォー・オールが暴発して、余波で窓ガラスが割れていた。
隣室の青山君を起こしてしまい、少し怒られた。まだ早朝と言うにはやや早い時間のため、夜中にあまり騒ぐなと怒られただけで済んだけど。
普段なら間違いなく二度寝する時間帯だけど、目が冴えてしまい眠れそうにない。なら少し気分を変えに行こうと、暗い敷地内をジョギングすることにした。
普段は筋トレ主体で走ることはあまりないが、たまにはいいな、と思っていたら暗い中を走っている人物に追いついた。
「……あれ、上鳴、さん?」
「あれ?緑谷君、珍しく早いね」
そう言うからには上鳴さんには普段のことなのだろう。ペースを少し緩めて並走する。
「もしかして、毎日?」
「ストレッチだけの日もあるから、メニュー次第かな。今日はこの先で2年の先輩と組手の予定。何ならいっしょに行く?男子の先輩もいるから平気だよ」
上鳴さんとB組の拳藤さんが上級生との自主練に参加しているのは周知の事実だ。
ただ他の女子はほとんど参加していないらしい。ごくまれに放課後の自主練に麗日さんが参加していることだけは知っていた。
うん、僕はもっと強くならなければいけない。なら、何にだって挑戦してみるべきだ。
「是非!」
「おっけー、頑張って、生き残ってねー」
笑顔で告げられたセリフが心底恐ろしかったが時すでに遅しってこういう事を言うのだと思う。もちろんうかつな発言を後悔した。
曰く、「個性無しなら技術が拙すぎて対抗しやすい」「どんな個性であれ相手は人間なのだから対人戦のノウハウは重要」「筋トレで作る筋肉は実践で調整していかないと魅せ筋で終わる」等々。
1年多い経験で積まれた様々な経験則が拳や蹴りと共に叩き込まれる、嵐のような数十分を経験することになった。
「いやぁ、やっと新しい男子連れてきてくれたか。B組も鉄哲と
「尾白君はよく来てますよね?」
「まぁ、そうだけどアイツは対人戦は仕上がりすぎてて、先輩風を吹かせられない!」
「むしろ俺らが教わる勢いだよな」
「まい、にち、こんな、こと、して、る、の?」
日が昇りきり、朝の自主トレも一区切りといったころには息も絶え絶えになっていた。
正直、上級生を舐めていたと思う。2年生も混ざっている仮免許試験を合格して、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。たった一年の差がものすごく大きな差としてのしかかる。
そんな中、疲れた様子も見せずにマッサージをして回っている上鳴さんを見て、タフネスで見るからに華奢な彼女に負けてるようじゃまだ駄目と思ってしまった。
「流石に毎日じゃないなぁ、邪魔になるだけだし。はい、力抜いてね。マッサージするから」
細い指がジャージに触れた瞬間から、体内が上鳴さんの個性に刺激され、多少くすぐったい感じを受けながらも筋肉がほぐされていく。ワン・フォー・オールが反応した気がしたけど……気のせいだよね。
「ありがとう。楽になったよ」
「どういたしまして。じゃあ、戻って授業の準備しようか」
先輩たちに挨拶を済ませ、寮に戻る。
当然走りながらだが、行きよりもペースを落としてクールダウンを兼ねた走り方だった。
「まぁ、気が向いたらまた行ってあげて。先輩たち、後輩との触れ合いに飢えてるから」
「……うん、それは良く、わかったよ」
ヒーロー科は何だかんだと忙しい。普通の高校生なら当然のようにある部活の楽しみなど存在しない。
ヒーローになるために体を鍛える自主トレ、普通科より授業が少ないのに進みは同じな通常学科を補うための自習など、時間はいくらあっても足らない。
「まぁ、無理にやるモノじゃないから、気にしないでいいよ。しっかり体を休ませるのも大事だしね」
求められたら手を差し伸べるけど、そうでないなら無理強いはしないということらしい。どことなく、考え方が相澤先生みたいだ。
けど、クラスのみんなを思い浮かべれば、近接格闘を行う人たちは多いけど、かっちゃん含めて、わざわざ先輩たちに揉まれに行くわけがないか。
かっちゃんだけは、個性ありなら、力試しに嬉々として参加しそうだけど。
「よし、到着、シャワーして、朝食まで30分ぐらい寝ておこうかな」
「い、今からまた寝るの?すぐ起きるのに?」
「回復のために力抜くのにはいいんだよ、じゃあ、朝食で」
そういえば体育祭でも対戦前に昼寝をしていた。そんなやり方もあるんだなと、僕もちょっと真似してみようかと思った。
けど、慣れないことはするもんじゃない。確かにリラックスできたけど、危うく朝食を食べそびれるところだった。
授業前に職員室に出向いて、ガラスの件を報告した。相澤先生にちょっと怒られたが、帰るまでには交換が終わっているとのこと。請求は家に行くから母さんにも謝っておかないと。
昼休み、オールマイトに連絡を入れて、見た夢を相談することにした。
「初代の記憶、見たのか」
「はい、あれはワン・フォー・オールだけじゃなく、オール・フォー・ワンの記憶でもありました」
オールマイトが言うにはその記憶があるからこそ、直接、オール・フォー・ワンと相まみえる前にその存在を知り、力を蓄える事が出来たのだという。
「それとその後に、大体7割とか、素なら4割とか……あと、特異点がどうとか、予想外の存在がいるとか、アプローチを変えないといけないとか」
「初代と話した……私は経験はしていないし、お師匠からも聞いていない」
何か深く考え込んでいるオールマイトに悪いとは思ったけれど、何度か声をかけると戻ってきた。
「現状だと、私にもわからない事態が起きた、と言うことぐらいだ。しかし特異点とは?」
「個性特異点と呼ばれる終末論と関係があるんじゃないかと」
結構古い理論で、オールマイトも知っていると思うのだけど。やっぱり上鳴さんが言うような脳筋なんだろうか。いやいや、そんなことは。
「現時点ではわからないな。この事態、君によるものなのか、外的要因によるものか……外的要因……いや、まさかな。他には?」
「2人だけは靄がかかってて見えなくて、あと、オールマイトも金色の靄がかかっていました。あと、目覚める瞬間になにか、大人じゃない声、かな、そんなものを聞いた気がして」
「声?と言うのは?」
「一瞬だったんですが、初代の声ではありませんでした。すいません余りはっきりとは」
そういえば何か初代が慌てたように見えたけど、何だったのだろう。
「すまないな。私もさっぱりわからない。でもその力は間違いなく君の味方だ。これから共に探っていこう」
「はい!」
結局はわからずじまい。でも、オールマイトを信じて、前に進もう。
「あ、そうだ。オールマイトのお師匠、綺麗な人でした!」
「だろう?」
「はい。そういえば、髪型は上鳴さんもよく似た感じにしてますね」
一瞬だけ嬉しそうに笑ったオールマイトが、少し真剣な顔になった。
「……そうだね。君にはこれも話しておこうか」
確証のある話ではない、と前置きされたが上鳴さんがヒーローを志した切っ掛けが、オールマイトのお師匠様らしい。少なくとも、グラントリノとオールマイトはそう確信している。
そういえば、ある時から上鳴さんは憧れのヒーローと言う話は余り乗って来なくなっていた。
「グラントリノと私が立て続けに聞いたからね。事情を察したのだろう。彼女には悪いがお師匠のご遺志でね。血縁の方をオール・フォー・ワンから守るためにその存在は徹底的に消したんだ。
だからこのことは君も胸にしまっておいてくれ。
でもね、私は嬉しいよ。たとえ、この先にもし、ワン・フォー・オールがこの世からなくなる事態があっても、
世代を超えて受け継がれ、紡がれた祈りと力、ワン・フォー・オール。
でもそれと違う形で紡がれるものがある。オールマイトやグラントリノはそのことに救われているのだと、僕は思った。
話的にはシーズン5で語られるものが前倒しです。
割と独自解釈と捏造要素をぶち込んでるので、正直、ドキドキものです。
緑谷vs爆豪の私闘についてはスルー。本作時空では拉致が回避されているのと、「次は君だ」の反応を見ていないので、爆豪が真相にたどり着くには材料が若干不足してますし。
ちょっと解釈間違いもあり、初代のセリフを一部修正しました。話の筋は変わりません。