隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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隻狼、葦名にて黄泉返る編
『開門』×狼×黄泉返り


 ――最後の不死を、成敗いたす。

 己が定めた掟に従いて。隻腕の狼は、不死なる己が命を、その己が手により散らした。

 竜胤。不死なる命が生み出す淀み、それら全てを雪ぐべく。

 

 死なずは人の生き方を歪める。竜胤の御子の忍びとして、主の願いを果たさねばならなかった。

 それは、狼自身の願いでもあった。

 虫憑きの果てに死なずに苦しむ友がいた。死なずの探求を追い求める僧がいた。竜胤をもって野望を成さんとした義父がいた。竜胤の力をもって故郷を救わんとした仇敵がいた。死なずとして回生を果たし、最後に対峙した剣聖がいた。

 その全てを見届け、刃を交えた先。狼の中にある慈悲の心が告げていた。――これは、在るべき姿ではないのだと。

 

 それら全てを内包し。不死斬りにて己が命を絶った。

 戦場にて拾われた飢えた狼は。義父を得、師を得、主を得、そして己が定めた掟を得た。

 その果てにあるこの死には。生あるうちに得た全てがある。

 その最後に、願うは。

 

 ――人として、生きてくだされ。

 

 ただ己が主が思うが儘。人として生き、死んでいく。その行く先のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――願わば。我が遠い祖先をお救い下さった忍びよ。狼よ。

 ――この地を、この世界を。あるべき姿にお戻しくだされ。

 

「.....」

 

 暗い土を、地中にて掘り進めるような感覚が襲いきた。

 しかし、妙に生暖かい。

 それは、狼にとって実に慣れ親しんだ代物であった。血だ。血肉の温かさだ。それが己が全身を纏っている。

 

 土のような、血肉を掘り進め。その果てにあったものは、一面のすすき野であった。

 狼の脳髄に刻み込まれたその光景を見た瞬間。何が起こったのかを理解できてしまった。

 

 血肉を掘り進め、這い出た後。

 見えたのは、見知らぬ妙齢の女であった。

 しかし、見知らぬというのに――微かに。ほんの微かに、懐かし気な面影が見えた気がした。

 

「……ああ。貴方が、狼なのですね」

 涙を流し。黒き刃の太刀にて首を裂きし女は。苦悶の表情の上に、されど笑みを重ね。血肉が蠢くが如くぶるり震え、血飛沫と共に倒れ伏した。

 

 ――黒の不死斬りにて自害した者が一人。その血肉を裂き、生まれ出た己が姿が一つ。

 かつてこのすすき野にて。そうやって生まれ出た者と、決戦を行った。その記憶が、今の光景と恐ろしい程に重なり合った。

 

「……何故」

 狼は、僅かに顔を歪ませそう呟いていた。

 何が起こったかは、理解できた。だが何故これが起こったのか。それは何一つ理解できない。

 

 何にせよ。狼は――黄泉返りを果たしたのであった。

 

 

 不死斬りは、二振りあり。

 その一振りの名は『開門』

 竜胤を供物とし、黄泉への道を開く――黒の不死斬り。

 

 不死斬り、とは。尋常では死なぬ者をも殺せる力が宿った刀である。

 死なずをも殺す。それが如何なる者――怪物も物の怪も蟲憑きも、神の化身であろうとも。

 

 かつて。葦名弦一郎が己が命と、竜胤の御子の血を対価に払い――国盗りの英傑であり、己が祖父たる葦名一心を呼び起こした。

 その際に用いた不死斬りである。

 弦一郎は、狼の主であった九朗の血と共に、この不死斬りをもって己が首を裂き。その亡骸より全盛の英傑を不死身にし、黄泉返らせた。

 

 今、己は――『開門』により、回生を果たした。

 同じであった。この女はこの不死斬りにてその首を裂き。その命をもって、狼を呼び起こした。

 何故であるのか。己が命を供物にしてなお、狼を呼び出さねばならなかった因果は何なのか。いや、こうして己が黄泉返ったという事は、ここには竜胤があるのか。

 何もかも解らぬ。解らぬが故に困惑する他ない。

 

 女の死骸の傍ら。したためられた書が置いてある。

 こうなった所以を知りたかった狼は、すぐさまその書を手に取った。

 

 

 ――我が祖先の人返りの為に力を尽くして下さった、忍びよ。再び不死の輪廻に巻き込みし無礼を、どうかお許し下さい。

 ――竜胤はこの地よりなくなるとも、葦名には怪なる力は未だ残り。死なずの探求を続けし者共は、葦名が内府に占拠されて尚残り続けました。

 ――内府は、葦名を占拠した後。この地を徹底して封じましたが。この探求をするべく。この世ではない何者かが、次元を超えて現れました。

 ――その者共の来訪により、再びこの地に竜胤が巡り。この肉体に刻み込まれました。

 

 ――私は 貴方の主、九朗の遠い子孫。次元を裂き現れた異界の者共により滅ぼされたこの世界にて、再び生れ落ちた竜胤の御子であります。

 ――その異界の者共は。不可思議な絡繰り兵を率い、別な肉体を纏う技術を有しております。尋常の方法では傷一つつかず、内府の軍勢は攻め滅ぼされ。民の多くは供物として連れ去られました。

 ――竜胤。そして不死。この輪廻を厭いた祖先の為尽力した貴方を。また巻き込んでしまう事となり、胸が痛み入ります。

 ――されど。この地を再び、在るべき姿に戻したい。その願いを捨てきることはなりませんでした。故に、後を託します。

 

「.....」

 

 狼の胸に飛来したものは、様々であった。

 人返りを果たした己が主。人として生き、人として死に。そして人として子を残した。その事実への感情と。

 その人として生きた証。それが――願いの果て、狼の黄泉返りの為に命を使った。眼前の光景への感情と。

 全てが、踏み躙られた気がしたのだ。

 己が。主が。成した事、その全てを。

 

 主は人として生きたのだ。その中で大人となり、愛する者を見つけ、子を成し、その一生を終わらせた。それは主が望み掴んだ”人としての生き方”で。その生に連なり、己が子孫も同じようであってほしいと、きっと願ったに違いない。

 その果て。

 厭んだ竜胤が、子孫の中に宿され。その力を以て、かつての忍びを呼び起こさざるを得ない状況へと陥った。その悲劇を、狼は目を閉じ――湧き上がる感情を、胸の奥に落とし込んだ。

 

 

「……おぬしの願い、確かに聞き届けた」

 寡黙なる狼はそれらの感情を僅かに内包した言葉を呟き。女の手から、黒の不死斬りを受け取る。

 

 ――隻腕の狼。その全盛の姿を以て、再び黄泉返った。

 

 

 己が姿を見る。

 黒の不死斬りにて黄泉返りし者は、その全盛の頃を象るという。

 狼の全盛は、死の目前そのままの姿であったらしい。

 主を奪われ、片腕を斬られ、仏師より賜りし忍び義手を得。その後幾度となき死と回生を繰り返し。義手の絡繰りを満たし。そして――遂に剣聖を討ち滅ぼした姿。

 

「....」

 

 空を見上げる。

 そこには、空を飛ぶ絡繰りの姿があった。

 あれが――女の書にあった”次元を裂き、現れた者”が操る絡繰り兵か。

 

 空に浮かぶ絡繰りを一瞥し。狼は息をつき、何をするべきかを思案する。

 ――先ずは、状況の確認だ。

 

 己が回生した先は、幾度となき戦い、そして死を味わわされた葦名の地。勝手知ったる土地である。まずは、あの時と同じように、また葦名城を目指し進もうと決めた。

 情報を集めねばならない。何が敵で。何をすればこの地を取り戻せるのか。全てを知らねばならない。

 

 そう思い。すすき野から城へ向かおうとした、その瞬間。

 何かが、狼の眼前に現れた。

 天から降り落ちるように。白きすすきを斬り裂き現れた、何か。

 

「.....」

 

 それは、絡繰り兵。

 長い胴の先から口先が開き。大一つ、小二つの眼球がある。その胴から蜘蛛の如き三対の足が生えている。

 その蜘蛛の如き絡繰りはこちらを視認すると、その足先に仕込まれた刃を上げ、狼に振り上げる。

 

「……参る」

 

 不死斬りを構え、狼は絡繰り兵と対峙する。

 

 

 一つ、二つ。

 絡繰り兵の足先の斬撃が襲い来る。

 

 速い。

 それは、恐ろしく速かった。

 避ける事叶わぬ。ならば、

 

 ぎぃん、という金切り音が、振るわれた足の数だけ響く。

 不死斬りを前に掲げ。その斬撃と合わせ――刃と合わせる。

 刹那の防護。攻撃と共に、刃を押し出す。

 狼の”弾き”に、僅かに後退した刃の合間を瞬時に抜け、狼は絡繰り兵の側面を取る。

 

 狼は義手に仕込んだ手裏剣を放つ。

 絡繰り兵の胴にそれは当たる、が。当たるのみ。刺さる事も無く、ただ虚しく金属音と共に弾かれ落ちるのみ。

 

 ――尋常の方法では傷一つ付かぬ、というのは本当のようだ。

 

 その弾かれ方を目にした狼は、すぐさまに察した。この絡繰りは、尋常の刃はおろか。鉄砲も大砲も意味をなさぬのだと。

 側面を取れば、その側面から刃は突きこまれていく。

 突きこまれたそれを、狼は瞬時に見切りをつけ、脇に捕らえると共に――その肉体に、不死斬りの斬撃を浴びせる。

 

 刃は、その肉体を通った。

 高温を纏った刃が金属に触れたように、絡繰りの鎧に光が漏れ、傷が生まれる。

 その傷痕から。蒼く灯った光が溢れていく。

 

 ――勝ち筋は得た。

 

 己と再び相対し、刃を振るう絡繰り兵。その斬撃に呼吸を合わせ、己が刃と合わせる。

 弾く。

 刹那の防護を、至極当然として狼は繰り返す。

 幾度となく繰り返されたこれまでの死闘の記憶が、その尋常ならざる防護を思い起こさせていた。弾きは刹那。己が命を斬り裂く、その一寸前に刃を挟み込む。その刹那の感覚を。

 

 ――ここだ。

 弾きの繰り返しにより、僅かながら生まれた時間に、狼は忍び義手を前に出す。

 これは、忍びの絡繰り。

 射出した鈎縄をその頭部へ飛ばし、巻き込み、己が肉体を飛ばす。

 そうして現れた、絡繰り兵の目。それを眼前に、迷いなく狼は刃を振り上げる。

 

 忍びの本能が言っている。

 ここが、致命であると。

 

 縦に落とされた斬撃は、絡繰り兵の目を貫く。

 

 兵は絶命の声の代わりに、大量の光を吐き出し――その足を止めた。

 

「.....これが。絡繰りの兵か」

 

 尋常の武具は効かず。不死斬りがなくば傷一つ与えられぬ。――この絡繰りもまた、雑兵の一つ。

 一対一ならば、何とかなるように思える。しかしこれに囲まれ、追われる事になればどうにもならぬように感じた。

 

 然らば。この先の戦いも、これまでの戦いと同じ。

 忍びの戦いだ。

 潜み。忍び。密やかに敵を排除していく。――忍殺の戦いである。

 狼は黒の不死斬りを鞘に納めると。城下に繋がる隠し通路へと走り出した――。

 

 

「――む」

 

 隠し通路から繋がる洞穴を抜け。城下の崖を昇る先。

 狼は――己に向けられた視線を感じた。

 鈎縄にて崖を昇るその瞬間、彼方より弾丸が放たれた。

 その弾丸は、先程絡繰り兵から漏れ出た青白い光を纏ったものであった。

 狼は即座に不死斬りの刃を以てこれを弾く。

 

 が

 

「.....!」

 

 そうして崖先から出た先。

 己の襲い来るは、大量の絡繰り兵であった。

 犬の姿のもの。巨大な体躯を持つもの。そして、先程斬り合った蜘蛛の絡繰り兵。

 

 それらが殺到し、狼を取り囲む。

 無数の刃が――狼の肉体を斬り裂いていく。

 

「が....!」

 

 そうして、心の臓を貫かれた狼は――崖穴に再び落ちていく。

 朦朧とした意識の中。自らの肉体が崖下に叩き込まれ骨が砕ける音と共に――意識を失った。

 

 

 

 

 死と、生を繰り返す『回生』の絡繰りの全貌を。狼自身が知っている訳ではない。

 竜胤の御子の忍びとして幾度となく死ぬ中。死んだ後、狼は葦名各地に設置されていた”鬼仏”の下へその肉体を回帰させる。

 鬼仏と対峙し。最期に対座したその下へと。

 とはいえ。現在狼は、黄泉返りによって戻った身。死した肉体が回帰する先を、知らない。

 

 殺到した絡繰り兵に殺された先。何処に己が肉体が回帰するか。

 

 目覚めたその時。見えたのは――

 

「.....ここは」

 

 覚えは、ある。

 底すらも見えぬ高き場にある寺院。巨大な樹木と大滝を囲うように組まれた寺院の最上に設置された鬼仏が眼前にある。

 ――金剛山 仙峯寺。その奥の院であった。

 

 仙峯寺は、神仏を捨て、死なずの求道者と成り果てた僧共の巣窟であった。

 死なず。竜胤を探求し、不死をもたらす蟲を探求し。夥しい程の死者を生み出し、死なずを求め続けた者共。

 

 ここには。その死なずの探求の果てに作られた者がいる。

 

「.....おおかみ、殿?」

 

 仙峯寺、奥の院。畳張りの空間の中。仏壇の前の台座に座する、少女が一人。

 

「.....存命であったか、変若の御子殿」

 

 ゆったりとした袈裟を着込んだ、端正な顔立ちの少女が一人。

 死なずの探求の果て。ただ一人――”偽りの竜胤”をその身に宿すに至った変若の御子が、そこにいた。

 

 

 変若の御子は、狼にとっては恩人であると共に。恐らく、己が主にとっての同志であった。

 不死斬りを求め来訪した狼を招き入れ。不死斬りを差し出すだけに留まらず、その後も様々に手を貸してくれた御仁であった。

 彼女もまた、彼の主――竜胤の御子と同じ。不死と、不死がもたらす歪みを厭う者の一人であった故に。

 

 偽りとはいえ。死なずをもたらす竜胤を身に宿した彼女が、存命であっても不思議ではない。

 

「……何故、貴方が」

「……」

 

 変若の御子の心中では、二つの感情が沸き上がっていた。

 本当に。本当に久方ぶりの既知の者と再会できた喜びと。

 ――死したはずの者が、再び己が目の前に現れた困惑と。

 様々な感情がないまぜとなって、素直にその表情に現れていた。

 

「いえ。何にせよ、まずは再会できたことを喜びましょう。――久方ぶりです、狼殿」

「……如何ほどの時間が流れた」

「おおよそ、百五十の年月は流れたでしょうか。私は未だ死ぬ事なく、ここに留まっております」

「そうか....」

「して。狼殿は……何故」

「……」

 

 狼は、訥々と。己が生きている所以を話した。

 

 主を人に返すべく、死したものの。再び竜胤を宿した者が、不死斬り『開門』により己を呼び戻した事。

 その者は主――九朗の子孫であり。絡繰り兵を率いる、”異界の者共”の来訪によって竜胤を宿すに至り。その力を以て、狼を黄泉返らせたのだという――。

 

「……そう、ですか」

「……」

「何と、言葉をかけてよいものか。不死断ちの為、竜胤がもたらす呪いから脱却する為尽力した貴方が…また、不死の肉体でもって、黄泉返りを果たしてしまった」

 

 今ここで狼がいる事。その所以を思うと、どうしようもなく胸が締め付けられる。

 幾度となき死の繰り返しの果て。漸く掴んだ――主を人に戻す願い。それが、よりによってその子孫に再び呪いが巡った。何という悲劇であろうか。

 それでも。狼は何も言わず、ただそこに佇んでいる。

 

「狼殿は、これよりどうするおつもりですか?」

「……あの者の願いを果たそうと思う」

 

 狼は、ただそう言った。

 戻りたいのならば、今すぐにでも戻れる。また己が首を不死斬りにて断ち切れば、この世から消える事は容易い。

 だが。この肉体は、確かな一人の命を代償に成ったものだ。その誰かは、九朗と連なる者であり。祈りを込め、縋りつくように己の命を散らせた。

 

 狼の心中にある、一握りの慈悲。

 主より「捨てるな」と命ぜられたそれが――その願いを叶えてやりたい、という意思を。狼にもたらしていた。

 

 その為ならば。また幾度となき死を乗り越えてみせよう。

 

「……私も、あの者達を見知ってはいます。仙峯寺の僧の者は、皆、あの絡繰り兵に殺されました」

「……そうか」

 仙峯寺の僧。

 死なずの探求に取り憑かれた彼等もまた、尋常ならざる力を持っていた。刃すらも通さぬ硬き拳を操るあの者共の技巧は、狼を大いに苦しめ。そして己が血肉となっている。

 あの者共が、皆殺しにされた。それだけの力が、今葦名に巣食う敵共にある。

 

「尋常の武具では歯が立たず。何も出来ぬまま……。この奥の院は未だ見つからずに済んでいますが。仮にあの者達にここへ到達する手段が出来てしまえば、私もただでは済まないでしょう」

 

 己が生き方を歪めた僧の死すらも、変若の御子は心を痛めていた。言葉を連ねる御子は、徐々にその表情に苦し気な色が宿っていく。

 彼女もまた――慈悲の心にて、この生を続けている。

 

「あの、異界より来訪した者は。我々とは異なる力を用いているようです」

「……異なる力」

「彼等は、それを”トリオン”と呼んでいるようです。人の身に流れる、知覚できぬ大いなる力。我等が知覚できぬその力を彼等は知覚し。絡繰りに用いると共に、彼等は己が肉体の化身を纏っているようです」

「化身、とは」

「その力を以て。自身の肉体と完全に同一の外殻を作っているようです。それを用いて――尋常の方法では傷一つ付かぬ肉体を作っているのだと」

「……成程」

 

 つまりは。あの絡繰り兵と同じく――それを操りし者共も、不死斬りを用いねば殺す事叶わぬという事。

 絡繰りでもあの力。あれが、研鑽を重ねた人の身で宿ればどうなるのか――想像できぬ狼ではなかった。

 この先積み重ねていく死は、幾百であろうか――。

 

「情報は、何処から得た?」

 ふと気になり、狼は変若の御子に問いかけた。

 奥の院より出歩けぬ彼女が、如何にしてこれ程の情報を集めたのであろうか――。

 

「彼の者達は、仙峯寺にもおります。故に私も幾つか情報を得る事が出来ました」

 

 成程、と狼は呟く。

 そうであった。変若の御子は仙峯寺の敷地各所に掛けられた仏の掛け軸より、その光景を見聞きする事が出来るのであった。

 仙峯寺にも敵が居座っているのならば。当然情報も得られるというもの。

 

「――彼等は。その”トリオン”なるものを探ってきます。それはあの絡繰り兵であっても同じ事。誰にも流れる力ゆえ、誰もを探知する事が出来る。――忍びの狼殿には、相性の悪い相手でしょう」

「……成程、そうか。故に……」

 

 あの時。抜け穴から崖を昇った瞬間から敵に見つかっていたのは――己に流れ、そしてあちらのみが知覚できる代物を探り、辿り、その果てに殺されたのだ。

 忍びの基本は忍ぶ事。何をもっても知覚されるというならば、己が力のほとんどを捥ぎ取られようなものだ。潜み動く事すらも出来ぬというならば。これから死ぬ回数も、万は下らぬかもしれぬ。

 幾度死のうとも、己は構わぬ。だがあまりにも死にすぎると、その代償は己以外が払う事となる。

 竜咳。

 不死なるものが死に、回生を行う。その為に使われるのは、他者の生命力である。

 回生を行うごと、他者の生命力を奪う、奪われた何者かはいずれその身体を弱らせ、血痰と共に咳を吐き続け、――いずれ、死に至る。それは、狼の身近な者から罹っていく。

 不死ゆえに幾度も死ねるとはいえ。可能な限り抑えたい。まだこの葦名の地で生きている者がいない、とは限らぬ故に。

 

「――狼殿。これを」

 

 変若の御子は台座より立ち上がると。仏像の影に収められた箱を持ち出す。

 そこから取り出されしは、黒い外套であった。

 外套にはその全てを覆う程に黒の羽根がついている。

 

「……これは」

「薄井の森に住まう烏の羽根を纏った、外套……との事です。らっぱ衆の中に薄井の者が昔にいたとの事で。不死斬りと共にこの奥の院に収められていました。――幻術を以て、気配と共に。その者の息遣いや心臓の鼓動までも覆い隠すと言われている代物らしいのです。その効果が真であるならば、狼殿の内側にある”トリオン”もこれにて隠せるのかもしれませぬ」

「……」

「試してみる価値は、あると思います」

「……頂く」

 

 狼は一つ頷き、外套を身に纏う。効果があるかどうかは解らないが、試してみる価値はある。

 

「――敵の首魁は、葦名城にいるとの事です」

「承知した」

「では、狼殿。――お手を」

 

 変若の御子は両手を掲げ、掬うように合わせると――そこから白い生米を生み出していく。

 

「お米は大事と存じます。――ご無事で、狼殿」

「……ああ」

 

 噛み締めれば噛み締めるほど、甘さを増すその米の味を――狼はよく覚えていた。

 米をそのまま食す狼を、よく九朗に呆れられていた記憶がある。

 

 米を収め、ふと思い出す。

 ああ。確か主は――その米から、おはぎを作ってくれたのであった。

 

 あれは、とても美味かった。思えば、まだ忍びの修行をしていた頃、義父からも貰った事があった。

 

「……」

 

 もう義父も、主もこの世にはいない。ただ己だけがこの世に存在している。

 寂しい――とは思うが。それでも、この身体から気力が失われる事はない。

 

 たとえどうなろうとも。己の掟は、己で定める。そう決めたのだから――。

 

 

 

 

「……それにしたって。こんな事もあるんだな~。ねぇ太刀川さん」

 

 狭苦しい空間の中に、幾人かがいる。

 その幾人かの一人。明るい髪色の男が、そう隣の男に呟く。

 

「ん?――ああ。次に行く『近界』の事か」

 語り掛けられた、顎髭の男は。癖毛をその手でがしがしと掴み、そう返す。

「そうそう。なんか、昔の日本にそっくりの場所なんでしょ?」

「そうらしいな。――そもそもトリオン関係の技術すらなかったらしくてな。他の近界の国に滅ぼされた、って話だ。まあそれ位しか解らないから。これから風間隊と冬島隊と一緒に実地調査って訳だ」

 

 そこは、船の中であった。

 異界と異界を繋ぐ異次元の世界。その最中を泳ぎ、異界へ向かう為に作られた、船。

 

「そこはトリオン関係の技術はないが。不思議な事に、文字まで日本と同じだってんだから不思議なもんだ」

「へぇ~」

「今は、良くも悪くも別の近界国家が占領しているから安定している。慎重に動きはするが、気を付けてればそこまでの危険はない……が。ま、あんまり油断しないこったな」

 

 彼等は。ある世界より、別な世界へと『遠征』を行っていた。

 彼等が住む世界は、『玄界』と呼ばれる。

 

 ――彼等もまた。近界という驚異に脅かされている。

 故に。知らねばならない。

 その脅威を。その在り様を。目をそらさず、歩を踏み出さねば。ただ脅威に委縮するのみでは、どうにもならぬ。

 

「あと二日弱で到着らしい。――楽しみだな」

 

 にこやかに、髭の男――太刀川慶はそう呟く。

 とはいえ。彼の目には、脅威へ恐怖や緊張を覚えているような様は、一切なかった。

 

 

 玄界に、ボーダーあり。

 彼等もまた、近界による侵略を受けた者たちの一つであった。

 

 それは唐突に現れ。街一つを焼き払っていった。

 彼等の目的は資源の奪取。

 資源とは、人であった。

 人の中にある、『トリオン』 それを奪取するべく現れた。

 

 玄界には、溢れるほどの人がいる。

 そして、近界にはトリオンが必要だ。

 故に、近界は玄界より人を奪わねばならなかった。

 

 人から生まれる力に依存し、近界は成り立っているが故に。

 だが。奪われるばかりでは、どうにもならぬ。

 玄界は奪われぬ為、防衛をはじめた。

 用兵をし、武具を作り、そして情報を集めはじめた。

 

 その一環が、ーー『遠征』である。

 彼等はかつて大規模な侵攻により多くの人命が奪われたのち。

 組織を作り、防衛を始めた。

 人を集め、トリオン技術を用いた武具ーー『トリガー』を開発。そして近界民の侵攻地点を制限する技術まで開発し、防衛の為の体制は形成されていった。

 

 拠点防衛の目処が立ったのならば、次は敵を知る事が必要だ。

 敵地へ足を踏み入れ。情報を手に入れる。

 遠征艇を作り、精鋭を送り込み、敵を探る。

 

 ――『遠征部隊』。

 玄界がほこる精鋭部隊、A級部隊。その中でも更なる上澄みである三部隊が、葦名の地に踏み入る。

 

「では、調査を開始する。風間隊と太刀川隊は周辺の索敵。冬島隊(ウチ)は当真に遠くを探らせるわ」

「了解」

 

 遠征艇から降り立ち。三部隊――太刀川隊、冬島隊、風間隊はそれぞれ散開する。

 冬島隊は、狙撃手と工作員の二人による部隊である。

 狙撃手の当真は、その特徴的な髪を風に靡かせ(靡かない)、狙撃銃のトリガーを片手に周囲を素早く索敵。そして冬島は当真の補助に回る。

 

「……本当に、昔の日本って感じだな。城あるぜ城。すげぇな」

『真面目にやれ』

「これでも真面目にやってんだぜ真木ちゃん」

 

 己が脳内に直接叩き込まれるオペレーター、真木理佐の冷たい言葉に、ニヤニヤしながら当真はそう答える。まさにのらりくらりといった風情。

 変わらず当真は索敵しながらへ〜、とかほ〜とか声を漏らしながら、次々当真は索敵していく。その合間。素早くトリオン兵の位置を報告していく。

 

 当真は狙撃銃のスコープより、城を覗く。

 

「あ……?」

 その最中。当真はーーその飄々とした態度が崩れる一瞬があった。

 ただただ、驚き。言葉を失ってしまったのだ。

 

『どうした?』

「……やっぱり。昔ってのは凄かったんだな」

 

 城へスコープを向けた瞬間。

 その視座を横切る何者かの姿。

 柿色の忍び装束の上に黒の羽を纏った外套を着込んだ男。左の義手から鉤縄を射出し、黒の刀を手に空を舞っていた。

 

「忍者だ」

 

 空を舞ったそれは、飛びかかってきたトリオン兵を刀にて弾き飛ばし。地面に落ちたそれを、その刀にて貫く。

 

『忍者ね』

「おう。忍者だ。――やべえ動きしてんな。トリオン兵と交戦してる」

 

 恐らくは、レジスタンスか何かであろうか。忍者はトリオン兵を仕留めたのち、更にトリオン兵が襲いくる。

 

 ――モールモッド、二体。

 

 蜘蛛の如きトリオン兵二体に挟み込まれ、忍者に刃が振るわれる。

 逃げ場はないーーかと思われたが。

 刃に身を貫かれた瞬間ーー忍者は黒い羽を一つ舞わせ、その場から消える。

 

 消えた瞬間。モールモッドの一体は、黒の刃に貫かれ倒される。

 全ての動きが、一瞬の出来事。

 残る一体は振るう刃の悉くを弾かれ、その間隙に斬り裂かれた。

 

 モールモッドの刃と、己が得物。刃が己に肉薄する刹那に刀身を合わせ、弾く。狙撃手である当真から見ても一目でわかる、あまりの絶技であった。

 

「……真木ちゃん。見えるか」

「……」

 その、弾きの刹那。

 モールモッドの刃が、忍者の頬を掠めた。

 そこから溢れ出るは――血であった。

 

「あいつ……生身、なのか」

 

 そう呟くと共に。――当真勇の目は、確かな笑みに象っていく。

 

「……やべぇ。近界の遠征の中で、今が一番面白い瞬間かもしれねぇ」

 

 スコープ越しに観測したその光景が、楽しくてしょうがない。

 己の中に積み上げた常識が崩れ落ちていく。

 それすらも――愉快で仕方がなかった。

 

「ここは……本当に近界なのか?」

 トリオン技術に該当するものはないが。――全く別の何かがここにある。

 生身のままあれだけ動ける男がそこにいて。その男は幻術を用いて敵はおろか、スコープ越しの己の目すらも欺き。

 そして何より――トリオンを通していないであろう武具で、トリオン兵を屠っているのだ。

 何が起こっているのか――それを知る為。当真勇はスコープで、忍びの姿を追いかけ続けていた。




1話で玄界に降り立つ予定でしたが無理でした。
お米ちゃんほんま可愛い。
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