弓場拓磨は、昔気質な男である。
柔らかいというよりは硬い。己の中に真っすぐ一本の筋を立て、その筋道を逸れる事を許さない。
自他ともに礼儀や筋を通す事には厳しく。物事の見方は公平である。
圧のある口調や見目も、ある種そういった己を反映させた結果なのであろう。
――B級に昇格したばかりの新人だが、任せてもいいか?
忍田本部長からそう打診があった時、当然彼は一も二もなく「大丈夫だ」と返事をした。
防衛任務に出た事無く、部隊での動きに慣れていない新人。やはり最初に編入する部隊をどうするかは、本部長も苦労するだろう。
その分で「弓場ならば任せて大丈夫だろう」という信頼を置かれているのだ。そういった信頼には、可能な限り応えたい。
――能力に関しては何の心配も要らない。ただ、部隊での動きを教えてもらいたいのだ。
ほぉ、と弓場は思わず心中呟いた。
忍田本部長。ノーマルトリガーの使い手の中において、ボーダー最強を冠する男が「能力には何の心配もない」と断言できる新人――。
その直後。個人戦ブースで米屋と十本勝負を行い、圧勝したという噂も流れ。
興味を持ち、その後また個人戦を行っていたその新人の戦いを観戦した――。
「.....」
弓場拓磨は、個人戦の鬼である。
幾千という戦いの中、勝った負けたの中磨き上げ、洗練させた技術を以て戦う男。
眼前にて戦う男の技巧には――己のものと同質のものを感じていた。
そして。己より更に異質なものも。
――この人が磨き上げてきたもんは、ただの戦いで積んできたものじゃねぇ。生き死にの狭間で、洗練されたもんだ。
それが理解できた瞬間。己の中で、この――薄井狼という男に対し、畏敬のような念が生まれ来るのを感じた。
自身はどうしようもなく戦いが好きだ。己と相手の二人の間にて戦が開始されると共に、どちらが命を拾えるか。この一瞬の鍔競りを味わう時、どうしようもない程の高揚が襲い来る。
そうした日々の中、弓場は己が戦う術を身につけてきた。
だが――この男は。そういった高揚を求め戦ったのではなく。己の外にあるものの為に戦ったのだろう。戦いの中、微塵も変わらぬその風情にそれを感じ取っていた。
身に纏う雰囲気が、あまりに剣呑なのだ。敗れれば死ぬ、という認識のもと戦っているような。そんな、風情。
もう。弓場の中において、この男は新人という枠から外れた人間となった。ここに来る以前より、この男は何かと戦い続けてきたのであろうから。
――防衛任務。隊長として、張り切ってご一緒させてもらいます。狼サン。
〇
「自分は帯島ユカリッス。ポジションは
「おれは外岡一斗です。ポジションは
弓場拓磨の、大声での名乗りの後。
残る隊員もまた続けて自己紹介の時間となる。
よく日焼けした、一見して性別が解りにくい見目をしている女性と。前髪を跳ねあげたような髪型をした男性。
「あたしは藤丸のの。ここのオペレーターだ。――渋い見た目してんなぁ、新入りの兄ちゃん。隊長が気に入るのも解るわ。ま、よろしく頼む」
そして。最後に――豊満な肉付きをした女性が、実に男らしい言葉遣いでそう自己紹介。
整った顔立ち。女性らしい肉付き。だが――狼の目にはその女性が纏う苛烈なる雰囲気に、かつて相対した類稀な強敵のそれを感じ取った。
――大薙刀を振るう巨躯の女、破戒僧。またの名を八尾比丘尼。
似ても似つかぬ、とは解っているが。
相対した時に感じた圧に、同一のものを感じ取っていた。
「....薄井狼だ。よろしく頼む」
狼もまた、ただそう呟いた。
「それじゃあこれから防衛任務だ。――狼サンには適時俺から指示を出しますんで、近くで敵の出現を見張ってて下さい」
「·····…承知」
「それじゃあ――出るぞ」
〇
ボーダー本部は、三門市にあり。
三門市は、この世界にてはじめて”近界民による侵略を受けた”場所である。
尋常の兵装では傷一つつけられぬ怪物共に蹂躙されし場所。
死者、行方不明者合わせて千を超え。侵略の中心となった地区は、今や市民の姿はなく、ただその残骸のみが残されるだけとなった。
その残骸は警戒区域と呼ばれ。誰もいないその区域にて、ボーダー本部はある。
「.....」
狼は、この空気を懐かしく思う。
懐かしむべき空気ではない、と解っている。
だが――やはり感じ取ってしまう。
ここがかつて悲惨な略奪の場であり。夥しい数の人間が死んでいった場所なのだと。
黄泉より帰った影響からか。殊更、感じてしまうのだ。
死者の、心残り。または――その怨嗟も。
「俺の得物は、こいつです」
弓場は――己が両手に持つ二丁を、狼に見せる。
拳銃二つ。
「こいつは、普通のより威力と速度に振ってますので。多少硬いくらいのトリオン兵なら一発でカタがつきます」
「ふむ·····」
「今回、俺は狼サンに連携をおしえてやってくれと、本部長に指示を受けましたんで。いつもの戦い方とは勝手が違うのは承知の上ですが――俺の弾丸をブチ込めるよう、狼サンは敵の動きを止める形で動いて下さい」
「·····承知」
この先、恐らく狼は御子が設立する部隊に所属する事になる。
そこで部隊員が増える事は恐らくない。
だが――この先、部隊同士で連携を組み、強敵を退ける場面も出てくるであろう。
その為連携を覚えろ、という事。
これまで単独での動きが多かった狼には、学ぶ必要がある事柄である。
「さあて――早速敵さんのお出ましだ」
『北東に五十メートル先で”
「じゃあ――援護を頼んだぜェ、狼サン!」
「·····ああ」
己が殺すではなく。
味方に殺させる術。
(.....連携とは、恐らく制限であるのだろう)
己が手札を十全に使うではなく。
連携する相手と連動できる手札を選択し、使う事。
(動きを止め、弓場の短筒にて仕留める。この型が成立する手段を、使うべし)
狼は、敢えて弓場の射線上に身を躍らせモールモッドの前に出る。
モールモッドの前脚の刃による攻撃を誘発させ。それを弾くと共に――韋駄天にて、その場を離れる。
相手の足を止め。弱点である眼球を晒させ――己は瞬時に弓場の射線より離れる。
「――ナイスだ、狼サン」
瞬間。空を裂くような撃鉄の音が響くと共に。それを掻き消す銃声が鳴り響く。
短筒とは思えぬ程に長く、斬り裂くような音。
それは――この男の尋常ならざる早撃ちにより作られし音であった。
間断なく続く銃声の音は、一つの砲台から放たれたような炸裂音。狼は、その音の数を聞き取っていた。
十二。
装填された六発を二丁分。一瞬の間に相手に叩きつける。
「.....」
これもまた、異界故の技巧。
威力ある短筒がある世界故に磨かれた技巧。
これまで、幾人かの類稀な居合の技巧を持つ者と出会ってきたが。それに近しいものを、狼は感じていた。
あの撃鉄の音を聞いた瞬間。己が脳内には”危”の信号が灯っていた。仮にあれと相対したのならば――弾く事も防ぐ事も叶わぬであろう。それだけの、慮外の威力がそこにあった。
「あざァッス、狼サン!――後は各々でトリオン兵をノシましょう」
連携により一体を沈めた後。
弓場と狼は――残る二体と相対する。
剣戟一つ。銃声二つ。
重なるそれらが空に響き。そして――静寂が訪れていた。
〇
その後。
時折、”門”よりトリオン兵が出てきては排除を行い。最後にはただ時間が過ぎゆくを待つばかりとなった。
沈黙の時間を苦も無く狼は過ごし。集中を途切れさせず防衛任務を終えた。
その後。弓場隊作戦室にて。
防衛任務を終えて、隊は一旦解散の運びに。残されたのは、狼と弓場のみであった。
「なあ、狼サン」
「……なんだ?」
「これは、ここだけの話だ。絶対に他の連中に言わねェと約束する。――狼サン。アンタ、人を殺したことは?」
「……」
狼は、弓場の目を見る。
責めているわけではない。ただ――その所以を知りたいのだろう。
間違いなく、弓場は気付いている。
そう狼は理解できていたし。弓場もまた気付かれていることに気付いている。
「……明かせぬ」
「……」
その解答は、是の意思表示と同様である。
狼は理解できている。この世界における命の重さや、倫理の比重を。己が葦名にてしてきた事は、この世においては何よりも重い法度なのだと。理解できている。理解できているが故に――嘘は、言えぬ。だが、明かすこともできぬ。
明かすわけにはいかぬが、虚実をもって誤魔化すこともできぬ。狼のどうしようもない不器用さが、この答えに結実する。
「そうか……。なら、狼サン」
「なんだ?」
「仮にアンタが人を殺すならば。何のためだ?」
「……」
弓場もまた。狼のどうしようもない不器用さと、実直さを理解した。
それ故の気遣い。
ただ弓場は――狼の本音を聞きたかった。
「為すべきことを、為す。その為であるならば」
「その、為すべきこと……ってのは」
「……明かせぬ」
「そうか……」
弓場は。一つ頷いた。
問答はもう、十分であった。
己が持った狼への印象――そこに違いはなかった。
「変なこと聞いて悪かった、狼サン。――なあ、よければよ」
「……なんだ?」
「機会があれば、手合わせを頼む」
「.....承知した」
狼もまた――弓場拓磨という男に、一本の筋を感じ取っていた。
「狼サン。あんた、今後部隊に所属する事は考えているのか?」
「·····親類の者が、オペレーターの修練を積んでいる。その者が正式に採用されると共に、共に部隊を作るつもりだ」
「そうか。――なら、今後ランク戦で当たる事もあるってことだな」
弓場は。ニッと笑みを浮かべる。
「そん時は――全力で当たらせてもらうぜ。狼サン」
「ああ。こちらも、全力で事を成そう」
●
「ふむん·······」
その後の事であるが。
防衛任務を共に行ううち、狼は幾つか良い関係を結べた部隊があった。
その内の一つが、鈴鳴第一である。
鈴鳴のオペレーターである今結花が御子と仲が良い事もあり。その関係で共に食事を取る運びとなり、狼もよく鈴鳴に足を運ぶ機会が増えた。
と、いうものの。狼の性格上遊びに足を運ぶ、という事は少なく。大抵が作戦室内の仮想空間内で修練を積む時、事前に許可を取り間借りする時に使っているのだ。
葦名の地にて使っていた、己が流派技。義手忍具を用いた技の数々。
限定的ではあるが――幾つか、トリガーを切り替えながら疑似的な再現が行えるのではないか、と。試しているのだ。
現在。狼のサブトリガーには『メテオラ』が仕込まれている。
メテオラ。それは射手トリガーの一つであり、弾丸に爆発の機能を合わせた代物である。
以前、葦名の地でも、風間隊の歌川遼が使用していたのを狼は目撃している。
射手トリガー、というものは。幾つか工程を挟まねば攻撃へ移れない、という短所があるものの。されど利便性が高い。
例えば銃手用のトリガー。火器を用いて弾丸を打ち出すこのトリガーは、銃弾の威力・速度・射程を事前に定めれば、戦場にて変える事は出来ぬ。
しかし。この射手トリガーは、使用するごとにこの三つの値を変える事が出来るのである。
キューブを形成し。分割し、放つ。引き金を引くだけで弾丸を放てる銃よりも難しい機構を持つこの武装であるが――そこが、逆に狼にとっては都合がよかった。
つまるところ。いつこのメテオラが爆発するのかを狼自身により制御する事が可能である、という側面があるから。
だから、これができる。
狼はメテオラを形成し、非常に細かく分割し、周囲に撒くと共に――己は背後へと飛び去る。
撒いたそれらは。亀の如き遅い速度で周囲に浮いている。
狼はバックステップすると共に、旋空を放つ。
浮かぶメテオラが旋空に当たると共に――凄まじい爆撃が舞い上がる。
――爆竹斬り。
かつて義手忍具に仕込みし、爆竹。爆発と共に相手を怯ませ、隙を作り出すこの忍具を――メテオラでも再現が出来るのではないか、と狼は考えた。
射手トリガーの特性を用い、速度・射程を完全に切り詰め、威力に特化したメテオラを周囲に撒き。己はバックステップと共に爆撃範囲外に消えると共に、旋空にて爆撃を起こす。
爆撃と、旋空による斬撃の二段構え。相手の虚を突き放つ事が出来たならば、間違いなく仕留める事が出来るであろう。
仮に相手が防げたとしても。相手を白煙の最中に足を止める事が出来る。その間に隠れるもよし。背後を取り忍殺を狙うもよし。かなり、己の戦いの枠を拡げられそうな技である。
だが――欠点があるとすれば。己がサブトリガーから何かを外さねばならぬこと。
韋駄天もカメレオンも、狼にとっては非常に使い勝手のいいトリガーなだけに。外すのは憚られる。防御手段であるレイガストも、隠密戦闘にバッグワームは必須である事も踏まえ、中々に悩ましい。
「·······相手に合わせ、トリガーを切り替えていく他ないか」
狼はぽつりそう呟き、仮想空間から出る。
「――あ、狼さん。訓練は終わりですか」
仮想空間を出ると。鈴鳴第一の隊長である来馬が、手を挙げて狼を出迎えていた。
「ああ。場所の提供、感謝する」
「いやいや。鋼の訓練にも付き合ってくれているし、お互い様ですよ。――狼さん、これからどうされるんですか」
「......御子を、迎えに行く」
「あ、そっか。落水ちゃん、もう学校に入っているんだよね」
現在。御子は三門第三中学校の三年生として入学を果たした。
今結花をはじめとしたボーダー成績優秀組の手に助けられ。御子は何とか、学業に付いていける程度の知識は手に入ったらしい。
最初は来年から――と考えていたが。早いうちに学校の空気を知ってもらう事も重要であろう、と忍田本部長より提案があり。それを受諾した形である。
「最近は三門も物騒だからね。――トリオン兵も、誘導装置の外で出るようになってきているし」
「.....ああ」
「はやく、原因が見つかればいいんだけどね......」
そう。
現在、三門市は――警戒区域の外にて、トリオン兵が出没する事件が多発している。
何かしらの原因がある事は確かであるが。まだそれは見つかっていない。
「.....」
この先、また何かがあるやもしれぬ。そう――狼は思い始めていた。
狼君のサブトリガー入れ替え候補としては、メテオラ・スコーピオン・ハウンドなどを候補として考えています。