隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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空閑遊真に係る諸々編
三雲修×空閑遊真×落水御子


「····お迎えに上がりました、御子殿」

「ありがとうございます、狼殿」

 

 学校が終わる夕刻。

 狼は、御子を迎えに行っていた。

 警戒区域内の家屋にて寝泊まりをしている関係上、やはりその道中は危険が伴う。特に――ここ最近では、警戒区域外であるからと安心もしていられぬ。

 よって。過保護かもしれぬが。こうして狼は御子を迎えに上がっていた。

 

「何度も言っておりますが.....無理に来て頂かなくてもよいのですよ?私は、生半には死にませぬ」

「は。されど、トリオン兵は死なせずとも連れ去れる。せめて、この状況が収まるまでは迎えに上がらせて頂きまする」

「.....そうですね」

 

 この状況――死ぬかどうかの心配よりも、連れ去られるか否かの心配が先立つ。

 特に変若の御子は狼以上のトリオンがある事が判明し、猶更トリオン兵の気を引く。

 

「......御子殿。その手の赤味は」

 御子が着込みし、制服の袖口。

 そこには――少々の土汚れの跡と、軽い血色が浮かんでいた。

「あこれは、少し壁にぶつかってしまいまして――」

「.....」

 

 御子の頬には、僅かながら血色が浮かんだような痕があった。

 狼は、即座に見抜く。これは――殴打された痕であると。

 

「.....何があった?」

「喧嘩......というより。一方的に暴力を受けていた人を庇い立てました。その際に、巻き込まれる形で」

「......殴られた、のだな」

「はい。――心配せずとも大丈夫です。この死なずの身体であれば、たかが素手による暴力など意にも介しませぬ」

「.....よいか。御子殿」

「はい」

「俺の立場であらば、心配はする。――今回は、お主の言葉を信じる。だが。また同じことがあれば」

「はい。その時は素直に力添えをお願い致します」

 

 御子は――本当に何も気にしていないのだろう。笑みを浮かべたまま、そう返した。

 御子は聡い。この調子であるならば、同じ事が続かぬ事が解っているのだろう。ならば、信じようと狼は思った。

 

 

「.....」

 

 三門第三中学校に、一月ほど前転校生が来た。

 落水御子、という名のその女性は。何処か尋常ならざる雰囲気を持つ女性であった。

 少し古風な所作と、喋り方。浮世離れしているように感じると共に、身に纏う雰囲気が恐ろしく落ち着き払っている。

 

 その美貌と併せ、その雰囲気に反した社交性も持ち合わせたその女性は――あっという間にクラスの女子の人気者となった。

 元々、大病を患い長く学校に行けず。そのおかげで世間をよく知らぬという。――そういった背景もあり。彼女は多くの人の手助けを受けながら、学校生活を送っていた。

 

「.....」

 

 眼鏡をかけた、男が一人。

 名を三雲修という。

 彼は――少々、気に病んでいた。

 

 何故かと言えば。――その転校生が、己を庇い立て不良に蹴られてしまったからである。

 

 不良に絡まれて、蹴りを受けんとする時。その間に立ち、蹴りを受けたのは――落水御子であった。

 もう蹴られる事は想定済みであったのか。両腕を交差し盾とし、防護していた。

 

 ――気が済みましたか?

 

 御子は言葉少なに、ただそう不良に問い質した。

 その声は、静かであれど。凄まじい圧が伴ったものであった。

 大病を患い、ようやく学校に復帰できた女子と、それを蹴りつけた男子。

 不良であろうとも――その瞬間に漂うクラスの雰囲気と併せ、蹴られようとも毅然とした態度を貫く御子の姿を前にし、気まずくなったのであろうか。捨て台詞を吐いてその場は収まった。

 

「......すみません」

 

 自らの問題に他人を巻き込んでしまった。その事に対し、三雲修は頭を下げた。

 彼女は笑みを浮かべながら「貴方は謝るべき人でなく、謝られるべき人です。気になさらないで下さい」とだけ言い残し、何もなかったかのように自らの席についた。

 

 あれから――表立ってあの不良たちが自分にちょっかいをかける事は無くなった。

 彼女は恐らく、この状況を狙ってわざと蹴られに行ったのだ。

 クラスで目立たぬ地味な男子中学生よりも。大病から復帰したという背景を持つ御子が暴力を振るわれた方が――あの不良たちがいたたまれなくなるであろう、と。

 

「.....」

 

 自分がどうこうされるのは別に構わない。

 でも自分が引金となり、他者に危害が加わるのはやはり申し訳なく思う。

 

 ――ボーダーC級隊員、三雲修。

 

 後々、新たにやって来た近界の者と関わる少年の名である。

 

 

 

 

 そして。幾ばくかの日が立ち。

 狼は――実に珍しく、慌てた足取りで警戒区域を抜けていた。

 

「.....」

 

 

 多発する警戒区域外での”門”の出現により、民間人への被害が徐々に広まり始めた頃。

 ボーダーの既存の武装以外でのトリオン兵の死骸が現れ、その調査も進められる中。

 狼の耳に、無視できぬ報告が入る。

 

 ――三門第三中学校にて、トリオン兵が現れた。

 

 一も二もなく、狼は即座に現場へと向かっていた――。

 御子は尋常の方法では死なぬ。それは解っているものの。

 彼女の性格上。非常事態が起これば、間違いなくその性質をもって己が残る選択をするであろう。それが理解できている。

 故に。一足でも早く着かねばならない。

 

 そうして。中学校へとたどり着いた時。

 もう既に、トリオン兵は駆除されていた。

 

「.....無事であったか、御子殿」

「はい」

 

 連れ去られる事無く、無事でいた御子の姿を見、狼は一つ息を吐いた。

 

「他の隊員が、駆除してくれたのだな」

「.....」

 

 そう狼が尋ねると。苦し気に、御子は首を横に振った。

 

「実は――」

 

 

 中学の壁を破砕し、トリオン兵が現れし時。

 逃げ惑う生徒を背後に――御子はトリオン兵の眼前に立っていた。

 

「何してる!早く逃げるんだ!死ぬぞ!」

「いえ」

 

 モールモッド。

 幾度となく見た、異形のトリオン兵。蜘蛛の如き様相のそれを目の前にして尚、佇む。

 

「......私は生半には死にませぬ。ここは、私が引き受けます」

「何を言って――」

 

 生身のまま、トリオン兵と対峙するこの状況下。無事である訳がない。

 なのに。この少女は己が無事である事を確信できているかのように、力強い言葉を返す。

 

 その言葉を理解できない、三雲修は困惑する他なかったが――

 その背後。

 白髪の少年は、その言葉を聞き及び。ジッと、御子の姿を見て――

 

「.....嘘はついていない、のか」

 

 白髪の少年。

 つい先日、転校してきたばかりのこの者の名は、空閑遊真。

 

 その姿を見て。少し笑みを浮かべて。

 

「え......」

 

 白髪の少年は、メガネの少年から()()()()()()()()()

 換装したそれをもって、モールモッドへと斬りかかり――瞬時にて、その眼を裂いていた――。

 

 

「.....」

「事情を、手短に聞きました。――その少年は、近界の者です」

「.....そうか」

「三雲君は、C級のトリガーを以てモールモッドを仕留めんとし。ただ倒せるだけの技量がない故に、近界民の空閑君が手を貸した――というのが事の顛末です」

「.....」

 

 この一連の話の中。

 C級隊員である三雲修は、三つの規則違反を犯している

 

 一つ。ボーダー外でのトリガーの使用が禁じられているにも関わらず、トリガーを用いた事。

 C級に与えられたトリガーはあくまで訓練用。実戦に耐えられる程の強度はなく、そもそもC級故に実力もない。一番重要なのが――C級用のトリガーには、緊急脱出機能がない。

 緊急脱出。それはトリオン体が破壊された瞬間に、トリガーに格納された己が生身の肉体をボーダー本部に逃がす機能。これがある故に、正規の隊員は死を恐れる事無くトリオン兵と戦えるのだ。

 脆弱な武装。脆弱な実力。そして負ければ、死を免れぬ。トリオン兵との実戦を許す理由など一つもない。故に、禁止されている。

 

 二つ。トリガーを、ボーダー関係者以外の者に貸与した事。

 三つ。――近界民の存在を知りながらも、それを黙した事。

 

 トリガーの一般人への貸与・譲渡は最も重い法度の一つだ。そこに籠められし技術が外に流れる事は、ボーダーが最も恐れている事態だ。

 更に。貸与した人物が近界民である。

 

「狼殿どうか」

「.....」

 

 今。己はボーダー隊員。

 その役割を遵守するならば、この三つの規則違反を報告する義務がある。

 

「俺は、何も聞いておらぬ」

「......ありがとうございます」

 

 ――規則の中で、自由に生きればいい。

 そう言っていた城戸の言葉と。

 

 ――掟は、己で定める。そう決めました。

 かつて。育ての義父が課した掟を破りし時に己が放った言葉。

 

 その二つを、狼は思い起こしていた。

 そのC級隊員の少年は。ボーダー隊員としての掟を、破った。

 それは己の為ではなく、己が外の為。

 かつて。主を守るべく第一の掟を破った自らと何が違うというのか。

 

 その破戒が、――御子を救った。ならば己もまた、己がするべきことをしよう。

 

 狼は黙を決めた。

 

「だが......トリガーの使用は本部に伝わるだろうな」

 

 どうか、上手く事が進めばよいのだが――と。そう狼は思った。

 

 

 その後の事であるが。三雲修は規定違反の罰則を受けるどころか――そのまま正規隊員であるB級へと昇格を果たした。

 その所以は、彼が――ここ最近頻発していた警戒区域外での”門”の出現の原因を探し当てたからである。

 

 その原因とは。小型のトリオン兵を市街へ潜ませ、潜ませたそれから”門”を発生させる事により発生させていた。

 警戒区域に直接”門”を発生させられぬのならば。別の因果を以て作り出す。そういう手法を、敵は取っていたのであった。

 

 小型のトリオン兵は、ボーダーの掃討作戦により全て洗いだし、処分を行った。その原因を見つけ出した三雲修は、処分には至らず。その功績を以て昇格を果たした。

 

「.....」

 

 ――目星をつけられているな。

 

 狼は、見ていた。

 A級7位、三輪隊。頻発していた事件について調査を進めていた彼等は――恐らく、三雲修と、空閑遊真に目を付け始めたのであろう。

 かの二人と。見知らぬ少女が一人。三雲修が、現れたトリオン兵を始末した様を見据えている。

 その部隊の中には、個人戦で戦った事もある米屋陽介の姿もある。

 

「.....」

 

 狼は――修と遊真の両者を待ち伏せている三輪隊の更なる背後より、その様を捉える。

 

「御子殿。俺だ」

 

 

 その様を見て、狼は――己が通信機を取り出した。

 

「......三雲修の通信機の番号を教えてくれ」

 

 あの者には借りがある。

 許される範囲で、手助けをしよう。

 

 

「.....」

 

 ――落水御子と三雲修は、中学校での襲撃事件より互いの連絡先を交換していた。

 両者とも、空閑遊真に関する秘密を共有した者同士。連絡先を共有し、何かあれば互いに更なる情報を共有できるように、と。

 御子は、空閑遊真に敵意がない事を知っている。

 されど、ボーダーが空閑遊真の存在を許しもしないだろう、という事も知っている。

 

 ――現在、A級部隊の一つが監視を行っている。お主等の動向は全て見られている。下手な真似をするな。

 

 その御子の保護者であるという、薄井狼なる人物から連絡を受け。修はすぐさま遊真に耳打ちする。

 

「......ふむん。つまり、()()()は表に出しちゃいけないんだな」

「ああ。すまない」

 

 現在、三雲修は。空閑遊真と共に、もう一人。別な人物を連れている。

 小柄な遊真の体躯よりも、更に小柄な少女。――雨取千佳。

 

「ごめん千佳。トリオンの計測は、もう少し待ってほしい」

「うん。解った」

 

 千佳へも事情を軽く説明し。彼等はごく自然にその場を離れ行く。

 

「......取り敢えず、ぼくの家まで行こう。計測をするなら、そこで」

「りょうかい」

 

 

「......」

 スマホ、なる通信機を懐に仕舞い。狼は無言のまま辺りを見渡す。

 追跡する者、二人。

 配置につき彼方より監視をする者、二人。

 

 現場を抑え次第、すぐさま襲撃を行う予定であったのだろう。

 とはいえ。忍び、追い、見るは忍びの本領の一つ。

 

 ――その白髪の少年は手練れであろう。監視している者の情報を伝える。上手く撒いてくれ。

 

「よ、狼さん」

「.....薄井狼」

 

 眼前に。三輪隊の二人が現れる。

 

 一人は、米屋陽介。

 もう一人は、隊長である三輪秀次。

 

 その眼は、狼には馴染み深いものであった。復讐の目だ。大いなる敗北を味わわされ、大いなる絶望を与えられ、それら全てを内包し復讐せんとする目だ。

 戦場で、幾度も見たその眼を。この玄界に住まう者が持っている。その事実に、何処の世にも流れる無常を感じてしまう。

 

「さっき――スマホで何を話していたんすかね~」

「......言えぬ」

 

「――言え」

 

 狼の返答に苛立つように、三輪はそう言い返す。

 

「俺達は指令の勅令を得て、連中の監視をしている。協力しろ」

「......そうか。勅令を得ているのならば、励め。だが俺は知らぬ」

「......何故、邪魔立てする」

「しているつもりは、ない」

 

 狼の言葉が続くたび。互いの間に、剣呑な雰囲気が漂い始める。

 

「......部隊員同士の戦いは法度だ」

「......」

 

 狼の諭すような言葉に、余計に三輪は苛立つ。

 解っている、と言わんばかりに。くるり踵を返し、三輪は舌打ちを一つ。

 

「お前も.....裏切者か」

 

 そう言い残し、その場を去っていった。

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